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銀月のロスト  作者: taka
第9章 知らない場所
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ロストパラダイスへの小包

 それから一週間ほどで、ユウはこの拠点の中で妙に馴染み始めていた。


 慣れたと言っていいのかは分からない。


 少なくとも、最初の頃みたいに何もかもが落ち着かないわけではない。


 部屋へ戻れば扉を閉める。


 ジャケットを置く位置も決まった。


 ARは壁際の低い台へ置き、夜になれば分解して、順番を思い出しながら触る。


 古い型だが、整備のしやすさは悪くない。


 数日も触っていれば、どこで引っかかるか、どこへ油を入れるべきか、少しずつ手に馴染んでくる。


 射撃も変わった。


 地下で何度か撃ち、外でも単独依頼の合間に取り回しを確かめる。


 SMGより重い。


 だが、その分だけ前へ立つ時の火力ははっきりしている。


 抜けを潰すだけじゃなく、線そのものを持たせる力がある。


 タチバナがこれを持ってきた意味も、触るほどに分かっていった。


 依頼の方も、着実に回していた。


 灰色の箱を受け取り、別の場所へ運ぶ。


 小さな封筒を銀月経由で届ける。


 言われたものを受け取って戻る。


 大きな戦闘になるような内容ではない。


 だが、こういう単独で片づけられる依頼ほど、途中で余計なことをせず、黙って終わらせる人間の方が好かれる。


 ユウはその手の仕事に向いていた。


 余計な詮索をしない。


 喋りすぎない。


 持ったものは落とさない。


 言われた場所へちゃんと着く。


 その結果、銀月や裏通りで顔を合わせる相手の目も、少しずつ変わっていった。


 新顔を見る目ではなく、使えるかどうかを見た上で、使える側へ寄せる目だ。


 個人としての信用を稼ぎ始めていた。


 ただ、その一週間で仕事以外の部分も妙に定着していた。


 何だかんだ言って、銀月へ行く時はユイが一緒だった。


 最初の約束を勝手に取りつけられてから、何度か押し返そうとした。


 だが、そのたびに、


「約束ですよね?」


「ロストは信用が第一です」


「忘れてませんよね?」


 と、にこにこしながら言われる。


 しかもタチバナの教えを使ってくる。


 最終的に面倒になって、ユウは途中から何も言わなくなった。


 その結果、銀月へ向かう路地で横に白い髪がいるのも、少しずつ当たり前になっていった。


 最初の頃は、通りの視線がいちいち気になった。


 今も全く気にならないわけじゃない。


 だが、毎回それを言うのも面倒だ。


 ユイの方も前みたいに露骨にきょろついたりはしない。


 帽子を深くかぶり、必要以上に口を開かず、危ない位置へ寄りすぎない。


 その分だけ、注意する回数も減った。


 そして、もっと面倒なのは夜だった。


 なぜか夕食のあとになると、ユイが部屋へ来るようになった。


 イルカの確認だと言った日もあった。


 新しいSMGの話をしたいと言った日もあった。


 ただ来たかっただけみたいな日もあった。


 理由はそのたび違う。


 だが結局、来ること自体は変わらない。


 最初は追い返そうともした。


 だが、追い返したところで扉の向こうからしばらく喋るか、翌日にまた来るだけだと分かってからは、それもやめた。


 ユウが整備をしていようが、壁際で座っていようが、ユイは適当にベッドの端へ座って、何かしら喋っていく。


 その横でユウは生返事をし、時々妙な約束を取りつけられそうになって警戒し、でも結局最後まで完全には追い出せない。


 そういう夜が、妙に増えた。


 部屋の中には相変わらず何もない。


 そんな一週間のあとだった。


 その日も銀月にはいつもの匂いが沈んでいた。


 酒。


 木。


 薄い煙草。


 昼と夕方の境目みたいな時間の空気。


 ユウはカウンター寄りの席へ座り、端末を見ていた。


 横には、当然みたいな顔でユイがいる。


 もはやそこに誰も強く突っ込まない。


 慣れというのは恐ろしい。


 ユイは帽子を深くかぶっていた。


 今日もちゃんと外向きの格好をしている。


 その上で、隣に座ること自体は少しも疑っていない顔だった。


 マスターがカウンターの奥から二人を見る。


 いつもより少しだけ考えるような間があった。


 それから、短く言う。


「ユウ」


 ユウが顔を上げる。


「小包一つ、頼めるか」


 そう言って、カウンターの下から小さめの包みを出した。


 手で持って歩ける程度の大きさだ。


 重そうではない。


 ただ、ぞんざいに扱うものでもなさそうだった。


「届け先は」


「ロストパラダイス」


 それだけで、銀月の中の空気が少し変わる。


 近くにいた常連の一人が、ちらりと視線を寄越す。


 別の席の男も、グラスを持つ手を止めた。


 マスターは続ける。


「灰狼に渡せ」


 ロストパラダイスの警備兵――通称「首輪付き」のリーダー格だ。


 名前も、場所も知っている。


 ただ、中へ入るのはこれが初めてだった。


 それでも中身を聞く必要はない。


 そういう依頼だ。


「分かった」


 受けようとした、その瞬間だった。


「私も行きます!」


 ユイが即座に身を乗り出す。


 目が輝いていた。


 さっきまで普通に隣へ座っていたのに、その一言だけで急に熱が入る。


 銀月の空気が固まった。


 本当に、一拍止まる。


 マスターは何も言わない。


 常連たちも口を開かない。


 ただ、止めるべきか、今さら言っても遅いのか、その判断だけが空気の中で揺れる。


 だが、その一拍の間に、ユウは最近の流れで判断してしまった。


 もう何度も一緒に来ている。


 銀月へだって普通に出入りしている。


 今さらここで一人だけ突っぱねる方が面倒かもしれない。


 そういう、半ば慣れで流す判断だった。


 だから特に何も言わず、ユイの方も見ないままマスターへ向き直る。


「それで」


 その続きを聞こうとしたところで、マスターの顔が妙に言いたげなものへ変わっていることに気づく。


 横を見る。


 常連の一人は口を開きかけて閉じた顔をしていた。


 別の男はグラスを持ったまま、少しだけ眉をひそめている。


 止めた方がいいのか、でもどこから止めるのか、そんな顔だ。


 そこでようやく、ユウは少しだけ遅れて理解する。


 だが、もう遅い。


 隣ではユイがすっかりその気だった。


 嬉しそうに立ち上がり、しかも当然みたいにユウの手を取る。


「行きましょう!」


 ご機嫌だった。


 その手を振り払うほどでもない一拍のうちに、もう話は前へ進んでいる。


 マスターは何か言いたげな顔のまま、小包を差し出した。


 ユウはそれを受け取る。


「……渡すだけでいいんだな」


「それだけでいい」


 短い返事だった。


 その短さの奥に、色々飲み込んだものがある気がした。


 常連たちは結局、誰も口を挟まない。


 止めるには遅く、見送るには不安がある。


 そんな空気だけが残る。


 ユイはそんなことに少しも気づいていないのか、それとも気づいても構わないと思っているのか、とにかく機嫌がいい。


 手を引く力まで軽い。


 ユウはその横顔を見て、小さく息を吐く。


 選択を間違えた気がする。


 だが、その間違いに気づいたのは、もう店を出る流れができたあとだった。


 銀月の扉の向こうには、いつもの下層の通りがある。


 その先にロストパラダイスもある。


 ご機嫌に手を引くユイを見ながら、ユウは今さらのように思った。


 後悔先に立たず、とはこういう時に使うのかもしれない。

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