蒼焔の残滓
「悪いな。このような形で巻き込んでしまって」
「状況が状況です」
僕がそう言うとノクターン閣下は「恩に着る」と頭を下げてきた。
と、言うのも。数年ぶりに王宮に招集され、王宮にある特別医務室に来ていた。ダンジョンの受付業務はヴァレリアたちに任せてここに来ている。
この部屋にいるのは、僕と、ノクターン閣下、解剖学に詳しい医師。そして――。
黒い肌に短く整えた黒髪。四十代とは思えないほど姿勢は真っ直ぐで、細身の身体を漆黒の礼服が引き締めている。銀縁の眼鏡の奥にある瞳は穏やかだが、その視線だけは獲物を逃さない猛禽類のように鋭かった。王国情報局長、アイコニック。
今では王国中の諜報網を束ねる文官として知られている。しかし、その正体は僕やノクターン閣下と同じ、元王国指定最高戦力。そして、暗任機動部隊――暗機の指揮官でもある。
剣より先に頭が動く男。だからこそ、王国最強の部隊を率いる資格があった。
「お久しぶりです。ジャックさん。話は伺いましたよ」
柔らかな笑みは昔と変わらない。ただ、その笑顔に騙された人間は、一人残らず彼の掌の上で踊らされてきた。
「それでいきなり問題が起きたから僕が呼び出されたわけだね?」
僕がそう質問を投げると、ノクターン閣下もアイコニックもコクリと深く頷いた。
「まさか……だね」
僕は手を合わせて深くお祈りをした。ベッドに横たわる二人の男性と一人の女性。白い大きな布を被せられ、穏やかな表情で深い眠りについていた。
「この三人は?」
僕がそう問いかけると、ノクターン閣下が目くばせアイコニックに送った。
「この三人は王都近郊から、クエストの凱旋中に何者かに襲われて絶命したSランク冒険者パーティーです」
「彼らは結構強かった三人パーティーだったはずだよ?」
Sランク冒険者は人数が少ない。だからこそ僕はこの三人は見覚えがある。
「ダンジョンも深層まで攻略していたし、ギルド受けるクエストも、Sランクのクエストを三つほどクリアしたことがある貴重な未来ある冒険者だ」
「その未来ある冒険者を失うのはこの国にとっても痛手ですね。彼らも成し遂げたい夢もあったでしょうに」
アイコニックは歯を食いしばって、目の奥がまるで炎のように猛っていた。
「凱旋中ってのが気になるね」
「不思議でしょう? でもこれを見ればジャックさんならすぐに分かるはずです」
アイコニックはそう言って白布を外した。三人の上半身に刻まれた横一文字の刀傷。その刀傷からは微量ながら蒼い炎が揺らめている。まるで生き物のように――。
僕は生唾を飲み込んだ。
「これが君を呼んだ理由だ」
「消えない因縁。奴は動き出しています」
「オルフィン……」
僕はそう小さく呟いていた。
蒼い炎は体を焼くだけでなく、病魔のように屍を貪る。
「この遺体は二日前のものです」
「発見したのは?」
「昨日の深夜でした」
「なるほどね。本当にオルフィンが復活したみたいだね」
「ええ。ノクターン閣下から話は聞いております。そのうえで、ジャックさんが出会った魔族の主は、蒼焔の魔人、オルフィンで間違いないでしょう。私も及ばずですが討伐隊に参加しますよ。動ける暗機も出動させるつもりです」
「それは心強い」
僕がそう返すとアイコニックは「ありがとうございます」と言って頭を下げてきた。
僕が男性冒険者の遺体へ手を伸ばした、その瞬間だった。
――熱い。
脳を鈍器で殴られたような衝撃。視界が歪む。目の前の医務室が、一瞬で蒼い炎に飲み込まれた。
燃えている。
家が。
僕の家が。
蒼い爆炎が天井を突き破り、家具も壁も、すべてを呑み込んでいく。その炎の向こうに、一人の男が立っていた。
長く流れる銀白色の髪。全身を覆う漆黒の鎧。鎧の隙間からは蒼焔が脈打つように漏れ出し、その姿はまるで炎そのものだった。
男の手には一本の魔刀。蒼冥。刀身を覆う蒼い炎は決して消えず、滴る血だけが赤黒く光っていた。
その血が誰のものなのか、考える必要なんてなかった。
僕の妻。
僕の子供。
二人の温もりは、その刀によって奪われた。
誰かが肩を掴んでいる。誰かが僕を呼んでいる。でも耳に届かない。
聞こえるのは、あの日と同じ、家が燃え落ちる音だけだった。
頭に響く鈍痛とあの時の深い悲しみ……。心の奥底で封印していた扉がまるでこじ開けれらたようだった。
僕はしゃがみこみ、頭を両手で抑えながら声にならない声を、心のなかで叫んでいた。
最後に見えたのは、蒼い炎だった。そして――僕の意識は、深い闇へと沈んだ。
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