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第5話 村の出口が消えるとか、脱出ゲームじゃないんだから

第5話です。


会話、水、畑と順番に復旧してきたハル村。


しかし今度は、村の出口が消えていました。


住民を守るはずの防衛結界が、なぜか住民を村の中に閉じ込めている状態です。


保守担当リリィ、今度は村の出口を直します。

 村の出口が消えていた。

 いや、言い方を変えよう。

 ついさっきまで道だった場所が、森になっていた。

 村の北側。

 本来なら外の街道へ続いているはずの道。

 そこには、太い木々がぎっしりと生え、足元には背の高い草が茂り、奥には薄暗い森が広がっていた。

 道などない。

 まるで最初から、そこに出口なんて存在しなかったみたいに。

「……」

 私はその光景を見つめた。

 隣で村長が震えている。

「リリィさん……また、です」

「また?」

「はい。夜が近づくと、道が森に変わるのです」

「道が森に変わる」

「はい」

「なにそれ。ファンタジーの顔した不具合じゃん」

 私は管理画面を開いた。

【現在地:ハル村北門】

【異常検知:村境界処理】

【夜間防衛結界:解除失敗】

【住民通行判定:拒否】

【外部経路描画:非表示】

【外敵通行判定:不安定】

【影響:村外移動困難】

「うわぁ」

 思わず声が出た。

「防衛結界が住民を閉じ込めてる。ポンコツ防犯システムじゃん」

 村長が不安そうに聞いてくる。

「防衛結界……ですか?」

「たぶん、夜に魔物が入ってこないように村を守る結界。でも壊れてる」

「壊れていると、どうなるのですか?」

「住民を外に出さない。道を隠す。しかも外敵判定が不安定」

「外敵判定が不安定、とは……?」

 私は森の奥を見た。

 夕暮れの光が木々の間に沈み、森は黒く沈み始めている。

「魔物は入ってくるかもしれない」

「一番困るやつでは!?」

「そう。一番困るやつ」

 私はため息をついた。

 会話。

 井戸。

 畑。

 そして出口。

 この村、インフラ障害の詰め合わせセットすぎる。

 前世なら絶対に関わりたくない案件だ。

 でも今は、私が保守担当である。

 最悪。

「ノア」

 通信画面を開く。

 すぐに神様ノアの顔が表示された。

『今度は何もしておらんぞ!?』

「何もしてないからこうなってるんでしょ」

『ぐっ』

「村の出口が消えた」

『ああ、夜間防衛結界かのう』

「知ってるんだ?」

『うむ。この村は森に近いゆえ、夜間だけ外敵を防ぐ結界を張る設計にしておった』

「住民まで閉じ込めてるけど」

『……うむ』

「道も消してるけど」

『……うむ』

「しかも外敵判定が不安定で、魔物は入ってくるかもしれないけど」

『……うむ』

「何を守ってるの?」

『……雰囲気?』

「ざぁこ神」

『ぐはっ』

 通信画面の向こうで、ノアがいつものように胸を押さえた。

 私は冷めた目で見つめる。

「これ、十年前から?」

『おそらく、毒沼イベントの影響で境界処理にも異常が出たのじゃろう』

「また毒沼イベント」

『あのイベントを起点に、村周辺の複数システムが連鎖的に壊れたようじゃな』

「連鎖障害を十年放置」

『……』

「神様、運用レビューしたら一発で炎上するよ」

『もう炎上しておる気がするのう……主にわしの心が』

「自業自得」

 私は通信を切った。

 村長が恐る恐る尋ねる。

「リリィさん……この道も、戻せるのでしょうか」

「戻す」

 私は即答した。

「ただし、ちょっと厄介そう」

 村人たちが不安そうにざわめいた。

 私の後ろには、たくさんの人が集まっていた。

 農夫。

 宿屋の女将マリナ。

 子どもたち。

 老人。

 若者。

 会話が戻り、水が戻り、畑が戻り始めた。

 だからこそ、今度こそ外へ出られるのではないかと期待している。

 でも、同時に怖がってもいる。

 十年間、何度も出口に裏切られてきたのだろう。

「村長」

「はい」

「この道、今まで誰か通れたことある?」

 村長は首を横に振った。

「夜になると道が消え、朝になれば戻ることもありました。しかし、外へ出ようとすると、いつの間にか村の反対側に戻っているのです」

「ループしてるの?」

「おそらく。若者たちが何度も試しましたが、誰一人として外の街道へ辿り着けませんでした」

 若い男性が一歩前に出た。

「俺は三年前、村を出て助けを呼ぼうとしました」

「結果は?」

「半日歩いたはずなのに、気づいたら井戸の前にいました」

「井戸の前」

「はい」

「よりによって毒水井戸の前」

「はい」

「嫌がらせ性能高すぎ」

 若者は苦笑した。

「その時は、心が折れました」

「……そっか」

 村から出られない。

 助けも呼べない。

 水も毒。

 畑も育たない。

 言葉も通じない。

 それで十年。

 この村は、ゆっくり閉じ込められて、ゆっくり壊れていた。

 私は消えた道を見た。

「ほんと、脱出ゲームじゃないんだから」

 管理画面を展開する。

【村境界管理システム】

【本来処理】

・夜間、外敵侵入を防ぐ

・住民の通行は許可

・街道描画を維持

・緊急時は避難経路を開放

【現在処理】

・夜間、外敵侵入を一部防ぐ

・住民の通行を拒否

・街道描画を非表示

・避難経路を閉鎖

・通行失敗時、村内へ強制転送

「だめな処理の見本みたい」

 私は額を押さえた。

「防犯のつもりで、家の中の人間を閉じ込めてる。しかも泥棒はたまに入ってくる」

 村長が小さく言う。

「泥棒とは?」

「魔物みたいなもの」

「なるほど」

「いや、たぶん違うけど、今はそれでいい」

 私はさらに詳細を開く。

【異常原因】

【毒沼イベント発生時、村周辺を危険区域に設定】

【危険区域設定が解除されず継続】

【住民を危険区域外へ出さない保護処理が発動】

【外部経路は安全確認未完了のため非表示】

【安全確認処理:停止中】

「原因わかった」

 村人たちが一斉にこちらを見る。

「本来は、危ないから一時的に村人を外に出さない処理だったっぽい。でも、その危険状態が解除されないまま十年続いた。だから村が閉じ込められた」

「では、私たちは守られていたのですか?」

 村長の問いに、私は少し考えた。

「最初はね」

 私は森を見る。

「でも、守る処理を止め忘れたら、それは檻だよ」

 村人たちは黙り込んだ。

 その沈黙の中、森の奥から低い唸り声が聞こえた。

「……来たね」

 管理画面に警告が出る。

【外敵反応】

【森狼:3体】

【侵入経路:結界の穴】

【外敵判定:失敗】

【侵入まで:60秒】

「結界、魔物を弾けてないじゃん」

 村人たちがざわめく。

「森狼だ!」

「また夜に来たのか!」

「子どもたちを下がらせろ!」

 森の奥から、三つの影が現れた。

 灰色の毛並み。

 赤い目。

 牙をむき出しにした狼型の魔物。

 森狼。

 大きさは普通の狼より一回り大きい。

 たぶん村人がまともに戦うには危険な相手だ。

 私は森狼の頭上に浮かぶログを見る。

【森狼】

【敵対:中】

【侵入目的:食料探索】

【結界認識:通行可能】

【住民認識:獲物】

「外敵判定仕事しろ」

 私は指を鳴らした。

【簡易結界展開】

 透明な壁が、村人たちの前に広がる。

 森狼が飛びかかる。

 だが、結界に弾かれ、地面を転がった。

 村人たちから歓声が上がる。

「結界だ!」

「リリィさんが守ってくれた!」

「聖女様!」

「だから聖女じゃないってば!」

 私は管理画面を素早く操作する。

「住民は通す。外敵は弾く。道は見える状態を維持。転送処理は削除。避難経路は常時確保」

【修正案を生成中……】

【新境界処理】

・住民通行:許可

・登録友好者通行:許可

・外敵通行:拒否

・街道描画:常時表示

・緊急避難経路:有効

・迷走転送処理:無効化

・結界穴:自動補修

「そうそう。これくらい普通でいいの。普通が一番大事」

 森狼たちは結界の外で唸っている。

 私は森狼を見た。

「ちなみに、あんたたちも好きで入ってきたわけじゃない感じ?」

 管理画面を開く。

【森狼行動ログ】

【通常生息域:北の森奥地】

【餌場ルート:毒沼イベントにより変更】

【川周辺の魔力汚染により食料減少】

【村周辺へ接近】

「……また連鎖」

 毒沼イベントのせいで、魔物の餌場も変わっていた。

 川が汚れ、森の生態系が崩れ、森狼は村の近くまで来るようになった。

 村人が悪いわけではない。

 森狼だけが悪いわけでもない。

 全部、壊れた仕組みに押し流されている。

「めんどくさい世界」

 私は呟いた。

「でも、ここは村だからね」

 森狼を指差す。

「あんたたちの通行権限はなし」

【外敵通行判定を更新しますか?】

「実行」

【実行中……】

【森狼:外敵として登録】

【村境界通行:拒否】

【結界穴を補修】

【北森餌場ルート再計算】

【代替餌場を森奥へ誘導】

 結界が淡く光る。

 森狼たちはびくりと体を震わせた。

 そして、何かに導かれるように森の奥へ目を向ける。

 唸り声が小さくなる。

 一体、また一体と、森狼たちは村から離れていった。

 最後の一体がこちらを振り返る。

「わふ」

「犬みたいに鳴くな。狼でしょ」

 森狼は森の奥へ消えた。

 村人たちがほっと息を吐く。

「追い払った……」

「リリィさんが……」

「やはり聖女様……」

「次に聖女って言った人、障害報告書三枚ね」

 村人たちは一斉に黙った。

「よし」

     ◇

 森狼の侵入を止めたあと、私は境界処理の本体へアクセスした。

 村の北門に立ち、消えた道に向かって手を伸ばす。

 目の前に、幾何学模様のような結界線が浮かび上がった。

 透明な壁。

 薄く光る線。

 ところどころに穴。

 絡まった糸のように乱れた魔法式。

「汚い」

 思わず本音が出た。

 村長が聞く。

「また式が、ですか?」

「うん。式が汚い」

「神様の?」

「たぶん」

 通信を開く。

「ノア」

『今度は何を刺す気じゃ……』

「この結界式、誰が書いたの?」

『わしじゃ』

「でしょうね」

『もう少し驚いてくれてもよいのでは?』

「命名が“守るやつ一号”“守るやつ二号”“めっちゃ守るやつ”になってる」

『わかりやすいじゃろう?』

「ざぁこ命名」

『名前まで……』

「あと処理順が雑。住民判定より先に危険区域判定してるから、住民が全員“危険区域から出してはいけない対象”になってる」

『なるほど』

「なるほどじゃなくて」

『反省しておる』

「よし」

 私は結界式を編集し始めた。

【修正内容】

・住民判定を最優先へ変更

・友好者判定を追加

・外敵判定を独立化

・危険区域設定を解除

・街道描画を固定表示

・迷走転送処理を削除

・緊急避難経路を復旧

・結界穴の自動補修を追加

「本番更新、いくよ」

 村人たちが息を呑む。

 私は画面の【はい】を押した。

【更新中……】

【住民通行判定を修正】

【危険区域設定を解除】

【街道描画を復元】

【転送処理を停止】

【結界穴を補修】

【新境界処理を再起動】

 空気が震えた。

 村の周囲を覆っていた透明な膜のようなものが、ぱきん、と音を立てる。

 壊れたのではない。

 組み替わった。

 絡まっていた線がほどけ、村を柔らかく包み直していく。

 そして。

 森が揺れた。

 木々が左右へ退く。

 茂っていた草が薄くなる。

 土の下から、踏み固められた道が姿を現す。

 夕暮れの先へ続く、一本の街道。

 十年間隠されていた、村の出口だった。

「道が……」

 誰かが呟いた。

「道が戻った……!」

 若者が駆け出そうとする。

 私はすぐに手を伸ばした。

「待って」

 若者が足を止める。

「まだ安全確認してない。初回通行テストは私がやる」

「ですが、リリィさん」

「保守担当が確認しないで本番開放すると、後で泣くことになるの」

 私は街道へ一歩踏み出す。

 村人たちが見守る。

 一歩。

 二歩。

 三歩。

 結界の境界線を越える。

 今までなら、村へ戻されていたはずの場所。

 しかし、何も起きない。

 転送されない。

 森にも変わらない。

 足元にはちゃんと道が続いている。

 管理画面を見る。

【通行者:リリィ・デバッグハート】

【判定:友好者】

【通行:許可】

【転送処理:無効】

【街道描画:正常】

「よし」

 私は振り返った。

「通れるよ」

 その瞬間、村人たちから声が上がった。

「本当に!?」

「外に出られるのか!?」

「道が、道がある!」

 さっきの若者が恐る恐る歩き出す。

 一歩。

 二歩。

 三歩。

 境界を越える。

 彼は村の外に立った。

 何も起きない。

 転送されない。

 彼は震える手で、自分の足元を見た。

「……外だ」

 声が震えていた。

「俺、村の外にいる……!」

 彼はその場に膝をつき、顔を覆った。

「出られた……本当に、出られた……!」

 村人たちが次々に境界へ向かう。

 老人は村長に支えられながら。

 子どもたちは手を繋ぎながら。

 マリナは口元を押さえながら。

 みんな、ほんの数歩だけ村の外へ出る。

 たった数歩。

 でも、その数歩が、十年間できなかった。

「空が広い……」

 誰かが言った。

「同じ空なのに、外から見ると違うんだな」

 村長は道の前に立ち、深々と頭を下げた。

「リリィさん」

「だから、そういうのは――」

「言葉を戻し、水を戻し、畑を戻し、道を戻してくださった」

 村長の声は震えていた。

「この村は、もう檻ではありません」

 私は返す言葉に困った。

 こういう真面目な感謝は、本当にやりづらい。

 煽れない。

 茶化しづらい。

 逃げづらい。

「……まあ」

 私はそっぽを向いた。

「出口がない村とか、不便すぎるし」

 村長は笑った。

「はい」

「私が出入りしにくいと困るから直しただけ」

「はい」

「あと、木苺の流通にも影響あるし」

「はい」

「だから感謝しすぎないで」

「はい、ありがとうございます」

「聞いてた?」

 村人たちが笑った。

 その笑い声は、夕暮れの街道に広がっていった。

     ◇

 夜。

 ハル村には、久しぶりに静かな安心が訪れていた。

 会話がある。

 井戸が使える。

 畑が育つ。

 外へ続く道がある。

 そして、結界はちゃんと村を守っている。

 当たり前のことばかり。

 でも、この村にとっては、どれも十年ぶりの当たり前だった。

 私は宿屋の部屋で、ベッドに倒れ込んだ。

「つっかれた……」

 ふかふか、ではない。

 少し硬い。

 でも、野宿よりずっといい。

 私は天井を見上げた。

 転生初日から、会話バグを直し、井戸を直し、毒沼主の役割を外し、畑を直し、巨大カボチャで小屋を潰し、出口を直した。

 労働量がおかしい。

「神様、労働基準法を学べ」

 私は目を閉じようとした。

 その時。

 管理画面が、ぴこん、と音を鳴らした。

「……」

 私は目を開けない。

 ぴこん。

「……」

 ぴこん。

「うるさい」

 私は片目だけ開け、通知を見る。

【未処理クエストを検出しました】

【クエスト名:勇者チュートリアル】

【状態:進行不能】

【経過時間:3652日】

【優先度:高】

「……」

 私は起き上がった。

「三千六百五十二日」

 まただ。

 この村の異常と同じ日数。

 十年前から止まっている、別の何か。

「勇者チュートリアル?」

 詳細を開く。

【クエスト内容】

【薬草を三個集めよう】

【進行状況:2/3】

【クエスト対象者:村外れの訓練場に滞在中】

【状態:探索継続】

【精神負荷:高】

 私は無言で画面を見つめた。

 薬草を三個集める。

 進行状況、二個。

 経過時間、三千六百五十二日。

「……嘘でしょ」

 ベッドから起き上がる。

 窓の外には、静かなハル村がある。

 そして村外れには、まだ止まったままの誰かがいる。

 私は額に手を当てた。

「薬草三個集めるだけで十年詰むとか、どんなチュートリアルよ」

 通信画面を開く。

「ノア」

『今度こそ何じゃ……』

「勇者チュートリアル、十年止まってるんだけど」

『……』

「神様?」

『……』

「返事しろ」

『……すまぬ』

「謝罪で始まる案件、多すぎ」

 私はベッドから降り、工具ポーチを腰につけた。

 本当は寝たい。

 今すぐ寝たい。

 でも、画面にはまだ赤い通知が残っている。

【勇者チュートリアル:進行不能】

【経過時間:3652日】

 十年。

 また十年だ。

 誰かが、薬草を探し続けている。

 ずっと。

 ずっと。

「……はぁ」

 私は窓を開けた。

 夜風が頬を撫でる。

「勇者くん、十年間チュートリアルで詰んでるの?」

 呆れた声が出た。

 でも、胸の奥は少しだけ重かった。

 村人たちと同じように。

 毒沼主と同じように。

 この誰かもまた、壊れた仕組みに待たされている。

「ほんと、この世界」

 私はニヤッと笑った。

「止まってる人、多すぎ」

 そして部屋を出る。

「はいはい。次は勇者チュートリアルね」

 廊下を歩きながら、赤い通知を指で弾いた。

「薬草三個も集められない勇者くん、ちょっと見に行ってあげる」


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


村の出口バグも、無事に修正完了です。


会話ができる。

水が飲める。

畑が育つ。

外へ出られる。


当たり前のことばかりですが、ハル村にとっては十年ぶりの当たり前でした。


これで村の問題はひと段落……と思いきや、次は勇者チュートリアルのエラー通知です。


次回、第6話。

勇者くん、十年間チュートリアルで詰んでるの?

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