↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀月のロスト  作者: taka
第8章 新しい銃
PR
57/66

ガンショップで購入

 裏通りのガンショップは、看板らしい看板もない店だった。


 通りに面した金属扉は半分だけ開いていて、外から見えるのは薄暗い店内と、壁に吊られたいくつかの銃の影だけだ。


 油の匂いと、古い金属の匂いが混じっている。


 銀月とも、拠点とも違う、もっと乾いた仕事場の匂いだった。


 ユウが先に中へ入る。


 その半歩後ろに、ユイが続いた。


 今日は帽子を深くかぶっている。


 白い髪もちゃんと押し込めているし、妙にきょろきょろもしない。


 前よりは少し慣れたのか。


 それとも、この店の空気がそうさせるのか。


 どちらにしても、ユイは黙ってユウの後ろへついていた。


 カウンターの奥にいた店主が顔を上げる。


 相変わらず年齢の読みにくい男だった。


 痩せているが、動きに無駄がない。


 こちらに振り返ると、まずユウを見て、次にその後ろのユイを見た。


 そして即座に言う。


「……冷やかしなら帰れ」


 挨拶みたいな言い方だった。


 ユイが少しだけ目を瞬く。


 だが口は開かない。


 ユウもその一言には特に反応を変えず、まっすぐカウンターまで歩いた。


「冷やかしじゃない」


 短く返す。


「ファミリーの頭の娘だ」


 店主の目が少しだけ細くなる。


 ユイをもう一度見る。


 帽子。


 服。


 立ち方。


 その辺りを一瞬で舐めるように見たあとで、店主はまたユウへ視線を戻した。


「で?」


「ハンドガンは使ってる」


 ユウは必要なことだけを言う。


「だが火力が足りない。昨日、後ろまで押し込まれた」


 そこまで聞いて、店主の顔つきがほんの少しだけ変わった。


 冷やかしを追い払う顔から、話を聞く顔へ変わる。


「定期狩りか」


「そうだ」


 店主は鼻で小さく息を鳴らす。


「ハンドガンだけで後ろ立たせたのか」


 それは半分呆れだった。


 ユウが答える前に、ユイが小さく口を開く。


「普段はそれで足りてたんです」


 店主はそちらを見る。


「足りてた、じゃなくて足りてるつもりだった、だろ」


 言い方はきつい。


 だが事実だった。


 ユイは少しだけ言葉を詰まらせたあと、素直に口を閉じる。


 反発はしない。


 ユウが続ける。


「取り回し優先で、隠しやすいのがいい。だがハンドガンより一段上の火力は要る」


「前線立たせる気か」


「後ろでも抜かれる時は抜かれる」


 その返しに、店主は少し黙った。


 それから、ようやく頷く。


「まあ、そうだな」


 短い肯定だった。


 店主はカウンターの下へ手を入れ、鍵を取る。


 そのまま横の棚へ移り、ロックの掛かったケースを開けた。


 中には短機関銃がいくつか並んでいた。


 どれも使い込まれているが、整備はされている。


 裏通りの店らしく、新品の輝きより実用品の顔をしていた。


 その時、店主がふと思い出したみたいに言う。


「嬢ちゃんを中に入れるなら、何かあった時はお前が責任取れよ」


 ユイではなく、ユウへ向けた言葉だった。


 軽くはない。


 脅しでもない。


 この店の中へ入れた以上、何を見ても、何に触れても、何をしでかしても、連れてきた側が持つ。


 そういう確認だった。


 ユウは一拍も置かずに返す。


「最初からそのつもりだ」


 店主はそれで十分らしかった。


 それ以上そこは掘らない。


 ケースから一丁取り出し、カウンターへ置く。


「まずはこの辺だな」


 ユイはその銃を見る。


 ハンドガンよりは明らかに大きい。


 だが、ライフルほどではない。


 黒い金属の塊は、無骨というより実用一点張りに見えた。


 それを見た瞬間、ユイの表情が引きしまる。


 昨日の右後方。


 撃ったのに止まらなかった影。


 近づいてくる爪。


 ただ新しい武器を前にしているだけなのに、少しだけ喉が固くなった。


 店主が言う。


「軽い。短い。近い距離なら十分通る」


 そこでユイの方へ顎をしゃくる。


「持ってみろ」


 ユイは一瞬だけユウを見る。


 勝手に触っていいのか、その確認みたいな目だった。


 ユウが小さく顎を引くと、ようやく手を伸ばす。


 動きは慎重だ。


 銃を触るのに慣れていないわけではない。


 だが、自分のハンドガン以外を本格的に持つのは初めてなのだろう。


 持ち上げる。


 その瞬間、腕に少しだけ力が入るのが見えた。


「重いか」


 店主が聞く。


 ユイは少し考えてから答える。


「……思ったよりは」


「その“思ったよりは”が一番危ない」


 店主はすぐに返す。


「軽いと思って雑に振るな。ハンドガンとは重心が違う」


 ユイは素直に頷く。


「はい」


 その素直さに、店主は少しだけ目を細めた。


 扱いにくい客ではない、と判断したのかもしれない。


「構えてみろ」


 言われた通り、ユイは銃を構える。


 最初は少しだけ肩が上がる。


 銃の長さに腕が慣れていない。


 ハンドガンの感覚で収めようとして、わずかにぶれる。


「肩に力を入れすぎるな」


 店主が言う。


「押さえ込むんじゃなくて、流れを止めろ」


 それから、ユウを見る。


「お前、普段どう撃ってる」


「引きつけて短く切る」


「なら、そっちで教えろ」


 当然みたいに言われた。


 ユウは少しだけ眉を寄せる。


「店の役目じゃないのか」


「買わせるまでが店の役目だ」


 店主は平然としていた。


「使い方まで面倒見ろとは言ってねえ」


 レンジがいたら吹きそうな台詞だ、とユウは一瞬だけ思う。


 だがここにいるのは自分とユイだけで、笑って流してくれる人間はいない。


 ユイは銃を構えたまま、少しだけ困った顔で言う。


「……どうですか」


 完全にユウへ振ってきた。


 しまったと思ったが、今さら遅い。


 ユウはため息まじりに一歩前へ出る。


 銃口の位置。


 腕の角度。


 肩の力。


 それを一度見てから、短く言う。


「肘が固い」


 ユイがすぐ少し緩める。


「こっちに寄せすぎるな。反動で流れる」


「はい」


「前だけ見るな。抜けた時に振れなくなる」


「……はい」


 返事は真面目だった。


 ふざける空気ではないと、本人もちゃんと分かっている。


 店主がそのやり取りを見ながら、別の一丁を出してくる。


「そっちは扱いが素直すぎるな」


 今度置かれたものは、少しだけ形が違った。


「反動はこっちの方が暴れにくい。代わりに収まりは少し重い」


 ユイは最初の一丁を置き、次を持つ。


 今度はさっきより慎重だ。


 重さを確かめる手つきが、少しだけまともになっている。


 店主はそれを見て鼻を鳴らす。


「昨日、本当に線に立ったんだな」


「はい」


 ユイが答える。


「後ろでしたけど」


「後ろでも噛まれりゃ終わりだ」


 店主の声は変わらない。


「なら、その位置で使えるものを選べ」


 そこには変な甘さも脅しもなかった。


 ただ、生き残るための話だけがある。


 ユウは壁際の棚へもたれかからず、カウンターの前に立ったまま二丁を見比べる。


 どちらも使えないわけではない。


 前へ出る火力ではない。


 距離を稼げること。


 それで十分だ。


「こっちだな」


 ユウが二丁目を指す。


 店主も頷く。


「俺もそう思う」


 そこでようやく、ユイが少しだけ表情を明るくした。


「これなら使えそうです」


「使えそう、じゃなくて使えるようにするんだよ」


 店主が即座に切る。


「持っただけで満足するならハンドガンのままでいい」


 ユイはすぐに背筋を伸ばした。


「はい」


 さっきからずっとそうだが、この店に入ってからのユイは妙に素直だった。


 多分、この店主の前ではふざける余地がないと分かるのだろう。


 店主は銃を受け取りながら、最後に言う。


「弾と予備マガジンはどうする」


 ユウが即答する。


「必要分つけてくれ」


「金は?」


 ユウは一度だけユイを見る。


 ユイもその意味を理解したらしく、少しだけ緊張した顔で端末を出した。


「あります」


 今日受け取ったばかりの綺麗なクレジット。


 こんな使い方になるとは、朝の時点では多分本人も思っていなかっただろう。


 だが、必要なものなら仕方ない。


 店主は小さく頷き、端末を出した。


「じゃあ、まとめる」


 その間、ユイは棚の上や壁の奥を見ていた。


 でも前みたいに露骨にはきょろつかない。


 見たいものが多いのは分かる。


 それでも、この場所ではしゃいではいけないと分かっている視線だった。


 少しして、店主が必要なものを揃えてカウンターへ戻る。


「これで一式だ」


 数字が端末へ送られる。


 ユウが一度確認する。


 高い。


 だが、必要なものを削っている値段ではない。


「問題ない」


 そう言って、ユイへ視線だけで促す。


 ユイは息を整えるように一度だけ端末を握り直し、それから支払いを通した。


 昨日受け取ったばかりの綺麗なクレジットが、銃と弾へ変わる。


 その瞬間、ユイの顔から少しだけ浮つきが消えた。


 これは買い物ではない。


 次に生き残るための準備だ。


 ユイは新しい銃をケースごと受け取り、両手で抱える。


 その顔は、嬉しいというより少し引き締まっている。


 昨日のことがある分、ただ新しい物を手に入れた喜びだけでは済まないのだろう。


 店主は最後にユウへ向かって言う。


「慣れるまでは無理に持ち歩かせるな」


「分かってる」


「それと」


 そこでわずかに視線をずらし、ユイを見た。


「お前は当てるだけで満足するな。止めきれなきゃ意味がねえ」


 ユイは真っ直ぐ頷く。


「はい」


 それで話は終わりだった。


 ユウはケースを持つユイを一度見て、それから扉の方へ顎を向ける。


「行くぞ」


「はい」


 今度の返事は、朝食の時みたいに浮いていなかった。


 裏通りへ出ると、店の中の乾いた油の匂いが背中側へ切れていく。


 昼の光は鈍いが、それでも店内よりは明るい。


 ユイはケースを抱えたまま、少しだけユウを見上げる。


「……ありがとうございました」


 前を向いたまま、ユウは短く返す。


「まだ礼は早い」


「どうしてですか?」


「使えるようになってからだ」


 それを聞いて、ユイはほんの少しだけ黙る。


 それから、小さく笑った。


「厳しいですね」


「当たり前だろ」


 ユウはそれだけ返して歩き出す。


 その半歩後ろを、ユイが新しいケースを抱えたままついてくる。


 裏通りの空気は相変わらず乾いていて、けれどその中にだけ、次の実戦へ向けた新しい重みがひとつ増えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。