マスターの仕事Ⅱ
「じゃあ、私と乾杯しましょうか。ここは私の奢りよ」
「奢りってまさか」
僕が苦笑を浮かべながらそう言うと、ヴァレリアは満面の笑みを浮かべて「クラウン・ブリュット!」の一言。僕のお店で置いている200,000リベラもする最高級のシャンパンだ。
「これまた随分と羽振りがいいね。何かの祝い事かい?」
「もちろん。二人の新米冒険者と、上位魔族から村を救ってくれた英雄に感謝を」
ヴァレリアはそう言っているけど、ほれ二人の顔を見てみなさいよ。いきなりシャンパンが開いてびっくりしてるじゃないか。
「まあ――ここに通っていればそのうち慣れるよ」
僕がそう言っても、二人は「本当ですか?」と半信半疑で呟いた。
「ジャックさんお願い」
「ほいほい。いつもありがとうね」
僕はシャンパングラスを四つ用意したのち、シャンパンをヴァレリア、レオン君、ギーク君に改めて銘柄を見せた。
抜栓方法は、シャンパンを音を立てて勢いよく開ける店もある。しかしうちではご法度だ。コルクをゆっくりと緩めると、プシュと空気だけを静かに逃す。
天使のため息。そう呼ばれる抜栓方法が、この店の流儀だ。
そして僕が抜栓をすると酒場のボルテージはマックスに。
「ようし! テキーラ!」
「俺のところはクライナー」
ヴァレリアが一本開けると、不思議と他の客まで財布の紐が緩む。高いお酒の注文が、次々と飛び交い始めた。もちろん、うちの従業員も数名飲まされている。
「私が開けないと皆セーブするからね~」
「それもそうだね。盛り上げ上手ってところかな」
「そうでしょ?」
ヴァレリアはもっと褒めてと言わんばかりの笑みを浮かべながら、僕がグラスに注ぐシャンパンを眺めていた。
僕を含めた四人のシャンパンを注ぎ終えて乾杯を行った。
「それにしても凄いですね。シャンパン開けれるくらい、受付嬢って稼げるんですか?」
「私の場合は副業で稼いでいるの。でもその副業も月に数回ある程度よ」
「相当景気がいいんですね」
そう言って、シャンパンを口に運んだギーク君。お酒が慣れていないのか、シャンパンを飲んでから、顔が少し紅潮している。まあ、ヴァレリアに惚れているのもあるだろうけど。
「まあね」
得意気に話すヴァレリア。彼女の副業は誰でもなれるわけではない。選ばれた人のみが全うできる仕事だ。
「どんな副業なんですか?」
レオンの質問にヴァレリアは首を左右に振った。
「それは内緒」
「え! なんでなんですか! 教えてくださいよ」
と興味津々なレオン君と比較して、ギーク君は「末っ子全開だな」と呟く。薄々そうだとは思っていたけど、僕の予想通りだったようだ。ギーク君は歳のわりには落ち着いているし、いいコンビなのは間違いない。
そんなやりとりを見ながら、シャンパンを口に運ぼうとしたときだった。
「おかしいじゃねえかこの会計、なめてんのか!」
と、冒険者にうちの男性従業員が胸ぐらを掴まれていた。
「明細に書いている通りです。当店は明瞭会計ですので」
「ああ? チャージ代の説明とお酒をこんなに飲んでないって話をしているんだよ。そっちのミスだろ」
と、一人の冒険者に胸ぐらを掴まれて、もう三人はうちの男性従業員を睨め付けている。これはたまに現れるクレーマーだな。上手くいけば無料酒にしてもらおうという算段だ。
「仕方ないね」
僕がカウンターから出るとヴァレリアが「大丈夫ですか?」と声をかけてきた。
「今はこのお店のお客さん。君はゆっくり飲んでいてくれ」
「――でも本当に危険なら私が飛び出すから」
ヴァレリアはそう言って右手でグラスを持ちながら、左手の拳をぎゅっと握っていた。
「大丈夫だよ」
僕はそう言い残して暴れている冒険者に歩み寄った。
「うちの従業員を離していただけませんか?」
「ちょうどいい店長」
冒険者はそう言って男性従業員を離して、僕のことを睨め付けてきた。周囲の空気は明らかにピリついている。中には我慢できずに、お会計を済ませて退店するお客様もいた。
「これを見ろ」
四人で88,000リベラと書かれた明細だった。入店してからおよそ五時間。チャージ料、テキーラ二十数杯、ボトル一本。女性キャストへのドリンクまで、すべて明細に記載されている。
「拝見したところ、至ってまっとうな会計金額です。なにも間違っておりません」
「ふざけるな!」
冒険者はそう言って僕の頭にビール瓶を叩きつけてきた。お店のなかは悲鳴と驚愕の声に包まれていたが――。
ガシャン――。
店内から音が消えた。
床に落ちたガラス片だけが、カランと乾いた音を立てる。
「これ結構高いんだけどな~。スーツがビショビショになってしまったじゃないか」
ビール瓶が砕けただけ。強いて言うならビールを浴びたくらいだ。
「おい――今俺本気で殴ったぞ……」
クレーマーの冒険者は目を丸くして後ずさりしていた。他の三人の表情は青ざめていた。
「迷惑料を入れて100,000リベラ。置いて帰ってくれるかな?」
僕がそう言って睨め付けると、四人の冒険者はテーブルの上に、お金を置いて慌てて出て行った。
店内を見渡すと、ぽかんとした表情を浮かべるお客様や、「さすが!」と言って褒め称えてくれる常連のお客様と、反応は様々だった。
「空気を悪くして悪かったね。これがあるし、ドリンク一杯好きなの選んでいいよ」
僕は先ほどの冒険者から徴収した迷惑料を見せびらかしながらそう叫ぶと、店内は活気を取り戻した。
僕がカウンターに戻るとヴァレリアが「やっぱり変よ」と僕を見ながら呟いた。
「なにがだい?」
「今までだってそうよ。殴られたかと思えば相手の拳の骨が砕けていたり、剣を全部かわしたりって。しかも、ジャックさんは把握していないと思うけど、さっきの冒険者はAランクよ? 受付のときに何度か見てますよ」
「あれ、そうだったの?」
僕がそう聞き返すと、ヴァレリアがハアとため息をついてシャンパンを飲みほした。
「元王国兵かSランク冒険者だったかじゃないと合点がいかない」
「だとしたら、ヴァレリアは僕のこと知っている筈だけどね。君の立場なら網羅できるでしょ?」
「そう。そこが不思議なのよ」
「だから僕は国に雇われているバーテンダー兼、ダンジョン受付さ」
「腑に落ちない」
ヴァレリアが頬を膨らませて拗ねている。僕は思わず「ハハ」と苦笑を浮かべていた。
そのあとも普段通りに談笑し、ヴァレリアを含めたお客さん全員は、うちのバーを退店した。少しトラブルはあったけど、怪我人は出ていないし、無事に一日を締めくくったと言っていいだろう。
感想、レビュー、ブクマ、評価、待ってます!
やっぱりリアクションを頂けると執筆意欲が沸きますので♪
脱字、誤字などがあればご指摘頂けると幸甚です!




