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銀月のロスト  作者: taka
第11章 見たことがある

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81/122

現場到着

 車が下層の幹線を外れたあたりから、揺れの質が変わった。


 最初は、車体の底を細かく叩くような振動だった。


 それが、割れた舗装を越えるたびに、下から突き上げるような揺れへ変わっていく。


 ユウは後部座席で、膝の上に置いたSMGの位置を確かめた。


 通信の向こうから、ユイの声が聞こえている。


『車両、現場まで三分。路面状態、悪化しています。映像に揺れあり。補正を入れます』


 少し硬い声だった。


 けれど、止まってはいない。


 言葉の順番も、確認の声も、さっきサーバールームで練習した時より落ち着いている。


 レンジがハンドルを切りながら、軽く口笛を吹いた。


「ユイちゃん、張り切ってますねぇ」


 助手席のタチバナが、前を見たまま低く返す。


「余計なことを言うな」


「はいはい。仕事中ですよ」


 レンジは笑った。


 いつもの調子だった。


 ユウは何も言わなかった。


 通信が繋がっていることだけを確かめ、窓の外へ視線を向ける。


 外の灯りが少なくなっていた。


 下層の中でも、ここは生活の気配が薄い。


 建物はある。


 道もある。


 けれど、人が住み、物を売り、飯の匂いがする通りではない。


 壊れた壁。


 崩れたフェンス。


 放置された標識。


 道端には、何に使われていたのか分からない鉄骨や樹脂片が積まれている。


 車のライトが、それらを一つずつ白く切り取っていく。


『周辺回線、途切れが多いです。サエさんが迂回経路を維持しています』


 ユイの声が続く。


「聞こえてる」


 タチバナが短く返す。


 レンジはそれ以上、軽口を挟まなかった。


 車体が大きく跳ねる。


 タイヤがひび割れた路面を踏み、重い音を立てた。


「酷いですね。道が死んでます」


 レンジの声から、笑いが少し消えていた。


 ユウは窓の外を見た。


 草が少ない。


 それが、まず嫌だった。


 廃棄区画の端なら、普通はもっと雑草が生えている。


 割れた舗装の隙間から、細い草が伸びている。


 壁の影や排水溝の脇に、汚れた緑が固まっている。


 だが、ここは違った。


 土がむき出しになっている。


 乾いて、黒ずみ、ところどころ細く削られたように乱れている。


 まばらに残った草も、途中で食い千切られたように短い。


 ユウは無意識に、ブーツの締め具合をもう一度確かめた。


『現場まで一分』


 ユイの声。


 レンジは返事をしなかった。


 もう前だけを見ている。


 やがて、ライトの先に大きな影が見えた。


 横倒しになったコンテナ付きの輸送車。


 その前後に、護衛車両が二台。


 どちらも特別な車両ではない。


 企業が外部部隊やロスト上がりの連中に回す、ありふれた装甲車両だった。


 そのありふれた車両が、ひしゃげ、傾き、乾いた血の跡に囲まれている。


 レンジが速度を落とした。


「……着きます」


 それだけだった。


 車のライトが現場を撫でる。


 その瞬間、何かが跳ねた。


 中型犬ほどの影が、二つ、三つ。


 痩せた背中。


 妙に太い首。


 汚れた毛皮の下で、骨ばった肩が動く。


 一匹は何かを咥えていた。


 白い骨の混じった、赤黒い塊。


 それを口にしたまま、車の光を受けて目を光らせる。


 次の瞬間、群れは散った。


 瓦礫の影へ。


 壊れた護衛車両の裏へ。


 半分崩れた壁の向こうへ。


 だが、完全には逃げない。


 暗がりの中に、目だけが残っている。


「キャリオン」


 ユウは短く言った。


「見えたのは五。まだいる」


 通信の向こうで、ユイが小さく反応した。


『キャリオン……?』


 答えたのはサエだった。


『死肉漁りよ。強敵じゃない。でも倒れた人間やフレッシュには十分危ない』


 ユウはライトの端に残る影を見たまま言った。


「近づいたら撃つ。問題ない」


 タチバナがドアに手をかける。


「問題は、何を食っていたかだ」


 車が止まる。


 レンジはエンジンを切らなかった。


 ハンドルに片手を置いたまま、外部カメラと周囲の影を見ている。


「車両、ここで維持します。退路は後ろ。左は瓦礫、右は通れそうですけど、路面が悪い」


『確認しました。右側路面、不安定。後退時は補正します』


 ユイの声が返る。


「頼もしいですね」


 レンジが小さく言った。


 だが、笑ってはいなかった。


 タチバナが車を降りる。


 ユウも続いた。


 外の空気は、車内よりずっと重かった。


 乾いた土の匂い。


 焦げた樹脂の匂い。


 古い血の匂い。


 それから、腐肉の甘く濁った臭い。


 ユウは息を浅くした。


 遠くで、キャリオンが低く唸る。


 こちらを試している声だった。


 銃声を聞けば散る。


 火を見れば逃げる。


 けれど、隙を見せれば戻ってくる。


 タチバナは輸送車へ向かった。


 手にはAR。


 肩には回収用のケース。


 動きに迷いはない。


 ユウは半歩後ろにつきながら、地面を見た。


 草がない。


 土が荒れている。


 輸送車の周囲には乾いた血痕と、引きずられた跡がある。


 キャリオンが遺体を動かした跡も混じっている。


 だが、その中に違うものがあった。


 細い筋。


 地面を何かが擦ったような跡だ。


 何本も、死体の方へ向かっている。


 ユウは足を止めかけた。


 タチバナは一番近い遺体へ向かっていた。


 ロスト上がりの部隊員だったのだろう。


 装備は荒らされている。


 胴体は食い破られ、片腕は途中からない。


 頭部はまだ残っているように見えた。


 企業が欲しがるなら、そこだ。


 タチバナが一歩近づく。


 ユウは、その肩を押さえた。


 強くはない。


 だが、確実に止める力だった。


 タチバナが視線だけを向ける。


 ユウは何も言わず、首を横に振った。


 そして、目だけで死体の下を示す。


 一瞬。


 本当に一瞬だけ、死体の地面側が動いた。


 影が揺れたのではない。


 風で布が動いたのでもない。


 土の下から、何かが押したような動きだった。


 ユウはSMGのグリップに指をかける。


 通信の向こうで、誰かが息を呑む音がした。


 たぶんユイだった。


 タチバナの表情が、さらに硬くなる。


 ユウは短く言った。


「下だ」


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