定期狩り
銀月の中は、昼と夜のあいだみたいな時間だった。
外はまだ明るいはずなのに、店の中へ入ると光は少し鈍る。
カウンターの奥でグラスが鳴り、薄く煙草の残り香が漂い、酒の匂いが木の匂いへ沈んでいく。
忙しいわけでもない。
静まり返っているわけでもない。
こういう時間の銀月は、話をするにはちょうどよかった。
ユウが席へ着くと、タチバナはもう先に座っていた。
向かいにサエ。
その横にレンジ。
そしてユイも、当然みたいな顔で同じ卓についている。
今日の件は、もうファミリー単位の話として動いているらしい。
マスターが何も言わずに水を置く。
タチバナはそれに短く頷いてから、本題へ入った。
「明日、外縁部で定期狩りがある」
それだけで、卓の空気が仕事へ切り替わる。
ユウは黙って聞く。
「対象はコボルト。数が出る」
タチバナの声はいつも通り、必要最低限だった。
「一つのファミリーだけで囲うんじゃない。複数をまとめて使う。線を引いて、追って、集めて叩く」
説明は短い。
だが骨は分かる。
外縁部。
定期狩り。
数が出るコボルト。
単なる腕試しではないことだけは、すぐに分かった。
レンジが水を回しながら言う。
「通称コボルト。元は外で変異した野犬です。まあ、名前ほど可愛くないですよ」
それから軽く肩を竦める。
「要するに雑魚狩りっちゃ雑魚狩りなんだけど」
そこで一拍。
「雑魚だからって舐めて前に出ると、普通に食われるやつです」
サエが静かに補う。
「コボルト自体は一体ずつならそこまで重くないわ。でも数が出るし、追い込み方を間違えると抜かれる。だから線を崩さないことが大事なの」
ユウはそこで初めて口を開いた。
「新人向けか」
タチバナが頷く。
「建前はな」
そこでレンジが肩を竦める。
「断れるっちゃ断れます。熱出したとか怪我したとか、筋が通る理由があるなら別ですけど」
サエが静かに言う。
「都市防衛絡みを続けて断れば、声は細るわ」
「次の仕事が来なくなる」
ユウがそう言うと、サエが頷いた。
「ええ。露骨には切られない。でも“使いづらい”と思われる。そうなると、後で困るのはこっち」
タチバナは短くまとめる。
「自由業だが、自由じゃない」
その一言で十分だった。
ユウはその言葉を腹の中で少し転がす。
嫌いじゃない。
きれいごとじゃない説明の方が、むしろ分かりやすかった。
レンジが軽く笑う。
「まあ、自由って言ってもね。都市が落ちたら仕事どころじゃないんで」
「だから定期狩りは嫌でも顔を出す」
タチバナの声は平らだった。
「特に登録したばかりの顔はな」
そこにはっきりユウが含まれている。
同時に、ユイもだ。
ユイはそこで少しだけ真面目な顔になった。
自分が行く理由を、改めて確認したみたいな顔だった。
サエが卓へ指先を置きながら言う。
「今回は複数ファミリー合同。現地で配置を決めるけど、基本はまとまって動くわ」
「ファミリー単位で固める」
タチバナが言う。
「ユイを浮かせる気はない」
その一言で、線がはっきりする。
ロストの集まりの中へ放り込めば安全、ではない。
むしろ目立つ札ほど、仕事の行き帰りや集合前後で拾われる。
だから集団で固める。
それがこのファミリーのやり方らしい。
ユウはそこで小さく頷いた。
妥当だと思う。
少なくとも、前回の外歩きのあとならなおさらだ。
レンジが指を折るみたいに言う。
「タチバナさんがトップ。ユウが第二前線。俺がミドル」
「私とユイはバック」
サエが自然に続ける。
「後ろで線を安定させる。抜けを見て、前の様子を拾う。ユイはそこから学ぶ」
ユイはそこで少しだけ姿勢を正した。
参加する。
でも前に出るわけではない。
その配置の意味は、さすがにもう分かっている顔だった。
「勝手に前には出ません」
自分からそう言ったのは、前回の経験が残っているからだろう。
タチバナが一度だけそちらを見る。
「線を守れ」
「はい」
返事は素直だった。
レンジがにやつきながらユウを見る。
「で、第二前線の新人クンはどうです?」
ユウは嫌そうな顔もせず、ただ短く返した。
「やるだけだ」
「お、硬い」
「固めないと死ぬんだろ」
その返しに、レンジが少しだけ笑みを深くする。
「そういうの、嫌いじゃないです」
サエはそこには乗らず、実務だけを足した。
「現地でよその連中も混ざるわ。中には深追いするのもいる」
ユウは目を上げる。
「新人か」
「新人もいるし、慣れた気になった半端なのもいる」
タチバナが低く言う。
「そういうのが一番危ない」
その言葉に、卓の空気がまた少しだけ重くなる。
コボルトが危ないというより、線を崩す人間が危ない。
そのせいで穴が開き、そこから抜かれ、食われる。
そういう仕事なのだ。
ユイはそれを聞いて、少しだけ唇を引く。
「前に参加した時も、追いかけるなって何回も言われました」
「言われるのには理由があるの」
サエの返しは静かだった。
「今回はコボルトを殺しに行くんじゃなくて、都市へ寄せないために行くの」
その言い方が、仕事の本質をよく表していた。
ユウはそこで、ようやく今回の仕事の形が腹へ落ちた。
狩り。
でも半分は防衛。
だから面子も配置も大事になる。
勝手な腕試しじゃない。
マスターがその頃合いを見たように、卓へ新しい水を置いた。
誰も礼は言わない。
言わなくても分かる空気だった。
タチバナが最後に言う。
「集合は明朝。銀月を出る前にもう一度確認する」
「武器と消耗品は今夜のうちに整えるわ」
サエが自然に続ける。
レンジは軽い顔で言う。
「まあ、初陣のつもりで気負うなよ、って感じですかね」
そこで一拍。
「普通の新人なら」
その言い方に、ユウは少しだけ目を細めた。
レンジは肩を竦める。
「いや、だって」
「だってじゃない」
タチバナが先に切る。
「浮つくな」
「はいはい」
レンジは笑って引っ込む。
だが、その目は少しだけ本気だった。
試す気も、見る気もあるのだろう。
ユイはその横で、また少し得意げに言う。
「最初はちゃんと周りを見た方がいいですよ」
「先輩面すんな」
ユウが低く返すと、ユイは一瞬だけ目を丸くして、それから小さく笑った。
「経験者なので」
その返しに、レンジが吹きかける。
サエは呆れたように小さく息をつき、タチバナはまた渋い顔になる。
銀月のざわめきの下で、明日の仕事だけが静かに重くなっていった。
ユイはまだ少し得意げな顔をしていた。
経験者だと言えることが、単純に嬉しいのだろう。
レンジはそれを面白がり、サエは必要なところだけを拾って整え、タチバナは相変わらず渋い顔のまま骨だけを置いていく。
ユウは水を一口飲み、卓の向こうを見た。
明日から始まるのは、腕試しじゃない。
都市の外へ寄るものを、決められた線の手前で止めるための仕事だ。
そういう空気だけが、銀月のいつもの匂いの下へ、静かに沈んでいた。




