ダンジョン受付の仕事Ⅰ
次の日。僕は窓から差し込む朝日を浴びて目を覚ました。
「七時くらいかな」
時計を見ると、針は朝の七時六分を指している。
ゆっくりと体を起こし、水差しからコップへ水を注ぐ。一口飲むと、乾いていた喉が潤った。
そのまま洗面器に井戸水を注ぎ、冷たい水で顔を洗う。
「ようし」
鏡の前に立ち、愛用の細い銀縁眼鏡を掛ける。後ろで束ねた金髪を結び直し、前髪を軽く整えた。
「少し増えたな。……多分、分かりにくいけど」
指先で前髪をかき分けると、金色に紛れて数本の白髪が顔を覗かせた。
若い頃は陽の光を受けるたびに輝くような金髪だった。それでも四十七年も生きていれば、少しずつ白い髪が混じってくる。
同年代と比べれば少ない方なのだろう。それでも鏡を見るたび、歳を重ねたことを実感する。
「まあ、こればかりは仕方ないか」
僕は小さく笑うと、鏡に映る口ひげと顎ひげへ視線を移した。少し伸びて形が崩れている。
棚から小さなハサミを取り、不揃いな部分だけを丁寧に整えていく。
「さて」
台所へ向かい、フライパンの上にオリーブオイルを垂らし刻んだニンニクを投入した。フライパンを傾けて、ニンニクが焦げないように余熱でオイルに香り付けする。
「いい感じの香りだな」
香り付けができたらベーコンを焼く。脂がじゅわっと音を立て始めたところで卵を二つ落とし、バターと発酵醤を垂らす。
完成したら火を止めた。次はパンを軽く焼き、昨夜のうちに作っておいた野菜スープを温める。
全て用意できたらベーコンにハーブと、卵にはブラックペッパーをかけて完成だ。
「今日も一日頑張りますか」
一人分の朝食をテーブルに並べ、静かな朝を味わう。時間としてはおよそ十分ほど。早く食べようとすれば、五分もかからないうちに食べる事ができるが、僕はこの朝の時間がとても好きだ。
「美味しかった。命に感謝だね」
コーヒーを飲み干すと、さっそく僕は身支度を整えて、職場に向かう事にした。昼はダンジョン受付。夜はギルド酒場のバーテンダーだからね。
ダンジョンの受付は僕の家から歩ていて十分ほどの場所にある。しかし職場にすぐに着けるわけじゃない。
「ジャックさんおはよう」
「おじさん聞いてよ。アイツがさ~」
道を歩けば、大人にも子供にもやたらと声を掛けられる。嫌というわけじゃない。ただ、出勤前は時間との勝負だ。だから僕は、苦笑いを浮かべながら相槌を打つことが多い。
そして、ここが僕の職場だ。一見城のように見える外観をしているここは、ダンジョンドームと呼ばれている地下ダンジョンの受付と入口がある城塞だ。
僕は王国直属の職員として、このダンジョンドーム全体の運営を任されている。そのなかで現場での仕事は受付業務だ。皆からは代表と呼ばれている。
さっそく受付カウンターで、昨日ヴァレリアが整備してくれた書類に目を通した。
書類に目を通しながら、昨日起きたトラブルや、ダンジョンに初めて入った冒険者の名前と顔を覚える。
「代表、おはようございます!」
と、満面の笑みで出勤してきたのはヴァレリアだ。
「やっぱり二日酔いはないみたいだね。安心したよ」
「あれくらいで二日酔いにはならないですよ」
「シャンパンとウイスキーのストレート十杯とテキーラロックを三杯。普通なら酔うけどね」
「私が潰れている時はもっと飲んでますよ」
「確かに」
得意気に言うヴェレリアを見ていると、まるで歳が離れた妹を見ているようだ。
「着替えてきますね」
「ああ」
ヴァレリアが出勤した後に、次々と従業員が出勤してきた。受付嬢たちは持ち場へ向かい、医療班は薬品を確認し、鍛冶屋では朝から槌の音が響いている。商店では店主が商品を並べ始め、転移装置の管理魔導士は魔法陣を点検していた。
そして、王国兵たちも配置につき、ダンジョンドームはゆっくりと目を覚ましていく。
業務によっては二交代制の十二時間労働と過酷だったりする。ただまあ、ダンジョンに潜って、緊張感があるなかで過酷な環境に身を置く冒険者と比較すれば、僕たちの仕事など激務とは言えない。一度ダンジョンに潜れば数ヶ月、年単位で帰って来ない冒険者パーティーもいる。僕たちはそんな冒険者の支えになりたいと本気で思っている集団だ。
まあ、僕は別の意味だけどね。
「代表! 準備ができました!」
「ああ」
朝の九時。入口の扉が開くと、ダンジョンドームに並んでいた冒険者パーティーたちが次々と流れ込んできた。
僕はヴァレリアと隣同士で並んで業務する。
「ヴァレリアちゃんいつも可愛いね」
「今度、代表のお店に一緒に行ってよ」
と、色々な冒険者パーティーに声をかけられる。そんな冒険者にヴァレリアはこう応える。
「そうですね。攻略組以上の結果を出したら考えるかも」
と、満面の笑みで。太陽のような笑顔に心を打たれる冒険者は多い。
「でも、無茶だけはしないでくださいね。命を落としたら元も子もないので」
「ようし! 俺は頑張るぞ! ありがとう!」
「お前だけには絶対に負けん」
「いやいや、仲間内で揉めるのはまずいでしょ。ほどほどに頑張ってね」
僕がそう言うと、その冒険者たちは――。
「なんかおじさんに言われたら余計にやる気出る」
「不思議だよな。ヴァレリアちゃんと同等に嬉しいな」
そうやる気にみなぎる冒険者に「行ってらっしゃいませ」と送り届ける。
朝のピークが過ぎると、昨日酒場にいたレオンとギークが訪れてきた。そして僕の顔を見るなり「あっ!」と指を指してきた。
「店主!?」
「どうも。君たちは初めてだったよね」
僕がそう声をかけると「そうです」と不安気な表情を浮かべていた。
「ヴァレリア。二人の説明は僕がするから席を外すよ」
「もちろん。お任せください」
感想、レビュー、ブクマ、評価、待ってます!
やっぱりリアクションを頂けると執筆意欲が沸きますので♪
脱字、誤字などがあればご指摘頂けると幸甚です!




