マスターの仕事Ⅰ
僕の仕事は二つある。
そのうちの一つが、この酒場のバーテンダーだ。疲れた冒険者たちが酒を飲み、笑い、明日への活力を取り戻す場所。
店内はボックス席が五席、立ち飲み席が十席、カウンター席が十席。この町でもそれなりに大きい酒場だ。それにありがたいことに、毎晩多くの冒険者で賑わう。
「ジャックさん、お疲れ様です」
僕は聞き慣れた声に顔を上げる。
「お疲れ様、ヴァレリア。今日もいつものでいいかな?」
「はい。お願いします」
慣れた手つきでカウンター席に腰掛けたのは、ギルド受付嬢のヴァレリアだった。
長いクリーム色の髪を藍色のリボンで結び、雪のように透き通る白い肌と、宝石のような青い瞳を持つ美女。彼女が店に入るだけで、店内の空気が少し華やぐ。もっとも、それを目当てに通ってくる冒険者も少なくないのだけれど。
僕は東の国・ジパーン産のウイスキーをグラスへ注いだ。彼女はそれをストレートで飲む。僕はグラスにウイスキーを注ぎ、ヴァレリアに渡した。
「書類整理は終わったかい?」
「もちろん。ジャックさんの負担をかけたくないですからね」
「それはどうも。いつもありがとう」
「どういたしまして」
そう言ってヴァレリアはニコッと微笑んだ。
「じゃあお疲れ様の乾杯をしましょう。ほら、ジャックさんも飲んで」
「いつものことだけど、職場の部下にお酒をもらうのは、いつまで経っても慣れないな。一応僕はヴァレリアを雇っている側だから」
「ずべこべ言わない。さっさと飲む」
「これはまいったね」
僕はヴァレリアに煽られながら、同じウイスキーをストレートで飲む。始めの一杯目は同じお酒を飲むという暗黙の了解だ。
「乾杯」
僕はヴァレリアと今日という一日を無事に終えられたことに小さな祝福を分かち合った。
「代表! 俺も入れるぜ! 好きなの飲んでよ!」
「ヴァレリアちゃん、こっちの席においでよ」
と、先程と比べて活気が出てきた。僕は一旦業務はそっちのけで、お酒をくれる冒険者の席、一つ一つとグラスを交わした。
「なあ知ってるか? 昨日、上位魔族百体を一人の男が壊滅させた話」
「なんだそれおとぎ話だろ」
「それがそうでもないんだよ」
と、そんな話が聞こえてきた。僕は思わずヴァレリアを見たが、ヴァレリアは全力で首を振っていた。
「私じゃないですよ。なかなか興味深い話ですね」
「確かにそうだね」
「ここから数十キロ離れた村があるだろ? そこに上位魔族出てきたみたいなんだけど、仮面を被った戦士が、ほんの数秒で全滅させたみたい」
「そんなやついるのかよ」
「目撃証言もあるんだよ。王国兵が駆け付けたときには、消し炭になった百体の上位魔族の屍と、無傷の村人のみ。王国兵もその人物の足取りを追っているみたいだ」
「店主も凄いと思いませんか!?」
「マスターはどう思いますか!? 凄いと思いませんか!?」
「まあそうだね――」
そう言って、濁りのない青い瞳を輝かせながらカウンター越しに身を乗り出してきたのは、艶のある癖っ毛混じりの金髪をした十六、七歳ほどの少年だった。
白いシャツに、使い込まれた革の肩掛け。まだあどけなさの残る顔立ちからしても、大方――。
「君、新米冒険者?」
そう彼に尋ねたのはヴァレリアだった。少年はぎょっと目を丸くする。
「な、なんで分かるんですか!?」
「ダンジョンの受付をしてるとね、自然と分かるようになるの。」
ヴァレリアは少年の姿を一瞥する。
「その剣はほとんど傷がないし、剣士志望なのに革鎧も着けていない。服も新品じゃなさそうだから、家にあった動きやすいものを選んできた感じかな」
「す――すご」
彼のリアクションに得意気な笑みを浮かべたヴァレリアはこう続けた。
「たぶん田舎の出身か、お金に余裕のない家庭。どちらかと思うの」
ヴァレリアは悪戯っぽく微笑んだ。
「お姉さんの見立て、どうかな?」
「全部当たってます! 凄いです!」
「ヴァレリアは洞察力が凄いんですよ。冒険者様のお名前は?」
「自分レオンと申します! 分からないことだらけなので宜しくお願いします!」
レオンはそう言って頭を深々と下げていた。
「僕はジャック。この酒場の代表だ。国から店舗を運営の任を預かっている。それで彼女はヴァレリア」
「改めてどうも。レオン君の隣にいる君は?」
ヴァレリアが尋ねたもう一人の少年。レオンの話に相槌を打っていた茶髪が特徴的な精悍な顔つきをした少年だ。レオンと比較して体格がいい。カウンターに立てかけている巨大な槍を振り回すには十分な肉体美だ。しかし妙な組み合わせだな。
「俺はギークと申します。見ての通り槍使いでこいつの友人です」
「宜しく」
僕がそう言って手を差し伸べると二人とも笑みを浮かべながら、僕の握手に応じてくれた。その光景をヴァレリアは横目で微笑んでいた。
「なんだいヴァレリア?」
「なんでも」
そう言ってヴァレリアはウイスキーを飲みほして、僕におかわりの催促をしてきた。
「それにしても前衛の二人がパーティーを組んでいる――バランス悪いですね」
僕がそう言うと、二人は照れながら「これからなんですよ」と一言。
「二人ならきっといいパーティーに巡り合えますよ」
「そうそう。ジャックさんの言う通り。私は受付をしているし、二人の成長を見届けるわ。でも、くれぐれも無茶はしないでね」
ヴァレリアのその笑みにうっとりをしているのが一名。
「が! 頑張ります!」
本当に罪な子だ。ギーク君、これからダンジョンの受付に毎回並ぶうえに、この酒場にも通うだろうね。
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