第14話 王子、人生が定期実行タスクになってるよ
第14話です。
クラリスの悪役固定フラグを解除したことで、王子レオンハルトにも異変が起きます。
彼は悪意で婚約破棄を繰り返していたわけではありませんでした。
「愚かな王子」という役割に固定され、毎週同じ断罪イベントを実行させられていた被害者でもあったのです。
ただし、操られていたからといって、クラリスが傷ついた事実は消えません。
リリィは、許すかどうかをシステムでも王子でもなく、クラリス自身に返します。
王都中央広場は、さっきまでとは違う静けさに包まれていた。
数分前まで、貴族たちはクラリスを悪女と呼び、民衆は断罪劇を見世物のように眺めていた。
けれど、クラリスの悪役固定フラグを解除したことで、場の空気が変わった。
「クラリス様は、本当に悪女だったのか……?」
「孤児院へ本を寄付してくださったのは、確かにクラリス様だった」
「そういえば、王子殿下の政務を支えていたのも……」
「では、今までの断罪は……?」
ざわめきが広がる。
でも、その中心で一番震えていたのは、王子レオンハルトだった。
彼は自分の手を見つめていた。
まるで、自分の体が自分のものではなかったと、今になって気づいたみたいに。
「俺は……」
声がかすれている。
「俺は、何をしていた……?」
私は管理画面を開いたまま、レオンハルトのログを確認する。
【対象:レオンハルト・ルミナリア】
【役割:王子】
【イベント割当:愚かな王子】
【行動:婚約破棄宣言】
【感情補正:傲慢化】
【記憶補正:翌週リセット】
【実行周期:7日】
【実行回数:148回】
【本人悪意:低】
【本人責任:判定保留】
「うわぁ」
私は思わず声を漏らした。
レオンハルトが顔を上げる。
「何が……見えている?」
「王子くんの人生ログ」
「人生ログ……?」
「うん」
私は表示を見ながら、半目になる。
「王子くん、人生が定期実行タスクになってるよ。ウケる。いや、笑えないけど」
アルトが横で眉を寄せた。
「定期実行タスクとは?」
「決まった時間に、同じ処理を自動で繰り返すやつ」
「つまり、レオンハルト殿下は……」
「毎週、婚約破棄するように実行されてた」
アルトの顔が険しくなる。
「本人の意思ではなく?」
「少なくとも、かなり強く補正されてる」
私はさらに詳細を開いた。
【王子イベント行動詳細】
【イベント開始時:王子レオンハルトを会場へ誘導】
【感情補正:傲慢化】
【判断力:低下】
【発話自由度:制限】
【断罪台詞:固定文を出力】
【クラリス発言:無視処理】
【セラフィナ発言:抑制】
【イベント終了時:記憶補正】
【翌週:再登録】
「クラリスの発言は無視。セラフィナの発言は抑制。王子は固定文出力」
私は舌打ちした。
「恋愛イベントじゃなくて、悪質な自動処刑装置じゃん」
レオンハルトの顔色がさらに悪くなる。
「俺は……固定文を……?」
「うん。さっきの婚約破棄宣言、ほぼ台本」
「台本……」
「でも、言ったのはあなたの口」
広場の空気が冷えた。
クラリスが小さく息を呑む。
レオンハルトは顔を歪めた。
「そう、だな」
彼は震える声で言う。
「どれほど操られていたとしても、君を傷つけた声は、俺のものだ」
クラリスは何も言わなかった。
言えなかったのかもしれない。
レオンハルトの頭上で、赤いログが激しく揺れる。
【記憶補正:崩壊中】
【過去イベント断片:浮上】
【精神負荷:急上昇】
【安全装置:未設定】
「待って」
私は慌てて画面を操作した。
「百四十八回分の記憶を一気に戻すな。人間の頭をログファイル展開先にするな」
【記憶断片復元】
【第1回】
【第2回】
【第3回】
【第4回】
【第5回】
……
「止まれって!」
私は復元速度を落とす。
【復元速度:強制低下】
【精神保護バッファを生成】
【断片再生を段階化】
レオンハルトは胸を押さえ、膝をつきかけた。
アルトがすぐに支えようと動く。
しかし、レオンハルトは片手を上げて、それを制した。
「いや……いい」
彼は苦しそうに息をする。
「見なければ、ならない」
「全部一気に見たら壊れるよ」
私が言うと、レオンハルトは唇を噛んだ。
「それでも、俺は……逃げるわけにはいかない」
「逃げるなとは言ってない。壊れるなって言ってるの」
私は管理画面を操作しながら言う。
「責任を取るにも、まず正気を保って。壊れた王子に謝られても、クラリスが困るでしょ」
レオンハルトは息を止めた。
そして、ゆっくりクラリスを見た。
クラリスは、まだ涙の跡を残した顔で立っている。
強い。
とても強い。
でも、強いからといって傷ついていないわけではない。
レオンハルトの中に、記憶断片が流れ込む。
それは、空中にも淡い映像として漏れた。
一回目の断罪。
広場ではなく、王城の夜会。
若いクラリスが青ざめながら、必死に言う。
『殿下、何かの誤解です。私は――』
『黙れ、悪女め』
レオンハルト自身の声。
冷たく、傲慢で、切り捨てるような声。
次の断片。
学園の講堂。
クラリスが唇を震わせる。
『どうして、また……』
また次。
王都の庭園。
クラリスが涙をこらえ、拳を握っている。
『私は、何度否定すればよいのですか……』
また次。
中央広場。
クラリスが膝をつき、周囲から嘲笑されている。
レオンハルトは彼女を見下ろし、同じ言葉を吐く。
『婚約を破棄する』
同じ声。
同じ表情。
同じ痛み。
断片が増えるたび、レオンハルトの顔から血の気が引いていく。
「やめろ……」
彼は小さく呟いた。
「いや、違う……やめるな……見なければ……」
私は復元速度をさらに絞る。
「見ればいいってもんじゃない。自罰で気持ちよくなろうとするな」
レオンハルトが顔を上げる。
「自罰……?」
「そう。自分を責めて潰れれば、それで償った気になれる。でも、それじゃ何も返せない」
広場が静まり返る。
私の声だけが響く。
「百四十八回傷つけたなら、百四十八回ぶん自分を殴って終わりじゃない。これからどうするかを、ちゃんと選びなよ」
レオンハルトは震えた。
アルトが静かに言う。
「リリィ……」
「何?」
「君は、厳しいな」
「甘くして直るバグじゃないからね」
でも、言ってから少しだけ息を吐いた。
「あと、王子くんだけが悪いとも言ってない」
私はレオンハルトのログを指差す。
【本人悪意:低】
【判断力補正:強】
【行動自由度:低】
【イベント支配率:高】
「王子くんも被害者側ではある」
周囲がざわめいた。
「殿下も……?」
「操られていたというのか?」
「では、この断罪は……」
私は周囲を睨む。
「でも、被害者だからって、クラリスが受けた痛みが消えるわけじゃない」
クラリスの肩が小さく震えた。
私は彼女を見る。
「あなたがすぐ許す必要はない」
クラリスが息を呑む。
「……私が?」
「そう。許すかどうかはクラリスが決めること。システムでも王子でもない」
レオンハルトが目を伏せた。
クラリスはゆっくりと、自分の胸元に手を当てる。
まるで、自分の感情がそこにあるかを確かめるように。
「私は……」
彼女の声は震えていた。
「私は、殿下が操られていたのだと聞いて……安心した部分もあります」
レオンハルトが顔を上げる。
クラリスは続ける。
「私が何度否定しても、殿下は聞いてくださいませんでした。だから、私の言葉には何の価値もないのだと、そう思い続けていました」
彼女の目に、また涙が浮かぶ。
「けれど、それが殿下ご自身の意思だけではなかったのだと知って……少しだけ、救われました」
「クラリス……」
「ですが」
クラリスの声が少し強くなる。
「それでも、私は傷つきました」
広場の空気が止まる。
「何度も、人前で悪女と呼ばれました。信じていた方々から冷たい目を向けられました。自分が何をしたのかもわからないまま、何度も、何度も……」
彼女はレオンハルトを見た。
「だから、今すぐに許すことはできません」
レオンハルトは深く頭を下げた。
「当然だ」
その声には、さっきまでの傲慢さはなかった。
彼はそのまま、石畳の上に膝をついた。
王子が、人前で膝をついた。
周囲の貴族たちが息を呑む。
「クラリス」
レオンハルトは震える声で言った。
「すまない……俺は、君を何度も傷つけた」
クラリスは唇を結んだ。
「……はい」
「操られていたから仕方がないなどと、言うつもりはない。君に向けられた言葉は、俺の口から出た。君が浴びた視線を止められなかったのも、俺だ」
彼は深く頭を下げる。
「許してほしいとは、今は言えない。ただ、謝罪させてほしい」
クラリスは目を閉じた。
長い沈黙。
広場の誰もが、その返事を待っていた。
けれど、私は周囲を睨む。
「何みんなで返事待ってるの」
貴族たちがびくっとする。
「これはクラリスの問題。観客席で判定待ちしてるんじゃないよ」
令嬢の一人が顔を赤くする。
「わ、私たちは……」
「さっきまで悪女悪女って言ってた人たちも、後で自分の発言ログ確認するからね」
貴族たちが一斉に目を逸らした。
クラリスは、少しだけ驚いたように私を見た。
そして、小さく息を吐いた。
「……今は、謝罪を受け取ります」
レオンハルトが顔を上げる。
クラリスは静かに続けた。
「ですが、許すかどうかは、まだ決められません」
「ああ」
「私自身も、自分が何を感じているのか、わからないのです。怒りもあります。悲しみもあります。殿下も被害者だったのだという理解もあります。でも、それらが全部混ざっていて……」
彼女は胸元を押さえる。
「すぐに綺麗な答えにはできません」
私は頷いた。
「それでいい」
クラリスがこちらを見る。
「よいのですか?」
「すぐに許せない自分を悪役扱いしなくていいってこと」
私は管理画面を軽く叩く。
「このクソシステムは、たぶん“許す美しい令嬢”とか“怒り狂う悪役令嬢”とかに分類したがる。でも、人間の感情ってそんな単純じゃないでしょ」
クラリスの瞳が揺れた。
「私は……怒ってもよいのですか?」
「いいよ」
「悲しんでも?」
「いい」
「殿下を、完全には許せなくても?」
「当たり前」
私は腕を組む。
「役割から解放されたなら、次は自分で選ぶ番でしょ」
その言葉に、クラリスは静かに目を伏せた。
レオンハルトもまた、膝をついたまま深く頷いた。
「俺も……選ばなければならないのだな」
「うん」
「愚かな王子としてではなく」
「そう」
「自分自身として」
「今さらだけどね」
「厳しいな」
「百四十八回ぶんだから」
レオンハルトは苦しげに笑った。
その笑い方は痛々しかったが、さっきまでの作られた傲慢さよりはずっと人間らしかった。
◇
私は王子のイベントログに戻った。
【王子行動固定】
【状態:不安定】
【解除可能】
【関連フラグ:悪役令嬢断罪イベント】
【再実行予約:有効】
「再実行予約、まだ残ってる」
私は眉をひそめた。
「ほんとしつこい。毎週婚約破棄とか、王子の予定表どうなってんの」
レオンハルトが青ざめる。
「また、俺は同じことを……?」
「今のままだと来週も予約されてる」
「止めてくれ」
「止める」
私は管理画面を操作する。
【王子行動固定を解除しますか?】
【はい/いいえ】
「はい」
【実行中……】
【役割:愚かな王子 解除】
【婚約破棄宣言固定文:解除】
【感情補正:傲慢化 停止】
【翌週記憶リセット:停止】
【王子行動自由度:復旧】
レオンハルトの周囲から、赤い糸のようなものがほどけた。
彼は深く息を吸い、肩を震わせる。
まるで、長い間閉じ込められていた箱から出てきたように。
【レオンハルト・ルミナリア】
【状態:自由行動可能】
【精神負荷:高】
【推奨:休息/謝罪/状況整理】
「推奨、まとも」
私は少しだけ安心した。
次に、悪役令嬢断罪イベント本体へ手を伸ばす。
【悪役令嬢断罪イベント】
【状態:進行停止中】
【再実行予約:有効】
【イベントキュー登録:毎週】
【関連ルート:王子ルート/聖女ルート/断罪ルート】
「関連ルート多いな」
嫌な予感がする。
でも、ここで止めないとまた再実行される。
「削除、いくよ」
アルトが緊張した顔で頷く。
「危険は?」
「たぶんある」
「またそれか」
「この世界、だいたい危険つき」
私は【イベント削除】に指を置いた。
【悪役令嬢断罪イベントを削除しますか?】
【はい/いいえ】
「はい」
押そうとした瞬間。
画面が赤く反転した。
【警告】
【王都恋愛イベント削除により、聖女ルートへ強制移行します】
「……」
私は指を止めた。
もう一行、表示が増える。
【聖女ルート】
【状態:待機中】
【発動条件:悪役令嬢断罪イベントの中断】
【次処理:聖女セラフィナを中心人物へ変更】
【聖女記憶領域:燃料化準備】
「は?」
声が低く出た。
アルトが画面を見る。
「聖女の記憶領域……燃料化?」
クラリスも、レオンハルトも、セラフィナもこちらを見る。
セラフィナは青ざめていた。
まるで、その言葉の意味を本能で知っているように。
私は画面を睨む。
「まだ別ルートあんの?」
赤い警告は、無神経に点滅し続ける。
【聖女ルートへ強制移行します】
【聖女ルートへ強制移行します】
【聖女ルートへ強制移行します】
私は嫌な顔をした。
「この王都、恋愛ゲームかよ」
そして、セラフィナの頭上に新しい赤いログが浮かんだ。
【聖女セラフィナ】
【記憶領域破損率:66%】
【次回回復魔法使用時:記憶消費量増加】
【聖女ルート:起動準備中】
私は舌打ちする。
婚約破棄を止めたら終わりではなかった。
悪役令嬢を解放したら、次は聖女へ処理が流れる。
誰かを悪役にできなくなったから、今度は聖女を犠牲にする。
「ほんと、性格悪い」
私はセラフィナを見た。
彼女は声を奪われたまま、震えている。
でも、その目は確かに助けを求めていた。
「はいはい」
私は管理画面を開き直す。
「次は聖女ルートね」
にやりと笑う。
「勝手に始まらないでくれる?」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
王子レオンハルトもまた、イベントに人生を定期実行されていた一人でした。
毎週婚約破棄をさせられ、翌週には記憶を補正され、また同じことを繰り返す。
王子側もだいぶひどい扱いです。
ただ、彼も被害者だったとしても、クラリスが傷ついたことは別問題。
リリィは裁くのではなく、許すかどうかをクラリス自身に返しました。
役割から解放された後、自分でどうするかを選ぶ。
王都編の大事なテーマです。
そして、婚約破棄イベントを止めようとしたら、今度は聖女ルートが起動しそうです。
次回、第15話。
聖女ルート、勝手に始まらないでくれる?




