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銀月のロスト  作者: taka
第2章 拾った違和感
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11/20

地下射撃場

 銀月を出たあと、ユウはガレージストリートの裏へ向かった。


 一本裏へ入ると、空気が変わる。


 銃油と湿ったコンクリートの匂い。


 それに、闇医者区画の方から流れてくる消毒薬じみた刺激臭。


 昼でもこの辺りは、表通りほど生活の顔をしない。


 歩きながら、昨夜の通路を思い出す。


 昨夜、ユウは一歩寄った。


 切る判断は間違っていなかった。


 だが、その一歩が次も許されるとは限らない。


 だから今日は撃つ。


 手に馴染んだ距離をもう一度確かめる。


 その上で、足りないものがどこにあるかを見る。


 裏通りのガンショップは、昼でも変わらず窓口だけが開いていた。


 外から見えるのは、磨ききっていないカウンターと、鈍い照明の下に沈んだ金属の輪郭だけだ。


 銃そのものを見せびらかす店じゃない。


 必要な人間だけが、必要なものを買いに来る。


 それ以外には、ただの無愛想な窓口に見えるようできている。


 ユウが近づくと、店主はカウンターの奥で欠伸を噛み殺したみたいな顔を上げた。


 痩せ型。


 短髪。


 眼鏡。


 昼間でも眠そうな目。


 けれど、客の腰と手と視線だけは最初に見ている。


「珍しい時間だな」


 愛想のない声だった。


 ユウは窓口の前に立つ。


「少し時間が空いた」


「暇なロストほど信用ならん」


「暇じゃない。区切りがついただけだ」


 店主は鼻で笑うでもなく、ただ目を細めた。


「地下使うのか」


「ああ」


「好きにしろ」


 それだけで話は終わる。


 常連か、少なくとも顔を覚えられている人間への扱いだった。


 ユウは窓口脇の細い通路を抜け、店の奥へ入る。


 さらに裏の階段を下りると、地下の空気は一段冷たく、乾いていた。


 地下射撃場は広くない。


 壁は厚く、照明は必要な分しかない。


 床には使い込まれた黒い痕が重なり、奥の的紙は何度も貼り替えられた跡が見える。


 高級な施設じゃない。


 だが、撃つには十分だ。


 余計な飾りがない分、誤魔化しも利かない。


 ユウは射線の前に立ち、まずはリボルバーを抜いた。


 いきなりSMGから入る気にはならない。


 手首。


 肘。


 肩。


 視線。


 まずはそこを揃える。


 弾倉を開き、装填を確認する。


 閉じる。


 息を一つ。


 構える。


 乾いた発砲音が、狭い地下に短く響いた。


 一発。


 間を置いて、もう一発。


 さらに二発。


 近距離。


 肩慣らしとしては十分なまとまりだ。


 引き金の重さも、反動の返りも、手の中で大きく狂っていない。


 昨夜からの張りが、ようやく指先と腕の動きへ落ちていく。


 もう二発撃ったところで、後ろの階段から足音が降りてきた。


 店主だった。


 やはりというか、あの乾いた音で降りてくる辺りがらしい。


 わざわざ見に来たというより、気になる音がしたから確認に来た、という顔をしている。


 階段の途中で止まり、壁に肩を預けるようにしてユウを見る。


「今日はそれからか」


 ユウはリボルバーのシリンダーを開いたまま答えた。


「肩慣らしだ」


「悪くない」


 それだけ言って、店主は数秒黙る。


 目は的と、ユウの手元の両方を行き来していた。


「少しまとめるのが早い」


 ユウが顔を上げる。


 店主は眠そうなまま続けた。


「撃った後に目が急ぐ。次を探すのは悪くないが、前の一発を切るのが少し早い」


「死ぬほど悪いってほどじゃないだろ」


「死ぬほど悪くはない」


 店主は淡々と認める。


「でも、良いとも言わん」


 ユウは小さく息を吐いた。


 相変わらず言い方が容赦ない。


 リボルバーを閉じ、もう一度構えようとしたところで、店主が言った。


「見てろ」


 その一言の直後だった。


 店主の右手が腰のホルスターへ落ちる。


 黒い .357 マグナム。


 抜いた、と認識した時にはもう銃口が前を向いていた。


 乾いた、重い音が地下に三度続けて響く。


 一発目で、的紙の中央に小さな穴が開く。


 二発目がそこをさらに裂き、三発目がほとんど同じ場所を貫いて、紙の裏側でわずかに裂け目を広げた。


 ただ当てたんじゃない。


 まとめたんでもない。


 同じ穴へ通しに行って、そのまま通している。


 相変わらずおかしい。


 何度か見ている。


 見ているからこそ、余計に分かる。


 これを手本にしても仕方がない。


 ユウは半拍置いて言った。


「……だから参考にならねぇよ」


 真似できる型じゃない。


 だが、急がない銃口がどういうものかだけは見えた。


 店主はもうマグナムをホルスターへ戻していた。


「知ってる」


 あまりにも当然みたいに返されて、ユウは少しだけ口の端を歪める。


「だったらやるなよ」


「言葉で言っても分からん顔してた」


「分かったから余計参考にならん」


 店主は肩を竦めた。


「そういうもんだ。あれは真似するもんじゃない。見るもんだ」


 その割り切り方まで含めて、この男らしかった。


 ユウは頭を振るみたいに一度だけ肩を鳴らし、リボルバーを収める。


 代わりにSMGへ手をやった。


 ストラップの収まりを直す。


 グリップを握る。


 肩へ当てる。


 リボルバーよりずっと手に馴染んでいる。


 重さも、視線の置き方も、身体の延長としてはこっちの方が自然だった。


 店主が階段の途中から動かないまま聞く。


「今日はそっちが本命か」


「こっちの方が今は回る」


「だろうな」


 否定はしない。


 ユウは照準を合わせ、短く撃った。


 連射しすぎない。


 三発。


 間。


 二発。


 少しずらして、また三発。


 地下に連続音が響く。


 リボルバーとは違う、まとまった乾き方だ。


 近距離ならこれで十分押さえられる。


 少なくとも、今の自分の身体が一番迷わず動けるのは、この距離、この重さ、この速さだった。


 撃ち終わり、視線を的から切る前に、もう一度だけ息を整える。


 店主の言った「まとめるのが早い」が頭に残っている。


 次の組みでもう少しだけ間を取る。


 撃った後、一拍だけ前を見る。


 その感覚を身体へ入れてから次へ移る。


 店主が低く言う。


「さっきよりいい」


「さっきより、か」


「最初のは急いでた」


 ユウはもう一度撃つ。


 今度は五発。


 まとまりは悪くない。


 ただ、少しだけ左へ寄る。


 店主がすぐに拾う。


「押し込みが強い」


「分かってる」


「分かってて直らんのが癖だ」


 言い方はぶっきらぼうだが、ちゃんと見ている。


 ユウはマガジンを抜き、新しいものへ替える。


 手元は迷わない。


 そこはもう染みついた動きだ。


 店主がその交換の速さを見ながら言う。


「近い距離で回す分には悪くないな」


「悪くない、か」


「褒めてる」


「そうは聞こえない」


「耳が贅沢なんだろ」


 ユウは小さく鼻で笑った。


 もう一度構え、今度は少し距離を意識して撃つ。


 近距離のまとまりは出る。


 だが、ほんの少し離れただけで、的の散り方が変わる。


 押さえ込める。


 けれど、余裕があるとは言いにくい。


 店主はその散りを見て、数秒黙った。


「路地と屋内なら十分だ」


 その言い方に、朝のタチバナの声が重なる。


 路地と屋内なら間違っちゃいない。


 ただ、それじゃ足りなくなる場面はある。


 ユウは銃口を下ろしたまま聞く。


「十分なら問題ないだろ」


 店主は階段の壁から背を離しもしない。


「近づけるならな」


 短い言葉だった。


「近づく前に押さえられる相手、遮蔽越しに撃ってくる相手、ちょっと硬い相手。そういうのが混じると急に話が変わる」


 ユウは黙る。


 タチバナと同じことを言っている。


 いや、武器屋だからこそ、もっと乾いた意味で言っているのかもしれない。


「今の武器が悪いわけじゃない」


 店主は続ける。


「今のお前に合ってるのも分かる。だから回る。回る武器は大事だ」


 そこで一拍。


「ただ、回る武器と足りる武器は別だ」


 地下射撃場の空気が、その言葉の後だけ少し重くなった気がした。


 ユウはSMGを下ろし、安全を確認してから肩の力を抜いた。


「朝から同じこと言われた」


「まともな目なら同じとこを見る」


 店主はそれで話を切るみたいに顎を動かした。


「今日はそれを見に来たんだろ。自分の距離を」


 ユウは否定しなかった。


 昨夜の通路。


 軽いケース。


 入口の影。


 あの場面で、もっと遠くから押さえられていたら。


 もっと硬い奴が一枚混じっていたら。


 考えたくないわけではない。


 ただ、考えたところで今すぐ変わるものでもない。


 だから撃つ。


 今の自分の手にあるもので、どこまで届くかを知る。


 ユウは最後にもう一度だけ的へ向き直った。


 近距離。


 短い連射。


 間。


 視線を切らない。


 押し込みすぎない。


 マガジンの重さ。


 肩への返り。


 手首の角度。


 その全部を意識して撃つと、最初より少しだけまとまりが良くなる。


 店主が階段を上がり始めた。


「今日はそんなもんでいい」


「勝手に締めるなよ」


「締まってるだろ、もう」


 振り返りもせずに言う。


「撃ちすぎても癖が雑になるだけだ。今のうちにやめとけ」


 階段の途中で、店主が一度だけ止まった。


「あと」


 ユウが顔を上げる。


「昨夜、何があったか知らんが、急いだ後の手だった」


 それだけ言って、今度こそ上へ消える。


 ユウはしばらく、その場に立ったままだった。


 参考にならない抜き打ち。


 悪くないが、良いとも言わない評価。


 近い距離なら十分。


 ただ、足りるとは別。


 どれも分かりやすい言葉ではなかった。


 だが、曖昧でもない。


 ユウは最後に的紙を見た。


 リボルバーの散り。


 SMGのまとまり。


 近い距離の安心と、少し離れた時の足りなさ。


 地下射撃場の乾いた空気の中では、それが妙に正直に見えた。


 銃を収める。


 マガジンを戻す。


 落ちた空薬莢をざっと拾う。


 こういう後始末まで含めて、ここでは射撃だ。


 今の距離は分かった。


 足りない距離も、少しだけ見えた。


 次に寄る時は、そこを間違えない。

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