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銀月のロスト  作者: taka
第8章 新しい銃
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地下で初回訓練

 昼食の後、タチバナが別の用事で上へ出ていったのを見届けてから、ユウはサエへ声を掛けた。


「地下、使っていいか」


 キッチンで片付けをしていたサエが手を止める。


「地下?」


 それから一拍置いて、すぐに意味を読んだ顔になる。


「訓練?」


「ああ」


 ユウは短く頷いた。


「ユイの練習」


 その言葉に、少し離れたところで水を飲んでいたレンジが顔を上げる。


 次の瞬間には、口元がもう笑っていた。


「見学していいですか?」


 早い。


 サエはそんなレンジを横目で見て、小さく息をつく。


「邪魔しないなら」


「やった」


 何がやったなのか分からないが、本人は本気で嬉しそうだった。


 ユイは新しいケースを抱えたまま、少しだけ目を丸くしている。


 訓練そのものは分かっていたのだろう。


 ただ、こんなにすぐやるとは思っていなかったらしい。


「今からですか?」


「買ったばかりのまま置いとく意味ないだろ」


 ユウが言うと、ユイはすぐに頷いた。


「……はい」


 地下の射撃場は、見せるための場所ではなかった。


 細い階段を下りると、先にあるのはコンクリの壁と、乾いた油の匂いと、火薬の残り香だ。


 天井は低く、声が少しだけ反響する。


 奥に固定された的。


 弾を受ける壁。


 最低限の照明。


 実務用の、簡易な訓練場だった。


 ユウは中へ入ると、まずユイへケースを開かせた。


「出せ」


 ユイが慎重に新しいSMGを取り出す。


 昨日、店で持った時よりは少しだけ手つきが落ち着いていた。


 それでもまだ、自分のものとして扱うにはぎこちなさが残る。


 ユウは一目見て、眉を寄せた。


「……何でそのまま持ってる」


「え?」


 ユイがきょとんとする。


 ユウは銃へ顎を向けた。


「銃床」


 言われてようやく、ユイが後ろを見下ろす。


 折りたたまれたままだった。


「そこ、伸ばすんだよ」


「あ……」


 ユイが慌てて銃床へ手をやる。


 最初は少し手間取り、それから金属の小さな音と一緒に展開される。


 ユウはそれを確認して、次にスリングを見る。


「長い」


「長いですか?」


「長い。走ったら暴れるし、構えた時に邪魔だ」


 そう言いながら、ユウは手を伸ばしてスリングの長さを詰める。


 バックルを引き、余りを寄せ、肩へ掛けた時に身体へ沿う長さを探る。


 ユイはその間、黙って立っていた。


 嫌がる様子もない。


 むしろ真面目に見ている。


「これくらい」


 ユウが言う。


「短すぎると抜きにくい。長すぎると振れる」


「はい」


「構えろ」


 ユイはSMGを上げる。


 その姿を見て、ユウはすぐにため息を飲み込んだ。


 ハンドガンの構えのままだった。


 腕で前へ押し出す癖が残っている。


 肩の使い方が違う。


 重心も近い。


 そのまま撃てば反動を全部腕で受ける形になる。


「違う」


 ユウは短く言って、一歩近づく。


「腕で支えるな。肩で受ける」


 ユイが少しだけ困った顔になる。


「肩で、ですか?」


「銃床を当てる」


 言いながら、ユウは銃床の位置を直す。


 肩の少し内側へ当てさせ、ずれない位置を探る。


 そのまま肘を少し落とす。


「力入れすぎ」


「……はい」


「頬、離すな。浮かせるな」


 今度は頭の位置を直す。


 頬付けが甘い。


 ハンドガン感覚で目線だけを合わせようとしている。


 ユイは素直に従うが、慣れないのか少しだけ肩が強張る。


「そんな固めるな」


「難しいです」


「ハンドガンじゃねえんだぞ」


 そう言いながら、ユウは足元も見る。


「足」


「はい?」


「開け。今のままだと反動で流れる」


 ユイが少し足を動かす。


 それでもまだ狭い。


 ユウは自分の靴先で立ち位置を示す。


「そこ」


 ユイが言われた通りに直す。


 ようやく形が近づく。


 その一連を、後ろでレンジが肩を震わせながら見ていた。


「いやあ……」


 声がもう笑っている。


「ずいぶん丁寧ですねえ」


 ユウは振り返らない。


「黙ってろ」


「はいはい」


 レンジは素直に引くが、全然引けていない。


 顔は面白がっている。


 サエは壁際で腕を組んでいた。


 口は挟まない。


 ただ、危ない持ち方や無理な構えにならないかだけは見ている。


 その目の置き方が、完全に管理側だった。


 ユウはそこでもう一度ユイの構えを見直す。


 まだ甘い。


 でも最初よりはずっとましだ。


「一回空で引け」


「空で?」


「撃つ真似だけしろ」


 ユイが小さく息を吸い、照準を的へ向ける。


 そのまま引き金を引く動きをする。


 そこでまた銃口が少し揺れた。


「今の、引く時に力入っただろ」


「……入ってました」


「そこだけ指で切れ。腕ごと引くな」


「はい」


 また空でやる。


 少し良くなる。


 でもまだ揺れる。


 ユウはそこで、ふとサエを見る。


 一瞬だけだが、視線の意味はかなりはっきりしていた。


 本気でこれ、最後まで俺か?


 サエはその視線を受けて、ほんの少しだけ眉を動かした。


 返ってきたのは声ではなく、しょうがないでしょ、とでも言いたげな目だった。


 ユウが口を開くより先に、ユイが真面目な声で言う。


「最後まで教えてください」


 ぴたりと逃げ道が塞がる。


 しかも悪気が全くない。


 ただ純粋に、途中まで教えている人に最後まで見てほしいというだけの声だった。


 ユウは一瞬だけ黙る。


 その沈黙の横で、レンジがとうとう吹き出しかけて口を押さえた。


「っ……」


 肩が震えている。


 ユウはそちらを睨みもせず、小さく息を吐いた。


「……分かった」


 そう言うしかなかった。


 ユイはそれで安心したらしく、また真面目な顔で的を向く。


「じゃあ実弾」


 ユウが言う。


 サエがそこで初めて口を挟む。


「耳は」


「あ」


 ユイが小さく声を漏らす。


 完全に抜けていたらしい。


 サエが棚から保護具を渡す。


「そこからよ」


「ありがとうございます」


 そういうところはまだ子供っぽい。


 だが、さっきより浮ついてはいなかった。


 準備を終えて、ユイがもう一度構える。


 銃床は伸びている。


 スリングも身体へ合っている。


 姿勢はまだぎこちない。


 けれど、ハンドガンの時よりはずっと安定していた。


 ユウは撃たせる前に、銃口を一度だけ見た。


「銃口は人に向けるな。指は撃つ時だけ」


「はい」


「それが抜けるなら撃たせない」


 ユイの顔が少し引き締まる。


「分かりました」


「肩、逃がすな」


 ユウが言う。


「目、閉じるな」


「閉じません」


 返事はした。


 だが、実際に撃つ時は別だ。


「撃て」


 ユイが引き金を引く。


 乾いた連射音が地下へ跳ね返った。


 耳当て越しでも、胸の奥が少し押されるような音だった。


 短い。


 だが、反動で肩が少し逃げる。


 銃口もわずかに上がる。


 撃ち終えたあと、ユイは自分でも少しびっくりした顔になった。


「……思ったより来ます」


「来るに決まってるだろ」


 ユウは即答する。


「だから肩で受けるんだよ」


 レンジが後ろで笑い混じりに言う。


「いやでも、初弾でそこまで崩れてないのは上等じゃないですか?」


「褒めるのは早いわ」


 サエが静かに切る。


「今のままだと連射で流れる」


 ユイは小さく唇を結び、もう一度構え直す。


 今度は自分で銃床を肩へ押し当てる。


 頬も乗せる。


 足もさっきより少しだけしっかりしている。


「もう一回」


 ユウが言う。


 二度目。


 三度目。


 撃つたびに、少しずつ癖が見えてくる。


 肩が浮く。


 肘が固くなる。


 反動を嫌がってわずかに目を細める。


 そのたびにユウが直す。


「今の、肩」


「肘」


「前だけ見すぎるな」


「もっと落ち着け」


 言葉だけで足りない時は、手で位置を直す。


 肩の角度。


 銃床の当たり。


 肘の落とし方。


 頬の位置。


 肩の位置を直す時も、触れるのは必要なところだけだった。


 すぐ離す。


 余計なことは言わない。


 相手が年頃の異性だという認識は、ユウにもある。


 だからこそ、必要な分だけで済ませる。


 一方でユイはまったく気にしていない。


「こうですか」


「今のはどうですか」


「さっきよりはいいですか」


 ただ真面目に聞いてくる。


 そこに変な照れも意識もない。


 だから余計に、ユウの方だけがやりにくい。


 数発撃ったところで、ユイの肩が少し落ちた。


 疲れが見える。


 元々腕力がある方ではない。


 昨日の戦闘の疲れも残っている。


 新しい銃に慣れていない上に、構え方も全部変えているのだから当然だった。


 ユウはそこで銃口を下げさせる。


「今日はここまで」


 ユイが少しだけ不満そうな顔をする。


「もう少し……」


「腕が先に死ぬ」


 そう言われると、さすがに反論できないらしい。


 自分でも分かっていたのだろう。


 素直に銃を下ろす。


 レンジがそこでようやく声を上げて笑う。


「いやあ、お疲れ様です。二人とも」


「お前は見てただけだろ」


 ユウが返すと、レンジは肩を竦めた。


「いやいや、楽しかったですよ」


「それは知ってる」


「ばれてたか」


 サエはそんなやり取りを横で聞きながら、ユイの持ち方を最後に一度だけ見た。


「今の感じを忘れないことね」


「はい」


「次は疲れる前に姿勢が崩れないようにする」


「はい」


 真面目に返事をしている。


 少なくとも、昨日までの“興味がある”だけの段階よりは、ちゃんと自分の武器として受け取り始めている顔だった。


 ユウはケースへ銃を戻させながら言う。


「持っただけで使える気になるなよ」


 ユイは少しだけむっとした顔をする。


「なってません」


「さっき少しなってた」


「……少しだけです」


 そこを認めるのか、とレンジがまた笑う。


 サエも小さく息を吐いたが、止めはしない。


 地下の空気には火薬の匂いが薄く残っていた。


 さっきまでの緊張と、反動の感触と、新しい武器の重さがまだ場に残っている。


 ユイはケースを抱え直す。


 その仕草はまだ少しぎこちない。


 けれど、昨日までのハンドガンだけしか持たない姿とはもう少し違っていた。


 一段上の火力。


 それを持つ意味。


 それを使う難しさ。


 その入口に、ようやく片足を乗せた顔だった。


 ユウはそれを見て、小さく息を吐く。


 面倒だとは思う。


 やりにくいとも思う。


 だが、必要なことでもある。


 だから何も言わない。


 地下の照明の下で、訓練の終わった静けさだけが、ゆっくりと戻ってきていた。

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