第1話 神様、ログも読めないの?
新作です。
過労死した元システムエンジニアの少女が、勇者でも聖女でもなく「世界保守担当」として異世界に転生します。
剣で敵を倒す話ではなく、神様が放置した世界のバグを、毒舌で煽りながら直していくお話です。
まずは第1話。
神様、ちゃんとログ読んでください。
「――また障害?」
深夜二時。
薄暗いオフィスに、私の声だけが落ちた。
机の上には空になったエナジードリンクの缶が三本。
画面には真っ赤なエラーログ。
通知欄には、上司からのメッセージ。
『すぐ直せる?』
『朝までにお願い』
『原因だけ先に教えて』
『お客様が怒ってます』
「原因だけ先にって、原因わかったら半分直ってるんだけど」
私は椅子の背にもたれ、天井を見上げた。
前世の私は、システムエンジニアだった。
ゲームと甘いものと二度寝が好きな、どこにでもいる若手SE。
ただし、仕事運だけは終わっていた。
仕様書は古い。
設計者は退職済み。
テスト環境と本番環境はなぜか違う。
そして、なにか壊れるたびに呼ばれるのは私。
「ログも読めない人たちが、なんでシステム運用してるんだろ……」
最後にそう呟いたところまでは覚えている。
その後、視界がぐにゃりと歪んだ。
頭の奥で警告音みたいな耳鳴りがして、キーボードに伸ばした指先から力が抜けた。
そして、私は思った。
あ、これ、落ちる。
サーバーじゃなくて、私が。
◇
目を開けると、真っ白な空間にいた。
床も壁も天井もない。
ただ、どこまでも白い。
「……本番環境?」
寝起き一発目の感想がそれだった自分に、私はちょっと引いた。
いや、でも仕方ない。
さっきまで私は障害対応をしていたのだ。
白い画面を見ると、脳が勝手にエラー画面だと判断する。
と、その時。
「目覚めたか、選ばれし魂よ」
やけに偉そうな声が響いた。
振り向くと、そこには白いローブを着た老人が立っていた。
長い白髭。
金色の杖。
頭の上には、いかにも神々しい輪っかのような光。
見た目だけなら、完全に神様である。
見た目だけなら。
「私は創造神ノア。この世界を造りし神である」
「へぇ」
私は腕を組んだ。
「で?」
「で、とは?」
「いや、続き。こういうのってあるでしょ。あなたは死にました、新しい世界で第二の人生を送りなさい、みたいなやつ」
ノアと名乗った神様は、一瞬だけ言葉に詰まった。
「……理解が早いな」
「テンプレだからね」
「てんぷれ?」
「気にしないで」
私は白い空間を見回した。
死んだ。
たぶん過労死。
そして神様っぽい存在の前にいる。
つまり、異世界転生。
どうやら私の人生は、ブラック企業ルートからなろう系ルートへ分岐したらしい。
「それで? 私に何をさせる気?」
私は少しだけ期待した。
勇者。
聖女。
賢者。
魔王。
悪役令嬢。
まあ、どれでもいい。
せっかく転生するなら、今度こそ楽に生きたい。
できれば労働時間は短めで、睡眠時間は長めがいい。
神様ノアは、厳かな顔で言った。
「そなたには、我が世界を救ってもらいたい」
「出た。世界救済案件」
「我が作りし世界はいま、危機に瀕している」
「ふーん。魔王?」
「違う」
「邪神?」
「違う」
「勇者の闇堕ち?」
「違う」
「じゃあ何?」
神様ノアは、やたらと深刻そうな顔で、重々しく言った。
「バグじゃ」
私は黙った。
「……今、なんて?」
「バグじゃ」
「神様の口から聞きたくない単語ランキング上位なんだけど」
ノアは杖を振った。
すると、私の目の前に巨大な半透明の画面が開いた。
魔法陣のようにも、システム画面のようにも見える。
そこには、見覚えのありすぎる表示が並んでいた。
【WORLD STATUS】
【世界名:エルディア】
【稼働年数:1032年】
【最終メンテナンス:498年前】
【世界整合率:68.2%】
【未処理エラー:120,884件】
【重大障害:17件】
【緊急対応推奨:はい】
私は目を細めた。
「最終メンテナンス、四百九十八年前?」
「うむ」
「未処理エラー、十二万件?」
「うむ」
「重大障害、十七件?」
「うむ」
「……神様」
「なんじゃ?」
「運用舐めてる?」
ノアは気まずそうに視線を逸らした。
「いや、その……世界を造った当初は順調だったのじゃ。山を置き、海を広げ、魔法を流し、人と魔族を配置し、勇者と魔王の循環イベントを組み込み……」
「ちょっと待って」
「なんじゃ?」
「勇者と魔王の循環イベントって何?」
「世界の魔力を循環させるための基本構造じゃ」
「基本構造に戦争入れるな」
私は頭を抱えた。
ダメだ。
この神様、たぶん設計思想から危ない。
ノアはさらに画面を操作した。
今度は、赤い警告ログが大量に流れ出す。
【村人会話ループ異常】
【井戸水毒化処理停止不能】
【農地成長値マイナス固定】
【防衛結界解除失敗】
【勇者クエスト進行不能】
【聖女記憶領域破損】
【魔王行動処理停止】
【王都婚約破棄イベント定期実行中】
【ドラゴン飛行座標固定】
【海岸線描画遅延】
【一部スライムが空中に固定されています】
【天候処理:雨が三年待機中】
「多い多い多い」
私は思わず手を振った。
「何これ。世界っていうか、炎上案件じゃん」
「そこで、そなたの出番じゃ」
「私?」
「そなたは前世で、壊れた仕組みを読み解き、原因を探し、修正していた」
「まあ、してたけど」
「ゆえに、そなたを我が世界の保守担当として転生させる」
神様ノアが胸を張る。
「そなたの新たな役目は、勇者でも聖女でも魔王でもない」
そして、ありがたい神託のように告げた。
「世界保守担当じゃ」
私はゆっくり瞬きした。
「……つまり?」
「世界の不具合を直す者じゃ」
「つまり、転生しても障害対応?」
「そうとも言える」
「帰る」
「待て待て待て!」
私は背中を向けた。
でも白い空間なので、どこにも出口がない。
腹立つ。
UIとして不親切。
「ふざけないでよ。前世で散々ログ見て、仕様書読んで、原因調べて、深夜対応して、やっと死んだと思ったら、転生先でも保守? 神様、労基って知ってる?」
「ろうき?」
「知らないなら今すぐ覚えて」
ノアは慌てて両手を振った。
「もちろん、ただ働きではない。そなたには特別な権限を与える」
画面が切り替わった。
【固有スキル:世界保守】
・エラーログ閲覧
・イベントフラグ確認
・NPC会話テーブル修正
・クエスト条件修正
・魔法式デバッグ
・地形境界処理修復
・結界設定変更
・世界中枢への限定アクセス
「おお」
ちょっと便利そうだった。
いや、かなり便利そうだった。
「これで無双できる?」
「敵を直接倒す力ではない」
「ちぇ」
「だが、世界の仕組みに干渉できる。人々が呪いだと思っているものを解き、止まった運命を動かし、壊れた循環を修復できる」
「言い方だけは立派だね」
「そなた、神への敬意が薄くないか?」
私はノアを見上げて、にっこり笑った。
「ログも読めない神様に敬意?」
「ぐっ」
「四百九十八年メンテ放置して、未処理エラー十二万件溜めて、勇者も魔王も聖女もバグらせた神様に?」
「ぐぐっ」
「神様なのに運用ざぁこ♡」
ノアはその場に膝をついた。
「精神への攻撃が強すぎる……」
「事実でしょ」
私は鼻を鳴らした。
正直、最悪だと思った。
また保守。
また障害対応。
また誰かが放置した問題の尻拭い。
でも、画面に流れるログの中に、ふと目が止まった。
【村人会話ループ異常】
【継続期間:10年】
【対象人数:312人】
【自由発話:不可】
「……十年?」
私は思わず呟いた。
「この村の人たち、十年間ずっと同じことしか言えないの?」
「うむ。初期会話処理が破損しておる」
「直してないの?」
「わしには、細かい修正が難しくてのう」
「本当に神様?」
呆れた声が出た。
十年。
同じ言葉しか話せない。
助けてほしくても言えない。
泣きたくても、苦しくても、同じセリフしか出てこない。
それは、ちょっと。
「……笑えないじゃん」
私は小さく息を吐いた。
ノアが顔を上げる。
「引き受けてくれるか?」
「勘違いしないで」
私は人差し指を立てた。
「別に世界を救いたいわけじゃないから」
「う、うむ」
「神様のためでもないから」
「うむ」
「私はただ、バグまみれの世界で生活するのが嫌なだけ」
「それで十分じゃ」
「あと、勤務条件」
「勤務条件?」
「安全な寝床。おいしいご飯。過度な残業なし。休日あり。あと、神様からの面倒な割り込み通知は最小限」
「善処しよう」
「そこは確約しろ」
ノアは目を泳がせた。
この神、信用できない。
「まあいいや」
私は画面に表示された【転生開始】の文字を見た。
「名前は?」
「そなたの新たな名は、リリィ・デバッグハート」
「デバッグハートって、だいぶ役割に寄せてきたね」
「良い名であろう?」
「安直。でも嫌いじゃない」
私は口元を吊り上げた。
「いいよ。やってあげる」
ノアの表情が明るくなる。
「おお!」
「ただし」
私は神様に向かって、びしっと指を突きつけた。
「今度ログ放置したら、神域ごと再起動するから」
「神を脅すでない!」
「保守担当に逆らうな、ざぁこ神」
「ざぁこ神……」
ノアがまた崩れ落ちた。
その瞬間、私の足元に魔法陣が広がる。
白い空間が遠ざかる。
身体がふわりと浮いた。
視界の端に、最後のメッセージが表示される。
【世界保守担当:リリィ・デバッグハート】
【着任地点:ハル村】
【初期タスク:村人会話ループ異常の調査】
【状態:転生開始】
「はいはい。初日から障害対応ね」
私は笑った。
「見てなさいよ、ポンコツ神」
光が弾ける。
「このざぁこ世界、私が煽りながら直してあげる」
◇
次に目を開けると、私は草の上に寝転がっていた。
青い空。
白い雲。
遠くには森。
近くには石造りの家々。
いかにも異世界の村、という景色だった。
私は起き上がり、自分の手を見る。
小さい。
前世よりもずっと華奢な手。
髪は淡い紫色。
腰には小さな工具ポーチのようなもの。
右手を軽く振ると、半透明の管理画面が開いた。
【WORLD STATUS】
【現在地:ハル村】
【異常検知:村人会話ループ】
【優先度:高】
「ほんとに開いた」
私は少しだけ感心した。
その時、近くにいた農夫らしき男性がこちらに気づいた。
彼はにこやかに近づいてきて、言った。
「ようこそ旅人さん」
「あ、どうも」
私は軽く会釈する。
すると、別の女性が近づいてきた。
「ようこそ旅人さん」
「……ん?」
さらに子どもが走ってくる。
「ようこそ旅人さん」
老人が杖をついて現れる。
「ようこそ旅人さん」
宿屋の女将らしき人も顔を出す。
「ようこそ旅人さん」
村の奥から、また別の声。
「ようこそ旅人さん」
「ようこそ旅人さん」
「ようこそ旅人さん」
気づけば、村人たちが私を囲んでいた。
全員が笑顔。
全員が同じ角度で首を傾け。
全員が同じ声色で、同じ言葉を繰り返す。
「ようこそ旅人さん」
「ようこそ旅人さん」
「ようこそ旅人さん」
私は無言で管理画面を開いた。
【NPC会話テーブル参照先:初期挨拶文】
【自由発話機能:停止】
【感情出力:固定】
【継続期間:3652日】
「……十年、これ?」
村人たちは笑顔のまま言った。
「ようこそ旅人さん」
私は額に手を当てた。
神様。
初手からこれはない。
私はゆっくり息を吸い、にっこり笑った。
「この村、開幕から壊れてるじゃん」
そして、浮かび上がるエラーログを見ながら、私は指を鳴らした。
「はいはい、保守担当のお仕事開始ね」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
リリィ・デバッグハート、異世界保守担当として着任しました。
初手から村人全員が同じセリフしか言えないという、なかなか終わっている世界ですが、ここからリリィが文句を言いながら一つずつ直していきます。
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次回、第2話。
村人全員、同じセリフしか言えないんだけど。




