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銀月のロスト  作者: taka
第10章 守られる側の準備

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プレートジャケット

 午後の裏通りは、昼間でも少しだけ薄暗かった。


 頭上を渡る配線。


 壁に寄せられた鉄屑。


 どこかの換気扇が吐く熱い風。


 そんなものの合間を縫うように、人と荷物と噂だけが流れていく。


 ユウはいつものように前を歩き、少し後ろをユイ、そのさらに横へサエがつく形で進んでいた。


 食料の買い出しは後だ。


 先に戦闘用の装備を見る。


 荷物を抱えてから裏通りへ入るのは自殺行為だと、サエが一言で決めた順番だった。


 目的のガンショップは、相変わらず看板らしい看板もない。


 半開きの金属扉の奥に、油と鉄の匂いが沈んでいる。


 ユウが先に中へ入る。


 その後ろからサエが続き、最後にユイが足を踏み入れた。


 カウンターの奥にいた店主が顔を上げる。


 まずユウを見て、それからサエを見た。


 そこで一瞬だけ目つきが変わる。


「……ああ」


 短く鼻を鳴らす。


「タチバナの……」


 最後までは言わない。


 だが言わなくても十分だった。


 サエは特に表情を変えずに返す。


「そういう認識でいいわ」


 店主はそれで納得したらしい。


 余計なことは聞かない。


 その代わり今度はユウの方へ視線を戻し、口の端だけで少し笑った。


「ロストパラダイスで大立ち回りしたらしいな」


 ユウの眉間が露骨に寄る。


「耳が早いな」


 心底嫌そうな声だった。


 店主は肩を竦める。


「狭いんだよ、この辺は」


 自慢でも何でもない。


 ただの事実として言う。


「若いのが娘連れてロスパラ入って、出た後まで揉めたとなりゃ、そりゃ回る」


 ユイの肩がその言葉でほんの少しだけ縮む。


 またその話か、という顔だった。


 だが店主はそこでそれ以上深掘りしない。


「で?」


 カウンターへ肘をつくでもなく、立ったまま聞く。


「今日は何だ」


 サエが答える。


「プレートジャケットを見たいの」


 店主の目がユイへ向く。


 上から下まで一度見る。


 見た上で、余計な感想は言わない。


「中だな」


 それだけ言って、カウンター横の扉を顎で示す。


 ガンルームのさらに奥、装備をまとめている部屋は、表より少しだけ明るかった。


 銃だけではなく、ホルスターやスリング、防具やケース類まで整理されている。


 壁に掛かったもの、棚へ畳まれたもの、サイズごとに分けられた箱。


 実用品ばかりが並んでいる。


 店主はその中から幾つかを引っ張り出した。


「上から羽織るタイプだ」


 黒。


 灰。


 濃いカーキ。


 色はどれも目立たない。


 華やかなものなど一つもない。


 ただし、完全にずんどうな形ではなかった。


 腰回りが少しだけ絞られている。


 だぼつきすぎると、中のプレートの重さで動きが鈍る。


 そのための最低限の線だった。


 ユイはそこを見て、少しだけ目を止める。


 色も気になる。


 形も気になる。


 実用だけで決まっていないのが、逆に余計に気になるらしい。


「これとか……」


 と、小さく言いかけて、少しだけ明るめの灰へ手を伸ばしかける。


 ユウが即座に言った。


「目立つ色は駄目だ」


 間髪のない切り方だった。


 ユイがぴたりと止まる。


「……まだ何も言ってません」


「顔に出てる」


「そこまでですか?」


「そこまでだ」


 あまりに容赦がない。


 でも内容は正しい。


 サエがそのやり取りを横で聞きながら、防具の一枚を手に取って重さを確かめる。


「色は後。先にサイズ」


 現実的な一言だった。


「軽く見えるものほど、中身は軽くないわよ」


 ユイはそこでようやく真面目な顔に戻る。


 必要だから来たのだ。


 見た目だけで選ぶつもりはない。


 そのことを自分に言い聞かせるみたいに、小さく頷く。


 最初の一着を受け取る。


 着てみる。


 肩へ乗せて、腕を通す。


 鏡の前に立つ。


 沈黙が落ちる。


 守るための装備だ。


 分かっている。


 でも実際に着てみると、思っていたよりずっと現実だった。


 布そのものは地味だ。


 色も抑えられている。


 けれど、腰回りの絞りのせいで、逆に体の線が少しだけ分かる。


 完全に隠れるわけじゃない。


 むしろ“女の体型に合わせた上で守る”ための形になっているのが見えてしまう。


 ユイの顔が、ほんの少しだけ曇る。


 店主はそれを見ても、特に気遣わない。


「だぼつかせると重さに振られる」


 説明だけを置く。


「中に板を入れて動くなら、そのくらいは拾う」


 つまり仕方ない、ということだ。


 サエがユイの横へ回る。


 肩の収まり、脇の浮き、裾の位置を見て、冷静に口を開く。


「これは少し大きいわね」


 そう言って背中側を軽く引く。


「ここが浮く。回った時に遅れる」


 次の一着を店主から受け取り、そちらも合わせさせる。


 今度は少し細い。


 その分、重さの収まりは良い。


 だが、腰の線はさっきより出る。


 ユイは鏡越しにそれを見て、口を結ぶ。


 必要なのは分かる。


 でも着た瞬間に、自分がどう見えるかも分かってしまう。


 それが少しだけ嫌だった。


 サエはそれも分かった上で、あえてそこには触れない。


「動いてみなさい」


 ユイがぎこちなく肩を回す。


 腕を上げる。


 半歩踏み出す。


 防具の重さが、いつもの服とは全然違う。


「……重いです」


 正直な感想だった。


「そりゃそうだ」


 ユウが横から言う。


「飾りじゃない」


 慰めるでもなく、ただ事実だけを言う。


 でもその言い方に、前みたいな突き放しは少なかった。


 ユイは少しだけ眉を寄せる。


 それでも防具を脱がない。


 必要だから来たのだ。


 そこだけは揺らがない。


 三着目は濃いカーキだった。


 他のものより絞りが浅く、腰回りの線は少しだけましになる。


 その代わり肩の動きが若干硬い。


 サエは腕組みしたまま言う。


「見た目ならこれが一番まし」


 実務と妥協の間を取る声だった。


「でも動きはさっきの方がいい」


 店主も頷く。


「実際使うなら二着目だな」


 完全に機能優先の判断だった。


 ユイは鏡の前で少しだけ迷う。


 色。


 形。


 動きやすさ。


 どれも無視できない。


 その迷いが顔に出ていた。


 ユウはそれを見てから、短く言う。


「着て死なない方が先だ」


 ユイが振り向く。


「……それ、励ましてます?」


「事実だ」


 言い方は雑だった。


 でも、その雑さの中に、選ぶ基準だけははっきりしている。


 必要なのは、見栄えより先に生き残ること。


 まずそこだと。


 サエがそこで小さく息を吐く。


「まあ、そういうことね」


 そして少しだけ柔らかい声になる。


「似合うかどうかより、ちゃんと守れるか、ちゃんと動けるか、よ」


 その一言で、ユイの迷いが少しだけ整理されたらしい。


 鏡を見て、それから防具の肩を軽く押さえる。


 しばらくしてから、恐る恐るユウの方を見る。


「……変じゃないですか」


 それは装備の質問であり、見た目の質問でもあった。


 ユウは一瞬だけユイを見る。


 ちゃんと見て、それから答える。


「悪くない」


 短い。


 でも適当に流した言い方ではなかった。


 ユイの顔から、少しだけ強ばりが抜ける。


 それだけで十分らしい。


 店主が横から口を挟む。


「その顔なら、それで決まりだろ」


 商売の顔ではあるが、押し売りの声ではない。


 必要な方を勧めているだけだ。


 サエも頷いた。


「二着目にしましょう」


「……はい」


 ユイは小さく返事をする。


 その声には、まだ少しだけ照れと躊躇いが残っている。


 でも、それ以上に、必要なものを自分で選んだという覚悟が乗り始めていた。


 ガンルームの空気は乾いていて、鉄と布と油の匂いが混ざっていた。


 その中でユイは、防具を抱えたままもう一度だけ鏡を見た。

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