正式加入
銀月へ戻る乗り合いの荷台には、行きと同じような人影が一人いた。
短く切った髪を帽子の下へ押し込み、服の線を潰し、袋を膝へ抱えている。
遠目には痩せた若い男にも見える。
けれど、袋の口を掴む指だけが硬い。
誰もそれをまじまじとは見ない。
見ないことも、この街では一つの距離だった。
ユウは一度だけその手を見て、それから視線を外へ戻した。
外の空気にはまだ、火薬と血と、花街寄りの甘い香が薄く残っている。
乗り合いは、濡れた壁へ砕けた広告の色を流しながら、銀月のある通りへ戻っていった。
銀月の前へ着いた頃には、店の灯りはもう夜の顔になっていた。
扉の向こうから、低い話し声とグラスの音が漏れている。
外より少しだけ、空気が柔らかい。
タチバナが扉の前で足を止める。
ユウも自然に止まった。
しばらく、どちらも口を開かなかった。
店の中の音だけが、薄い木の向こうから滲んでくる。
やがて、タチバナが言った。
「仮は終わりだ」
ユウはすぐには返せなかった。
短い言葉だった。
だが、それで十分に意味は足りていた。
タチバナの声は変わらず平らだった。
「今日から正式だ」
ユウは小さく息を吐いた。
「……そうか」
自分でも素っ気ない返しだと思った。
だが、それ以外の言葉はすぐに出てこなかった。
タチバナは頷きもせず、続けて言う。
「荷物があるなら持ってこい」
ユウは少しだけ眉を動かした。
「荷物?」
「必要なもんだ。使う装備も含めて、一度整理する」
そこでようやく意味が分かった。
正式に入るというのは、名前だけの話じゃない。
仕事の流れも、装備も、生活の置き方も変わる。
ユウは少しだけ口を歪めた。
「荷物なんてねえよ」
事実だった。
寝床にあるのは、武器と最低限の道具と、水と、寝るための場所くらいだ。
持ち込むほど大事な私物なんて、思い当たらない。
タチバナはそこで初めて、ほんの少しだけこちらを見た。
「そうか」
短い返事だった。
変な哀れみも、驚きもない。
それが少しだけ楽だった。
「なら話は早い」
タチバナは扉へ目を向ける。
店の中では、誰かが低く笑った。
グラスが鳴る。
ユウはジャケットの内側を、指先で一度だけ押さえた。
タチバナが一歩、扉へ近づく。
「入るぞ」
「……ああ」
タチバナの手が扉へ伸びる。
店の灯りが、開いた隙間から外へ漏れた。
ユウはその光の中へ、一歩踏み出した。




