第17話 王国上層部、人間側のバグだった
第17話です。
セラフィナの記憶を取り戻すため、大聖堂地下の魔力中枢へ向かうリリィたち。
そこにあったのは、神様ノアが本来は王都を安定させるために置いた「王都イベント管理装置」でした。
しかし、その装置は王国上層部によって都合よく改造されていました。
王子を愚かな役割に固定し、クラリスを悪役令嬢にし、セラフィナの自己犠牲を美談として利用する。
バグは自然発生だけではありませんでした。
今回は、人間側がかなり終わってます。
大聖堂地下第三層。
黒い石の扉には、金色の封印文字が刻まれていた。
王国に不都合な真実は、神の名のもとに封じる。
その文面を見た瞬間、場の空気が冷えた。
セラフィナは青ざめ、クラリスは唇を噛み、レオンハルトは拳を握りしめている。
アルトは静かに剣の柄へ手を添えていた。
まだ抜いてはいない。
えらい。
でも、その手に力が入っているのはわかる。
「王国に不都合な真実、ね」
私は扉を見上げた。
「自分で不都合って書いちゃうあたり、隠蔽初心者?」
レオンハルトが苦しそうに言う。
「こんな封印が、王都の地下に……」
「王子くん、知らなかった?」
「ああ。地下に魔力中枢があることは知っていた。だが、このような封印があるとは……」
「まあ、百四十八回婚約破棄させられてた王子に機密共有するとは思えないしね」
レオンハルトは返す言葉もなく目を伏せた。
クラリスが扉を見つめる。
「王国上層部が、何かを隠しているのですね」
「たぶんね」
私は管理画面を開いた。
【王国機密封印】
【封印対象:王都イベント管理装置】
【作成者:王国上層部】
【封印目的:改ざん痕跡の隠蔽】
【神名認証:偽装】
【解除難度:中】
「改ざん痕跡」
私は目を細めた。
「はい、だいぶ黒」
ノアの通信窓が開いたまま、じじい神が涙目でこちらを見ている。
『リリィよ、本当にわしではないぞ? わしはそんな封印文を書いておらぬぞ?』
「うん。そこは信じる」
『おお……!』
「でも、そもそも変な装置を放置した責任はあるからね」
『おお……』
ノアの顔がしわしわに落ち込んだ。
私は封印へ手をかざす。
「解除する」
アルトが一歩前に出た。
「何か出るかもしれない」
「出たら?」
「守る」
「剣は?」
「必要になるまで抜かない」
「よし」
クラリスも横に立つ。
「私も、真実を見届けます」
セラフィナも小さく頷いた。
「私の記憶が失われた理由を、知りたいです」
レオンハルトは苦い顔で扉を見つめている。
「俺も知る義務がある。王族として、そして……加害に使われた者として」
「言い方重いけど、逃げないのはよし」
私は封印文字に指を触れた。
【封印解除を実行しますか?】
【警告:王国反逆行為と判定されます】
【警告:王国上層部へ通知されます】
【警告:拘束部隊が派遣される可能性があります】
「警告が多い」
私は半目になる。
「でもね、こっちは前世で“本番環境に直接入るな”って警告を百回見ても入らされた女だよ」
アルトが首を傾げる。
「それは、よいことなのか?」
「よくない」
「ではなぜ誇らしげに?」
「今は勢いが大事だから」
私は【実行】を押した。
【封印解析中……】
【神名認証偽装を検出】
【王家紋章鍵を分解】
【上層部通知処理を遅延】
【封印解除】
金色の文字が、ぱきん、と音を立てて砕けた。
黒い扉がゆっくり開く。
冷たい風が流れ出した。
その奥にあったのは、地下室というより、巨大な機械室だった。
壁一面に走る魔法文字。
天井から垂れる光の管。
中央には水晶と金属でできた巨大な装置。
魔法陣と歯車とホログラムが混ざったような、不思議な構造物。
その中心で、青白い光が脈打っている。
【王都イベント管理装置】
【本来用途:都市イベント安定化補助】
【設置者:創造神ノア】
【現在状態:改造済み】
【改造者:王国上層部】
【不正改ざん:多数】
「……」
私は黙って表示を見た。
ノアの通信窓が震える。
『そ、それは……』
「神様、心当たりある?」
『王都の人々が大規模イベントで混乱しないよう、補助装置を置いた記憶はある。祭りや式典、災害時の避難誘導などを安定させるためのものじゃ』
「それを?」
私は装置の表面に表示された改造ログを見る。
【改造内容】
・王族行動フラグ固定機能追加
・貴族役割判定機能追加
・民衆感情誘導強化
・記憶補正範囲拡大
・物語悪役認識フィルター追加
・聖女自己犠牲美化処理追加
・反王国人物の悪役化処理追加
「うっわ」
声が出た。
「なるほどね。自然発生バグじゃなくて、改造失敗か」
アルトが険しい顔で装置を見る。
「これが、王子やクラリス、セラフィナを苦しめていたものなのか」
「元凶の一部だね」
私はさらにログを展開する。
【王子レオンハルト】
【役割固定:愚かな王子】
【目的:民衆の不満を王族個人へ集約】
【利用方法:王家批判の制御】
【クラリス・フォン・アイゼンベルグ】
【役割固定:悪役令嬢】
【目的:貴族派閥の不満処理】
【利用方法:不正追及者の信用低下】
【聖女セラフィナ】
【役割固定:清らかな聖女】
【目的:民衆信仰値の維持】
【利用方法:自己犠牲の美談化】
【民衆感情誘導】
【目的:不満の方向制御】
【利用方法:王国に逆らう者を物語の悪役として認識】
「……」
クラリスが息を呑んだ。
「私が悪役にされたのは……不正を指摘したから?」
「ログ上はそう」
私は表示を指差した。
「王家予算、学園予算、貴族の契約不備。クラリスが色々見つけたから、邪魔だったみたい」
クラリスの顔が白くなる。
「そんな理由で……」
レオンハルトが震える声で言う。
「俺は、民衆の不満を集める道具にされたのか」
「王子くんを“愚か”にしておけば、国が変でも『愚かな王子のせい』で済むからね」
私は冷たく言った。
「便利なサンドバッグ」
レオンハルトは拳を震わせた。
セラフィナは、自分の胸元を押さえている。
「私は……信仰を保つために……?」
「聖女が苦しみながら人を癒す。民衆は感動する。王国は神に選ばれた国っぽく見える」
私は奥歯を噛んだ。
「しかも記憶燃料の件も、上層部は知ってた可能性が高い」
【聖女記憶燃料化】
【上層部認識:あり】
【対応:秘匿】
【広報処理:尊き献身として美化】
【魔力供給遮断:継続】
セラフィナの瞳が大きく揺れた。
「知っていて……止めなかったのですか」
「止めなかったどころか、利用してた」
私は装置を睨む。
「人間側のバグ、だいぶ深刻」
その時だった。
機械室の奥から、拍手の音が響いた。
ぱち、ぱち、ぱち。
ゆっくりとした拍手。
全員が振り向く。
暗がりから、一人の男が現れた。
黒い宰相服。
銀混じりの髪。
細い眼鏡。
痩せた顔に、薄い笑み。
年齢は五十前後だろうか。
彼は落ち着いた足取りで、私たちの前に立った。
【対象:グレイン・ヴァルム】
【役職:王国宰相】
【権限:王都イベント管理装置・上級操作権】
【危険度:高】
「宰相グレイン……」
レオンハルトが低く呟いた。
グレインは優雅に頭を下げた。
「殿下。まさかこのような場所でお会いするとは」
「この装置は何だ」
レオンハルトの声には怒りが滲んでいる。
「答えろ。俺たちに何をした」
グレインは、まるで困った生徒を見る教師のように微笑んだ。
「王国を守るための管理ですよ」
「管理……?」
「ええ」
彼は中央の装置を見上げる。
「王国には物語が必要なのです。愚かな王子、哀れな令嬢、清らかな聖女。民はわかりやすい筋書きを求める」
クラリスの表情が強張る。
セラフィナは信じられないものを見るような目で宰相を見つめていた。
グレインは続ける。
「政治は複雑です。税も、外交も、貴族派閥も、民衆には理解しきれない。だからこそ、物語が必要なのです。誰が悪く、誰が尊く、誰が愚かで、誰に祈ればよいのか」
「それで人の人生を壊したのか」
アルトが低く言う。
グレインはアルトを見た。
「勇者殿。あなたには理解しやすい話でしょう。勇者は魔王を倒す。民はそれを望む。複雑な事情など必要ありません」
アルトの目が鋭くなる。
「僕は、人の人生を筋書きにするために剣を持っているわけではない」
「立派なことです」
グレインは穏やかに笑う。
「ですが、民は立派な理想より、わかりやすい物語に安心する」
私は鼻で笑った。
「人の人生で脚本家ごっこしてるの? きっしょ」
グレインの視線が私へ向く。
初めて、その目に興味の色が浮かんだ。
「あなたが、リリィ・デバッグハートですね」
「そうだけど」
「世界保守担当。神の権限に近い力を持ち、世界の裏側を読み、修正できる存在」
「言い方が嫌」
「素晴らしい力です」
「もっと嫌」
グレインは笑った。
「その力、王国の管理に使える」
場の空気が、一段冷えた。
私は即答した。
「やだ。あんたの下で働くくらいなら、スライムの経理やる」
アルトが小さく呟く。
「スライムに経理があるのか?」
「知らない。でもそっちの方がマシ」
グレインは笑みを崩さない。
「拒否されるとは思っていました。しかし、あなたは少し誤解している」
「何を?」
「我々は悪ではありません」
私は無言で眉を上げた。
グレインは堂々と続ける。
「王国を維持するためには、秩序が必要です。民衆の不安を制御し、貴族の争いを物語として処理し、信仰を保ち、王家への批判を適度に逃がす。誰か一人ひとりの苦しみより、国全体の安定が重要なのです」
「その“誰か”がクラリスで、セラフィナで、レオンハルトだったわけ」
「彼らは高貴なる者です。民のために役割を果たす責務があります」
クラリスが静かに言った。
「私に悪役として嘲笑される責務があったと?」
グレインは少しも悪びれない。
「あなたは有能すぎた。多くの不正に気づき、多くの者の不都合を暴こうとした。あなたをそのまま放置すれば、王国の均衡が崩れていた」
「だから悪女にしたのですね」
「王国のためです」
セラフィナが震える声で言う。
「私の記憶は……?」
「聖女の尊き献身は、民の心を救いました」
「私の記憶を失うことも、知っていたのですか」
「必要な犠牲でした」
その瞬間、レオンハルトが叫んだ。
「黙れ!」
地下室に声が響く。
レオンハルトは怒りに震えていた。
「俺を愚かな王子にしたことも、クラリスを悪女にしたことも、セラフィナの記憶を奪ったことも、すべて王国のためだと言うのか!」
「殿下」
グレインは静かに言った。
「あなたが本当に聡明であれば、民は王国の歪みに気づいてしまう。愚かな王子は、必要な役割だったのです」
レオンハルトの顔から血の気が引く。
私は一歩前に出た。
「つまり、優秀な人間も、邪魔なら役割で潰す。都合のいい犠牲は美談にする。民衆にはわかりやすい悪役を与える」
私はにやりと笑った。
「やっぱり人間側のバグじゃん」
グレインは首を傾げる。
「バグではありません。統治です」
「バグだよ」
私は管理画面を開いた。
【王都イベント管理装置】
【状態:不正改造】
【人為的改ざん:検出】
【倫理制約:解除済み】
【対象者同意:なし】
【精神負荷管理:無効】
【役割固定による人格侵害:多数】
「同意なし。精神負荷管理なし。人格侵害多数」
私はグレインを睨む。
「人を管理対象のデータみたいに扱うな」
「世界保守担当であるあなたが、それを言うのですか?」
グレインの声が少し鋭くなる。
「あなたもまた、世界を管理画面で見ている。人をログで読み、フラグで判断し、修正している」
アルトが反応しかける。
でも、私は手で制した。
「そうだよ」
私は認めた。
「私はログを見る。フラグも見る。バグも直す」
グレインの笑みが深くなる。
「ならば我々と同じでは?」
「全然違う」
私は即答した。
「あんたは役割を押し付ける。私は外す」
クラリスがこちらを見る。
「私は、人に“こう動け”って固定しない。動けなくなってる人を、動けるように戻す」
セラフィナが涙を浮かべる。
「選ぶのは本人。許すかどうかも、癒すかどうかも、王子でいるかどうかも、聖女でいるかどうかも」
私はグレインを指差した。
「あんたがやってるのは保守じゃない。支配」
地下室に静寂が落ちる。
グレインはしばらく私を見つめていた。
そして、ふっと笑った。
「やはり危険ですね」
「そっちの台詞?」
「あなたは王国の秩序を乱す」
「クソ秩序なら乱れていいでしょ」
「その判断を、あなた一人に委ねるわけにはいきません」
グレインが指を鳴らした。
中央装置の周囲に赤い光が走る。
【王都イベント管理装置】
【防衛処理:起動】
【侵入者判定:リリィ・デバッグハート】
【補助対象:宰相グレイン】
【拘束部隊:召喚】
壁の奥から、金属音が響く。
魔力で動く鎧兵たちが、次々と現れた。
無人の騎士。
青白い光を宿した目。
手には槍。
胸には王国紋章。
【王国魔導騎士】
【状態:自動制御】
【命令:侵入者拘束】
【対象:リリィ・デバッグハート】
【副対象:同行者】
アルトが前に出る。
今度は、剣を抜いた。
澄んだ音が地下室に響く。
「リリィ」
「今は抜いてよし」
「わかった」
クラリスはセラフィナを庇うように立つ。
レオンハルトはグレインを睨みつけた。
「宰相……!」
グレインは涼しい顔で言う。
「殿下。あなたも少々、休んでいただきます。混乱した王子の言葉は、民を惑わせますので」
「まだ俺を愚かな王子に戻す気か」
「必要であれば」
レオンハルトの目に怒りが宿る。
「二度と、俺の人生をお前の物語には渡さない」
グレインは笑った。
「では、抵抗なさるとよい」
魔導騎士たちが一斉に構える。
私は管理画面を開いた。
【拘束処理:開始】
【シナリオ防衛戦:強制発生】
【イベント名:反逆者リリィ捕縛】
「勝手にイベント名つけんな」
私はホログラムを展開し、にやりと笑う。
「反逆者じゃなくて保守担当」
赤い警告が視界を埋める。
でも、怖くはなかった。
むしろ、やっと敵の顔が見えた。
「王国上層部、人間側のバグだった」
私は指先を鳴らした。
「じゃあ、まとめてデバッグ開始ね」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
王都イベントの真相が明らかになりました。
もともとは都市を安定させる補助装置だったものを、王国上層部が不正に改造し、人々を都合のいい役割へ押し込んでいました。
王子は愚かな王子に。
クラリスは悪役令嬢に。
セラフィナは悲劇の聖女に。
そして、その黒幕として宰相グレインが登場しました。
彼にとっては、人の人生すら王国を維持するための「物語」の一部でしかありません。
リリィ的には、もちろん即アウトです。
次回、第18話。
命令口調の依頼は受け付けてません。




