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第5話 フラッシュ・ポイント

「交代だ」


 半分睡魔にやられて舟を漕いでいた見張りの背後から声がかかる。午前四時、歩哨交代の時刻である。居眠りしかけていた見張りは足元の時計に目を落とし、眉間に皺を寄せた。


「十三分遅刻じゃねーか」


「寝坊したんだ。お前だって寝てただろう。今……おい、どこ行くんだ」


「ションベンだ」


 見張りは一人藪の中へと寝ぼけ眼を擦りながら分け入っていく。交代要員は藪に消えた小便小僧が今しがた腰かけていた木箱に腰を下ろし、欠伸を一つして懐から煙草の箱を取り出した。


 外国の傭兵から貰ったライターを取り出し火をつけようとした所で、藪の向こうで パシン とタイヤから空気が抜けるような音が数度聴こえ、不審に思った交代要員は煙草を口に咥えたまま顔を上げる。


 瞬間、胸元に衝撃が走る。プロボクサーの強く速い突きを三発胸にもらったような衝撃に、交代要員の男は口から呼気を漏らし、吸う事も吐く事もできなくなる。口から煙草が落ちると同時に身体から力が抜け、ぐらりと地面に崩れ落ちた男は、地面に広がる自身の血液と藪から現れる複数名の人影を見ながらその視界は端から黒く塗りつぶされていった。


支援班(ハンマー)、こちら分隊長(SQL)襲撃班(スティレット)は東から村に侵入した。火器使用自由(ウェポンズ・フリー)、西と南は全部敵だ。殺していいぞ」


《了解、射撃開始》


 地面に倒れる見張りの死体を跨ぎ、赤土の上をヨハンナ達襲撃班が早足に歩き抜ける。それと同時に射撃許可を受けた支援班の軽機関銃と狙撃銃が火を噴き、村の南西から連続した大口径の発砲音が轟いた。


 それまで早朝の眠気に微睡んでいた見張り達も豆鉄砲を食らったように飛び起き、脇に立てかけたライフルに手を伸ばそうとした所を、ヨハンナ等襲撃班が片端から銃撃を叩き込んで反撃の隙を与えず制圧していく。


「敵襲! 敵襲!」

「敵だって、そんなまさか」

「銃声が聞こえないのか!? 撃たれてんだぞ!」


 混乱した様子の民兵や現地傭兵達が口々に罵りながら射撃を逃れた建物内で銃を引っ掴み、弾帯を身に着けて大わらわで外へと飛び出す。外の安全確認など一切しない、襲撃を全く想定していなかった彼らは屋外に出るなり銃を構える間もなく待ち構えていた銃火に曝された。


「あそこだ、ちょっと長い白い土壁の建物。装備完着の兵士が飛び出したぞ。兵舎だ、集中射撃しろ」


 村内の兵舎を目敏く発見した支援班のマークスマン、マチュー・ルフェーヴルが脇に居る機銃手に射撃指示を飛ばし、機銃手は伏せたまま身をよじり、PKM機銃の二脚を据え直して射界を確保し連続射撃を開始する。


 一定間隔で吐き出される7.62㎜の緑色曳光弾が白い土壁を舐め、どすどすと言う貫徹音と共に土煙を散らす。徹甲弾でなくとも現代の防弾装具に一定の貫徹性能を有する7.62×54Rの曳光弾にとって、民家の土壁など容易い標的である。


 そしてその裏側にて交戦に備え大慌てで準備を整える民兵または現地傭兵達は、貫通して来た機銃弾の洗礼を浴び次々に倒れ、ある者は両足をもぎ取られ、ある者は屈んでいたが故に頭部被弾によって頭蓋を弾けさせ、腹部に弾丸を食らった者は臓腑を溢れさせる。


 兵舎内は一瞬にして地獄絵図と化し、負傷者のうめきと悲鳴が溢れかえる。運よく逃れた者もまた、戸口より出た瞬間にSVDを構えるマチューの射撃を受けて地面に沈む事となった。


「弾倉交換」


「了解、…おっ」


 機銃手がフィードカバーを開けリンクを弾いて捨て、空の弾薬箱を外した矢先、支援班の頭上を弾丸が掠めていった。建物の陰から敵がまばらに顔を出して射撃をしているのをマチューは視界に捉える。


 日の出前なので発砲炎を見られれば此方の凡その位置は知られる。が敵の射撃はどれも照準が高く頭上を掠めて背後の木々の幹を抉るだけで、着弾方向と銃声とをたよりに制圧射撃のつもりで弾丸をばら撒いているのだろう。この暗がりの中では発砲炎を視認しなければ射撃手の位置を探るのは至難の業である。


「撃ってきたな」


「良い、良い。こっちに引きつけられれば村の中の連中が楽できるだろ」


 マチューは逆V字のレティクルを黄色いシャツの民兵に合わせ引き金を絞った。




「くそぉ、こんな所に襲撃だなんて、何考えてやがる」


「言ってる場合か、さっさと増援を呼べ。装甲車を呼ぶんだ」


 教会脇の司令施設で現地傭兵の指揮官が無線機を使用し増援を要請する。が、スピーカーからはノイズと一定のリズムのクリック音が聞こえるのみ。妨害電波の影響階にある無線機は用を成さない。


「妨害電波!? なんだってんだ…ウワッ!!」


 ドアが蹴破られ、踏み込んできた襲撃一班の銃撃で司令部要員が片端から撃ち倒されていく。中央に地図を広げるテーブルと部屋の隅には通信資機材がある程度のコンパクトな司令部施設は、突入直後の掃射で容易く制圧できる程度に狭かった。


Чисто(チスタ)!!」


 AKS-74U(クリンコフ)を構え油断なく倒した現地傭兵を蹴り、反応を確かめるイネッサの肩をセルゲイが叩く。全員始末した、ここはもう十分だという意味と理解したイネッサは通信機材に弾倉の残りを叩き込むと即座に踵を返して戸口についた。


「中々良い動きするじゃないか空挺の。乗り気じゃなかった割には」


「ここまで来ちゃったら文句も言ってられないでしょう」


 溜息をつきながら弾倉を入れ替えるイネッサをセルゲイは鼻の奥で笑い、たっぷり蓄えた髭をひと撫でする。生真面目タイプのイネッサはこういった戦場には不向きであるが、揶揄う分には楽しい手合いだ。真面目な人間を揶揄うのはセルゲイの悪い癖で、傭兵になったのも原隊で軍高官の息子を酒の席で揶揄い過ぎて不興を買ったのが原因である。


 コッキングレバーを引いてセレクターを単発に切り替えたイネッサとアイコンタクトをすると、セルゲイは軽く頷き一拍置いてから外へ踏み出し、イネッサも後に続いた。


「分隊長、セルゲイだ。司令施設は制圧、通信機材は破壊した。残敵を追い詰め…ウワッ!」


 通信中、セルゲイは教会からの射撃に飛び退いて身を隠す。最初の急襲を生き延びた残敵が教会に立てこもり、入り口に即席のバリケードを築いて防御陣地としていたのだ。


 軽機関銃とライフルの射撃は訓練されていない民兵のそれと違い統制されたもので、センチネルの傭兵、それも外国人傭兵が指揮を執っている物と推測された。


「くそ、送信再開。教会から射撃を受けた。イネッサと二人で交戦中、多分あそこが最後だ」


よろしい(グッド)、今んとこ順調だな。分隊長より襲撃班(スティレット)各員、味方が救出対象の居る建物に取り付いた。これより突入する。射撃注意」


 捕虜が居ると目される高床住居の下でヨハンナは周囲を警戒し、ガブリエルとアレハンドロが戸口で突入に備える。当然爆発物は禁止、ポーチから取り出した閃光手榴弾(フラッシュ・バン)のピンにアレハンドロが手を掛ける。


「セルゲイを支援に行く。二人で出来るな?」


「当然」


 ガブリエルが親指を立て、顎で行けとヨハンナを促す。村に響き渡っていた銃声は散発的な物になっていたが、これだけ派手に銃声を鳴らしていればそう遠からず増援がやってくるだろう。戦闘が収まってものんびりしている時間は無い。


「二班、状況」


《残敵を掃討中、敵は村の外へと逃げつつある》


「深追いはするな。反撃して来る奴、踏みとどまる奴だけを相手しろ」


 ヨハンナは小走りで教会の側面外壁に取り付く。教会は正面入り口以外に外部を見る事が出来るのは側面の格子窓だけであったが、この窓は採光の都合上位置が高くこの窓からの射撃は不可能だった。たとえ椅子や箱などで射線を確保したとて、教会はコンクリートの土台で床が高くなっており、壁に張り付くほど接近されれば射撃はできない。


 ヨハンナは静かに側面から入り口付近まで移動し、視界内にセルゲイとイネッサを発見する。住居の陰で積み上げられたドラム缶などを遮蔽物に、反撃を試みようとしているが、火力では教会入り口に陣取る敵が優勢であった。


 ヨハンナとセルゲイは互いを認識すると片手を上げて合図をして味方であることを示す。入り口階段下まで接近したヨハンナに敵は気づいておらず、ヨハンナはポーチから閃光手榴弾を取り出して突入準備を整える。本当は破片手榴弾を使用できればよかったが、教会内に捕虜が運び込まれていないとも限らないため、無用なリスクを避けての判断だ。


「三つ数えて援護射撃しろ。バンが炸裂したら射撃停止だ」


「承知!」


 きっかりカウント三秒後、セルゲイとイネッサは教会入口へ向けて弾倉の弾薬ありったけを投射した。ヨハンナは至近での弾着をものともせず、ピンを抜いた閃光手榴弾を陣地化された教会の戸口へと放り込み、数秒の内に炸裂して大音響と薄闇を白昼の如く照らす閃光を撒き散らした。


『ウワッ!!』

『アッ!』


 頭上での炸裂音と同時に敵の叫び声が聞こえ、ヨハンナは飛び出す。味方の射撃停止をいちいち確認する暇はない。閃光手榴弾の効果は絶大だが、効果が有効な時間は映画や創作物で描かれているより短い。特に訓練を受けている人員であれば見当識の一時的喪失より即座に復帰する事さえあり、さらに言えば投擲された時点での対処法を身に着けていた場合は効果そのものが無い場合もある。


 が、今回は確りと効果があったようで、暗視装置の左目側を下ろしながら階段を駆け上がったヨハンナの眼前に、閃光にやられて目を抑えた敵が二人よろよろと立ち上がった。


 至近距離、銃を斜めに構えたままヨハンナは照準器を使用せずに銃口を向けて引き金を三度絞る。9×39㎜の弾頭が胸部に突き刺さり、崩れ落ちる敵をよそに即座に左へ銃口を指向し引き金を絞る。


 最初の敵はケブラー素材のソフトアーマーを着込んでいたが、防弾装備の貫徹を目的に設計された9×39㎜の前では便所紙と大差ない。肺組織と心臓を破壊された傭兵は床に倒れる間に死を迎え、一方で次に撃たれた傭兵は背が低かったようで、頭部に三発浴びてしまい、顎から上が弾けて消えてしまった。


 日が昇りつつある村落内にあって、教会の広間にはいまだ光が届かず薄闇に包まれていた。ヨハンナは電子の濾紙を通した左目の視界内に十数名の敵を捉える。


 真っ暗闇だった密林の中と違い、僅かながらでも光源が存在する現時刻であれば、青白い視界のコントラストははっきりとしており標的識別に支障をきたす事は無い。加えてヨハンナ達の装備する暗視装置には熱感投影装置が内蔵されており、色こそ付いているがモノクロの視界にあって人体の熱源をワイヤーフレーム状に浮かび上がらせる事ができるのだ。


 入り口に立つ敵の姿を視認した傭兵達が一斉に銃を構えるのと、ヨハンナがセレクターを連射に切り替え横へと飛び退きつつ発砲するのはほぼ同時だった。


 サプレッサー越しの連射音はけたたましく鳴り響く剝き出しの銃声によってかき消され、コンクリート製の壁面に反響された銃声の音量は増幅される。退避した柱の陰でヨハンナは耳を畳み、眩い発砲炎の瞬きに目を細めながら銃に装着されたフラッシュライトを点灯、数発間隔の短連射で一人ずつ弾丸を送り込んだ。


 ライトの照射を受けた敵が同時に弾丸を喰らい、一人、また一人と倒れていき、ものの数秒の内に雌雄が決していた。


 沈黙した広間に柱の陰からヨハンナは踏み出し、まかり間違ってこの中に救助対象が居ないかを確認しようと数歩歩きだした瞬間、並べられた長椅子の陰から生き残りが飛び出して銃口を向ける。


 僅かに銃口を下げたロー・レディで銃を構えていたヨハンナの消音カービンの方が先に火を噴き、生き残りの肩を捉えるが発射された弾丸は一発だけ。残っていた最後の一発を発射したのち、撃針が虚しい音を立てて空の薬室を打ったのだ。


 残弾管理を怠る初歩的なミス。冷や汗が肌ににじむより早くヨハンナは身を横へと避け、消音カービンを脇へと回して腰の拳銃を引き抜いた。


 片腕で構え直した生き残りの銃火が瞬き、ヨハンナが身を躱す前の空間を銃弾が通過していく。同時に、引き抜いた拳銃の乾いた銃声が響き、今度こそ生き残りの胸と顔面を.45口径が貫いた。


 倒れた敵にさらに数発撃ち込み、確実に仕留めたかを確認する。広間は静まり返り、他班の銃声のみが教会の外から聞こえてくる。


「教会はクリアだ」


《分隊長、アレハンドロだ。ジャックポット(大当たり)、目標を確保した。だが…》


 教会内の制圧とほぼ同時、目標が居ると思しき建物の制圧を終えたアレハンドロとガブリエルから連絡が入る。しかし、含みのある報告にヨハンナは眉を寄せた。


「なんだよ、どうした」


《コ・パイロットは軽傷だ。だが、パイロットは死亡。繰り返す、重要目標(HVT)は死亡していた》





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