もしもリリィと結婚したら
――その夜。
雄一は、久しぶりに悪夢を見た。
いや。
ある意味では“幸せな夢”だったのかもしれない。
だが少なくとも、雄一にとっては恐怖でしかなかった。
◆
「国王陛下、お目覚めの時間です」
「……ん……?」
柔らかな声。
だが、妙に聞き覚えがある。
雄一は重い瞼を開いた。
「……は?」
天井が違った。
豪華絢爛。
シャンデリア。
赤い天蓋。
広すぎる寝室。
まるで映画の王宮。
「な、なんだここ……」
「何を寝ぼけていますの?」
隣から声。
振り向く。
そして雄一は固まった。
「……リリィ?」
そこにいたのは。
長い金髪をゆるく結い上げ、
豪奢なネグリジェ姿でこちらを見下ろすリリィだった。
しかも。
左手薬指には、指輪。
「は?」
さらに雄一は自分の左手を見る。
――指輪。
「はぁ!?」
飛び起きる。
「なんで!? え!? 何これ!?」
「朝からうるさいですわね」
リリィは呆れた顔をした。
「結婚して八年も経つのに、今さら何を驚いてますの?」
「八年!?」
雄一の叫びが王宮に響いた。
◆
「落ち着きなさいな」
リリィは紅茶を飲みながら優雅に言った。
「あなた、最近働きすぎですわ」
「いや待て待て待て!」
雄一は混乱していた。
どう見ても異世界。
どう見ても王宮。
そして。
どう見ても――。
「なんで俺がお前と結婚してんだよ!!」
「何を今さら」
リリィは当然のように頷く。
「あなた、わたくしに拉致されましたでしょう?」
「やっぱりかぁぁぁ!!」
雄一は頭を抱えた。
嫌な予感はしていた。
最終回のあのハグ。
あれ絶対危なかったのだ。
「しかも国王って何!?」
「わたくしの夫ですもの。当然ですわ」
「人権!!」
「この国では王族が人権ですわ」
「終わってる!!」
雄一は泣きそうだった。
◆
さらに最悪なのは――。
「父上ー!!」
「おとーさまー!!」
ドタドタドタ!!
扉が勢いよく開いた。
「うっ」
雄一は顔を引きつらせる。
子供が二人。
男の子と女の子。
そして――。
「……うわぁ」
顔が完全にリリィだった。
いや、正確には。
リリィ成分が濃すぎた。
「父上、今日も訓練をサボるのですか?」
銀髪の少年が呆れたように言う。
六歳くらい。
だが目つきが完全に王族。
「弱い王は民の恥です」
「六歳で言うセリフじゃねぇ!」
「お父様」
今度は娘。
こちらは四歳くらい。
だが。
「また眼鏡が曲がっていますわ」
「遺伝子で人を煽るな!!」
するとリリィが当然のように言った。
「あなたが異世界での思い出作りなどと言いながら、わたくしに迫ってきた結果生まれた子たちですわ」
「子供の前で露骨な話するな!!」
「きゃー、お父様えっちですわー」
「娘まで煽るな!!」
「父上、最低です」
「なんで俺が悪い流れなんだよ!?」
完全に地獄だった。
◆
朝食。
長いテーブル。
豪華な料理。
だが会話がひどい。
「父上、この肉、焼きが甘いです」
「料理人を処刑いたします?」
「やめろ!!」
「お父様、この紅茶ぬるいですわ」
「毒見役を減給いたします?」
「ブラック企業!!」
さらに。
「そういえば父上」
息子が言う。
「本日は隣国との会談があります」
「……へ?」
「外交ですわ」
リリィが当然のように頷く。
「あなたも国王なのですから働きなさい」
「いや俺広告代理店勤務だっただけなんだけど!?」
「似たようなものですわ」
「全然違う!!」
雄一は絶望した。
◆
そして。
最悪の事件が起きる。
「父上!」
息子が走ってくる。
「大変です!」
「なんだ!?」
「妹がまた魔法で城壁を吹き飛ばしました!」
「何やってんだぁぁぁ!!」
娘が胸を張る。
「わたくし、ガンダムを再現しようと思いましたの」
「教育失敗してる!!」
「あと“ぶらっくぷりんせす”もやりたいですわ」
「やめろ!! その黒歴史は封印しろ!!」
リリィが優雅に笑う。
「血は争えませんわね」
「全部お前のせいだろ!!」
◆
夜。
雄一は疲れ果てていた。
「……帰りたい」
ソファに沈み込み呟く。
日本に。
静かなマンションに。
コンビニ飯でいい。
残業でもいい。
普通の生活に戻りたい。
すると。
「雄一」
リリィが隣に座った。
「……なんだよ」
「そんな顔をしないでくださいな」
珍しく優しい声。
「あなたはよくやっていますわ」
「……」
「子供たちも、あなたが大好きですもの」
「……あいつら怖いんだけど」
「ふふっ」
リリィは少し笑った。
「ですが」
そして。
そっと雄一の肩にもたれかかる。
「退屈はしないでしょう?」
「……」
雄一は少しだけ黙り。
「……まあ、それはそうかもな」
そう呟いた。
すると。
「父上ー!」
「お父様ー!」
再び子供たちが突撃してくる。
「ガンダム作りましょう!」
「城壁をもっと爆破しますわ!」
「やめろぉぉぉぉ!!」
◆
「――っ!!」
雄一は飛び起きた。
「はぁっ……はぁっ……!」
見慣れた天井。
マンション。
静かな夜。
「……夢?」
全身汗だくだった。
「なんだよあれ……」
だが。
その瞬間。
――パァァ……
クローゼットの隙間が、一瞬だけ光った。
「っ!?」
雄一は凍りつく。
だが光はすぐ消える。
静寂。
「……おい」
恐る恐る近づく。
開ける。
何もない。
当然、誰もいない。
だが。
床には、一枚の紙。
「……は?」
震える手で拾う。
そこには。
『未来予想図ですわ♡』
と、リリィの字で書かれていた。
「……」
雄一は数秒固まり。
そして。
「やっぱりあいつ、帰ってくる気だぁぁぁぁ!!」
深夜のマンションに、絶叫が響き渡った。




