第16話 回復魔法の燃料が記憶とか、設計者出てこい
第16話です。
聖女セラフィナの回復魔法に隠されていた、記憶を燃料にするという最悪の仕様。
しかしリリィが解析してみると、本来の回復魔法は、周囲の魔力を使って発動するものでした。
それが魔力循環バグによって壊れた結果、セラフィナ自身の記憶が代わりに削られていたのです。
幼少期の記憶。
家族の顔。
好きだった花。
友人との約束。
誰かを助けるたびに、彼女は大切なものを失っていました。
リリィ、今回はかなり本気で怒ります。
大聖堂前の広場は、静まり返っていた。
さっきまで民衆は、聖女セラフィナの奇跡を待っていた。
怪我人を癒し、王都の不安を鎮め、空から光を降らせる。
そんな美しい場面を期待していたのだろう。
でも、私の目に見えていたのは奇跡なんかじゃない。
【聖癒魔法式:発動準備】
【魔力不足】
【代替燃料:記憶データ】
【消費候補:幼少期の記憶/母の声/クラリスとの会話記憶】
【発動停止中】
私はセラフィナの手首を掴んだまま、管理画面を睨んでいた。
「回復魔法の燃料が記憶とか、設計者出てこい」
低い声が出た。
自分でもわかるくらい、不機嫌な声だった。
セラフィナは震えている。
白い聖女服。
細い指。
涙で潤んだ瞳。
さっきまで彼女は、当たり前みたいに自分の記憶を差し出そうとしていた。
誰かが助かるなら、私のことは構いません。
優しい言葉だ。
綺麗な言葉だ。
でも、私はそれが嫌いだ。
自分が何を失うのかも知らないまま、笑って差し出す自己犠牲なんて、優しさじゃない。
ただの搾取だ。
「リリィ様……」
セラフィナが小さく言う。
「私の魔法は、本当に……私の記憶を……?」
「そう」
私は管理画面を操作する。
「今から詳しく見る」
空中に、白と金の魔法陣が浮かび上がった。
セラフィナの回復魔法式。
複雑な円環。
祈りの文様。
女神の祝福を示す文字列。
外側には、大聖堂の魔力循環網へ接続するための経路。
本来なら、すごく綺麗な構造だった。
「……あれ?」
私は目を細める。
魔法式の奥を見て、気づく。
「これ、最初から記憶燃やす設計じゃない」
アルトが近づいてくる。
「どういうことだ?」
「本来は、周囲の魔力を集めて回復に使う式」
私は魔法陣の外周を指差す。
「ここ。外部魔力取り込み経路がある」
クラリスが真剣な顔で聞く。
「では、セラフィナ様の記憶を使う必要は、本来なかったのですか?」
「ない」
私は即答した。
セラフィナが息を呑む。
「では、なぜ……」
「バグってるから」
私はさらに解析を進める。
【聖癒魔法式:解析中】
【本来仕様:外部魔力を取り込み、対象者の損傷を修復】
【外部魔力供給元:王都大聖堂魔力中枢】
【現在状態:供給経路遮断】
【魔力循環:異常】
【不足時代替処理:内部資源を燃料化】
【内部資源参照先:セラフィナ記憶領域】
「最悪」
私は歯を食いしばった。
「本来は大聖堂の魔力中枢から魔力を受け取るはずだった。でも循環バグで外部魔力が入ってこない」
アルトが表情を硬くする。
「だから代わりに、セラフィナ自身の記憶を?」
「そう」
私はログを睨む。
「魔力が足りない。じゃあ本人の内部資源から取ろう。内部資源って何? 記憶領域。はい燃料化」
言っていて、吐き気がした。
あまりに雑だ。
あまりに残酷だ。
足りないものを、人の大事なものから勝手に持っていく。
「人の思い出を燃料扱いするな。最低」
広場に、私の声が落ちた。
誰も何も言わなかった。
神官たちも。
民衆も。
王子も。
クラリスも。
怪我をしていた兵士でさえ、痛みに耐えながらこちらを見ていた。
セラフィナは、自分の胸元を握りしめている。
「私は……」
彼女の声は震えていた。
「私は、何を忘れてしまったのでしょうか」
私は言葉に詰まった。
いつもなら、ここで何か言えたはずだ。
「ざぁこ仕様」とか。
「神様、設計レビューしろ」とか。
「記憶燃やすとか発想が邪悪すぎ」とか。
いつものように煽って、空気を少し軽くして、作業に入る。
でも、セラフィナの顔を見たら、うまく言葉が出なかった。
何を忘れてしまったのか。
それは、たぶん本人が一番知りたい。
でも、本人には思い出せない。
失ったものが何なのかすら、わからない。
それが、どれだけ怖いことか。
私は管理画面に視線を戻した。
【損傷済み記憶領域】
【幼少期:欠落多数】
【家族記憶:断片化】
【好きだった花:名称欠落】
【友人との約束:破損】
【初めて祈った日の記憶:部分欠落】
【自分の本当の夢:アクセス不可】
「……」
私は息を吸う。
そして、できるだけ落ち着いた声で言った。
「大丈夫」
セラフィナが顔を上げる。
「大丈夫。まだ完全には消えてない。ログが残ってる」
「ログ……」
「そう。欠落してるけど、痕跡はある。完全削除じゃない」
私は表示を切り替える。
【記憶バックアップ断片:検出】
【復元可能性:あり】
【復元率予測:部分的】
【完全復元条件:大聖堂魔力中枢へのアクセス】
「全部戻せるって約束は、まだできない」
私は正直に言った。
「でも、何もしないよりはずっと戻せる」
セラフィナの瞳から、涙が一粒落ちた。
「私……思い出せるのでしょうか」
「思い出せるものは、取り戻す」
「もし、戻らないものがあったら……?」
「その時は」
私は少しだけ言葉を選んだ。
「その時は、これから新しい記憶を作ればいい。でも、勝手に奪われた分は、できるだけ取り返す」
セラフィナは泣きそうな顔で笑った。
「リリィ様は、優しいのですね」
「違う」
私は即答した。
「バグにキレてるだけ」
アルトが小さく笑った。
「それを優しさと言うのだと思う」
「勇者くん、余計な翻訳しない」
「すまない」
「謝り癖も後で直す?」
「それは仕様だ」
「面倒な仕様」
少しだけ、空気が緩んだ。
けれど、問題はまだ山積みだった。
怪我人の兵士は苦しんでいる。
セラフィナの魔法は使わせられない。
回復魔法式の外部魔力経路は遮断されている。
私は魔法式をさらに見る。
【外部魔力経路:遮断】
【遮断地点:大聖堂地下魔力中枢】
【遮断理由:不明】
【代替経路:未設定】
【一時修正案:周囲魔力から少量供給】
【成功率:中】
【記憶消費:なし】
「よし。まず怪我人」
私は怪我をした兵士の方へ向いた。
「セラフィナの記憶は使わない。周囲魔力で小規模回復する」
神官が慌てて叫ぶ。
「そんな勝手なことを! 聖女様の奇跡は神聖な――」
「神聖な記憶燃料炉にする気?」
私は睨んだ。
神官は黙った。
私はセラフィナに言う。
「手、貸して」
「はい」
「でも魔法は発動しない。私が経路を切り替える。あなたは、怪我人を助けたいって気持ちだけ向けて」
「それだけでよいのですか?」
「今はそれでいい」
セラフィナは頷いた。
私は管理画面を操作する。
【聖癒魔法式:一時修正】
【記憶燃料変換処理:遮断】
【周囲魔力取得:微量】
【回復対象:兵士】
【効果範囲:限定】
【副作用:なし】
「実行」
セラフィナの掌に、白い光が灯る。
さっきのような強烈な光ではない。
柔らかく、小さな光。
でも、それで十分だった。
兵士の傷口がゆっくり塞がっていく。
呼吸が落ち着く。
顔色が少し戻る。
【回復完了】
【記憶消費:0%】
私は大きく息を吐いた。
「はい、記憶消費ゼロ」
セラフィナが自分の手を見る。
「今……何も忘れていません」
「うん」
「忘れずに、人を助けられた……」
「そういうのが本来仕様」
怪我人の兵士が涙を浮かべた。
「聖女様……ありがとうございます」
セラフィナは何か言おうとして、少しだけ迷った。
そして、静かに言う。
「私だけの力ではありません」
彼女は私を見た。
「リリィ様が、私を止めてくださいました」
民衆の間に、ざわめきが広がる。
「記憶を失わずに癒せるのか……」
「では今まで、聖女様は……」
「我々は何を求めていたのだ……」
期待の目が、少しずつ後悔の目に変わっていく。
全員が悪人だったわけではない。
ただ、知らなかった。
知らされなかった。
そして、知ろうとしなかった。
それもまた、罪なのかもしれない。
私は大聖堂の方を見る。
【完全復元条件:大聖堂魔力中枢へのアクセス】
【魔力循環バグ修正条件:地下中枢確認】
【警告:アクセス制限あり】
「問題は地下か」
クラリスが近づいてくる。
「大聖堂の地下には、王都の魔力中枢があると聞いたことがあります」
「入れる?」
クラリスは少し考えて、首を横に振った。
「通常、王族と大司教、そして一部の高位神官しか入れません」
レオンハルトが顔を上げる。
「王族なら、俺がいる」
「今の王子くん、信用される?」
私が聞くと、レオンハルトは苦い顔をした。
「……難しいだろうな」
「まあ、百四十八回婚約破棄した直後だしね」
「返す言葉もない」
「でも王族認証には使えるかも」
私はレオンハルトのログを見る。
【王族認証権限:有効】
【王都魔力中枢アクセス:一部可能】
【制限:上層部封印あり】
「一部可能。封印あり」
アルトが前に出る。
「強行するのか?」
「できれば静かに行きたい」
「無理そうか?」
「かなり」
私は大聖堂の入口を見る。
すでに神官たちが慌ただしく動いている。
さっき私が表示したログを見て、明らかに動揺している者。
逆に、こちらを敵意の目で見る者。
そして、誰かに連絡しようと奥へ走っていく者。
「隠したいものがある顔してる」
私は呟いた。
セラフィナが不安そうに言う。
「大聖堂の方々が、何かを隠しているのですか?」
「全員じゃないと思う。でも上の方は怪しい」
私は魔力中枢への経路を表示する。
【大聖堂地下経路】
【入口:祭壇裏】
【認証:王族/大司教】
【封印階層:地下第三層】
【封印文:検出不可】
【危険度:中】
「地下第三層」
レオンハルトが頷く。
「案内する。俺にも責任がある」
クラリスが静かに言う。
「私も行きます」
レオンハルトが驚く。
「クラリス、君は休んで――」
「決めるのは私です」
クラリスの声は強かった。
レオンハルトは言葉を止める。
そして、深く頷いた。
「……そうだったな」
私はクラリスを見る。
「無理しなくていいけど」
「無理かどうかも、私が決めます」
「いい返事」
セラフィナも一歩前へ出た。
「私も行きます。私の記憶のことですから」
「途中で魔法使おうとしたら止めるからね」
「はい」
「自己犠牲ムーブ禁止」
「むーぶ……」
「覚えなくていい。でも禁止」
セラフィナは小さく頷いた。
アルトは私の隣に立つ。
「僕も行く」
「勇者くんは来ると思ってた」
「守るために」
「剣は?」
「抜くべき時までは抜かない」
「よし」
◇
私たちは大聖堂の中へ入った。
内部は、外よりもさらに静かで荘厳だった。
高い天井。
青いステンドグラス。
長い赤い絨毯。
左右に並ぶ女神像。
そして、奥の祭壇。
そこに近づいた瞬間、管理画面に赤い表示が出た。
【祭壇裏入口】
【地下魔力中枢への通路】
【認証要求】
レオンハルトが前に出る。
「ルミナリア王家第一王子、レオンハルトの名において、地下中枢への通行を求める」
祭壇の床に光が走った。
【王族認証:成功】
【通行許可:一部】
【封印階層へのアクセス:制限】
重い音を立てて、祭壇の裏に階段が現れる。
冷たい空気が下から流れてきた。
私は小さく息を吐く。
「地下ダンジョンっぽくなってきた」
アルトが少しだけ嬉しそうにする。
「ダンジョンなら、僕の出番か?」
「喜ばない」
「すまない」
「謝らない」
「……わかった」
私たちは階段を下りた。
地下は暗かった。
壁には魔力灯が並んでいるが、ところどころ点滅している。
空気は湿っていて、古い魔法の匂いがした。
進むにつれて、管理画面の表示が増えていく。
【魔力循環網:異常】
【中枢出力:低下】
【供給先:大聖堂上層/王城/貴族街】
【聖癒魔法式への供給:遮断】
【遮断設定:人為的】
「人為的」
私は足を止めた。
全員がこちらを見る。
クラリスが顔を強張らせる。
「人為的、ということは……」
「誰かが意図的に、聖女の魔法への魔力供給を止めた」
セラフィナが息を呑む。
「どうして……?」
「わからない。でも、嫌な予感しかしない」
さらに階段を下りる。
地下第三層。
そこには大きな扉があった。
黒い石でできた扉。
中央には王国の紋章。
その周囲を、金色の封印文字が囲んでいる。
レオンハルトが眉をひそめる。
「これは……王家の封印だ」
「読める?」
クラリスが近づき、封印文を見た。
顔色が変わる。
「……これは」
「何て書いてあるの?」
クラリスは迷ったように唇を噛む。
それから、静かに読み上げた。
「王国に不都合な真実は、神の名のもとに封じる」
地下に沈黙が落ちた。
セラフィナは言葉を失っている。
レオンハルトは愕然としていた。
アルトは拳を握りしめる。
私は封印文を見上げた。
【封印種別:王国機密封印】
【目的:情報隠蔽】
【対象:魔力中枢設定/聖女魔法供給遮断理由】
【作成者:王国上層部】
【神名利用:あり】
「……へぇ」
声が冷たくなった。
「神の名のもとに、ね」
ノアの通信窓が勝手に開いた。
『リ、リリィよ、わしはその封印に関与しておらぬ! 本当に!』
「知ってる。たぶん人間が勝手に神の名前使ってる」
『そ、それはそれで悲しいのう……』
「悲しんでる場合じゃない」
私は封印扉に手をかざした。
王国上層部が仕掛けた封印。
聖女の記憶を犠牲にしてきた理由。
魔力中枢の遮断。
神の名を使った隠蔽。
見た目だけ綺麗な王都。
その地下に、こんなものを隠していた。
「この国」
私は口元を歪めた。
「バグだけじゃなくて人間もだいぶ終わってるね」
封印文字が赤く光る。
【警告:封印解除は王国反逆行為と判定されます】
【警告:王国機密へのアクセスを禁止します】
【警告:退去してください】
私はにやっと笑った。
「やだ」
指先に、紫色のホログラムが集まる。
「保守担当、王国機密封印の解析に入ります」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
聖女セラフィナの記憶喪失の原因が判明しました。
本来は大聖堂の魔力中枢から魔力を受け取るはずだった回復魔法が、供給経路の異常によって、彼女自身の記憶を燃料にしていました。
人を助けるために、自分の思い出を失っていく。
しかも、それを周囲は「尊い献身」として扱っていた。
リリィが怒るのも当然です。
ただ、完全に消えたわけではなく、記憶のログはまだ残っています。
セラフィナが失ったものを取り戻すため、次は大聖堂地下の魔力中枢へ向かいます。
次回、第17話。
王国上層部、人間側のバグだった。




