ガンショップで購入
裏通りのガンショップは、看板らしい看板もない店だった。
通りに面した金属扉は半分だけ開いていて、外から見えるのは薄暗い店内と、壁に吊られたいくつかの銃の影だけだ。
油の匂いと、古い金属の匂いが混じっている。
銀月とも、拠点とも違う、もっと乾いた仕事場の匂いだった。
ユウが先に中へ入る。
その半歩後ろに、ユイが続いた。
今日は帽子を深くかぶっている。
白い髪もちゃんと押し込めているし、妙にきょろきょろもしない。
前よりは少し慣れたのか。
それとも、この店の空気がそうさせるのか。
どちらにしても、ユイは黙ってユウの後ろへついていた。
カウンターの奥にいた店主が顔を上げる。
相変わらず年齢の読みにくい男だった。
痩せているが、動きに無駄がない。
こちらに振り返ると、まずユウを見て、次にその後ろのユイを見た。
そして即座に言う。
「……冷やかしなら帰れ」
挨拶みたいな言い方だった。
ユイが少しだけ目を瞬く。
だが口は開かない。
ユウもその一言には特に反応を変えず、まっすぐカウンターまで歩いた。
「冷やかしじゃない」
短く返す。
「ファミリーの頭の娘だ」
店主の目が少しだけ細くなる。
ユイをもう一度見る。
帽子。
服。
立ち方。
その辺りを一瞬で舐めるように見たあとで、店主はまたユウへ視線を戻した。
「で?」
「ハンドガンは使ってる」
ユウは必要なことだけを言う。
「だが火力が足りない。昨日、後ろまで押し込まれた」
そこまで聞いて、店主の顔つきがほんの少しだけ変わった。
冷やかしを追い払う顔から、話を聞く顔へ変わる。
「定期狩りか」
「そうだ」
店主は鼻で小さく息を鳴らす。
「ハンドガンだけで後ろ立たせたのか」
それは半分呆れだった。
ユウが答える前に、ユイが小さく口を開く。
「普段はそれで足りてたんです」
店主はそちらを見る。
「足りてた、じゃなくて足りてるつもりだった、だろ」
言い方はきつい。
だが事実だった。
ユイは少しだけ言葉を詰まらせたあと、素直に口を閉じる。
反発はしない。
ユウが続ける。
「取り回し優先で、隠しやすいのがいい。だがハンドガンより一段上の火力は要る」
「前線立たせる気か」
「後ろでも抜かれる時は抜かれる」
その返しに、店主は少し黙った。
それから、ようやく頷く。
「まあ、そうだな」
短い肯定だった。
店主はカウンターの下へ手を入れ、鍵を取る。
そのまま横の棚へ移り、ロックの掛かったケースを開けた。
中には短機関銃がいくつか並んでいた。
どれも使い込まれているが、整備はされている。
裏通りの店らしく、新品の輝きより実用品の顔をしていた。
その時、店主がふと思い出したみたいに言う。
「嬢ちゃんを中に入れるなら、何かあった時はお前が責任取れよ」
ユイではなく、ユウへ向けた言葉だった。
軽くはない。
脅しでもない。
この店の中へ入れた以上、何を見ても、何に触れても、何をしでかしても、連れてきた側が持つ。
そういう確認だった。
ユウは一拍も置かずに返す。
「最初からそのつもりだ」
店主はそれで十分らしかった。
それ以上そこは掘らない。
ケースから一丁取り出し、カウンターへ置く。
「まずはこの辺だな」
ユイはその銃を見る。
ハンドガンよりは明らかに大きい。
だが、ライフルほどではない。
黒い金属の塊は、無骨というより実用一点張りに見えた。
それを見た瞬間、ユイの表情が引きしまる。
昨日の右後方。
撃ったのに止まらなかった影。
近づいてくる爪。
ただ新しい武器を前にしているだけなのに、少しだけ喉が固くなった。
店主が言う。
「軽い。短い。近い距離なら十分通る」
そこでユイの方へ顎をしゃくる。
「持ってみろ」
ユイは一瞬だけユウを見る。
勝手に触っていいのか、その確認みたいな目だった。
ユウが小さく顎を引くと、ようやく手を伸ばす。
動きは慎重だ。
銃を触るのに慣れていないわけではない。
だが、自分のハンドガン以外を本格的に持つのは初めてなのだろう。
持ち上げる。
その瞬間、腕に少しだけ力が入るのが見えた。
「重いか」
店主が聞く。
ユイは少し考えてから答える。
「……思ったよりは」
「その“思ったよりは”が一番危ない」
店主はすぐに返す。
「軽いと思って雑に振るな。ハンドガンとは重心が違う」
ユイは素直に頷く。
「はい」
その素直さに、店主は少しだけ目を細めた。
扱いにくい客ではない、と判断したのかもしれない。
「構えてみろ」
言われた通り、ユイは銃を構える。
最初は少しだけ肩が上がる。
銃の長さに腕が慣れていない。
ハンドガンの感覚で収めようとして、わずかにぶれる。
「肩に力を入れすぎるな」
店主が言う。
「押さえ込むんじゃなくて、流れを止めろ」
それから、ユウを見る。
「お前、普段どう撃ってる」
「引きつけて短く切る」
「なら、そっちで教えろ」
当然みたいに言われた。
ユウは少しだけ眉を寄せる。
「店の役目じゃないのか」
「買わせるまでが店の役目だ」
店主は平然としていた。
「使い方まで面倒見ろとは言ってねえ」
レンジがいたら吹きそうな台詞だ、とユウは一瞬だけ思う。
だがここにいるのは自分とユイだけで、笑って流してくれる人間はいない。
ユイは銃を構えたまま、少しだけ困った顔で言う。
「……どうですか」
完全にユウへ振ってきた。
しまったと思ったが、今さら遅い。
ユウはため息まじりに一歩前へ出る。
銃口の位置。
腕の角度。
肩の力。
それを一度見てから、短く言う。
「肘が固い」
ユイがすぐ少し緩める。
「こっちに寄せすぎるな。反動で流れる」
「はい」
「前だけ見るな。抜けた時に振れなくなる」
「……はい」
返事は真面目だった。
ふざける空気ではないと、本人もちゃんと分かっている。
店主がそのやり取りを見ながら、別の一丁を出してくる。
「そっちは扱いが素直すぎるな」
今度置かれたものは、少しだけ形が違った。
「反動はこっちの方が暴れにくい。代わりに収まりは少し重い」
ユイは最初の一丁を置き、次を持つ。
今度はさっきより慎重だ。
重さを確かめる手つきが、少しだけまともになっている。
店主はそれを見て鼻を鳴らす。
「昨日、本当に線に立ったんだな」
「はい」
ユイが答える。
「後ろでしたけど」
「後ろでも噛まれりゃ終わりだ」
店主の声は変わらない。
「なら、その位置で使えるものを選べ」
そこには変な甘さも脅しもなかった。
ただ、生き残るための話だけがある。
ユウは壁際の棚へもたれかからず、カウンターの前に立ったまま二丁を見比べる。
どちらも使えないわけではない。
前へ出る火力ではない。
距離を稼げること。
それで十分だ。
「こっちだな」
ユウが二丁目を指す。
店主も頷く。
「俺もそう思う」
そこでようやく、ユイが少しだけ表情を明るくした。
「これなら使えそうです」
「使えそう、じゃなくて使えるようにするんだよ」
店主が即座に切る。
「持っただけで満足するならハンドガンのままでいい」
ユイはすぐに背筋を伸ばした。
「はい」
さっきからずっとそうだが、この店に入ってからのユイは妙に素直だった。
多分、この店主の前ではふざける余地がないと分かるのだろう。
店主は銃を受け取りながら、最後に言う。
「弾と予備マガジンはどうする」
ユウが即答する。
「必要分つけてくれ」
「金は?」
ユウは一度だけユイを見る。
ユイもその意味を理解したらしく、少しだけ緊張した顔で端末を出した。
「あります」
今日受け取ったばかりの綺麗なクレジット。
こんな使い方になるとは、朝の時点では多分本人も思っていなかっただろう。
だが、必要なものなら仕方ない。
店主は小さく頷き、端末を出した。
「じゃあ、まとめる」
その間、ユイは棚の上や壁の奥を見ていた。
でも前みたいに露骨にはきょろつかない。
見たいものが多いのは分かる。
それでも、この場所ではしゃいではいけないと分かっている視線だった。
少しして、店主が必要なものを揃えてカウンターへ戻る。
「これで一式だ」
数字が端末へ送られる。
ユウが一度確認する。
高い。
だが、必要なものを削っている値段ではない。
「問題ない」
そう言って、ユイへ視線だけで促す。
ユイは息を整えるように一度だけ端末を握り直し、それから支払いを通した。
昨日受け取ったばかりの綺麗なクレジットが、銃と弾へ変わる。
その瞬間、ユイの顔から少しだけ浮つきが消えた。
これは買い物ではない。
次に生き残るための準備だ。
ユイは新しい銃をケースごと受け取り、両手で抱える。
その顔は、嬉しいというより少し引き締まっている。
昨日のことがある分、ただ新しい物を手に入れた喜びだけでは済まないのだろう。
店主は最後にユウへ向かって言う。
「慣れるまでは無理に持ち歩かせるな」
「分かってる」
「それと」
そこでわずかに視線をずらし、ユイを見た。
「お前は当てるだけで満足するな。止めきれなきゃ意味がねえ」
ユイは真っ直ぐ頷く。
「はい」
それで話は終わりだった。
ユウはケースを持つユイを一度見て、それから扉の方へ顎を向ける。
「行くぞ」
「はい」
今度の返事は、朝食の時みたいに浮いていなかった。
裏通りへ出ると、店の中の乾いた油の匂いが背中側へ切れていく。
昼の光は鈍いが、それでも店内よりは明るい。
ユイはケースを抱えたまま、少しだけユウを見上げる。
「……ありがとうございました」
前を向いたまま、ユウは短く返す。
「まだ礼は早い」
「どうしてですか?」
「使えるようになってからだ」
それを聞いて、ユイはほんの少しだけ黙る。
それから、小さく笑った。
「厳しいですね」
「当たり前だろ」
ユウはそれだけ返して歩き出す。
その半歩後ろを、ユイが新しいケースを抱えたままついてくる。
裏通りの空気は相変わらず乾いていて、けれどその中にだけ、次の実戦へ向けた新しい重みがひとつ増えていた。




