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銀月のロスト  作者: taka
第4章 仮の終わり
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明日の仕事

 銀月の奥寄りの席に、タチバナとレンジが向かい合っていた。


 卓の上には、畳まれた紙が一枚ある。


 レンジが持ってきた情報のまとめだ。


 字は雑ではない。


 早く書いた割に、必要なところだけは妙に読みやすい。


 レンジはいつもの軽い顔をしている。


 だが、今日の笑みは少しだけ薄い。


 場の空気を読んでいるというより、最初から仕事の顔をしている。


 タチバナは水だけが入ったグラスへ手を伸ばした。


「例の連中、やっぱり花街側から見ても普通に邪魔です」


 レンジの前置きはそれだけだった。


 タチバナは黙って続きを待つ。


 レンジは指先で紙の端を押さえながら続ける。


「締める話自体は前から出てました。遅かれ早かれ、誰かが片付ける流れにはなってたと思います」


「誰か、か」


「ええ」


 レンジは肩を竦めた。


「表の店が自分で動く話じゃないです。もっと裏の筋ですね。北側の流れを扱ってる連中とか、あの辺の場を回してる仲介とか。ああいうのは、見た目より話が早いんで」


 花街の北側。


 そこへ抜ける細い流れ。


 場だけ借りて横から噛む連中。


 昨日と今日で拾った札と、別口から来た話が同じ線へ寄り始めている。


 タチバナが聞く。


「足元は」


 レンジが少しだけ笑った。


「見られてますよ、そりゃ」


 軽い言い方だったが、内容は軽くない。


「こっちが探ったのは向こうにも見えてます。顔を回して、場を洗って、末端も押さえた。そこまでやっておいて“何も知りません”は通らないでしょう」


「その分」


「細かいところは出させました」


 そこでレンジの目が少しだけ仕事のものになる。

「人数は四か五。全員フレッシュです。武器はSMG中心。派手な火力は無し」


「未改造か」


「ええ。でも近い距離なら十分うるさいですよ」


 タチバナは短く頷いた。


 フレッシュ四、五。


 場を借りるには十分で、戦線を張るには薄い数だ。


 主武装がSMGなら、装甲板を改造した相手へは決定打としては弱い。


 だが、だから安全という話でもない。


 レンジが続ける。


「場所は中継地点です。寝床でも根城でもない。荷を一時的に置いて、振り分けて、流れを切り替えるための場所ですね」


「逃げ筋は」


「表が一つ、裏が一つ。上は半端です。二階は使ってるけど、三階は死んでるらしいです」


「見張りは」


「外に一人、裏に一人。中に二、三。たぶんそのくらい」


 レンジはそこで紙を少しだけ引き寄せた。


「向こうも、ここが危ないって分かってるはずです。だから人数を増やしすぎてない。増やすと逆に目立つんで」


「武器の癖は」


「近い距離では止めに来ます。けど、胴の装甲を抜くには弱い」


 レンジの視線がタチバナへ向く。


 それから、一度だけユウの座るであろう空席の方へ流れた。


「ユウ君も装甲板は入ってるんで、即死にはしにくいと思います」


 タチバナがすぐに言う。


「即死しないと、死なないは別だ」


「それはそうです」


 レンジもすぐに頷いた。


「頭、首、脇、関節、装甲の切れ目。そこを狙われれば普通に危ないですし、数を浴びれば止まる。過信はさせないでください」


「させるか」


 短い返答だった。


 卓の上に、少しだけ間が落ちる。


 店の方では誰かが低く笑い、マスターがカウンターの奥でグラスを拭いている。


 銀月は変わらない顔で回っている。


 その中で、この席だけが次の仕事の輪郭を固めていた。


 タチバナは紙へ目を落としたまま言う。


「二人で足りるな」


 レンジがすぐに返す。


「足ります」


 それで終わらず、少しだけ口元を緩めた。


「……まあ、正面から軍隊ごっこするなら別ですけど。中継地点を叩くなら十分ですよ。タチバナさんが前を割れば、ユウ君でも裏は押さえられます」


「裏口だな」


「その方が自然です」


 レンジは指で建物の裏手側を示すみたいに紙を軽く叩いた。


「表はどうしても視線が集まるんで、タチバナさんが正面から入った方が向こうもそっちを見る。ユウ君は裏から。逃げ筋を切る形ですね」


「裏に二人いたら」


「一人はたぶん逃げる方へ意識を割くんで、先に動ければ取れると思います」


「取れなかったら」


「その時は表が早く終わる形でしょうね」


 レンジの答えは乾いていた。


 だが、雑ではない。


 タチバナはそこでようやくグラスを取り、一口だけ水を飲んだ。


「目的は」


 レンジがわずかに目を細める。


「花街側は、止めるだけじゃ足りないと見てます」


「見せろ、か」


「ええ。次に同じ真似をする連中が出ないように」


 タチバナは短く頷いた。


「なら、中継地点ごと潰す」


 それだけで十分だった。


 レンジがゆっくり息を吐く。


「了解です」


 その返しに軽口はない。


 そこはもう仕事の範囲なのだろう。


「じゃあ、俺は後ろですね」


 タチバナが視線を上げる。


DMR(マークスマンライフル)を持て」


「ええ、そうだと思いました」


「撃つのは二つだ。逃げた時と、想定より重かった時だけだ」


 レンジが頷く。


「あくまで保険」


「そうだ」


「ユウ君には」


「切らない」


 即答だった。


 レンジの口元が少しだけ動く。


「でしょうね」


 面白がってはいる。


 だが、異を唱える気はないらしい。


「まだ仮ですし、そこは妥当です。前に立つ二人と、後ろの保険は別の話ですから」


 タチバナはそれに返さない。


 だが、否定もしない。


 レンジが続ける。


「位置は取れます。裏の建物の二階、半分死んでる部屋が一つあるんで、そこなら見える。風もあまり巻かない」


「出入りは」


「細い階段が一本。逃げるには向かないですけど、撃つには十分」


「顔は出すな」


「誰にです?」


「向こうにもだ」


 レンジが肩を竦める。


「了解。見えない方が保険ですもんね」


 その言い方は軽い。


 だが、中身はまっとうだった。


 しばらく、二人とも黙った。


 タチバナは紙に書かれた細かい位置関係を頭へ入れている。


 レンジはその沈黙を邪魔しない。


 やがてタチバナが言う。


「ユウには、表の情報だけ渡す」


「十分でしょうね」


「場の詳しい線は切らん」


「その方が動きやすいと思います」


 レンジは少しだけ笑った。


「変に全部見せると、逆に迷いますよ。今必要なのは、自分の役目だけ理解してることです」


 その言葉に、タチバナはごく小さく頷いた。


 それで話はほぼ決まった。


 レンジがグラスを傾け、酒を少しだけ飲む。


 それから、思い出したように言う。


「一つだけ」


「何だ」


「向こう、こっちが探ったのは分かってます。だから、“いつかは来る”前提で待ってる可能性はあります」


「想定内だ」


「ならいいです」


 レンジはそこで口元を戻した。


「だからこそ、早い方がいい。向こうがもう一段厚くなる前にやるのが正解です」


 タチバナは椅子から立ち上がる。


「明日だな」


「はい」


「位置を取ったら先にマスターへ落とせ」


「いつものやり方で」


「そうだ」


 レンジもそこでグラスを置いた。


 軽く伸びをし、それからいつもの少し抜けた笑みを戻す。


「いやあ、嫌な仕事ですね」


 タチバナがそれを見下ろす。


「嫌じゃない仕事をしてる顔か」


「してませんね」


 即答だった。


 その返しに、タチバナはそれ以上何も足さずに背を向ける。


 カウンターの奥で、マスターが一度だけ目を上げる。


 タチバナはそれに短く視線だけ返した。


 必要な話は済んだ。


 それで十分だ。


 レンジが背後から言う。


「ユウ君、たぶん明日だいぶ本番ですね」


 タチバナは振り返らない。


「だからこそ、お前は後ろだ」


「分かってますって」


 その返しに、タチバナは足を止めなかった。


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