異世界帰還に成功した王女様
――リミッタ王国、王城。
「姫様! 本当にご無事で……!」
王城の大広間に転移魔法陣が浮かび上がると同時に、宮廷魔術師たちが歓声を上げた。
数か月前、転移事故によって異世界へ飛ばされた第一王女リリィ。
その捜索のため、王国は莫大な国家予算を投じ、魔術師団や神官団を総動員していたのである。
そして今、ようやく帰還に成功した。
……しかし。
「狭いですわね」
転移直後、第一声がそれだった。
「は……?」
宮廷魔術師長が困惑する。
「こちらの世界の城、もっと広くありませんでした? 雄一の家のリビングの方が快適でしたわ」
「ゆ、雄一……?」
聞き慣れない男の名前に、周囲がざわつく。
さらにリリィは続ける。
「あと、冷蔵庫はどこですの?」
「れ、れいぞう……?」
「氷を自動生成する箱ですわ。ないのですか?」
宮廷魔術師たちは顔を見合わせた。
――姫様がおかしくなられている。
それが全員の率直な感想だった。
◇
「姫様! お戻りになったのですねぇぇぇ!」
そこへ、リリィの弟である第二王子アルフォンスが飛び込んでくる。
金髪碧眼の美少年。
王国でも人気の高い王子である。
「姉上! 本当に心配したのですよ!」
「あら、アルフォンス。少し見ない間に背が伸びましたわね」
「姉上もお変わりなく!」
「いえ、変わりましたわ」
「え?」
リリィは真顔で答える。
「こちらの世界にはWi-Fiがありません」
「わいふぁい?」
「終わっていますわね、この世界」
アルフォンスは理解不能な単語に困惑した。
◇
数日後。
帰還した王女を祝う晩餐会が開かれていた。
王侯貴族たちが並ぶ豪華な会場。
音楽隊の演奏。
豪華な料理。
普通なら感動する場面である。
しかし。
「味が薄いですわね」
リリィは肉料理を食べながら真顔で言った。
「姫様!? こ、こちらは宮廷料理長が腕を振るった最高級の料理で……!」
「雄一が作るカレーの方が美味しかったですわ」
料理長、膝から崩れ落ちる。
「あと、炭酸飲料は?」
「た、炭酸……?」
「シュワシュワするやつですわ」
給仕長は頭を抱えた。
◇
さらに問題は続いた。
「姫様、本日は隣国の王子との会談がございます」
「面倒ですわね」
「姫様!」
「どうせまた『我が国との友好を』とか『婚姻を』とかでしょう?」
「そ、その通りですが……」
「興味ありませんわ」
以前のリリィなら、王族として完璧に振る舞っていた。
だが、現代日本を知ってしまったリリィは変わってしまった。
「そもそも、この世界は娯楽が少なすぎますわ!」
「ご、娯楽……?」
「ゲームもアニメも動画配信もありませんし!」
「ど、動画……?」
「あと夜中にコンビニにも行けません!」
側近たちは泣きそうだった。
◇
その夜。
リリィは自室のベッドに寝転がりながら天井を見つめていた。
豪華な天蓋付きベッド。
絹のシーツ。
最高級の部屋。
それでも。
「……狭いですわね」
日本のマンションの方が落ち着く。
理由は自分でもわからなかった。
しばらくすると、扉がノックされる。
「姫様、失礼します」
入ってきたのは大司教クリスだった。
「クリス、どうでしたの?」
「工事現場が恋しいですな……」
「わかりますわ」
二人は真顔で頷き合う。
「こちらの世界、筋トレ器具も少ないですし」
「あと競馬もありませんわね」
「それです!」
異世界帰還組、完全に現代社会へ毒されていた。
◇
「姫様、実はご報告が……」
「何ですの?」
「こちらをご覧ください」
クリスが取り出したのは、小さな紙だった。
そこには魔法陣の図式が描かれている。
「これは?」
「異世界転移魔法の改良案です」
「……!」
リリィの目が輝く。
「つまり?」
「理論上は、再びあちらの世界へ行けます」
「本当ですの!?」
「ただし問題が」
「何ですの?」
「転移先が固定できません」
「まあ、前回も失敗しましたしね」
「さらに莫大な魔力が必要です」
リリィは少し考えたあと、ニヤリと笑った。
「面白いですわ」
「姫様?」
「もう一度、あちらへ行きますわよ」
「よろしいのですか?」
「当然ですわ!」
リリィは立ち上がる。
「まだ買っていないゲームがありますもの!」
「姫様らしい理由ですな……」
「あと――」
リリィは少しだけ視線を逸らした。
「……あのインテリメガネに借りもありますし」
「借り、ですか?」
「わたくしを三か月も養わせてしまいましたもの」
「ははぁ……」
クリスはニヤニヤする。
「何ですの、その顔は!」
「いえいえ」
「勘違いしないでくださいまし! 別に会いたいわけではありませんわ!」
「もちろんですとも」
「ただ!」
リリィは腕を組み、そっぽを向く。
「わたくしのいない世界で、雄一が平和に暮らしていると思うと、少し腹が立つだけですわ!」
「なるほど」
「だから、また遊びに行って差し上げますの!」
王城の窓から夜空を見上げるリリィ。
その顔は、どこか楽しそうだった。
――そして数か月後。
東京のとある高級マンション。
仕事から帰宅した雄一がクローゼットを開けると。
中には魔法陣。
そして。
「お久しぶりですわ!」
黒い特攻服姿のリリィが満面の笑みで立っていた。
「……帰れ」
「嫌ですわ!」
こうして。
インテリメガネと異世界王女の騒がしい日常は、再び始まるのであった。




