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第2話 村人全員、同じセリフしか言えないんだけど

第2話です。


ハル村に着いたリリィを待っていたのは、村人全員が「ようこそ旅人さん」しか言えないという初手から重めのバグでした。


神様が放置した世界、さっそく終わってます。


保守担当リリィ、最初の修正作業開始です。

「ようこそ旅人さん」

「ようこそ旅人さん」

「ようこそ旅人さん」

 異世界に転生して、最初に囲まれたのは魔物ではなかった。

 盗賊でもない。

 王国兵でもない。

 親切な村人でも、たぶんない。

 笑顔で同じセリフだけを繰り返す村人たちだった。

「……うん」

 私は半透明の管理画面を前に、ゆっくり頷いた。

「帰っていい?」

 もちろん、帰る場所などない。

 目の前には、石造りの小さな家が並ぶのどかな村。

 青い空。

 爽やかな風。

 遠くで鳴く鳥の声。

 景色だけなら平和そのものだ。

 だが、その平和な村の中央で、村人たちは全員、同じ角度で首を傾けていた。

「ようこそ旅人さん」

「ようこそ旅人さん」

「ようこそ旅人さん」

「怖い怖い怖い。歓迎の圧がすごい」

 私は一歩下がった。

 村人たちも一歩近づく。

「ようこそ旅人さん」

「詰めてこないで。距離感バグってるから」

 私は右手を軽く振った。

 指先に淡い光が集まり、目の前に管理画面が開く。

【現在地:ハル村】

【検出異常:NPC会話テーブル参照先固定】

【対象人数:312人】

【自由発話機能:停止】

【感情出力:固定】

【継続期間:3652日】

【優先度:高】

「三千六百五十二日……」

 十年。

 つまり、この人たちは十年間ずっと同じセリフしか言えなかったということになる。

 私は近くにいた農夫らしき男性を見上げた。

「ねえ、おじさん。私の言葉、聞こえてる?」

「ようこそ旅人さん」

「今の自分の状態、わかる?」

「ようこそ旅人さん」

「好きな食べ物は?」

「ようこそ旅人さん」

「神様ってポンコツだと思う?」

「ようこそ旅人さん」

「そこは同意してほしかったなぁ」

 私はため息をついた。

 次に、近くの宿屋らしき建物へ向かう。

 看板には、かすれた文字で「小鳥亭」と書かれていた。

 扉を開けると、カウンターの向こうに女将らしき女性が立っている。

 女将は私を見て、にこやかに言った。

「ようこそ旅人さん」

「宿泊できますか?」

「ようこそ旅人さん」

「一泊いくら?」

「ようこそ旅人さん」

「無料?」

「ようこそ旅人さん」

「有料?」

「ようこそ旅人さん」

「じゃあこの宿、機能停止してるじゃん」

 私はカウンターに肘をつき、管理画面を覗き込んだ。

【NPC個体名:マリナ】

【職業:宿屋女将】

【本来会話テーブル:宿泊受付/食事提供/村情報】

【現在参照先:初期挨拶文】

【自由発話:不可】

【行動処理:一部維持】

「行動処理は維持されてる……つまり、料理したり掃除したりはできる。でも言葉だけ出ないってこと?」

 私は宿屋の奥を見た。

 テーブルは整えられている。

 床も綺麗に掃かれている。

 カウンターの上には、焼きたてらしいパンまで置かれていた。

 村人たちは生活している。

 食べて、働いて、眠っている。

 けれど、話せない。

 何を思っても、何を感じても、口から出るのは同じ言葉だけ。

「……性格悪いバグ」

 私は小さく呟いた。

 そのとき、背後から子どもの声がした。

「ようこそ旅人さん」

 振り返ると、五、六歳くらいの男の子が立っていた。

 泥のついた服。

 手には木の玩具。

 笑顔。

 でも、その目の奥だけが、少し揺れているように見えた。

「君も、それしか言えないの?」

「ようこそ旅人さん」

「そっか」

 私はしゃがみ込み、男の子と目線を合わせた。

「怖かった?」

「ようこそ旅人さん」

「お父さんとか、お母さんに、助けてって言いたかった?」

「ようこそ旅人さん」

 男の子の笑顔は変わらない。

 けれど、小さな手が木の玩具をぎゅっと握りしめた。

 私はその手を見て、胸の奥が少しだけざらついた。

 十年。

 この子は、生まれたときからずっとこの言葉しか話せなかったのかもしれない。

 泣きたいときも。

 お腹が空いたときも。

 痛いときも。

 嬉しいときも。

 全部。

「ようこそ旅人さん」

 だけ。

 私は立ち上がった。

「……はい決定」

 管理画面を大きく開く。

「このバグ、今すぐ直す」

     ◇

 村の中央広場。

 私は噴水のそばに立ち、管理画面を操作していた。

 周りには村人たちが集まっている。

「ようこそ旅人さん」

「ようこそ旅人さん」

「ようこそ旅人さん」

「うるさい。今から直すから黙……れないんだった」

 私は顔をしかめた。

「神様、聞こえてる?」

 指先で通信ウィンドウを開く。

 数秒後、画面の端に白髭の神様ノアの顔が表示された。

『おお、リリィよ。無事に着任したようじゃな』

「無事じゃない。村人全員、同じセリフしか言えないんだけど」

『うむ。その村は初期会話処理に異常があってのう』

「知ってたなら先に言え」

『初期タスクとして表示したであろう?』

「タスク名だけじゃなくて影響範囲を書けって言ってんの。対象三百十二人、十年継続って、障害報告なら赤字太字で書くところでしょ」

『す、すまぬ』

「謝罪は後。原因は?」

『おそらく、会話テーブルの参照先が初期挨拶文に固定されておる』

「おそらく?」

 私は目を細めた。

「神様、もしかして詳細ログ見てない?」

『細かい文字が多くてのう』

「ざぁこ♡」

『ぐはっ』

 通信画面の中で、ノアが胸を押さえた。

 私は構わず解析を続ける。

【会話管理システム】

【本来参照先:個体別会話テーブル】

【現在参照先:COMMON_GREETING_001】

【固定原因:初期化処理失敗】

【異常発生日:10年前】

【トリガー:旅人イベント開始時】

「COMMON_GREETING_001……共通挨拶文ね」

 私はログをスクロールした。

 十年前、この村に旅人が来た。

 その時、本来なら村人たちが個別に挨拶するイベントが起動するはずだった。

 しかしイベント開始時にエラーが発生。

 全村人の会話参照先が、共通挨拶文に固定された。

 しかも、イベント終了処理が失敗したため、その状態が解除されないまま十年。

「初期挨拶イベントで村ひとつ潰すな。新人研修の課題でももっとマシだよ」

『手厳しいのう……』

「手厳しくされるだけの実装してるからでしょ」

 私は修正画面を開く。

【修正候補】

1. 会話参照先を個体別テーブルへ戻す

2. 固定状態を解除する

3. 十年間の未出力発話ログを復元する

4. 感情出力固定を解除する

「未出力発話ログ?」

 私は指を止めた。

 詳細を開く。

【未出力発話ログ】

【件数:18,902,441件】

【内容:個体が発話しようとしたが、固定文に置換された発言】

 私は一瞬、黙った。

 千八百九十万件。

 それは、この村の人たちが本当は言いたかった言葉の数だった。

 助けて。

 痛い。

 苦しい。

 ありがとう。

 ごめん。

 好き。

 寂しい。

 お腹すいた。

 もう嫌だ。

 生きててよかった。

 そういう言葉が全部、同じ挨拶に塗りつぶされていた。

「……ほんと、最悪」

 私は舌打ちした。

 通信画面の向こうで、ノアが申し訳なさそうに目を伏せる。

『リリィよ』

「何」

『直せるか?』

 私は鼻で笑った。

「誰に言ってんの?」

 指先に光が集まる。

「こんな初級バグ、私が直せないわけないじゃん」

 画面に手をかざす。

【修正処理を実行しますか?】

【はい/いいえ】

 私は迷わず、はいを押した。

【実行中……】

【会話参照先を復元】

【固定フラグを解除】

【感情出力を再同期】

【未出力発話ログを保護】

【個体別会話テーブル再構築】

 村全体に、淡い光が広がった。

 風が止まる。

 鳥の鳴き声も、噴水の水音も、一瞬だけ遠くなる。

 村人たちの笑顔が、ぴたりと止まった。

「ようこそ旅人さん」

 農夫が言った。

「ようこそ旅人さん」

 女将が言った。

「ようこそ旅人さん」

 子どもが言った。

 そして。

「……あ」

 誰かが、違う声を出した。

 広場の端にいた老人だった。

 彼は自分の喉に手を当て、目を見開いていた。

「あ……ああ……?」

 次に、宿屋の女将マリナが震える声で言った。

「わ、たし……」

 手から布巾が落ちる。

「私、話せる……?」

 農夫が膝をついた。

「声が……俺の声が……」

 子どもが木の玩具を抱きしめたまま、ぽろぽろと涙をこぼした。

「おかあさん……」

 その一言で、広場の空気が壊れた。

 村人たちが次々に声を上げる。

「話せる!」

「戻った……戻ったぞ!」

「母さん! 俺、俺……!」

「あなた、聞こえる? 私、ずっと……ずっと言いたかったの!」

「ごめん、ごめんなさい、あの時、怒ってなんかいなかったの!」

「痛かったって、言いたかったんだ!」

「怖かった……ずっと怖かった!」

 泣き声。

 笑い声。

 叫び声。

 抱き合う音。

 名前を呼ぶ声。

 十年間、村に閉じ込められていた言葉が、一斉に溢れ出した。

 私は少し離れた場所で、それを見ていた。

「……うるさ」

 そう言った声は、自分でも思ったより小さかった。

 子どもが走ってきた。

 さっきの男の子だ。

 彼は私の前で止まり、涙でぐしゃぐしゃの顔で言った。

「ありがとう!」

 私は一瞬、目をそらした。

「べ、別にあんたのためじゃないし」

「ありがとう、リリィおねえちゃん!」

「おねえちゃんって呼ぶな。そんな親しみやすい保守担当じゃない」

「でも、ありがとう!」

「二回言わなくていい。ログに残る」

 男の子は笑った。

 それは、さっきまでの固定された笑顔ではなかった。

 ちゃんと泣いたあとに、ちゃんと嬉しくて笑っている顔だった。

「……ふん」

 私はポーチから飴のようなものを取り出した。

 転生時に初期アイテムとして入っていた謎のお菓子だ。

「ほら」

「いいの?」

「うん。復旧祝い」

 男の子は大事そうに受け取った。

「ありがとう!」

「だから二回言わなくていいってば」

     ◇

 しばらくすると、村長らしき老人が私の前にやってきた。

 白い髭を震わせながら、深々と頭を下げる。

「旅の方……いや、リリィ様。あなたは、この村を救ってくださいました」

「様いらない」

「十年です」

 村長は顔を上げた。

 目には涙が浮かんでいた。

「私たちは十年間、自分の言葉を失っておりました。助けを求めることも、礼を言うことも、家族の名を呼ぶこともできなかった」

「……」

「それでも心は残っていた。言いたいことは、ずっと胸の中に積もっていたのです」

 村長は再び頭を下げた。

「本当に、ありがとうございます」

 周囲の村人たちも、一斉に頭を下げる。

 私は頬をかいた。

「やめて。そういうの苦手」

「しかし、この恩は――」

「恩とかいいから」

 私は腕を組んだ。

「ただの会話テーブル修正。初級バグ。こんなので崇められても困る」

 村長は首を傾げた。

「会話……てえぶる?」

「あー、説明しても長いからいい」

 私は管理画面を閉じた。

「とにかく、もう同じセリフしか言えないなんてことはないはず。変な症状が出たら、すぐ報告して」

「報告……とは?」

「障害報告。いつ、誰が、何をしたら、どうなったか。あと再現手順」

 村長は真剣な顔で頷いた。

「わかりました。村の掟に加えましょう」

「そこまでしなくていい」

 この村、真面目すぎる。

 すると、宿屋の女将マリナが近づいてきた。

「あの、リリィさん」

「何?」

「もしよろしければ、今日はうちに泊まってください。お代はいりません」

「え」

「十年ぶりに、ちゃんとお客様を迎えられるんです。どうか、泊まってください」

 その声は震えていた。

 でも、嬉しそうだった。

 私は少し考えた。

 安全な寝床。

 おいしいご飯。

 過度な残業なし。

 神様に出した勤務条件のうち、少なくとも二つは満たせそうだ。

「……まあ、そこまで言うなら泊まってあげてもいいけど」

「ありがとうございます!」

「勘違いしないでよ。野宿が嫌なだけだから」

 マリナは笑った。

「はい」

「あと、ご飯は多めで」

「もちろんです」

「甘いものある?」

「木苺のパイなら」

「採用」

 私は即答した。

 村人たちから小さく笑い声が起きる。

 さっきまで同じセリフしか言えなかった人たちが、今はそれぞれの声で笑っている。

 悪くない。

 まあ、ちょっとだけ。

 本当に、ちょっとだけ。

「直してよかったかも」

 そう思った瞬間だった。

 私の目の前に、赤い警告が表示された。

【警告】

【井戸水毒化処理が停止できません】

【影響範囲:ハル村全域】

【継続期間:10年】

【優先度:高】

 私は固まった。

 管理画面を二度見する。

「……は?」

 村長が心配そうに尋ねる。

「どうされました?」

 私はゆっくり振り返った。

「村長」

「はい」

「この村、井戸ある?」

「あります。しかし、十年前から毒水しか出なくなりましてな。今は遠くの川まで水を汲みに行っております」

「十年前から?」

「はい」

 私は空を見上げた。

 神様。

 聞こえてる?

 私は満面の笑みで通信を開いた。

「ノア」

『な、なんじゃ?』

「村人の会話バグ、直したよ」

『おお、さすがじゃ!』

「で、次なんだけど」

『次?』

「井戸が十年間、毒水吐き続けてるらしいんだけど」

『あっ』

 あっ、じゃない。

 私は笑顔のまま、拳を握った。

「神様さぁ」

『ま、待て、リリィ。話せばわかる』

「初手の村にバグ詰め合わせセット置くの、やめてくれない?」

『いや、その村は少々問題が多くてのう』

「少々?」

 私は管理画面の赤い警告を見た。

「会話不能十年。毒水十年。たぶん畑も結界も壊れてる。これで少々?」

『……多々?』

「ざぁこ神」

『ぐふっ』

 通信画面の向こうで、ノアが崩れ落ちる。

 私は深いため息をついた。

 宿屋。

 ご飯。

 木苺のパイ。

 休憩。

 それらが遠ざかっていく音がした。

「はぁ……」

 私は井戸の方を見た。

 村人たちは、まだ喜びの余韻の中にいる。

 でも、その生活はまだ戻りきっていない。

 言葉は戻った。

 次は水。

 面倒くさい。

 本当に面倒くさい。

 でも、放っておいたら、この村の人たちは明日も遠くの川まで水を汲みに行くのだろう。

 魔物が出るかもしれない道を、重い桶を持って。

 私は舌打ちした。

「……はいはい」

 管理画面を開く。

「保守担当、残業入りまーす」

 村長が目を丸くする。

「リリィ様?」

「様いらない。あと、井戸まで案内して」

「まさか、井戸まで直してくださるのですか?」

 私はニヤッと笑った。

「毒水吐きっぱなしの井戸とか、見てるだけで気持ち悪いじゃん」

 そして、赤い警告を指先で弾いた。

「そんなクソ仕様、私が止めてあげる」


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


村人たちは十年ぶりに、自分の言葉を取り戻しました。


ただの会話テーブル修正。

でも、誰かにとっては人生を取り戻すくらい大きな修正でした。


そして、休む間もなく次のエラーです。


次回、第3話。

井戸が無限に毒水を吐いてるとか終わってる。

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