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銀月のロスト  作者: taka
第15章 壁の上

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二階の射線

 補助扉の向こうで、また銃口が光った。


 乾いた音。


 弾は壁の角を削り、白い管理灯の支柱に当たって跳ねた。


 用心棒の一人が肩を引く。


 だが、下がりきらない。


「撃ち返すな」


 タチバナが言った。


 声は低い。


「正面で撃つな。奥が見えていない」


 用心棒は歯を噛んだ。


 けれど、従った。


 補助扉の外には、ゴブリンが増えている。


 壊れた錠前。


 半開きの扉。


 搬出用のコンテナ。


 壁際の廃材。


 その陰に、低い影がいくつもある。


 一体が動くと、別の影が止まる。


 銃を持つ個体が牽制し、刃物を持つ個体が低い姿勢で進もうとする。


 雑ではない。


 撃たれにくい場所を選んでいる。


 ユウは右側の壁際にいた。


 ARは構えている。


 だが、撃てる場所は少ない。


 真正面から撃てば、抜ける。


 扉の向こう。


 廃材の奥。


 そのさらに先。


 何がいるか分からない。


 三花街の中に向けて撃つなら、もっと悪い。


 店の壁。


 荷物。


 扉の向こうの人。


 人が近い。


 だから、一発ずつ。


 撃つなら、出た瞬間だけ。


 補助扉の陰から、一体が死体を押しながら前へ出た。


 さっきと同じだ。


 倒れた仲間を遮蔽にしている。


 ユウは照準を合わせたが、撃たなかった。


 角度が悪い。


「右、穴」


 タチバナの声。


 ユウは返事をしなかった。


 必要がなかった。


 右側の荷物の影。


 そこから、小さい影が低く滑った。


 ゴブリンが補助扉の正面を避け、壁際から内側へ抜けようとしている。


 ユウは半歩動いた。


 ゴブリンがこちらを見る。


 歯を剥く。


 その手に、小型の刃物。


 ユウはARを下げたまま踏み込んだ。


 刃物が突き出される。


 腕を外へ流し、肩を入れる。


 ゴブリンの身体が壁へぶつかる。


 そこへ膝を入れる。


 倒れかけたゴブリンが、なおも足元へ潜ろうとした。


 ユウはブーツでその手首を踏んだ。


 刃物が落ちる。


「左へ出す」


 ユウが短く言う。


 左側の二階窓が開いた。


 そこに、用心棒がいた。


 いつの間に上がったのか。


 銃身だけを外へ出し、下を狙っている。


 ユウはゴブリンの襟を掴み、左側へ投げるように押し出した。


 ゴブリンが転がる。


 二階から銃声。


 一発。


 ゴブリンの動きが止まった。


 ユウはすぐに身体を壁へ戻す。


 別の銃声が、補助扉の向こうから来た。


 さっきまでユウがいた場所を、弾が抜ける。


 壁に穴が開く。


「銃持ちは奥」


 ユウが言う。


 タチバナが頷く。


「二階、右奥を見るな。左から削れ」


「了解!」


 二階の窓がもう一つ開いた。


 店の女たちはすでに奥へ下げられている。


 客は床に伏せさせられていた。


 店内の灯りが落とされる。


 外から見た時、窓の内側が暗くなる。


 その暗がりに、用心棒が入る。


 一人。


 二人。


 別の店の窓にも、銃口が出た。


 ただ増えただけではない。


 正面ではなく、横から。


 下からではなく、上から。


 ゴブリンが使っていた遮蔽を、別の角度から覗くために。


 タチバナが通信を開く。


「補助扉周辺、二階を使う。撃てる窓だけ開けろ。開けたらすぐ暗くしろ」


 返事が重なる。


「客は伏せさせろ」


「はい!」


「女は奥へ。扉は閉じろ。開けるな」


「了解!」


 用心棒たちが動く。


 一階では通路を塞ぐ。


 二階では射線を作る。


 店の奥では人を下げる。


 三花街が、歓楽街の顔を閉じていく。


 建物が、防衛のための形に変わっていく。


 補助扉の向こうで、ゴブリンが動きを変えた。


 正面から入ろうとしていた一体が、コンテナの陰へ引く。


 別の一体が廃材の裏へ潜る。


 銃持ちが奥へ下がる。


 二階から見られていることに気づいたのだ。


「遅い」


 二階の用心棒が呟いた。


 銃声。


 廃材の隙間から見えていた脚が跳ねる。


 ゴブリンが崩れる。


 すぐに別の影が、その身体を引こうとした。


 別の窓から銃声。


 その影も止まる。


 ユウは右側の通路を見た。


 補助扉から入る線が狭まり始めている。


 最初は、向こうが遮蔽を使っていた。


 だが今は違う。


 三花街側が、遮蔽の裏へ射線を通し始めている。


 正面のタチバナ。


 通路を塞ぐ用心棒。


 二階窓の銃口。


 壁際のユウ。


 線が重なる。


 ゴブリンの動ける場所が、少しずつ削れていく。


 だが、向こうも止まらなかった。


 壊れた扉の陰から、布に包まれた何かが投げ込まれる。


 ユウは反射的に叫んだ。


「下がれ!」


 用心棒が身を引く。


 包みは床に落ち、割れた。


 中から、黒い煙が薄く広がる。


 薬品か。


 煙幕か。


 濃くはない。


 だが、視界を乱すには十分だった。


「換気!」


 タチバナが言う。


 用心棒の一人が壁の換気ファンを起動する。


 別の者が扉を半分だけ開き、空気の抜け道を作る。


 慣れている。


 煙に慌てて奥へ逃げる者はいない。


 逆に扉を全開にして、敵を通す者もいない。


 必要な分だけ開け、必要な方向へ流す。


 煙が薄くなった瞬間、ゴブリンが一体飛び出してきた。


 低い。


 床を這うような姿勢。


 ユウは撃たない。


 二階の射線に入っている。


「左!」


 ユウが言う。


 二階の銃口が動く。


 一発。


 ゴブリンが転がった。


 さらに一体。


 今度は右の荷物の影へ。


 ユウが前に出る。


 ゴブリンはユウを避けようと、さらに右へ逃げた。


 その先に、別の用心棒がいた。


 棒を持っている。


 殴るためではない。


 通路を塞ぐための長い棒。


 用心棒はゴブリンの足元を払った。


 ゴブリンが倒れる。


 ユウがその上を押さえる。


「袋」


「了解!」


 処理袋が飛んでくる。


 ユウはゴブリンの腕を押さえたまま、用心棒に渡す。


 用心棒は噛まれないように首を押さえ、手早く袋へ押し込んだ。


 その間にも、補助扉の向こうから銃声が来る。


 だが、先ほどより少ない。


 ゴブリン側の銃持ちは、位置を変えにくくなっていた。


 二階の窓がそれを見ている。


 銃を出せば撃たれる。


 撃たなければ、前の個体が進めない。


 タチバナはそこを逃さなかった。


「二階、銃持ちを押さえろ。下は足を狙え。殺しに行くな、止めろ」


「了解!」


 用心棒たちの銃声が重なる。


 三発。


 四発。


 補助扉の向こうで、低い悲鳴が上がる。


 ゴブリンの一体が、コンテナの裏から転がり出た。


 まだ動いている。


 ユウはARを上げる。


 射線の先を確認する。


 扉の外。


 ゴブリンの胴体。


 その後ろは外縁通路の壁。


 撃てる。


 一発。


 ゴブリンの動きが止まった。


 すぐにARを下げる。


 連射しない。


 撃てる時だけ撃つ。


 撃てない時は、動く。


 タチバナが短く言う。


「押せる」


 ユウは返事をしない。


 まだ早い。


 だが、押せているのは確かだった。


 補助扉の内側へ入っていた影が、少しずつ外へ戻されている。


 二階からの射線が、扉板の陰を削る。


 通路の用心棒が、内側へ出ようとする個体を止める。


 ユウが、抜けそうな低い線を潰す。


 ゴブリンたちは、遮蔽を使っている。


 だが、遮蔽を使える場所そのものが減っている。


 一体が、無理に中央へ出た。


 ユウは撃たない。


 正面から見れば、死体と廃材が重なっている。


 だが、二階からは見えていた。


 窓から一発。


 ゴブリンが倒れる。


 別の一体が、その影を使って右へ走る。


 ユウが先に動く。


 半歩。


 それだけで、逃げ道が塞がる。


 ゴブリンは急に止まれない。


 左へ逃げる。


 そこに用心棒の棒が入る。


 足が絡む。


 転がる。


 二階からは撃たない。


 下に味方が近いからだ。


 用心棒が押さえる。


 ユウが刃物を蹴り飛ばす。


「噛まれるな」


「分かってる!」


 用心棒が袋へ押し込む。


 動きが噛み合い始めていた。


 最初は、ゴブリン側が三花街の隙を突いた。


 酔っ払いの騒ぎ。


 裏口ログのズレ。


 補助扉の爆破。


 遮蔽を使った侵入。


 だが、本格的に花街側が動き始めれば、三花街は弱くない。


 店も、窓も、扉も、通路も。


 全部が守るために使われ始める。


 補助扉の外で、ゴブリンたちが下がり始めた。


 壊れた錠前の向こう。


 外縁通路の影。


 搬出用コンテナの裏。


 低い影が、少しずつ後ろへ退いていく。


「押し戻してる」


 用心棒の一人が言った。


 声に、少しだけ息が混じっている。


 疲労ではない。


 このままいける。


 そういう手応えだった。


 タチバナはすぐに言う。


「言うな。まだ終わってない」


 用心棒が口を閉じる。


 ユウも、同じ場所を見ていた。


 ゴブリンが下がっている。


 だが、崩れているわけではない。


 逃げているというより、場所を空けている。


 補助扉の向こう。


 暗い外縁通路のさらに奥。


 そこで、低い音がした。


 金属が軋む音。


 ぎ。


 ゆっくりと、何かが押されるような音。


 用心棒の一人が振り向く。


「何だ」


 ユウは答えなかった。


 タチバナも答えない。


 二人とも、同じ方向を見ていた。


 補助扉の向こうで、ゴブリンの影がさらに左右へ割れる。


 道を空けるように。


 また、低い音。


 今度ははっきり聞こえた。


 金属が、歪む音だった。


 タチバナの声が落ちる。


「下がれ」


 用心棒たちが反応する。


 二階の銃口も、一瞬だけ揺れた。


 ユウはARを構え直す。


 撃てるかどうかではない。


 まず、何が来るかを見る。


 壊れた補助扉の外側。


 暗がりの奥。


 そこから、何か大きな影が動いた。


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