王都最高峰の晩餐Ⅱ
「将軍魔族五体がダンジョン騒動の犯人ってわけじゃないですよね?」
ヴァレリアが恐る恐る僕に聞いてくる。
「まさか皇帝魔族――」
「違うよ」
僕が首を左右に振ると、ヴァレリアは目を丸くして驚いていた。
「じゃあ一体誰が?」
「魔人オルフィン。伝説の英雄、スルトが倒したとされる恐ろしい魔人だ。でもまあ僕は未だに信じていないけどね」
「ま……魔人オルフィン。でも、パパから聞いた話だと倒せる者はいないって。勝機が欠片ほども見えないと言っていましたよ?」
「確かに。ヴァレリアはEXランク以上のランクを知っているかな?」
「もちろんです。∞ランク。人類では測定・理解できない未知の生命――もしかして……!」
「そう。魔人オルフィンは∞ランクとされている。少なくとも、ヴァレリアやノクターン閣下ほどの実力者でも、EXが限界だと言われている。」
正確に言えば、その基準すら、もうずいぶん昔の話だけどね。
「じゃあその魔人オルフィンを倒した英雄スルトは∞ランク! さすが私の憧れ!」
「……怖くないのかい? 魔人オルフィンが」
「怖いですよ。でも国民を守るためです。それに自分の限界を知ることができます。もし、その話が本当ならば私が魔人オルフィンを倒します」
「頼もしいね」
思った以上に重たい空気にならなかった。この子の芯の強さが滲み出ている発言。それに覚悟も――。
「お待たせしました。こちらが月光貝と真珠草のジュレとなります」
最初に運ばれてきたのは、小さなガラスの器だった。透き通るジュレの中で、乳白色の月光貝が淡く輝き、その周囲を真珠草が彩っている。
スプーンですくって口へ運ぶと、月光貝の濃厚な甘みと潮の香りが広がった。そのあとから爽やかな酸味と真珠草のほのかな苦みが追いかけてきて、口の中を心地よく整えてくれる。
「すごいな。これほど繊細な味を口のなかに運んだのはいつぶりだろうか」
やはりシェフという存在はすごい。自炊じゃ絶対に真似ができない。まあ、シェフからすれば、真似をされたらたまったもんじゃないだろうけど。
「最初の一皿で、もう次が楽しみになりますね」
ヴァレリアはそう言って、じっくりとこの料理を味わっていた。何度も来ている筈なのに、食べた瞬間に笑みが零れるなんて相当好きなんだね。
「続いてはこちら、赤喉竜魚皮霜造り 藻塩添えです」
アミューズを食べ終えて出てきた食べ物。白磁の皿に薄く切られた赤喉竜魚が花びらのように並べられていた。赤色の皮目を香ばしく炙っている。桃色の身が宝石のように美しく輝いている。
藻塩を少しだけつけて口へ運ぶ。脂は舌の上でゆっくりと溶け、皮目の香ばしさが甘みをさらに引き立てる。
「……これは美味しい。この魚、まるで銀牙猪のような濃厚な脂、そして口のなかで溶けるような味わい。藻塩のスパイスがこの魚の旨味を引き立ているね」
「何回食べても美味しいんですよ。このお料理」
そう言って、ヴァレリアは口に運ぶなり、「ん~」と声にならない声をあげていた。
まさに素材の良さだけで勝負している一皿だった。
「それにしても今回の件、パパにも出てもらう必要がありますね」
「その心配は無用さ。実はそのパパに会ってきた」
「パパに!? でも、確かに暗機の団長だったら当然ね。パパはなんて」
「部隊編成をするって言っていたよ。全軍の指揮を執ってくれるらしい」
「なら安心ね。私は目の前の敵に集中できますし」
「そういうこと。とりあえずヴァレリアは細かいことは今は気にしなくていい」
「代表も一緒に戦ってくれるんですか?」
「そのつもりだよ」
「なら安心ですね。今は私以外の国剣は不在なので」
「旧友だけどアイコニックにも参加してもらうつもりだ」
「アイコニックって――情報局長ですか!?」
「そうだよ」
「戦えるんですか? 私、暗機の司令官のイメージしかないです」
「情報局長の前は僕と同じ王国指定最高戦力だった人間だ。今はただのオジサンだけどね」
「すごい――これは勝てる気がします。一昔前のオールスターってことですね」
と、まるで英雄に憧れる子供のように無邪気に目を輝かせるヴァレリア。
「戦うオジサンってところだね。現役に負けていられないよ」
僕がそう言うとヴァレリアは白ワインを一気に飲み干した。そして「最高です」と一言。
王国指定最高戦力になるのも一苦労だからね。現役のヴァレリアからすると、朗報なのは違いない。
「魔人オルフィンと聞いて、死を覚悟していましたが光明が見えてきました」
「そうかい」
と、返したが実際はそう甘くはない。恐らく、魔人オルフィンの実力を見ればヴァレリアも絶望の二文字が脳裏に焼き付く。だからこそ、ヴァレリアと魔人オルフィンの遭遇は禁忌。僕だけが奴と会う。それ以外の道はない。
ただ、決戦の前の贅沢。暗い話ばかりをヴァレリアにはしたくない。今はヴァレリアとの食事を存分に楽しもう。
そうして運ばれてくる料理を楽しんだ。
スープの黄金マンドラ茸のポタージュ。 黄金色に輝く濃厚なポタージュ。口に含めば、栗のような甘みと木の実を思わせる香ばしさが広がる。後味にはほのかな土の香りが残り、どこか森の空気を思わせた。
続いては魚料理、クリスタルフィッシュのポワレ。透明な鱗を持つクリスタルフィッシュは、皮がまるで硝子細工のように焼き上げられていた。ナイフを入れると皮は軽やかな音を立て、身は驚くほどしっとりとしている。バターソースと柑橘の香りが淡白な白身を包み込み、最後に残る上品な旨味が口の中に広がるのが印象的だった。
そして僕が楽しみにしていた黒翼獅鷲胸肉の低温ロースト。胸肉とは思えないほど艶やかな断面。薄桃色を残した身は、ナイフを入れた瞬間に柔らかく沈み込んだ。
一口。
「――柔らかい」
本来なら繊維が強く締まりやすい部位だ。それを低温でゆっくり火を通すことで、驚くほどしっとりと仕上げている。噛むほどに濃厚な旨味が溢れ、最後にブラックペッパーと香草の香りが鼻を抜けた。
昔、野営で食べた黒翼獅鷲とは、まるで別物だ。同じ素材とは思えない。料理人の技術だけでここまで変わるのか。
「凄いですよね?」
まるで自分が料理を施したかのように自慢気に話すヴァレリア。そんなヴァレリアも満面の笑みが零れている。
そして口に運んで「……幸せ」と呟いていた。感情が表に出やすいのはノクターン閣下譲りだね。なんだかんだ僕は、ここの貴族が好きだ。だからこそ、長い間ヴァレリアを見守っている。お世話になったノクターン閣下に頼まれたからではない。今はもう一人の人間として、彼女を守る。そう誓っている。
「素敵な笑顔だね」
僕がそう言うとヴァレリアはゴホとむせていた。
「何か変な事言ったかい?」
「――この女たらし」
お酒の影響か、はたまた僕の言葉でなのか、ヴァレリアの顔は少しばかり紅潮していた。
「最後だね」
デザートの月苺のミルフィーユ。何層にも重なったパイ生地は、フォークを入れるだけで軽やかな音を立てる。月苺は普通の苺よりも酸味が穏やかで、上品な甘さが特徴だ。濃厚なカスタードと合わせても甘ったるさはなく、最後まで軽やかに楽しめる。
こうしてヴァレリアと最高の晩餐を楽しんだ。ヴァレリアが頑なに、「代表はいいです」と言うので恐れ多い。何気に周りの貴族の視線も痛かったし。
「いい夜だったな」
僕はまるで息を飲むほど美しい夜空を見てそう呟いていた。
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