分解手順
食事のあと、テーブルの上には二つのケースが残っていた。
ユイの新しいSMGと、ユウの前に置かれた古いAR。
リビングの空気は少し落ち着いていたが、まだ誰も完全に腰を浮かせてはいない。
レンジは何度もケースへ目をやり、ユイは自分のケースを抱えたまま離そうとしない。
サエだけが、さっさと片付けたい顔で水の入ったグラスを脇へ寄せた。
ユウはARのケースを開き、銃を取り出す。
古い。
だが、ただ古いだけではない。
整備されている手応えがある。
それでも、触る以上は中まで見る。
表だけ綺麗でも意味はない。
ユウは銃を手にしたまま、サエの方を見た。
「分解手順、先に確認したい」
サエが頷く。
「そうね。それが先」
その返事に迷いはなかった。
「整備に出したとはいえ、自分で開けられないなら意味がないもの」
ユウはそれを聞いて、テーブルの上へARを置き直す。
まず見るのは外見ではなく、中身へ辿り着くまでの流れだ。
「どこからだ」
「最初はここ」
サエがテーブル越しに指先で示す。
「慌てて外すと癖で傷めるから、順番を覚えなさい」
ユウは素直にその手順を追う。
固定の位置。
力を掛ける角度。
抜く時の重さ。
思ったより無理がない。
「簡単だな」
「古い型だもの」
サエは落ち着いて言う。
「その代わり、使い込まれてる分だけ癖はあるわ。だから開けて、ちゃんと自分で見なさい」
ユウはそこで一つ頷き、今度は自分の手でやる。
同じ順番。
同じ角度。
さっき見た通りに、丁寧に外していく。
余計な力は入れない。
工具を使う前に、まず手で回るところまで。
途中で引っかかりそうになっても、無理に捻らない。
サエはその様子を見ながら、必要な時だけ言葉を足す。
「そこ、力任せにやると歪むわ」
「分かってる」
「分かってても、初見の型は壊すのよ」
「……覚えとく」
短いやり取りだった。
ARは少しずつ分解され、内側が見える形になる。
そこでユウはようやく、中の状態を一つずつ確かめ始めた。
サビ。
摩耗。
油の残り。
汚れの偏り。
金属の噛み方。
ボルト周りの動き。
目で見て、指で触る。
流し見ではない。
本当に使う気のある人間の見方だった。
「こっちはまだ生きてるな」
小さく言う。
「まだ、じゃなくて、十分使えるわ」
サエが返す。
「交換が必要になるとしたら、もっと先。今は問題ない」
ユウはそれを聞いて、また中を覗く。
外装の擦れのわりに、肝心な部分はかなりまともだ。
整備に出していたというのも嘘ではないらしい。
その隣で、なぜかユイが妙に得意げな顔をしていた。
自分のSMGのケースを横に置いたまま、椅子へ座ってこちらを見ている。
何かを言うわけではない。
ただ、なぜかちょっと胸を張っている。
視線が自分のケースへ行く。
次に、ユウの手元のARへ戻る。
それからまた、ユウを見る。
ユウは最初、それを気にしないことにした。
今見るべきは目の前のARだ。
新しい火力。
分解手順。
整備性。
自分で回せるかどうか。
そっちの方が大事だった。
「ここ、外す時は毎回見るのか」
「ええ」
サエが答える。
「汚れやすいし、流れが悪くなるとすぐ出る。昨日みたいなジャムを見た後なら、なおさらね」
昨日のことを思い出し、ユウは少しだけ目を細める。
整備不良で死ぬ。
その現実はもう十分見た。
だから余計に、この確認は手を抜けない。
「ここは錆びやすい?」
「保管次第。湿気を食う場所なら出る」
「この拠点なら」
「地下へ長く置かなきゃ大丈夫。使った後に拭かない方が先に駄目になるわ」
そういう会話をしている間も、隣から妙な視線を感じる。
見なくても分かる程度には、はっきりと。
ユイだった。
さっきより少しだけ存在感が増している。
何かを待っているみたいな顔で、こちらを見ている。
何のつもりだ、と一瞬だけ思う。
もしかすると、自分のSMGも見てほしいのかもしれない。
だが、だったら普通に言えばいい。
なぜそんな妙に自慢げな空気を出してくるのかは分からない。
ユウはとりあえず放っておくことにした。
「分解自体は回せる」
ARの内側を見ながら言う。
「思ったより癖も少ない」
「だからタチバナもこっちを持ってきたんでしょうね」
サエは静かに返す。
「貴方が前に出るなら、火力は上げたい。でも整備に手が掛かりすぎる型は向かない。そういう意味では丁度いいわ」
それは確かにそうだった。
軽すぎず、長すぎず、火力はある。
古いが、その分だけ構造が素直で、自分でも触れる。
実務で持つには悪くない。
その時、隣でユイが小さく身じろぎした。
声は出さない。
だが、さっきより明らかに“気づいてほしい”空気が強くなっている。
とうとうサエもそれに気づいたらしい。
ちらりとユイを見て、それから何か言おうとして、一瞬だけ迷う。
どう言えばいいのか考えている顔だった。
ユウはそこで、ようやく視線をそちらへ向けた。
ユイはSMGのケースを横に置いたまま、こちらを見ている。
期待しているような、待っているような顔だ。
その意図を考えて、ひとつだけ結論が出る。
「……お前もSMGの確認しないでいいのか?」
言ったのは、本当にそのままの意味だった。
買ったばかりだ。
なら、こっちを見ている場合ではなく、自分の銃の手順や中身を確認した方がいい。
それだけの話である。
だが、その一言でユイは固まった。
本当に、ぴたりと止まる。
その顔を見て、ユウは静かに思う。
こういうところ、父娘で似るんだな。
渋い顔で固まるタチバナと、今のユイが、妙に重なった。
サエもその固まり方を見て、小さく息をつく。
「それもそうね」
結局、そこへ落ち着くらしい。
「整備の知識なんだから、確認しておきなさい」
ユイは一拍遅れて、ようやく「……はい」と返した。
少しだけしょんぼりしているのが分かる。
何を期待していたのかは知らないが、少なくとも今の流れでは空振ったらしい。
レンジがその様子を見て、また肩を揺らした。
「いやあ……」
「笑うな」
ユウが先に切る。
「笑ってません」
「笑ってる」
「いやでも」
レンジはとうとう口元を押さえた。
「何か、こう……すごいなって」
何がすごいのかは言わない。
言わなくても分かる顔をしていた。
ユイは少しだけ頬を膨らませたが、サエに促されると観念したようにケースを開ける。
SMGを取り出し、テーブルの上へ置く。
「こっちも分解するんですか」
「全部はまだいい」
サエが答える。
「まずは基本だけ覚えなさい。どこを見るか、どこを触るか、それを先に」
ユウはARの部品を並べたまま、横目でその様子を見る。
ユイはまだ少し不満そうだ。
けれど、言われたこと自体はきちんと聞いている。
そこは偉いと思う。
サエがSMGの方を指しながら言う。
「銃床の固定。スリングの取り付け。マガジンの収まり。最初はそこから」
「はい」
「あと、拭く場所」
「はい」
さっきまでの妙なアピールはどこへ行ったのか、今はちゃんと真面目だった。
ユウはその様子を見てから、またARへ視線を戻す。
分解手順は頭へ入った。
中も悪くない。
この型なら、自分で回せる。
それだけ分かれば十分だ。
「戻してみて」
サエに言われて、ユウは今度は組み直しへ入る。
外すより、戻す方がごまかしが利かない。
噛み合わせが悪ければすぐ分かる。
順番を間違えれば止まる。
だが、さっき見た手順がちゃんと残っていたのか、大きく迷わず進む。
「そこ、先」
「ああ」
「逆」
「……分かった」
短い修正を挟みつつ、最後まで組み上げる。
ボルトを引く。
戻る。
悪くない。
「まあ、及第点」
サエが言う。
「最初にしては」
「最初だからだろ」
「最初だから褒めてるのよ」
それを聞いていたユイが、小さく口を挟む。
「私は」
「まだ」
サエが即座に切る。
「先に手順」
ユイはまた口を閉じる。
そこでレンジがとうとう吹き出した。
「ははっ……!」
「お前、本当に楽しそうだな」
ユウが呆れた声を出すと、レンジは悪びれずに頷いた。
「最近、毎日楽しいですねえ」
隠す気もない。
地下訓練の時と同じだ。
この男は、本当にこういう空気が好きなのだろう。
それでも、場が完全に崩れないのは、サエがいるからかもしれない。
必要なところだけ締め、余計なところでは止めすぎない。
そのバランスが、このファミリーを何とかしている気がした。
しばらくして、ARはケースへ戻される。
SMGの方も最低限の確認だけ終わる。
新しい銃が二つ。
片方は火力を足すため。
もう片方は、足りなかった距離を埋めるため。
昨日の不足が、今日こうして道具の形へ変わっている。
ユウはケースを閉じながら、改めて思う。
やはり、必要なものだった。
面倒でも。
やりにくくても。
それはそれとして必要だ。
その横で、ユイはまだ少し不満そうな顔をしていた。
多分、自分がもっと見てもらえると思っていたのだろう。
だが、それが整備の場でないのも事実だった。
ユウはそれを横目で見て、小さくだけ息を吐く。
リビングの窓から入る昼の光の中で、テーブルの上には二つのケースが並んでいた。




