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第8話 村人から聖女扱いされるの、普通に困る

 翌朝。

 私は、やけに騒がしい声で目を覚ました。

「……ん」

 硬めのベッド。

 薄い掛け布団。

 木の天井。

 宿屋「小鳥亭」の一室。

 昨日はようやく眠れた。

 会話バグ。

 毒水バグ。

 畑バグ。

 出口バグ。

 勇者チュートリアルバグ。

 勇者スキル一括解放バグ。

 思い返すだけで、胃が重くなる。

「転生初日から働かせすぎ……」

 私は布団をかぶり直した。

 今日は休む。

 絶対に休む。

 保守担当にも休日は必要。

 神様が何を言おうと、世界がどれだけ点滅しようと、今日は寝る。

 そう心に決めた瞬間。

 窓の外から、元気な声が聞こえた。

「リリィ様、万歳!」

「小さき修復の聖女様、万歳!」

「ハル村の救世主様、万歳!」

 私は目を開けた。

「……は?」

 布団から顔だけ出す。

 聞き間違いであってほしい。

「リリィ様、万歳!」

「聖女様、万歳!」

「保守担当様、万歳!」

「最後だけちょっと惜しい」

 私はのそのそと起き上がり、窓へ向かった。

 カーテンを少し開ける。

 宿屋の前の広場に、村人たちが集まっていた。

 農夫。

 子ども。

 老人。

 宿屋の女将マリナ。

 村長。

 昨日チュートリアルを終えた勇者アルトまでいる。

 そして広場の中央には、木で作られた台のようなものが置かれていた。

 その上には、布をかぶせられた何かがある。

「……嫌な予感しかしない」

 私は窓を閉めた。

 もう一度ベッドに戻る。

 寝よう。

 見なかったことにしよう。

 だが、扉が控えめにノックされた。

「リリィさん、起きていらっしゃいますか?」

 マリナの声だった。

「寝てる」

「お返事されていますよ」

「寝言」

「寝言で会話できるのはすごいですね」

「保守担当だからね」

「では、保守担当さん。朝食の準備ができています」

 朝食。

 その言葉に、私は少しだけ反応した。

「……メニューは?」

「焼きたてのパンと、野菜スープと、昨日の巨大カボチャを使ったパイです」

 私は扉を開けた。

「おはよう」

 マリナが微笑む。

「おはようございます」

「カボチャパイって言った?」

「はい」

「採用」

「では、下へどうぞ」

 私は寝癖を手で整えながら、ふと尋ねた。

「で、外のあれ何?」

 マリナは目をそらした。

「村の皆さんが、リリィさんへ感謝を伝えたいと」

「万歳って聞こえたけど」

「感謝の形です」

「聖女って聞こえたけど」

「感謝の形です」

「布かぶってる何かも見えたけど」

「感謝の形です」

「その言い方、だいたいヤバいやつ」

 私は半目でマリナを見た。

「正直に言って」

 マリナは少し困った顔で笑った。

「……銅像です」

「却下」

 私は即答した。

     ◇

 宿屋の前へ出ると、村人たちが一斉にこちらを見た。

 そして、なぜか一斉に頭を下げた。

「リリィ様!」

「ハル村の恩人!」

「小さき修復の聖女様!」

「その肩書き、今すぐ捨てて」

 私は広場の中央で腕を組んだ。

 朝日がまぶしい。

 村人たちの目もまぶしい。

 感謝の圧が強い。

 やりづらい。

 非常にやりづらい。

 村長が前に出て、深々と頭を下げた。

「リリィさん。昨日まで、私たちは言葉を失い、水を失い、畑を失い、道を失っておりました」

「まとめるとひどい村だね」

「あなたは、それらすべてを取り戻してくださいました」

「バグ直しただけ」

「その“ばぐ”というものが何かは、まだよくわかりません。しかし、私たちにとっては奇跡でした」

「奇跡じゃない。修正」

「では、修正の奇跡です」

「混ぜるな」

 村人たちが笑う。

 私はため息をついた。

 笑えるようになった。

 昨日までは、同じ言葉しか言えなかった村人たちが、今は自分の意思で笑っている。

 それは、まあ。

 悪くない。

 でも。

「それで、あれは何?」

 私は広場の中央にある、布をかぶせられた物体を指差した。

 村長は胸を張った。

「リリィさんへの感謝を込めて、村の者たちで作りました」

「作るな」

「まだ見ていないのに!?」

「見なくてもわかる。絶対恥ずかしいやつ」

 農夫たちが、なぜか期待した目でこちらを見ている。

 マリナもにこにこしている。

 アルトは少し困った顔で立っている。

 私はアルトを睨んだ。

「勇者くん」

「はい」

「止めなかったの?」

「止めようとはした」

「結果は?」

「村長が“これは感謝の形です”と」

「便利すぎるでしょ、その言葉」

 男の子が元気よく走ってきた。

 昨日、薬草をアルトに渡して急所を刺した子だ。

「リリィおねえちゃん! 銅像すごいよ!」

「おねえちゃんじゃない。あとネタバレやめて」

「木で作ったんだよ!」

「銅像じゃなくて木像じゃん」

 村長が咳払いをした。

「正確には、将来的に銅像にするための試作品です」

「将来的にもするな」

「では、お披露目です」

「待って。私の同意は?」

「感謝の形です」

「万能カードやめて」

 村長が布を取った。

 広場に、沈黙が落ちた。

 そこには、小さな木像が立っていた。

 ツインテールらしき髪。

 片手を腰に当てた偉そうなポーズ。

 もう片方の手には、よくわからない四角い板。

 たぶん、管理画面を表しているのだろう。

 顔は、妙にドヤっている。

 そして足元には、木の板に文字が彫られていた。

【小さき修復の聖女リリィ様】

【ざぁこ神を叱り、村を救いし者】

「待って」

 私は木像に詰め寄った。

「情報量がおかしい」

 村長は満足そうに頷く。

「リリィさんらしさを表現しました」

「どこが?」

「腰に手を当てた堂々たる姿」

「まあ、そこはいい」

「神をも叱る勇気」

「言い方」

「そして、この少し生意気そうなお顔」

「そこ褒めてる?」

 男の子が木像の顔を指差す。

「似てる!」

「似てない」

「似てるよ!」

「似てない。私はもっと可愛い」

 言ってから、しまったと思った。

 村人たちが一斉に頷く。

「確かに!」

「リリィ様はもっと可愛らしい!」

「彫り直しだ!」

「髪のふわふわ感が足りない!」

「目元の小生意気さも足りん!」

「待て待て待て」

 私は両手を振った。

「違う。そうじゃない。改善タスクにするな」

 農夫が真剣な顔で木像を見ている。

「ならば、次はもっと精度を上げます」

「次を作るな」

「ですが、村の記念として――」

「生きてる本人の前で像を作るな! 普通に恥ずかしいでしょ!」

 村人たちは顔を見合わせた。

 そして、少し驚いたように私を見る。

 マリナがくすりと笑った。

「リリィさん、照れているのですね」

「違う」

「耳が赤いですよ」

「朝日」

「今、逆光です」

「細かい」

 アルトが横から静かに言った。

「リリィは、感謝されるのが苦手なんだな」

「勇者くんまで分析しないで」

「すまない」

「謝りすぎもまだ直ってない」

「……すまない」

「ほらまた」

 アルトは口を閉じた。

 村人たちから小さな笑いが起こる。

 私は木像を睨む。

「とにかく、この像は撤去」

「ええっ!?」

 子どもたちが残念そうな声を上げた。

 男の子が私の服の裾をつかむ。

「だめ?」

「だめ」

「どうして?」

「恥ずかしいから」

「でも、リリィおねえちゃんが村を救ったこと、忘れたくない」

 私は言葉に詰まった。

 男の子は真剣な顔だった。

「また何かあっても、リリィおねえちゃんが来てくれたこと思い出せたら、頑張れる気がする」

「……」

 ずるい。

 その言い方はずるい。

 感謝より、崇拝より、そういう素直な言葉の方が困る。

 私は腕を組み、視線を逸らした。

「……じゃあ」

 村人たちがこちらを見る。

「像は村の隅」

「はい!」

「広場のど真ん中は禁止」

「はい!」

「文字も変更」

「どのように?」

「“聖女”は禁止。“保守担当”にする」

 村長が真剣に頷く。

「小さき修復の保守担当リリィ様」

「様もいらない」

「小さき修復の保守担当リリィさん」

「まだ微妙だけど、まあ許す」

「“ざぁこ神を叱り”は?」

「消して」

 通信画面が勝手に開いた。

『そこは残してもよいのではないか? 後世に語り継がれるなら、わしも少し――』

「ノア」

『なんじゃ?』

「自分がざぁこ神として記録されたいの?」

『消そう』

「よし」

 村人たちは不思議そうに空中の通信画面を見ていた。

 村長が小声で言う。

「神様が……」

 農夫が続ける。

「リリィさんに従っている……」

 マリナが微笑む。

「やはり聖女様では?」

「違う」

 私は即答した。

     ◇

 朝食のあと、私は村の最終チェックを始めた。

 理由は単純。

 この村、油断するとまだ何か壊れていそうだから。

 会話、水、畑、出口、勇者。

 これだけ直したのに、実は「パンを焼くと爆発する」とか「鶏が夜だけドラゴンになる」とか出てきても、もう驚かない。

 いや、驚くけど。

 嫌だけど。

「まず宿屋」

 私は小鳥亭の厨房で管理画面を開く。

【宿屋機能】

【宿泊受付:正常】

【食事提供:正常】

【清掃処理:正常】

【木苺パイ品質:高】

【カボチャパイ品質:高】

「よし。最重要項目正常」

 マリナが首を傾げる。

「最重要項目とは?」

「パイ」

「ふふ、ありがとうございます」

 次に井戸。

【水源】

【水質:正常】

【毒性:なし】

【水量:安定】

【村人使用状況:正常】

【飲みすぎ注意対象:子ども数名】

「飲みすぎ注意まで出るんだ」

 井戸のそばでは、子どもたちがまた水を飲んでいた。

「飲みすぎるとお腹痛くなるよ」

「はーい!」

 返事はいい。

 でも絶対また飲む顔をしている。

 次に畑。

【農地】

【土壌:回復中】

【成長値:正常】

【豊穣魔法:安定】

【巨大カボチャ:解体準備中】

【農具小屋:半壊】

「農具小屋、まだ半壊」

 農夫が笑う。

「今日直します」

「私も手伝う」

「えっ、リリィさんが?」

「壊したの私だし」

「いえ、あれは恵みです」

「小屋の屋根に刺さった恵み、だいぶ暴力的だったけどね」

 結局、農具小屋は村人たちと一緒に直した。

 私は管理画面で木材の耐久値を確認しながら、釘を渡したり、支柱の位置を調整したりした。

 直接大工仕事が得意なわけではない。

 でも、壊れたものを直すのは嫌いではなかった。

「リリィさん、ここの柱はどうでしょう?」

「角度が二度ズレてる」

「二度わかるのですか!?」

「表示されてるから」

「すごい……」

「大工に転職はしないからね」

 次に北門。

【境界結界】

【住民通行:正常】

【友好者通行:正常】

【外敵通行:拒否】

【街道描画:正常】

【迷走転送:停止】

【結界穴:なし】

「よし。出口も正常」

 若者たちが何度も村の外へ出たり入ったりしていた。

 一歩外へ出る。

 戻る。

 また出る。

 それだけで嬉しそうだった。

「そんなに出たり入ったりして楽しい?」

 若者の一人が笑う。

「十年分です」

「そっか」

 私はそれ以上何も言えなかった。

 最後に、訓練場。

 アルトが慎重に歩く練習をしていた。

 一歩。

 二歩。

 三歩。

 昨日よりはだいぶ安定している。

【勇者アルト】

【身体能力補正:安定化中】

【出力制御:低】

【歩行:改善】

【剣使用:注意】

【精神状態:回復傾向】

「歩行、改善」

 アルトがこちらを見る。

「本当か?」

「うん。昨日より飛んでない」

「よかった」

「でも、剣はまだ禁止」

「わかった」

「魔法も禁止」

「わかった」

「必殺技っぽい言葉を思いついても口に出さない」

「……努力する」

「今また思いついたでしょ」

「“暁の聖断”という言葉が少し」

「封印」

「わかった」

 勇者、放っておくと危ない。

 でも、少しずつ前に進んでいる。

 それでいい。

     ◇

 昼過ぎ。

 村の広場では、出発の準備が始まっていた。

 とはいえ、今日すぐ王都へ行くわけではない。

 まずは近くの宿場町まで行き、そこで馬車を探す予定だ。

 王都ルミナリアまでは、徒歩だと数日。

 馬車ならもっと短い。

 私は徒歩長距離移動を全力で拒否した。

 理由は簡単。

 だるい。

 保守担当は移動距離にも厳しい。

「リリィさん、本当に行かれるのですね」

 村長が寂しそうに言った。

「確認しに行くだけ」

「王都の異常を、ですか」

「そう。王都イベントキューが容量超過してるし、婚約破棄イベントがどうとか、聖女の記憶領域がどうとか、通知がうるさいから」

 村長は何もわからない顔で頷いた。

「つまり、大変なことなのですね」

「たぶん」

「お気をつけください」

「うん」

 マリナが大きな包みを持ってきた。

「こちらをどうぞ」

「何?」

「パン、干し肉、木苺の焼き菓子、カボチャパイです」

「採用」

「多めに入れておきました」

「マリナ、わかってる」

「リリィさんは甘いものがお好きなようなので」

「まあ、嫌いじゃない」

「ふふ」

 マリナは優しく笑った。

 その笑顔を見ると、少しだけ胸の奥が変な感じになる。

 この人も、昨日まで同じセリフしか言えなかった。

 今はこうして、自分の言葉で笑っている。

 私は包みを受け取る。

「ありがと」

 小さく言うと、マリナは目を細めた。

「はい」

「何?」

「いえ。リリィさんから素直なお礼をいただけたので」

「今の取り消し」

「もう聞きました」

「ログから消して」

「心に記録しました」

「厄介な保存先」

 アルトが隣で少し笑った。

「いい村だな」

「うん」

 私は広場を見渡した。

 水を汲む人。

 畑へ向かう人。

 北門から外を眺める若者。

 木像を村の隅へ運ぼうとしている農夫たち。

「あ、像はちゃんと隅に置いてね。広場中央は禁止」

「はい!」

「文字も直して」

「もちろんです!」

 私は木像の板を確認した。

【小さき修復の保守担当リリィさん】

【村のバグを直してくれた人】

「まあ、許す」

 下に小さく文字が追加されていた。

【ざぁこ神を叱りし者】

「消せって言ったよね?」

 村人たちは一斉に目を逸らした。

 通信画面が開く。

『わしは少し気に入っておる』

「ノア、そこ喜ぶところじゃない」

『後世に名が残るかもしれん』

「ざぁこ神として?」

『……消そう』

「よし」

     ◇

 出発前。

 男の子が私のところへ走ってきた。

 手には、小さな布袋を持っている。

「リリィおねえちゃん!」

「おねえちゃんじゃない。保守担当」

「これ!」

 男の子は布袋を差し出した。

 中には、小さなお守りが入っていた。

 布で縫われた、手作りのお守り。

 形は少し歪んでいる。

 縫い目も粗い。

 でも、真ん中に小さな刺繍があった。

 紫色の髪の、小さな女の子。

 たぶん私だ。

「……これ、私?」

「うん!」

「似てる?」

「似てる!」

「私、こんな丸い?」

「かわいいよ!」

「丸いことは否定して」

 男の子はにこにこ笑っている。

「お母さんと作ったんだ。リリィおねえちゃんが、また帰ってこられるように」

「帰って……」

「うん。王都に行っても、またハル村に来てね」

 私はお守りを見つめた。

 また帰ってきてね。

 その言葉は、思ったよりも重かった。

 前世の私は、職場と家を往復するだけだった。

 帰る場所はあった。

 でも、休める場所ではなかった。

 障害通知が来れば、夜中でも起きた。

 休日でも、気持ちは休まらなかった。

 どこにいても、次のエラーが来る気がしていた。

 でも、この村は。

 バグだらけで、初日から最悪で、神様の尻拭いを山ほどさせられた村だけど。

 今は、少しだけ。

 帰ってきてもいい場所に見えた。

「……気が向いたらね」

 私はお守りを受け取った。

 男の子の顔が明るくなる。

「うん!」

「なくさないようにする」

「うん!」

「あと、おねえちゃん呼びは禁止」

「リリィおねえちゃん!」

「聞いてた?」

 男の子は笑いながら走っていった。

 私はお守りをポーチに入れる。

 管理画面には何も表示されない。

 ただの布のお守り。

 特別な効果なし。

 魔法なし。

 ステータス補正なし。

 でも、不思議と捨てる気にはならなかった。

 アルトが静かに言う。

「大事なものができたな」

「違う。ただの荷物」

「そうか」

「そう」

「大事な荷物だな」

「勇者くん、言い換えで攻めるのやめて」

 アルトは少し笑った。

     ◇

 出発の時間になった。

 村人たちが北門に集まっている。

 街道は、今日もちゃんと外へ続いていた。

 もう消えない。

 もう迷わせない。

 少なくとも、今のところは。

 村長が言う。

「リリィさん、アルト様。どうかご無事で」

「様いらない」

「アルトも様はいらないと思います」

 アルトがうなずく。

「ああ。アルトでいい」

 村長は微笑む。

「では、リリィさん、アルトさん。どうかご無事で」

 マリナが手を振る。

「お帰りをお待ちしています」

「だから、帰るって決めたわけじゃない」

「はい。お待ちしています」

「聞いてた?」

 村人たちが笑う。

 私はそっぽを向いた。

「まあ、パイが食べたくなったら来る」

「いつでも焼いておきますね」

「それはずるい」

 アルトは村人たちに深く頭を下げた。

「行ってきます」

 その声は、昨日よりずっとしっかりしていた。

 十年止まっていた勇者が、ようやく村を出る。

 村人たちは拍手をした。

 アルトは少し驚き、そして泣きそうな顔で笑った。

 私はその横を歩きながら言う。

「泣くの早い」

「まだ泣いていない」

「目が泣く準備してる」

「……気をつける」

「気をつけて止まるものなの?」

 そんなことを言いながら、私たちは村の境界を越えた。

 アルトが一歩外へ出る。

 今度は戻されない。

 ちゃんと、街道の上に立っている。

 彼は静かに息を吸った。

「外だ」

「うん」

「本当に、外だ」

「二回言わなくていい」

「すまない」

「謝りすぎ」

 私は管理画面を開く。

【通行者:リリィ・デバッグハート】

【通行者:アルト】

【判定:許可】

【街道状態:一部不安定】

【目的地候補:ミルカ宿場町】

「目的地はミルカ宿場町。徒歩半日」

「わかった」

「ただし、道案内看板に異常あり」

「道案内看板に?」

「うん」

 私は街道の先を見る。

 少し進んだところに、古い木の看板が立っていた。

 矢印が三つ。

 左。

 右。

 正面。

 そして、そのすべてに同じ文字が書かれていた。

【右】

「……」

 私は足を止めた。

 アルトも看板を見る。

「全部、右だな」

「うん」

「左の矢印にも右と書いてある」

「うん」

「正面の矢印にも右と書いてある」

「うん」

「これは、どう行けばいいんだ?」

 私は管理画面を開いた。

【道案内看板】

【状態:表示異常】

【全方向ラベル:右】

【旅行者混乱率:高】

「王都に行く前からこれ?」

 私は額に手を当てた。

「看板が全部右とか、思想強すぎ」

 背後で、ハル村の人々がまだ手を振っている。

 前方には、バグった街道。

 隣には、出力調整中の勇者。

 ポーチには、木苺の焼き菓子と、手作りのお守り。

 そして管理画面には、遠く王都の赤い警告が点滅している。

【王都イベントキュー:容量超過】

【婚約破棄イベント:実行準備中】

【聖女記憶領域:破損拡大中】

「……ほんと」

 私は小さく笑った。

「この世界、どこ歩いてもバグってるじゃん」

 アルトが真面目に尋ねる。

「まず、この看板を直すのか?」

「当然」

 私は看板に向かって指を鳴らした。

「王都に行く前に、道中のエラー掃除ね」

 そして、にやりと笑う。

「はいはい。保守担当、出張対応開始」


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