第13話 悪役令嬢じゃなくて、イベント被害者じゃん
第13話です。
毎週開催されていた婚約破棄イベントに、ついにリリィが介入します。
悪役令嬢として断罪されていたクラリス。
しかしログを確認すると、彼女は悪事どころか、王子の政務補佐、外交文書の修正、学園運営、孤児院支援まで行っていた有能な令嬢でした。
それなのに、イベント判定では何をしても悪意扱い。
善行すら悪役ポイントに変換される、かなり性格の悪いシステムです。
リリィ、悪役固定フラグの解除に入ります。
王都中央広場の空気が、ぴりついた。
王子レオンハルトは、クラリス・フォン・アイゼンベルグへ婚約破棄を宣言した。
周囲の貴族たちは騒ぎ、民衆は興奮し、聖女セラフィナは何かを言おうとして声を奪われている。
そして、クラリスは泣いていた。
いや、正確には泣くまいとしていた。
涙はこぼれている。
でも、背筋は曲げていない。
百四十八回も同じ場所で断罪されて。
その記憶を薄く消されて。
それでも、心のどこかには痛みだけが残っている。
私は管理画面を開いたまま、広場の中心へ一歩踏み出した。
【悪役令嬢断罪イベント:進行中】
【外部干渉者:接近】
【シナリオ防衛処理:起動準備】
【観客反応:敵対化準備】
「うわ、来た」
次の瞬間、周囲の貴族たちの視線が一斉にこちらへ向いた。
まるで、舞台に上がってはいけない人間が乱入したかのように。
「何者だ!」
「無礼者!」
「殿下の裁きを邪魔する気か!」
「小娘が出しゃばるな!」
罵声が飛ぶ。
私は立ち止まらなかった。
むしろ、にやっと笑った。
「小娘に止められる王国イベント、脆すぎない?」
貴族たちがざわめく。
王子レオンハルトの眉が動いた。
しかし、彼の頭上にはまだ赤い表示が浮かんでいる。
【王子レオンハルト】
【行動:断罪継続】
【発話内容:固定】
【感情補正:傲慢化】
【外部干渉者への対応:威圧】
王子は私を見下ろし、冷たい声を出した。
「何者だ。今は王家の裁きの場である。下がれ」
「裁き?」
私は首を傾げる。
「毎週同じ婚約破棄を再放送してるだけでしょ?」
広場がざわりと揺れた。
「毎週……?」
「何を言っている?」
「無礼な!」
「殿下を侮辱する気か!」
観客の声が膨らむ。
だが、私はその声ではなく、ログを見ていた。
【観客反応:外部干渉者を非難】
【貴族A:台詞出力】
【貴族B:台詞出力】
【令嬢C:台詞出力】
【民衆違和感:抑制中】
「はいはい、台詞出力お疲れさま」
私は手を振った。
「人間のくせに自動応答みたいな反応してるよ。恥ずかしくない?」
「なっ……!」
「小娘が!」
貴族の一人が私の前へ出る。
太った中年男性。
胸元には立派な勲章。
顔は怒りで赤い。
「ここは王族と高貴なる者たちの場だ! 貴様のような身元も知れぬ小娘が口を出すな!」
「身元?」
私は管理画面を指で弾いた。
「世界保守担当、リリィ・デバッグハート」
「聞いたこともない!」
「でしょうね。昨日までハル村で井戸直してたし」
「井戸?」
「うん。毒水吐いてたやつ」
貴族は言葉に詰まった。
私はその横を通り過ぎようとする。
すると、別の令嬢が扇子で口元を隠しながら言った。
「クラリス様を庇うなんて、あなたもあの悪女の仲間ですの?」
「悪女?」
私はその言葉に足を止めた。
令嬢は勝ち誇ったように笑う。
「ええ。聖女様を傷つけ、殿下をたぶらかし、王国の政を私物化しようとした悪女ですわ」
「へぇ」
私はクラリスを見る。
クラリスは唇を噛んでいた。
「私は……そんなこと……」
彼女の声は小さい。
その声をかき消すように、周囲がまた騒ぐ。
「まだ言い訳を!」
「見苦しい!」
「悪役令嬢らしいですわ!」
私は管理画面を開き直した。
「じゃあ確認しよっか」
【対象:クラリス・フォン・アイゼンベルグ】
【現在判定:悪役令嬢】
【判定固定フラグ:有効】
【善行解釈補正:反転中】
【功績ログ:改ざん表示中】
【悪意変換処理:稼働中】
「……」
私は一瞬、無言になった。
今、かなり嫌な表示が見えた。
「善行解釈補正、反転中」
アルトが私の隣に来る。
「どういう意味だ?」
「良いことをしても、悪い意味に変換される」
「そんな馬鹿な」
「その馬鹿がログに出てる」
私はクラリスの詳細ログを開く。
【クラリス功績ログ】
【王子政務補佐:1472件】
【外交文書修正:389件】
【学園運営改善:72件】
【孤児院支援:継続中】
【聖女セラフィナへの支援:複数回】
【王家予算不正支出の指摘:14件】
「……有能じゃん」
私は思わず呟いた。
クラリスがこちらを見る。
その目には、戸惑いと恐怖が混ざっている。
「あなたは……何を……」
「ログ見てる」
「ろぐ……?」
「あなたのやってきたこと」
私はさらに表示を展開する。
【悪役判定変換例】
【実行行動:孤児院へ寄付】
【本来評価:慈善活動】
【イベント解釈:人気取り】
【悪役ポイント:加算】
【実行行動:王子の書類ミスを修正】
【本来評価:政務補佐】
【イベント解釈:王子の権限を奪おうとした】
【悪役ポイント:加算】
【実行行動:学園予算の不正を指摘】
【本来評価:不正防止】
【イベント解釈:関係者への嫌がらせ】
【悪役ポイント:加算】
【実行行動:聖女セラフィナを倒れた場所から助ける】
【本来評価:救助】
【イベント解釈:聖女を利用しようとした】
【悪役ポイント:加算】
「うわ」
私は低く言った。
「善行を全部悪役判定に変換するとか、性格悪いシステムだね」
広場の空気が揺れた。
クラリスは目を見開いている。
セラフィナも、胸元で手を握りしめてこちらを見ていた。
王子レオンハルトは眉をひそめる。
「何をわけのわからぬことを言っている。クラリスは聖女を――」
「倒れた聖女を助けた」
私は即座に言った。
王子の言葉が詰まる。
「……何?」
「ログ上はそうなってる。聖女セラフィナが魔力切れで倒れた時、最初に支えたのはクラリス」
私は画面を操作する。
空中に、淡い映像が浮かんだ。
記録ログの再生。
学園の廊下らしき場所。
ふらつくセラフィナ。
その体を、とっさに支えるクラリス。
クラリスは心配そうに声をかけている。
『大丈夫ですか、セラフィナ様。誰か、医務室へ!』
映像はすぐに歪み、赤い文字が重なる。
【イベント解釈:聖女へ接近し、利用しようとした】
「ほら」
私は映像を指差した。
「救助が利用扱い」
周囲の貴族たちがざわめく。
「今のは……?」
「クラリス様が、聖女様を助けているように……」
「いや、だが、そんなはずは……」
イベントシステムが反応する。
【観客違和感:上昇】
【記憶補正:再適用準備】
【シナリオ防衛処理:軽度起動】
貴族たちの目が一瞬ぼやける。
「違う、あれはきっと……」
「悪女の芝居だ」
「そうだ、クラリス様なら……」
「はい、再補正入りました」
私は舌打ちした。
「見たものまで歪める気?」
私は次のログを出す。
王子の執務室。
机の上には大量の書類。
レオンハルトは若干疲れた顔で座っている。
その横でクラリスが書類を確認していた。
『殿下、こちらの外交文書ですが、隣国名が旧称のままです。このまま送ると失礼に当たります』
『すまない、クラリス。助かった』
若い王子は、今よりずっと穏やかな顔で笑っていた。
映像の上に赤い文字。
【イベント解釈:王子の書類ミスを利用し、政務権限を握ろうとした】
「王子のミス直したら権力狙い」
私は次を出す。
孤児院。
子どもたちに本を渡すクラリス。
院長が頭を下げている。
『この本で、子どもたちが文字を学べます。どうか役立ててください』
赤い文字。
【イベント解釈:民衆人気を得るための偽善】
「寄付したら人気取り」
次。
学園の予算会議。
クラリスが帳簿を示している。
『この支出、同じ備品を三重に購入したことになっています。確認が必要です』
赤い文字。
【イベント解釈:関係者を追い落とすための嫌がらせ】
「不正を指摘したら嫌がらせ」
私は笑った。
でも、笑い声は冷たかったと思う。
「すごいね。何しても悪役。呼吸しただけで悪意判定されそう」
クラリスは震えていた。
「それは……本当に……私の記録なのですか?」
「うん」
「私は……確かに、孤児院へ本を……でも、いつの間にか、それは私が人気を得るためだったと……」
彼女は額に手を当てる。
「聖女様が倒れた時も、私は……助けようと……でも皆が、私が何かしたのだと……」
セラフィナが一歩前に出ようとする。
しかし、また声が詰まる。
【セラフィナ発話抑制:継続中】
セラフィナの目から涙がこぼれた。
彼女は首を横に振る。
違う。
クラリスは悪くない。
そう言いたいのに、言えない。
私はセラフィナを見る。
「もうちょっと待って。あなたの喉も後で直す」
セラフィナは驚いたように私を見た。
王子が声を荒げる。
「そのような幻で民を惑わすな! クラリスが悪女であることは――」
「誰が決めたの?」
私は王子を見た。
「あなた?」
「それは……」
王子の瞳が揺れる。
【王子レオンハルト】
【悪役判定参照中】
【参照元:王都イベントシステム】
【本人記憶:不安定】
【本来感情:混乱】
「違うよね」
私は冷たく言った。
「あなたも、表示された役割に従ってるだけ」
「黙れ!」
王子の声が荒くなる。
しかし、それも補正された反応だった。
【外部干渉者への威圧台詞:出力】
「うるさい」
私は管理画面に指を置いた。
「こっちが黙ってログ見てたら、好き放題人を悪役にしてさ」
【悪役固定フラグ】
【対象:クラリス・フォン・アイゼンベルグ】
【状態:有効】
【解除権限:制限】
【防衛処理:あり】
「悪役固定フラグ、見つけた」
アルトが身構える。
「解除できるのか?」
「する」
「危険は?」
「ある」
「どのくらい?」
「たぶん、周囲がもっと騒ぐ」
「それはもう騒いでいる」
「じゃあ誤差」
アルトは少しだけ笑った。
「わかった。君を守る」
「剣は抜かない」
「抜かずに守る」
「よし」
貴族たちが私を取り囲もうとする。
「その小娘を止めろ!」
「殿下への不敬だ!」
「衛兵を呼べ!」
アルトが一歩前に出た。
剣は抜かない。
ただ、まっすぐ立つ。
それだけで、周囲の足が止まった。
勇者としての力が、低く静かに周囲を圧している。
【アルト】
【勇者威圧:微弱発動】
【出力:安全域】
【周囲敵対行動:低下】
「お、出力制御ちょっと上手くなってる」
私が言うと、アルトは小さく頷いた。
「八分の一を意識している」
「えらい」
「ありがとう」
「今のは言っていい」
「よかった」
私は管理画面に集中する。
【悪役固定フラグ解除を実行しますか?】
【警告:シナリオ防衛処理が起動します】
【警告:観客記憶補正に乱れが発生します】
【警告:王子行動固定に影響します】
「むしろ全部影響して」
私は迷わず押した。
「実行」
【実行中……】
【クラリス悪役固定フラグを解除】
【善行解釈補正を停止】
【功績ログ改ざん表示を解除】
【観客記憶補正を一部解除】
【王子参照判定を更新】
広場に、淡い光が広がった。
クラリスの周囲を包んでいた赤い糸のようなものが、ぷつぷつと切れていく。
同時に、周囲の貴族たちが頭を押さえた。
「……あれ?」
「私は、何を……」
「クラリス様は、確か孤児院へ……」
「そうだ、うちの商会の契約書も、クラリス様が不備を見つけてくださって……」
「学園祭の混乱を収めたのも、クラリス様では?」
「聖女様が倒れた時、医務室を手配したのは……」
少しずつ。
ほんの少しずつ。
人々の中に、本当の記憶が戻っていく。
完全ではない。
まだ混乱している。
イベント補正に抵抗されている。
それでも、誰かが呟いた。
「クラリス様は……悪女ではないのでは……?」
その一言が、広場に落ちた。
クラリスは目を見開いた。
今まで向けられていた冷たい視線が、少しずつ揺らいでいく。
王子レオンハルトもまた、顔色を変えていた。
彼の頭上で、赤い表示が激しく乱れる。
【王子レオンハルト】
【参照先:悪役固定フラグ消失】
【行動固定:不安定】
【感情補正:低下】
【記憶断片:急速浮上】
【第1回】
【第12回】
【第47回】
【第89回】
【第147回】
【クラリスの涙】
【自身の発言】
【婚約破棄】
【謝罪未実行】
【記憶補正】
王子の手が震えた。
彼は自分の口元に触れる。
「俺は……」
声がかすれていた。
さっきまでの傲慢な声ではない。
本来の彼の声。
「俺は……何を……」
レオンハルトはクラリスを見た。
その瞳に、ようやく光が戻る。
困惑。
恐怖。
後悔。
そして、理解したくないものを理解し始めた人間の顔。
「俺は……何をしていた……?」
広場は静まり返っていた。
誰もすぐには答えられない。
クラリスも、セラフィナも、アルトも。
だから、私が答えた。
「最低なこと」
王子がこちらを見る。
私は冷たく続けた。
「しかも百四十八回」
レオンハルトの顔から、血の気が引いた。
管理画面には、まだ赤い警告が残っている。
【王子行動固定:解除不完全】
【聖女発話抑制:継続中】
【王都イベント中枢:干渉検知】
【シナリオ防衛処理:次段階へ移行】
まだ終わっていない。
でも、最初の鎖は切れた。
私は王子とクラリス、そして声を奪われた聖女を見た。
「さて」
指先に紫色のホログラムを浮かべる。
「次は、王子くんの定期実行タスクを止めよっか」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
クラリスは悪役令嬢ではなく、完全にイベント被害者でした。
孤児院へ寄付しても人気取り。
王子の書類ミスを直しても権力狙い。
聖女を助けても利用しようとした扱い。
善行を全部悪役判定に変換されるとか、普通に終わってます。
そして、悪役固定フラグが外れたことで、周囲の人々も少しずつクラリスの本当の功績を思い出し始めました。
ただ、王都イベントの闇はまだ終わりません。
次回、第14話。
王子、人生が定期実行タスクになってるよ。




