二つのケース
地下から上がると、リビングにはすでにタチバナが戻ってきていた。
扉の近くで上着を脱ぎかけたところだったらしい。
こちらの気配に顔を上げ、それから一瞬だけ動きを止める。
視線がまずユイへ向く。
新しいガンケースを両手で抱えて、少し嬉しそうな顔。
次にユウへ移る。
こっちは露骨に疲れた顔をしていた。
それを見て、タチバナの眉間にわずかに皺が寄る。
何があったか、だいたい察した顔だった。
そして、察した上であまり深く考えたくない時の、あの渋い顔になる。
レンジがその横で口元を押さえた。
まだ地下の続きで面白がっているのが丸分かりだ。
サエはそんな空気ごと見た上で、平然とした調子で言う。
「あなた、何か渡すものがあるんじゃないの?」
タチバナは一拍だけ黙った。
それから、手に持っていたガンケースをテーブルへ置く。
黒くて、少し長いケースだった。
ユイが抱えているSMGのものより一回り大きい。
タチバナはそれをユウの前へ押しやった。
「開けてみろ」
言葉はそれだけだった。
ユウは一瞬だけタチバナを見る。
何を持ってきたのか、までは分からない。
だが、無駄なものではないだろうとは思う。
そのままケースへ手を伸ばし、留め具を外す。
中に入っていたのは、旧型のARだった。
新しくはない。
むしろだいぶ使い込まれている。
外装には擦れがあるし、金属の角も少し丸い。
けれど、ただ古びているのとは違った。
整備された道具の顔をしている。
ユウはまずそれを持ち上げた。
重さを確かめる。
バランスを見る。
長さのわりに取り回しは悪くない。
構えを作った時に、無駄に前へ持っていかれる感じも薄い。
ボルトの動きも滑らかだ。
触っただけで、ちゃんと手が入っているのが分かる。
そのまま少し角度を変え、分解の取り回しまで頭の中でなぞる。
整備しやすい型だ。
余計な癖も少ない。
古いが、その分だけ素直に回せる。
悪くない。
というより、かなりいい。
ユウが無言のまま確認していると、ユイが横からぱっと言った。
「わあ」
その声に、少しだけ場の空気が緩む。
「二人とも新装備でお揃いですね!」
あまりにも素直な喜び方だった。
ユイにとっては本当にそうなのだろう。
自分に新しいSMGが来た。
ユウにも新しい銃が来た。
だから単純に嬉しい。
そこに変な意味も読みもない。
レンジの肩がまた揺れる。
今のところはまだ耐えている。
ユウはその言葉には返さず、ARをケースへ戻しかけた。
その時、ふと底へ目が行く。
ケースの内側、その端に小さな刻印があった。
見覚えのある刻みだった。
裏通りの、あの店のものだ。
ほんの一瞬だけ、部屋の空気が止まる。
ユウは何も言わない。
何も言わないまま、ゆっくり顔を上げてタチバナを見る。
冷たい視線だった。
責めるでもなく、怒鳴るでもなく、ただ――
じゃあ最初からお前が連れていけただろ。
そう、そのまま入っている目だった。
タチバナはその視線を受けて、一瞬だけ黙る。
そして、静かに目を逸らした。
言い訳はしない。
しないのが余計にひどい。
それを見た瞬間、レンジがとうとう堪えきれなくなった。
「っ、はは……!」
吹いた。
横を向いているが、全然隠せていない。
サエが小さく息をつく。
「やっぱりそうだったのね」
そこに責める色は薄い。
どちらかというと、分かっていたものを確認した響きだった。
ユウはまだ何も言わない。
言わないが、視線だけが変わらず冷たい。
タチバナはなおも視線を戻さないまま、低く言う。
「整備に出していた」
言葉が足りなかった。
足りないが、多分それがタチバナにとっての精一杯なのだろう。
「昨日の件もある。前へ置くなら、SMGだけじゃ足りない」
仕事の話としては正しい。
完全に正しい。
だから余計に、別の部分の駄目さが目立つ。
ユウは小さく息を吐いた。
文句を言う筋でもない。
ARそのものはありがたい。
整備もきっちりされている。
火力の底上げにもなる。
それは全部分かる。
分かるが、それはそれ、これはこれだった。
「……そうかよ」
返事は短かった。
その短さに、まだ少しだけ刺が残る。
レンジは肩を震わせたまま言う。
「いやあ……」
「笑いすぎだ」
ユウが切ると、レンジは片手を上げる。
「いや、だって」
まだ笑いが残っている。
「タイミングが良すぎるだろ」
「うるせえ」
「しかも視線で全部言うし」
「お前は黙れ」
そのやり取りの横で、ユイは状況を半分しか飲み込めていない顔だった。
ただ、二人とも新しい銃を持つ流れになったこと自体は嬉しいらしい。
タチバナへ向かって、素直に言う。
「ありがとうございます」
その一言で、タチバナの渋い顔がさらに微妙になる。
礼を言われる筋ではある。
だが、さっきの流れがある以上、妙に座りが悪い。
サエがそれを見て、軽く助け舟を出すみたいに言った。
「ちゃんと二人分、考えてたってことなんでしょ」
タチバナは小さく頷く。
「線に立つなら要る」
それだけ言う。
仕事の言葉だった。
そこには曖昧さがない。
ユウはもう一度だけARを見る。
古い。
だが扱いやすい。
手も入っている。
自分で回すにも向いている。
前へ出る時の火力としては十分だ。
その上で、持たされた意味も分かる。
タチバナは、自分を後ろで拾うだけの札としては見ていない。
ユウはケースを閉じず、そのままテーブルへ置く。
「使う」
それだけ言う。
大げさに礼は言わない。
だが、受け取るという意味では十分な言葉だった。
タチバナもそれ以上は何も言わない。
それで話は済んだらしい。
ユイはその横で、自分のケースとユウのケースを見比べている。
本当に、お揃いみたいな気分なのだろう。
「次は二人とも新しいので練習ですね」
明るい声だった。
レンジがまた笑いそうになる。
「いやあ、いいねえ」
「お前は本当に楽しそうだな」
ユウが言うと、レンジは即答した。
「最近ずっと楽しいです」
全然隠す気がない。
サエは呆れたように小さく息をついてから、ユウへ視線を向けた。
「そのAR、後で私にも見せなさい」
「何でだ」
「整備の仕上がりを確認するの。あなた、自分の分だと雑に納得する時があるから」
「しねえよ」
「するわよ」
即答だった。
そのやり取りの横で、タチバナはようやく水へ手を伸ばす。
まだ少し居心地の悪そうな顔をしていた。
仕事の株は上がる。
だが、その直後に別件で落ちる。
今日もまた、そんな男だった。
ユウはARのケースを閉じながら、もう一度だけタチバナを見る。
今度は冷たい視線ではない。
ただ、呆れの混じった目だ。
タチバナはそれを見ても、今度は逸らさなかった。
逸らさないまま、少しだけ渋く口元を引く。
言葉はない。
それで十分だった。
リビングには、新しい銃が二つ増えていた。
一つは、ユイのためのSMG。
もう一つは、ユウのための古いAR。
その光景を見ながら、ユウは心の中だけで一つ思う。
最初から言え。
もっとも、言ったところで結果が変わったかは怪しい。
そのくらいには、もう流れは出来上がっていた気もした。




