変じゃないですか
ガンショップを出た時点で、ユイはまだプレートジャケットを着たままだった。
脱いでしまってもよかったはずだ。
だが本人の中では、多分まだ終わっていないのだろう。
重さも、肩の収まりも、腰回りの感覚も、歩いてみないと分からない。
それに加えて、見え方もまだ気になっている顔をしていた。
サエはそこを特に指摘しなかった。
着たまま様子を見る方が、実際には分かりやすい。
そういう判断だった。
「次、雑貨屋寄るわよ」
サエが先に立つ。
ガレージストリートの表通りは、裏通りよりずっとましとはいえ、静かなわけではない。
雑貨屋。
衣類店。
飯屋。
修理処。
それぞれが狭い間口を並べて、どうにか通りの形を保っている。
日中の光は上まで届かず、けれど完全な闇にもならない。
生活のための音と匂いが、雑多に積み重なっていた。
ユウはガンショップで包まれたジャケットの箱を片手に持ち、そのままサエの後ろへ続く。
ユイはその隣。
歩幅は少しだけ控えめだ。
最初のうちは、ほとんど必要なことしか喋らなかった。
サエは店へ入ると、迷いなく棚を見て回る。
乾物。
缶詰。
油。
調味料。
水。
保存の利くパンもどき。
拠点の人数と消費を頭に入れている人間の動きだった。
手に取る速さに迷いがない。
ユウは自然にその後ろで荷物を受け取る。
袋が一つ増える。
次の棚でまた一つ。
そしてまた次で一つ。
今のところはまだ両手が埋まるほどではない。
だが、その“今のところ”がどこまで続くのか、少しだけ怪しくなってきた。
その横で、ユイは歩きながら何度か自分の胸元や肩を気にしていた。
プレートジャケットの裾を軽く引き、前を見て、店の窓に映る自分をちらりと見る。
それから、やや控えめに口を開いた。
「……変じゃないですか?」
一回目だった。
ユウは荷物を持ち直しながら、そちらを一瞥する。
「別に」
短い返事だった。
適当と言えば適当だ。
でも、本当にそう思っている顔でもあった。
少なくとも、見ていられないような何かではない、くらいの温度だ。
その返事を聞いて、ユイは少しだけ肩の力を抜く。
それで終わりかと思ったが、多分そんなに簡単ではない。
雑貨屋を出て次の店先へ向かう間に、サエは今度は日用品の棚へ目を向けた。
布。
包帯。
洗浄用の液。
石鹸。
細かいものまで、見つけるたびにさっと選んでいく。
ユウの手の紙袋が増える。
「これも持って」
「……ああ」
「そっちは重いから下」
「分かった」
言われるまま持ち替える。
重いものを下、軽いものを上。
形が崩れないように順番を考え始めた時点で、もう荷物持ちとして本格的に組み込まれていた。
その途中で、サエが横目でユイを見る。
プレートジャケットはやはり少しだけ腰回りを拾っていた。
目立つほどではない。
だが分かる人が見れば分かる。
その見え方をユイが気にしているのも、サエにはちゃんと分かる。
けれどサエは何も言わない。
今は、自分で気にして、自分で確かめていること自体に意味があると思っていた。
通りを少し歩いたところで、二回目が来た。
今度はさっきより少しだけ小さな声だった。
「……本当に変じゃないですか?」
ユウが露骨にそちらを見る。
「またか」
呆れ半分の顔になる。
けれど返事はちゃんとする。
「問題ない」
「そういう意味じゃなくて……」
「どういう意味だ」
本気で分かっていない声だった。
ユイがそこで少し詰まる。
自分でも上手く説明できないらしい。
変じゃないか、と聞いている。
でも聞きたいのは、変か変じゃないかだけではない。
サエはそのやり取りを、買い物かごへ缶を入れながら見ていた。
微笑ましい、という言葉が一番近いのかもしれない。
少し前までのユイなら、ここまで相手の反応を気にして聞き直すこと自体が薄かった。
今は不安そうに、でもちゃんと相手の言葉を求めている。
遅いくらいだ。
けれど、育っていなかったものが今ようやく出てきたのなら、それはそれで悪くない。
ユイは結局、自分で言葉を探して言い直す。
「……目立ったりしませんか」
今度は少しだけ核心に近い。
ユウはそこでようやく少し考える顔になった。
色。
形。
腰回り。
そういうことを聞いているのだと、やっと繋がったらしい。
「地味だろ」
返ってきたのは、やっぱり実務優先の答えだった。
「色も暗いし、別に浮かない」
ユイはその返事に、少しだけ複雑な顔をする。
嬉しいのか、物足りないのか、自分でも分かっていないような顔だ。
サエはそこでようやく一言だけ足した。
「少なくとも、見てすぐ困るような感じではないわ」
その言い方は少しだけ柔らかい。
「歩き方まで変になってないし、十分よ」
それを聞いて、ユイはようやく小さく頷いた。
多分、欲しかったのはこういう確認なのだろう。
その間にも、ユウの紙袋は増えていく。
乾物。
保存缶。
油。
包帯。
日用品。
何だかんだで、両手がほぼ埋まり始めた。
ユウは表情を変えない。
変えないが、さっきからサエが商品を見るたびに荷物が増えていくことは、さすがに認識していた。
「まだあるのか」
思わず口から出る。
サエは平然と返す。
「まだあるわ」
その一言に一切の迷いがない。
「足りなくなってから慌てる方が面倒でしょう」
それもそうだ。
それもそうなのだが、そうだとしても紙袋の数は減らない。
ユイはそんなユウを横で見て、少しだけ口元を緩めた。
さっきまでの気まずさが、ほんの少しだけ戻ってきたみたいな顔だった。
その後も、通りを歩くたびにユイはときどきジャケットの裾や肩を気にした。
そのたびに何か言いかけて、でも二回も聞いてしまったと思い出すのか、少しだけ遠慮して口を閉じる。
けれど、完全には我慢できなかったらしい。
三回目は、荷物を持ち直したユウの横で、かなり小さく来た。
「……やっぱり、変じゃないですか」
ユウが今度はため息まじりにそちらを見る。
「お前な」
完全に“またか”の顔だった。
でも返事自体は変わらない。
「変じゃない」
「本当に?」
「本当に」
「……じゃあ、似合ってますか」
そこまで行くのか、とユウは思う。
思うが、もうここまで来ると投げるのも面倒だった。
「悪くない」
それだけ言う。
短い。
だが、前より少しだけ踏み込んだ返事だった。
ユイはその一言で、やっと本当に安心したらしい。
歩く足取りが、ほんの少しだけ軽くなる。
サエはその様子を見て、視線だけで小さく笑った。
表には出さない。
けれど、娘のように見ている子が、やっとそこを気にするようになったのだと思うと、悪くない変化だと思えた。
買い物はまだ終わらなかった。
雑貨屋を出て、次の店。
さらにもう一つ。
そのたびに紙袋は増え、ユウの両腕は着実に埋まっていく。
途中からは、もうどこへ何を持っているのかまで考えないと危うい量になっていた。
重いものを下。
角のある箱は腕の内側。
柔らかい袋は上。
落としたら面倒なものは左。
そんなふうに整理し始めたあたりで、ユウはようやく内心で一つ理解する。
あいつ、これが分かって逃げたな。
レンジの顔が脳裏をよぎる。
何も言わず、すっと部屋へ消えていった背中。
あれは単なる偶然ではなかったのだろう。
「……なるほどな」
思わず小さく漏れる。
「何が?」
ユイが首を傾げる。
ユウは紙袋の山を少し持ち上げ直しながら、心底どうでもよさそうに答えた。
「レンジが逃げた理由だ」
それを聞いて、ユイが少し間を置いてから「ああ……」と納得の声を出す。
サエはその横で、まるで最初から分かっていたような顔で歩いていた。
午後のガレージストリートは相変わらず雑多だった。
けれど、昨日までより少しだけ違うものがある。
距離はまだ完全には元通りではない。
でも、歩きながら少しずつ戻ってきているものも確かにあった。




