ブラック・プリンセス、渋谷制圧
一月下旬。
深夜の渋谷。
センター街には、今日も若者たちの騒ぎ声が響いていた。
その中でも特に目立っていたのが、十人ほどの不良グループだった。
「おいコラァ!! 誰がこの辺仕切ってると思ってんだ!!」
酒瓶を片手に騒ぐ男。
周囲の通行人たちは、関わりたくないと足早に離れていく。
「最近“ブラック・プリンセス”とか調子乗ってる奴いるらしいなぁ?」
「女らしいっすよ」
「はっ、女が仕切れる世界じゃねぇんだよ!」
ゲラゲラ笑う男たち。
だが。
その瞬間。
「……下品ですわね」
静かな声が響いた。
「あ?」
一斉に振り返る。
そこにいたのは――。
黒い特攻服。
長い金髪。
そして、氷のような青い瞳。
リリィだった。
背中の刺繍が、街灯に照らされる。
『Black Princess』
周囲の空気が変わる。
「……お、おい」
「あれ……」
「マジでブラック・プリンセスじゃ……」
通行人の一部がざわつく。
ここ最近、渋谷周辺では噂が広がっていた。
――黒い特攻服の女。
――喧嘩無敗。
――火を出す。
――ヤクザすら逃げた。
――警察も手を出せない。
当然、九割はデマだった。
だが一割は本当だった。
「お前がブラック・プリンセスか?」
リーダー格の男が前に出る。
「随分好き勝手やってるらしいじゃねぇか」
「好き勝手しているのは、あなた方では?」
リリィは呆れたようにため息をついた。
「夜中に騒ぎ、酒を撒き散らし、民に迷惑をかける……」
スッ、と腕を組む。
「あなた方、山賊以下ですわね」
「……あぁ?」
男の額に青筋が浮かぶ。
「ぶっ殺――」
「《ウィンド・バインド》」
ビュオッ!!
「うおっ!?」
突風。
男の身体が一回転し、そのままゴミ箱へ突っ込んだ。
ガシャーン!!
「なっ!?」
「は!?」
周囲が騒然となる。
リリィは髪をかき上げながら、優雅に言った。
「次」
「っ、この!!」
三人同時に飛びかかる。
だが。
「遅いですわ」
ヒュンッ!!
風魔法で足払い。
三人まとめて転倒。
「ぐえっ!?」
「痛ぇ!!」
「なんだこれ!?」
さらに。
ボッ!!
リリィの掌に小さな炎が浮かぶ。
「まだ続けますの?」
ニコリ。
その笑顔が逆に怖かった。
「ひっ……」
不良たちが後退る。
「ば、化け物……」
「魔女だ……!」
「逃げろぉぉぉ!!」
一斉に逃走。
数秒後には、誰もいなくなっていた。
残されたのは、静まり返ったセンター街だけ。
「……」
リリィは満足げに頷く。
「これで治安維持完了ですわね」
本人は善行のつもりだった。
だが――。
「見た!? 今の!」
「やばくね!?」
「ブラック・プリンセス、本物じゃん……!」
野次馬たちの目は完全に“伝説を見た”それだった。
そして翌日。
渋谷のゲームセンター。
「おい聞いたか?」
「ブラック・プリンセスがチーム潰したらしいぞ」
「しかも十人以上」
「いや二十人らしい」
「火吹いたってマジ?」
「風で吹っ飛ばされた奴もいる」
「海外マフィア説ガチじゃね?」
噂は膨れ上がる。
さらに。
「しかも超美人らしい」
「金髪の姫だってよ」
「“渋谷の女帝”って呼ばれてるぞ」
もはや都市伝説だった。
◆
一方その頃。
「雄一、この世界の不良は軟弱ですわね」
「また何かしたのか?」
雄一の顔が引きつる。
「少々、治安維持を」
「その言い方やめろ!!」
リリィはソファでアイスを食べながら、どこか誇らしげだった。
「ですが、この国の民は礼儀正しいですわ」
「ん?」
「昨日も、わたくしが戦ったあと皆が拍手していましたもの」
「……嫌な予感しかしねぇ」
雄一は頭を抱える。
だが、彼はまだ知らない。
この頃すでに。
東京の一部不良界隈では――。
『黒い特攻服を見たら道を譲れ』
『逆らうな』
『目を合わせるな』
『笑ってる時が一番危険』
という“ブラック・プリンセス対策マニュアル”まで作られ始めていることを。
そして。
リリィ本人だけが、まったくその異常事態に気づいていなかった。




