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銀月のロスト  作者: taka
第5章 内側の少女
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案内

 食事が終わる頃には、卓の皿はほとんど空になっていた。


 ユウは最後に残ったパンを水で流し、何も言わずにタチバナを見る。


 返事を出すのは、どう考えてもそっちだった。


 タチバナは相変わらず苦い顔をしている。


 その横で、ユイだけが沈黙を待ち時間みたいに扱っていた。


「じゃあ、行きましょうか」


 あまりにも自然だったので、ユウは一瞬だけ返事を忘れた。


 まるでもう話が決まったみたいな調子だ。


 押しつけているわけではない。


 本気で、その流れ以外を考えていない声だった。


 タチバナの眉間が深くなる。


「勝手に決めるな」


「まだ決めてなかったんですか?」


 ユイは素直に首を傾げる。


 その返しがあまりにもまっすぐで、ユウは思わず視線を逸らした。


 駆け引きではない。


 本気で、どうしてそこで止まるのか分かっていない顔だった。


 タチバナは短く息を吐いた。


「そういう話じゃない」


「そういう話じゃないなら、どういう話なんですか?」


 言葉は丁寧なのに、引く気配がない。


 声も少しは抑えている。


 さっき指摘されたからだろう。


 直すところは直す。


 でも押すところは押す。


 その加減が、妙に遠慮なくて強い。


 ユウは小さく言った。


「……決まってねえだろ」


 半分は自分に言い聞かせるみたいな声だった。


 ユイはすぐにそちらを見る。


「でも、だめとも言ってませんよね」


「それは」


 その返しに詰まる。


 確かにそうだった。


 タチバナはずっと濁しているだけで、はっきり切ってはいない。


 だから余計に、この場が前へ進んでしまう。


 タチバナがユウへ目を向ける。


 その顔に、助けを求める色はない。


 だが、説明しろと言われても困る、という色は少しだけあった。


 仕事の時には見ない顔だ。


 ユウは小さく肩を動かしてから、結局また聞いた。


「……こうなってるけど、どうする?」


 それを言った瞬間、ユイの目もまたタチバナへ戻る。


 二人分の視線を受けて、タチバナはしばらく黙ったままだった。


 銀月の奥では、別の卓で椅子が鳴る。


 カウンターの向こうではマスターがグラスを拭いている。


 いつもの夜の音だ。


 その中で、この卓だけが妙に静かだった。


 やがて、タチバナが言う。


「……案内だけだ」


 低く、渋い声だった。


 ユイの顔がぱっと明るくなる。


 だが、タチバナはすぐに続けた。


「帽子を取るな。余計な声を出すな。寄り道もするな」


「分かりました」


 ユイは嬉しそうに頷いた。


 その嬉しさに作りがない。


 本当に、案内できること自体が嬉しい顔だ。


 ユウはそこで、ようやく観念に近い息を吐いた。


 ユイはもう席を立つ準備みたいに帽子のつばへ指をやり、少しだけ向きを直している。


 行動が早い。


 決まったら迷わない。


 それもまた、善意に迷いがないからだろう。


 タチバナがそれを見て、さらに苦い顔になる。


「まだ立つな」


「はい」


 返事は素直だ。


 けれど座り直した姿勢がもう前のめりなので、全然落ち着いて見えない。


 ユウは思わず小さく言う。


「……そんなに嬉しいのか」


 ユイはきょとんとして、それからすぐに笑った。


「嬉しいですよ」


 あまりにもあっさりしていた。


「歳の近い人って、あまりいませんし」


 その言葉に、ユウは一瞬だけ黙る。


 異性だとか、そういう温度ではない。


 ただ単純に、近い年頃の誰かが自分たちの中へ入ってくる。


 そのことをまっすぐ喜んでいる。


 そういう声だった。


 だから、余計にやりにくい。


 ユウは目を逸らし、水を一口飲んだ。


「……そうかよ」


 それだけしか返せない。


 それ以上の言葉を足すと、何かが変に近くなりそうだった。


 タチバナが立ち上がる。


「行くぞ。案内だけだ」


「はい」


 ユイは素直に頷いた。


 けれど、その足取りはもう弾んでいる。


 マスターが空いた皿を下げに来る。


 何も言わない。


 何も聞かない。


 ユウは椅子から立ちながら、ふと自分の寝床を思い出した。


 武器。


 水。


 最低限の道具。


 それ以外、持ち出すものはほとんどない。


 その軽さが、今だけ少しだけ落ち着かなかった。

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