第18話 命令口調の依頼は受け付けてません
第18話です。
王国上層部がイベント管理装置を不正に改造していたことが判明し、ついに宰相グレインと対峙するリリィたち。
グレインは、リリィの「世界を修復する力」を王国の管理に使えと命じます。
しかしリリィは、もちろんそんな命令に従う気はありません。
王子、クラリス、セラフィナ、アルト。
これまで役割に縛られていた人たちも、自分の意思でリリィの側に立ちます。
ただ、追い詰められた宰相は、王都イベント管理装置を暴走させようとして……。
大聖堂地下の魔力中枢室に、金属音が響いた。
壁の奥から現れた魔導騎士たちが、私たちを囲む。
青白い光を宿した兜。
王国紋章の刻まれた胸当て。
感情のない動き。
命令だけを実行する、便利で気持ち悪い鎧兵。
【王国魔導騎士】
【命令:侵入者拘束】
【対象:リリィ・デバッグハート】
【副対象:同行者】
【制御元:王都イベント管理装置】
「はいはい、強制戦闘イベントね」
私は管理画面を開いたまま、宰相グレインを睨む。
グレインは涼しい顔で立っていた。
まるで、この状況すら予定通りだと言わんばかりに。
「リリィ・デバッグハート」
彼は静かに言った。
「あなたの力は危険です。ですが、正しく運用すれば王国に大きな利益をもたらす」
「正しく?」
「ええ。王国の秩序を守るために使うのです」
グレインは一歩前に出る。
「世界を修復する力を、王国のために使え」
私は鼻で笑った。
「命令口調の依頼は受け付けてません」
グレインの眉がわずかに動く。
「これは依頼ではありません。王国宰相としての命令です」
「じゃあ、なおさら却下」
「拒めば反逆者だ」
「自分の都合で世界いじってる人たちに反逆者扱いされても、説得力ゼロなんだけど」
魔導騎士たちが槍を構える。
アルトが私の前に立った。
抜かれた剣が、地下の青白い光を反射する。
「リリィには触れさせない」
その声は静かだった。
でも、強かった。
【勇者アルト】
【状態:戦闘準備】
【出力制御:安定】
【対象保護:リリィ・デバッグハート】
「勇者殿」
グレインはため息をつく。
「あなたは本来、王国を守る側の存在でしょう」
「王国と、王国を操る者は違う」
「まだ若い」
「十年チュートリアルで詰んでいたので」
アルトは真顔で言った。
「そのぶん、考える時間はあった」
「勇者くん、地味に言い返し強くなってる」
「リリィの影響だと思う」
「責任取りたくないなぁ」
魔導騎士の一体が踏み込んだ。
槍が鋭く突き出される。
アルトは剣で受け流した。
金属音。
衝撃で床の魔法陣が震える。
「っ……!」
アルトは一歩も下がらない。
以前なら、力の出力が暴走して周囲ごと吹き飛ばしていたかもしれない。
でも今は違う。
必要な分だけ。
守るための力だけ。
彼はちゃんと制御している。
【勇者出力:12%】
【周囲被害:最小】
【対象防御:成功】
「えらい、勇者くん」
「今、褒められると集中が乱れる」
「あとで褒める」
「頼む」
クラリスが一歩前に出た。
魔導騎士の槍が彼女へ向きかける。
レオンハルトが即座に前に出た。
「やめろ!」
王子の声に、魔導騎士たちの動きが一瞬だけ止まる。
【王族命令:検出】
【宰相権限と競合】
【優先度判定中】
グレインが冷たく言う。
「殿下。あなたの権限は現在、制限されています」
「俺の名で動いていた装置だろう」
「王国のために、王族権限にも制御は必要です」
「それを、支配と言う」
レオンハルトの声は震えていた。
怒りで。
後悔で。
それでも彼は逃げなかった。
「俺は、王子としてではなく、レオンハルトとして証言する」
彼はグレインを睨む。
「俺は操られていた。クラリスを断罪する意思などなかった。だが、その口で彼女を傷つけた。王国上層部は、それを知りながら利用した」
クラリスも前へ出る。
彼女の顔はまだ青い。
でも、声ははっきりしていた。
「私も証言します」
グレインの目が細くなる。
「アイゼンベルグ公爵令嬢。あなたは混乱しています」
「いいえ」
クラリスは真っ直ぐに言った。
「私は、私の意思で話しています」
その言葉に、私は少しだけ口元を緩めた。
いいね。
役割を剥がされた後、自分の言葉で立っている。
「私は悪役令嬢などではありません。王子殿下の政務を支え、学園運営を改善し、孤児院を支援していました。それらをすべて悪意ある行動として歪めたのは、この装置です」
彼女は中央のイベント管理装置を指した。
「そして、それを利用したのは王国上層部です」
セラフィナも震えながら前に出た。
「私も……話します」
神官たちに囲まれていた時とは違う。
今のセラフィナは、誰かに求められた聖女の顔ではなかった。
怖がっている。
泣きそうになっている。
それでも、自分の言葉を選ぼうとしている。
「私は、人を癒すたびに記憶を失っていました」
地下室に沈黙が落ちる。
「それを、尊い献身だと教えられてきました。でも、本当は……怖かった。忘れていくのが怖かった。自分が誰なのか、わからなくなるのが怖かった」
セラフィナは胸元を握る。
「それでも、皆様が望むなら笑わなければならないと思っていました。私は聖女だから、と」
彼女はゆっくり顔を上げる。
「でも、私はもう、自分を燃料にする奇跡を当たり前にはしたくありません」
その言葉に、管理装置が反応した。
【聖女役割固定:低下】
【自己犠牲美化処理:失敗】
【民衆信仰誘導:不安定】
【証言拡散リスク:高】
「効いてる」
私は呟いた。
「役割固定が崩れてる」
グレインの表情から、初めて余裕が少し消えた。
「くだらない」
彼は低く言った。
「個人の感情で、王国の秩序を揺るがすつもりですか」
「個人の感情?」
私は笑った。
「人間って、だいたい個人の感情で生きてるんだけど。知らなかった? 宰相なのに?」
「王国は感情では保てません」
「感情を踏み潰して保つ王国、だいぶ欠陥品だよ」
グレインは中央装置へ手をかざした。
嫌なログが走る。
【王都イベント管理装置】
【緊急統制モード:準備】
【対象範囲:王都全域】
【役割再割当:可能】
【民衆自由意志抑制:制限解除】
「待って」
私は顔をしかめた。
「何する気?」
グレインは静かに言った。
「あなた方が役割を拒むなら、王都全体に役割を再設定します」
レオンハルトが叫ぶ。
「やめろ!」
「殿下。混乱した王都を収めるには、誰もが自分の役割を思い出す必要があるのです」
「違う!」
グレインは装置に指を置いた。
「兵士は兵士らしく」
【兵士役割強制:準備】
「貴族は貴族らしく」
【貴族役割強制:準備】
「聖女は聖女らしく」
【聖女役割強制:準備】
「悪役は悪役らしく」
【悪役認識フィルター:全域展開準備】
私は背筋が冷えるのを感じた。
こいつ、本気だ。
王子やクラリスやセラフィナだけじゃない。
王都中の人間を、役割に押し込む気だ。
兵士は命令に従うだけ。
貴族は支配するだけ。
民衆は歓声を上げるだけ。
聖女は犠牲になるだけ。
悪役は責められるだけ。
全員を舞台の登場人物にして、自由意志を薄める。
「最悪」
私は即座に管理画面を操作する。
【緊急統制モード停止を試行】
【権限不足】
【王都中枢管理者権限が必要】
【現在権限:世界保守担当・限定アクセス】
【競合権限:宰相グレイン】
「権限で負けてる?」
私は舌打ちした。
グレインが笑う。
「この装置に関しては、私の方が長く触れている」
「長く触って不正改造しただけでしょ。古参面すんな」
「経験は力です」
「腐った運用歴を誇るな」
魔導騎士たちが再び動いた。
アルトが前へ出る。
剣が走る。
槍を弾き、鎧の関節を狙い、破壊ではなく停止させる。
【魔導騎士A:駆動停止】
【魔導騎士B:右腕機能停止】
【魔導騎士C:拘束行動失敗】
アルトは息を乱しながらも、周囲を巻き込まないよう戦っている。
レオンハルトも床に落ちていた槍を拾い、魔導騎士の進路を塞いだ。
「俺にも戦わせろ」
「王子くん、戦えるの?」
「王族教育で剣は習っている」
「百四十八回婚約破棄してたから鈍ってない?」
「言い方が刺さる!」
「刺さっても動いて」
「わかった!」
クラリスは装置の端末を見つけ、貴族として学んだ管理知識で認証画面を開いていた。
「リリィさん、この端末、貴族管理用の記録が残っています!」
「ナイス!」
クラリスが端末に表示された証拠を読み上げる。
「貴族派閥の敵対値操作、寄付金の流用隠蔽、反対派への悪役認識フィルター付与……これを公開できれば!」
「公開処理ある?」
「あります。ですが封印されています」
「封印だらけ。王国、パスワード管理雑そう」
セラフィナは怪我人に駆け寄りそうになって、途中で止まった。
自分の手を見つめる。
また、記憶を燃やしてしまうかもしれない。
その恐怖がある。
でも、彼女は逃げなかった。
「リリィ様」
「何?」
「記憶を燃やさない回復なら、できますか」
「小規模なら、さっきの経路でいける」
「では、教えてください。私は、自分を失わずに人を助けたい」
私は一瞬、彼女を見た。
それから笑った。
「いいじゃん」
管理画面をセラフィナ側に共有する。
【聖癒魔法式:安全モード】
【記憶燃料変換:遮断】
【周囲魔力取得:微量】
【対象:味方負傷者】
【発動補助:リリィ】
「この光の流れだけ見て。深く使おうとしない。足りない分を記憶で補おうとしたら私が止める」
「はい」
「自己犠牲禁止」
「はい」
「忘れないこと」
セラフィナは涙を浮かべながら頷いた。
「忘れません」
白い光が灯る。
小さいけれど、確かな光。
【記憶消費:0%】
「よし」
私は頷いた。
その瞬間、王都全域へ向けて装置が起動した。
【緊急統制モード:実行】
【王都全域へ役割強制信号を送信】
【市民A:観客】
【市民B:噂役】
【兵士C:命令実行者】
【貴族D:支配者】
【子どもE:無垢な証言者】
【反対派F:悪役候補】
地下室の壁に、王都中の映像が映し出された。
市場。
商人が突然、同じ笑顔で客引きを始める。
「さあ、物語の始まりです」
兵舎。
兵士たちの目から光が薄れ、命令書を一斉に手に取る。
「王国に逆らう者を拘束せよ」
貴族街。
貴族たちが胸を張り、冷たい笑みを浮かべる。
「我らは高貴なる者」
大聖堂前。
民衆が膝をつき、聖女の名を唱え始める。
「聖女様は尊き犠牲を」
そして中央広場。
何人かの市民が、突然一人の青年を指差した。
「あいつは怪しい」
「物語を乱す悪役だ」
「捕まえろ」
何もしていない人間が、悪役にされようとしている。
「……っ」
アルトが歯を食いしばる。
「王都全体が……」
「舞台になってる」
私は管理画面を睨んだ。
警告が、視界いっぱいに広がる。
【王都イベントシステム:暴走】
【全住民への役割強制を開始】
【自由意志抑制度:上昇中】
【完全固定まで:15分】
十五分。
それが過ぎれば、王都の人々は自分の役割を疑えなくなる。
観客は観客として笑い。
兵士は兵士として従い。
聖女は聖女として捧げ。
悪役にされた者は、悪役として責められる。
私は舌打ちした。
「最悪。王都ごと舞台装置にする気?」
グレインは静かに微笑む。
「混乱した人々には、筋書きが必要なのです」
「いらない」
私は管理画面を両手で広げた。
赤い警告の奥に、王都全域のフラグが見える。
複雑で、汚くて、改ざんだらけ。
でも、まだ完全には固定されていない。
「筋書きなんかなくても、人は自分で動ける」
紫色の光が、指先から広がる。
「保守担当、王都全域イベント暴走の緊急対応に入ります」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
宰相グレイン、完全にアウトでした。
人々を役割に押し込んで王国を管理しようとするタイプの、かなり嫌な権力者です。
でも今回は、リリィだけでなく、アルト、クラリス、レオンハルト、セラフィナもそれぞれ自分の意思で立ち上がりました。
誰かに決められた役割ではなく、自分の言葉で証言し、自分の行動を選び始めています。
しかし宰相は最後の手段として、王都全体に役割を強制しようとします。
兵士は兵士らしく。
貴族は貴族らしく。
聖女は聖女らしく。
悪役は悪役らしく。
王都編、いよいよクライマックスです。
次回、第19話。
王都ごとイベント会場にするな。




