散発戦
外縁部へ出ると、都市の空気はそこで途切れた。
壁の外だからといって、いきなり何もなくなるわけじゃない。
むしろ逆だ。
崩れた残骸。
使われなくなった搬送路。
土と瓦礫が混じった傾斜。
昔は何かがあったのだろう痕跡だけが、半端に残っている。
その隙間へ、いまは草が生え、泥が溜まり、外から寄ってくるものが棲みつく。
ロストたちはあらかじめ決められた線へ散っていく。
固まりすぎず、離れすぎず。
それぞれの位置へ入る動きに、慣れた者とそうでない者の差がすぐに出る。
タチバナのファミリーも持ち場へ着いた。
タチバナが前。
その少し後ろへユウ。
さらに中間へレンジ。
後方にサエとユイ。
右寄りの持ち場は、障害物が多い。
崩れた壁の名残と、傾いた鉄骨、低い段差、半端に残ったコンクリの塊。
見通しが悪い。
一度抜けられると視線が切れやすい。
打ち合わせで「右は面倒だ」と言っていた理由が、立ってみるとすぐ分かった。
最初は静かだった。
風が草を鳴らす。
遠くで誰かが位置を知らせる短い声を飛ばす。
足元の砂利がわずかに鳴る。
それだけだ。
けれど、その静けさの下に何かがいる。
ユウは軽く肩を回した。
右、左。
首筋のこわばりを落とすみたいに一度だけ首を傾ける。
次に手首を返し、指先の動きを確かめる。
最後に足首を小さく回し、重心を一度だけ前へ落とした。
準備運動だった。
固めたまま動く方が、いざという時に遅れる。
その方が無駄だと知っているだけだ。
レンジが中間からそちらを見て、小さく笑う。
「いやあ、あっちは新人君たち固くなってますねえ」
視線の先には、右側へ寄せられた別ファミリーの若い連中がいた。
肩が上がっている。
構えたまま力が抜けていない。
撃つ前から疲れる立ち方だ。
サエが後ろから静かに言う。
「最初はあれでいいのよ」
「緩む方が危ない、ですか」
レンジが返す。
「ええ」
サエはそれ以上は言わない。
新人たちの肩は、まだ上がったままだった。
最初に動いたのは草の向こうだった。
低い。
獣の姿勢そのままに、四足で走っている。
野犬に似ているが、肩の位置が高く、口元だけが裂けたように長い。
小柄な身体が、土の色と草の影へ溶けるように揺れる。
見えたと思った時には、もう位置が変わっている。
一体、二体、三体。
散らして出てくる。
「来るぞ」
タチバナの声が短く飛ぶ。
その次の瞬間、タチバナの銃声が一発だけ鳴った。
乾いた音だった。
先頭を走っていた一体の頭が跳ね、土を滑って転がる。
一撃で終わる。
そこに迷いはない。
だが、それで終わりではなかった。
倒れた個体の後ろから、さらに低い影が二つ、三つ、流れるように溢れてくる。
最初の一発は合図みたいなものだ。
ここから始まる、と誰にでも分かる音だった。
別の列でも、間を置いて発砲が続く。
一気に撃ちまくるのではない。
散発的だ。
寄ってきたものだけを短く落とす。
まだ本格的な押し込みではない。
ユウはタチバナを抜けた一体だけを見た。
引きつける。
近づく。
低い姿勢のまま跳ねるように走る。
そこで短く引き金を引く。
SMGの連射は短い。
二発、三発。
必要な分だけ。
弾を撒かない。
一体が土煙を上げて転がり、そのまま動かなくなる。
追わない。
次を見る。
タチバナの前へ出た個体はタチバナが落とす。
そこを抜けたやつだけを切る。
役目はそれで十分だった。
後ろで、ユイが息を呑む気配がした。
初めて実際の戦闘線へ立っているのだ。
固くなるのも無理はない。
次の一体が、少し角度を変えて後方寄りへ流れた。
サエが先に動く。
一発。
外れない。
だが急所ではなく、勢いを削ぐような止め方だ。
その直後、ユイも撃った。
乾いた、少し軽い音。
弾はコボルトの肩口へ当たる。
身体がぶれ、前足が一瞬もつれる。
「……っ、やった」
本当に小さな声だった。
自分でも無意識に漏れたくらいの小ささだ。
けれどサエはすぐに言う。
「次」
それだけでユイの顔が戻る。
まだ終わっていない。
一発当てたことと、戦線を持つことは別だ。
そのことを、サエの短い一言がすぐに引き戻した。
ユイは唇を結び直し、また前を見る。
さっきの嬉しさは残っている。
けれど、それに浸るほどの余裕はないと分かり始めている顔だった。
散発戦闘はしばらく続いた。
間を空けて出る。
低い姿勢で走る。
見えにくい。
だが、線を守っていれば対処できる。
そういう流れだった。
だからこそ、新人たちの肩から少しずつ力が抜けていくのが見えた。
最初はぎこちない。
撃つまでに迷う。
足が止まる。
構えが重い。
でも何匹か倒すうちに、呼吸が変わる。
右側の新人組の一人が、撃つたびに半歩だけ前へ出ていた。
ほんの半歩。
だが、その半歩が積み重なる。
もう一人は逆に、撃ち切ってからマガジンを交換している。
空になるまで止めない癖だ。
残弾を見ていない。
レンジはそれを横目で拾いながら、ぼそりと呟く。
「あ〜……」
少し嫌な予感を混ぜた声だった。
「新人君たち、固いの抜けてきましたねえ」
前を見たままの言い方だ。
面白がってはいない。
むしろ、そうなった時が危ないと知っている人間の声音だった。
ユウもそれを聞いて、右の流れへ一瞬だけ目をやる。
確かに、最初の緊張は薄れている。
撃てる。
当たる。
倒れる。
そうなれば、次は舐める。
その手前の空気が、もう出始めていた。
だが今のところ、まだ大きな崩れではない。
コボルトは散って出てくる。
線は保たれている。
タチバナの前も、こちらの後ろも、問題なく回っている。
ユウはまた一体、抜けたのだけを短く落とす。
無駄弾は要らない。
追う必要もない。
来たやつを止めればいい。
その繰り返しだった。
コボルトの血の匂いが薄く流れ始める。
乾いた発砲音が、あちこちで間を置いて鳴る。
草が倒れ、土が抉れ、倒れた小柄な死体が少しずつ増える。
コボルトの死体は、まだ線の手前に収まっている。
だが右側の新人組だけが、少しずつ前へずれていた。




