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銀月のロスト  作者: taka
第15章 壁の上

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遮蔽の向こう

 サエの声が、通信に割り込んだ。


『南西外縁、補助扉。破損警報』


 タチバナの顔が変わった。


「門か」


『違う。門本体じゃない。廃棄物搬出用の小扉。錠前側が飛んでる』


 ユウは通路の奥を見た。


 さっき処理したゴブリンの袋が、白い管理灯の下に置かれている。


 用心棒たちは店裏を閉じ、負傷した女は救護へ運ばれた。


 終わったわけではない。


 分かっていた。


 だが、次が早い。


「爆薬か」


 タチバナが言う。


『多分。扉を吹き飛ばしたんじゃない。鍵だけ抜いてる。音は小さくないけど、破壊点は狭い』


「場所を知ってるな」


 タチバナの声が低くなる。


 ユウはARの吊り紐を直した。


「行く」


「ユウ、前に出すぎるな」


「ああ」


 タチバナは用心棒たちへ目を向けた。


「南西補助扉へ向かう。客を内側へ流すな。女は店内へ入れろ。通路は閉じたままにしろ」


「了解!」


 用心棒が走る。


 さっきまで酔っ払いを押さえていた時とは違う動きだった。


 客を押し返す者。


 店先の女に中へ入るよう促す者。


 扉を閉める者。


 通路の角に立つ者。


 三花街の用心棒は、騒ぎを止めるためだけにいるわけではない。


 花街を守るためにいる。


 ユウはタチバナの半歩前を走った。


 南西外縁。


 第二区画からさらに外へ寄った、店の裏と管理動線の境目にある小扉。


 南門本体ではない。


 詰所の真正面でもない。


 だから狙われた。


 白い管理灯の列が途切れる。


 店の灯りも遠い。


 代わりに、湿った廃材の匂いと、焦げた金属の匂いが流れてきた。


 補助扉は、扉ごと吹き飛んでいたわけではなかった。


 錠前側だけが抉れている。


 枠が歪み、扉は内側へ半分ほど開いていた。


 周囲の壁には黒い煤が広がり、床には細かな金属片が散っている。


 破壊は荒い。


 けれど、狙った場所は正確だった。


 ユウは足を止める。


 タチバナも、すぐ横で止まった。


 用心棒の一人が低く言う。


「外が見える」


 扉の隙間の向こうに、夜の下層があった。


 堀と壁の外側ではない。


 補助動線の外。


 廃棄物搬出用の狭い外縁通路。


 本来なら、使う時以外は閉じられているはずの場所。


 そこに、影がいた。


 小さい。


 一体ではない。


 最初の影は、すぐには飛び込んでこなかった。


 壊れた扉板の陰に身体を寄せ、こちらを見ている。


 次の影が、その後ろから滑り込む。


 さらに一体。


 壊れた扉。


 搬出用コンテナ。


 壁際の廃材。


 それらを使って、低い姿勢のまま内側へ入ってくる。


 ユウは息を詰めた。


「遮蔽を使ってる」


 タチバナの目が細くなる。


「迷い込みじゃないな」


 用心棒が前に出ようとした。


 タチバナが片手で止める。


「まだ出るな」


「ですが」


「中に引き込むな。ここで止める」


 用心棒は歯を噛んだが、従った。


 ユウは補助扉の向こうを見た。


 ゴブリン。


 人間の子供ほどの背丈。


 汚れた布を巻き、歪んだ顔を低く伏せている。


 ただの突撃ではない。


 先頭が遮蔽を取り、後続がその陰を使う。


 一体が動けば、別の一体は止まる。


 扉の真正面には長く立たない。


 撃たれない場所を選んでいる。


 サエの声が入る。


『壁上からも確認。レンジが外側の影を見てる。補助扉周辺、まだ増えてる可能性あり』


 タチバナが答える。


「数は」


『外側だけだと不明。熱源が重なってる。小さいのが複数』


「銃座は」


『角度が悪い。撃てなくはないけど、中に近すぎる』


「撃たせるな」


『了解。壁上に止めるよう回す』


 ユウはARを構えた。


 ただし、銃口は下げ気味にする。


 撃てる場所は限られている。


 扉の向こうなら撃てる。


 補助扉の内側へ入られると、壁、荷物、人、店の裏口が近い。


 撃てない場所の方が多くなる。


 先頭のゴブリンが動いた。


 壊れた扉板の陰から、搬出用コンテナの裏へ移る。


 低く、速い。


 だが、その一瞬だけ身体が出た。


 ユウは撃った。


 短い射撃音。


 一発。


 ゴブリンの身体が、コンテナの手前で崩れた。


 転がる。


 後続の影が止まる。


 散らない。


 慌てて飛び出してこない。


 撃たれる場所を理解している。


 次の瞬間、遮蔽の奥から火花が走った。


 銃声。


 壁の角が欠ける。


 用心棒の一人が反射的に身を引いた。


 もう一発。


 今度は扉枠に当たり、火花が散る。


「銃持ちがいる」


 ユウが言った。


 タチバナの顔から、表情が消えた。


「客を下げろ。女を店内へ入れろ。補助扉周辺の店は全部閉じさせろ」


 用心棒が走る。


「銃座はまだ撃つな」


 タチバナは通信へ言う。


「中が近い。こっちで押さえる」


『了解』


 サエの声が返る。


 壊れた扉の向こうで、また影が動いた。


 一体が、撃たれた仲間の方へ出る素振りを見せる。


 ユウは照準を合わせる。


 だが、その影はすぐに引っ込んだ。


 別の影が、扉板の隙間から銃口だけを出した。


 小型の拳銃。


 下層のジャンク品だろう。


 上物ではない。


 構えも甘い。


 だが、狭い通路では十分に危ない。


 銃声。


 弾はユウたちの上を抜け、管理灯のカバーを割った。


 灯りが一つ消える。


 影が濃くなった。


「灯りを狙ったか」


 用心棒が吐き捨てる。


 タチバナが短く言う。


「ライトを補助」


 別の用心棒が携帯ライトを壁へ向けた。


 直接照らさない。


 反射で、扉周辺を薄く明るくする。


 慣れている。


 正面から照らせば、相手にもこちらの位置が分かる。


 反射なら、輪郭だけを拾える。


 ユウはその光の端を見た。


 影が一つ、低く動く。


 撃たない。


 今はまだ、遮蔽の奥だ。


 タチバナが横へ来る。


「見えるか」


「一体は銃持ち。奥に二体以上」


「外は」


「分からない」


 タチバナは頷く。


「ここで受ける。押し返すのはまだだ」


「分かった」


 外へ出て潰しに行けば早いかもしれない。


 だが、外にどれだけいるか分からない。


 補助扉の外は狭い。


 遮蔽も多い。


 そこへ飛び出せば、逆に囲まれる。


 ここは入れないための場所だ。


 ユウは半歩位置を変えた。


 補助扉の真正面ではない。


 右側の壁に寄る。


 扉の影からコンテナへ移る線。


 コンテナから内側へ滑り込む線。


 そこだけを見た。


 穴を埋める。


 正面はタチバナと用心棒が押さえる。


 ユウは、そこから漏れるものを見る。


 サエの通信がまた入る。


『中央通り、客の移動開始。店側が閉めてる。ユイとラヘルは控室。無事』


「分かった」


 ユウは短く返す。


 その言葉を聞くと同時に、補助扉の向こうで影が跳ねた。


 一体が、倒れたゴブリンの死体を蹴るようにして前へ出る。


 盾にした。


 ユウは撃たなかった。


 死体越しでは角度が悪い。


 弾が抜ける。


 その先が見えない。


 タチバナが低く言う。


「撃つな」


「ああ」


 ゴブリンは死体を押しながら、扉の内側へ少しずつ入ってくる。


 その後ろに、別の影。


 銃持ち。


 用心棒が舌打ちした。


「こいつら」


「出るな」


 タチバナが制する。


 用心棒は止まる。


 だが、目は外していない。


 三花街の用心棒は、怒りで飛び出すほど甘くはない。


 ユウは床を見る。


 死体を押すゴブリンの足。


 一瞬だけ、足首が見えた。


 撃てる。


 ユウは撃った。


 一発。


 ゴブリンの足が跳ねる。


 死体ごと崩れた。


 銃持ちの影が引っ込む。


 すぐに反撃が来る。


 銃声が二つ。


 壁の角が削れ、破片が飛ぶ。


 用心棒の頬に細い傷が入った。


 用心棒は顔をしかめたが、下がらない。


「浅い」


「下がれ」


 タチバナが言う。


「まだ――」


「下がれ」


 用心棒は一歩下がった。


 別の用心棒が位置に入る。


 入れ替わりが早い。


 ユウはその動きを横目で見る。


 無能では務まらない。


 この場所で女と客と店を守る人間は、こういう時に足が動く。


 補助扉の向こうから、低い鳴き声のようなものが聞こえた。


 ゴブリンの声。


 短く、切るような音。


 それに合わせて、影が一つ、さらに後ろへ下がった。


「合図してる」


 ユウが言う。


 タチバナも聞いていた。


「だろうな」


「誰が」


「今は探すな。止める」


「分かった」


 壊れた補助扉の向こうで、また低い影が動く。


 一体ではない。


 扉板の陰。


 搬出用コンテナの裏。


 壁際の廃材。


 撃たれにくい場所を選びながら、少しずつ内側へ入ろうとしている。


 ユウはARを構え直した。


 ここから先は、さっきまでと違う。


 酔っ払いでもない。


 迷い込んだ一体でもない。


 店裏に紛れた小物でもない。


 銃を持ち、遮蔽を使い、後続が続く。


 タチバナが通信を開いた。


「詰所。南西補助扉で接敵。銃持ちあり。客を下げろ。女を店内へ。南側外縁を閉じろ」


 返答が重なる。


 用心棒たちが動く。


 遠くで警報の音が一段高くなった。


 タチバナは、補助扉の向こうを見たまま言う。


「ここから先は、防衛だ」


 ユウは返事をしなかった。


 必要なかった。


 壊れた扉の向こうで、また銃口が光った。


 ユウは半歩だけ位置を変えた。


 穴を埋めるために。

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