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第4話 ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル

 満天の星空の下、黒い影がけたたましい羽音を立てて今は漆黒となった緑の大地に舞い降りる。猛烈なダウンウォッシュで周囲の草は平たく倒され、草原に簡素なヘリポートが出来上がったかのようであった。


 Mi-8MTV-5(ヒップ)は地面に尻を据えることなく、僅かに浮き上がった状態で両舷の扉から積載貨物(傭兵達)を降着させる。


 降り立った傭兵達は即座に周囲に散らばり、ヘリを中心に四方を固め周辺警戒の陣形を取る。各人それぞれの警戒方向を向いたまま、やがて空中高くへと消えていくローター音を気にする事無く青白い視界の中で緑の世界を見据えた。


報告(Sit-rep)


「付近に動きなし」


「接触なし」


「安全だな、移動する。移動方位185、一班先頭、二班後衛、支援班中心。縦列、各人間隔五メートル。先頭は私だ」


 ヨハンナは先頭に立ち歩を進めながら、背後に続く分隊を見やり満足そうに鼻を鳴らした。さすがはベテランぞろい、ヘリから降り立った後の動きも、移動指示を出した後即座に列を形成するのも、肉体に染み付いたもはや本能的な動きと言って良かっただろう。


 これならば態々指示を出さずとも、各人で移動中の警戒方向も割り振るだろうし、自分は前方と移動進路を気にしていればよい。仕事内容はともかく、部隊内の細かい所に気を配らなくても良いのは気が楽なものである。


 本能といえば軍事境界線のこちら側、作戦区域外であるにもかかわらずヘリから降りた後に周辺警戒をしたのも殆ど癖の様なもので、理由こそあれど本来は不必要ではあった。奪還を警戒した敵が少数部隊をこちら側に送り込み、ヘリの降着を待ち伏せしているかもしれない、などと言うのは最早神経質を通り越して被害妄想(パラノイド)の域ではあるが、ヴェトナムからローデシア、アフガニスタンから現代に至るありとあらゆる戦場での教訓をノートに記したインクは兵士の血である事を思えば当然の動きと言って良いだろう。


 月明かり、星の光さえ届かない密林に足を踏み入れ、周囲は漆黒の闇に包まれる。あらゆる光を吸収したかのような世界は、暗視装置の白色増幅管越しでなければ何も見る事はかなわない闇の世界である。かつて毛皮を纏い石の矢じりと槍で狩猟を行っていた頃の人類が夜の闇を恐れ、火を絶やさず住居の穴から出なかった理由が説明されずとも肌で感じ取れた。


 装備している暗視装置は、先進諸国の精鋭部隊の運用する暗視装置よりは幾分型落ちではあるが、それでも未だ新しい部類である。通常の夜間環境であれば視界はクリアで地形や植生の輪郭もはっきりするのだが、こうまで闇が深いとなると性能に限界があり、像がぼやけ視界も若干暗く、作戦に支障こそきたしはしないが注意が必要だった。


「足場が悪い。雨のせいだな。注意しろ」


 ヨハンナは小声で無線のマイクに吹き込む。本来こういった仕事では無音潜入が基本で、小声でも声を発する事はご法度。発声する際は本当に至近での会話に留めるべきだが、今は境界線を越えていない、つまり敵支配地域ではない為にヨハンナは声を出した。


 とはいえ、その声が夜のジャングルに響き渡るかと言えばそうではなく、漆黒に包まれ肉眼では視界がゼロの密林は、驚くほどに音に満ち満ちていた。揺れる木々が軋む音、擦れる葉の音、虫や夜行生物の鳴き声、風が木々の間を縫う音。フェイスマスク越しの囁き声は容易く隠されていた。


 一時間の後、ヨハンナ達は軍事境界線を跨いだ。ここからが本番である。目に見える環境に変化は無いが、踏み入れてからこの先は敵の領域、いつ襲われても不思議などではない。


 暗視装置の青白い視界に映し出された地図で境界線を越えたのを確認したヨハンナは、二回舌打ちで合図を送り、警戒を厳にするよう指示を飛ばした。当然、警戒するのは当然の事で一々指示を出してやる必要は無いが、これはつまり「無音」の合図であった。声を出すな、音を出すな、合図は全て手信号。


 ヨハンナ達のシルエットはブーニーハットやキャップ、バンダナの上から被ったカモネットによって意図して崩されており、暗視装置の接眼側に布を括り付けて垂らし、光漏れを防いでいる。ジャングルの中ではありとあらゆる人工物と、それに付随した痕跡は暗闇の中で輝く明かりの如く目立つ。ジャングル戦を制する者は、自分自身がジャングルと一体になるしかないのだ。


「!」


 およそ二時間ほどのジャングルを歩き続け、ヨハンナは片手を上げて停止の合図を送る。前方に違和感、ゆっくり近づき確認すると、そこには本来存在しないものが一つ。


 ビニール袋。飲用水の小分けパックで、アフリカでは一般的な物だ。大量生産され、安価なため広く普及しており、おそらくこの地域で活動する民兵や傭兵達にも供されているのだろう。飲み終わった袋をその辺に廃棄し、環境問題となっているのは数十年前からだが、アフリカ人と言うのは変わらない物なのだなとヨハンナは心中独り言ちる。


 しかし、これらはキャップが存在しない為ペットボトルより携行するには不便であり、このゴミが存在するという事はつまり拠点が近く、頻繁にパトロールを行っている区域であることを示していた。


 耳を澄ませ、あらゆる感覚を研ぎ澄ませるが、今のところ反応は無い。そもそも、潜伏斥候の情報によれば、現地戦力の夜間戦闘能力は限定的で、日本人傭兵が古い暗視装置を使用している程度だと報告されている。


 勿論それを全て鵜呑みにするつもりはなかったが、折角の夜間侵入である、少しは夜陰に紛れる優位性を活かしてアクティブに動いても良いのではないか。ヨハンナは身振りで後方の班長達を呼び寄せ、敵が近い事を告げると前進を再開した。


 歩みを進めて幾許もしないうちに眼前に開けた空間が見えた。座標と地図とを見比べ、それがルート上に存在する幹線道路であることを確認すると、ヨハンナは再び手信号で停止を指示する。


 道路の横断は可能な限り避けるべきだが、迂回をするには時間がかかりすぎる上に、どちらにせよ細い道路の横断を一回は挟まねばならない為、このまま前進する事を決定した。


 各班に道路横断の指示を飛ばし、ヨハンナ率いる一班が道路の左右を警戒。その間に二班と支援班が横断、最後に一班が横断したのち先行した班を超越して再びヨハンナを先頭に前進を再開する。


 道路上には新しい──およそ四時間前に出来た──足跡とタイヤの轍が確認され、人数と車両の通行頻度から見て定期巡回のルートだと判断した。日中にここを通過するのはかなりのリスクを伴った事だろう。


 道路の横断中はおろか、近辺で息を押し殺していたとしても勝手知ったる庭の事だ、現地民兵らに違和感を察知されて発見されないとも限らない。日本製(トヨタ)武装ピックアップ(テクニカル)程度の車両と数名のパトロールなら対処のしようもあろうが、これが報告にあったBTRとばったり鉢合わせたなら目も当てられない。対装甲火器は携行しているとはいえ、平滑な地形の中で掃射される14.5㎜の威力は馬鹿にできない物だ。


 ともあれ、道路の横断は難なく終わり、再び隊列を組んで目標地点へと向かう。任務説明段階で取り決めていた経由地点(ウェイ・ポイント)をいくつか過ぎ、移動、警戒、移動を数度繰り返す。


 歩兵の本分とはその字が示す通り「歩く」事だ。それが前線にへばり付く前線豚であろうと、最新鋭の器具類を身に着け地獄の訓練を潜り抜けた精鋭の特殊部隊だろうと、それだけは変わりがない。ヨハンナ達が、かつて居た部隊から傭兵と言う職に身を窶した今でもそれは変わらない。


 一般的にイメージされる兵隊たちの現実とは、地味で退屈でつまらない物である。メディアや現場の兵士から供されるヘッドカム映像などでは殊更に戦闘の場面が強調されるが、現実は殆ど戦闘を伴わない移動と警戒で占められている。地獄のような訓練を耐えた末に実戦の場を与えられたが、ただの一発も撃つ事なく終戦を迎えた者も居るのだ。


 だが今のヨハンナ達は退屈とは無縁である。今居る場所は敵の庭である以上、退屈などという感情を覚える暇はない。周囲の環境から得られる全ての音や動きに気を配り、その中に違和感が無いかを探るのだ。そして自らが自然の中に違和感を混ぜ込まぬよう、ゆっくりと足元を探っては枝や葉を踏まぬように足場を選び、一歩また一歩と歩を進める。




 午前三時、つつがなく目標の村落近辺まで到達したヨハンナ達一行はここで部隊を二分する。元イギリス海兵隊所属のリアム・ベネットが受け持つ支援班はヨハンナ達襲撃班と別れ、村落に対する有効な支援射撃を展開できる射点へと向かう。これも事前に取り決めてあった。


 作戦概要説明の際に確認した通り、基本的に平滑な地形ではあるが、起伏が存在しない訳ではない。僅かでも小高く、村落からの射撃に対して遮蔽になり、かつ此方側からの射撃は効率的に通る地形。そんな都合のいい場所はそうある物ではないが、多少マシな地点を吟味して選択していた。


 イヤホンからノイズが一回、途切れて二回ヨハンナの耳に届く。無線機のPTTスイッチを押し、送信時のノイズを利用した合図である。意味は配置完了、準備良し。四名一班に分かれたチームは足が速い。ヨハンナは満足げにフェイスマスクの裏で笑みを浮かべた。


 支援班は機銃手二名、マークスマン一名、擲弾手一名で構成され、機銃手一名とマークスマンが村落への支援火線を展開、残り二名が周辺警戒の配置を取る。警戒に当たる機銃手は村落から伸びる道路に照準を向け、村落から離脱する者や村落への増援遮断に備えた。擲弾手は班長であるベネットが務めるが、救出対象が村落に捕らわれている都合上、不用意な爆発物の使用は避けるべきであるため、不随被害を考慮し擲弾の出る幕は無いだろう。


 ヨハンナ達襲撃班も村落へ接近し、攻撃発起地点へとたどり着く。村落までの距離約70メートル。部隊を横隊に展開し、村内部と外周の配置を偵察する。幸運な事に、または警戒していないからか、接近するにあたり敵の侵入警戒措置に接触する事は無かった。地雷やセンサの類が無くとも、せめてワイヤと空き缶か何かを利用した鳴子ぐらいは有るだろうと予測していたが当てが外れた形だ。その文楽が出来て良いのだが、どうにも拍子抜けである。


(向こうの傭兵どもはそこんトコ教育してねえんだな)


 心中で独り言ちながら、ヨハンナは戦時中じゃあるまいし仕方がないかともひとりでに納得する。こうして自分達は無断越境で侵入しているが故に警戒のアンテナを張っているが、この地域の連中は「平時」なのだ。まして、あからさまな協定違反でリスクも多い救出作戦を実行してくるなど思いもすまい。


 耳を済ませれば、燃料式の発電機の低いエンジン音が微かに聞こえ、そこから供される電力でもって投光器が村の外周を照らしている。それもまばらで、周囲は殆ど夜の闇に覆われている。


 歩哨も立てているが数は少なく、周囲に気を配る様子も見られず、あまつさえ椅子代わりの木箱にどっかと腰を下ろしてタバコを吸っている始末。完全に警戒心が無い様子である。


 村落中央には教会があり、その脇の掘っ立て小屋──村の建物全てがそんな風体だが──の屋根には村の雰囲気に似つかわしくない長距離通信用のアンテナ群が据えられ、そこが通信施設兼指揮所と判断できた。


 しかし、肝心の救出対象が見つからない。当然屋内に居るのだろうから外から見つかる筈は無いが、例えば捕虜を捕らえている建物の外に見張りを配置するだとか、外から扉に閂を掛けるとか、そういった何某かの痕跡があれば見つけようもあるのだが、それが見つからないのだ。


 無策に突入して家屋一軒一軒荒らしまわるのも人数と時間の制約上よろしくない。ヨハンナは銃撃戦(お祭り騒ぎ)は大好きだが、今回は救出対象が居る上に分隊一個を預かっている。趣味を出すわけにはいかないのだ。だが、日が昇った後に襲撃を敢行するのも悪手である。可能ならば日が昇る直前には突入し、暗闇を味方にしたまま事を進めたかった。


 監視を始めてから一時間後、日の出が迫り焦れて来た頃である。一班の最左翼で監視を継続していたガブリエルが一軒の民家に医療品を持った傭兵が入るのを確認した。ガブリエルの報告によると医療品の内訳は確認できただけで包帯と止血剤、鎮痛剤の類で、どうやら病人ではなく怪我人が建物内に居るとの事である。


 出血を伴い鎮痛剤を必要とする負傷者となると、この状況では思い当たるのは一つだけである。目標は定まった。ヨハンナは防弾装具の左鎖骨付近に括り付けた無線の送信スイッチを押し込み、マイクに囁き声で吹き込んだ。


分隊長(SQL)より各員、無音潜入解除。交戦に備えろ。目標は恐らく教会から南西の高床式住居に捕らわれている可能性が高い。当該建造物への発砲は禁止とする。装備チェック、十分後に突入する。返信不要、通信終わり」


 漆黒だった空に色がつき始めた。夜明けは近く、戦闘中に暗視装置は不要になるだろう。ヨハンナは暗視装置を跳ね上げて未だ暗い世界に視野を慣らそうとする。青白い視界は消え、肉眼の漆黒が眼前に広がり、世界を自身の息遣いと虫と鳥、野生動物と風の音が支配する。


 だがほんの数分後にはこの緑の大自然に似つかわしくない、いや、凡そどこの世界に行ったとて似合う事のないだろう銃火の閃光と発射装薬の弾ける音と、硝煙の匂いを撒き散らす。戦闘、つまり死の光と音と臭いである。人類が千年前から歴史を重ねるたびに連綿と撒き散らしてきた物である。


 ヨハンナはそれが好きだった。正確にはそれその物が好きな訳ではないが、その光、音、臭いを浴びている間、戦闘という状況下に身を置いていると生きている実感が沸くのだ。


 俗な言い方をすれば、ヨハンナは戦うのが、戦争が大好きなのだ。付き合わされる方は堪った物ではないが、今回は仕事であるから文句を言う者などは居ない。こうして大義名分のもと仕事として戦闘に飛び込むことができるのだから、まさしく傭兵は天職と言える。


 じわり、じわりと暗順応で眼球が暗闇の中にある物を捉えはじめ、草や木が薄らと漆黒の中から浮かび上がる。ヨハンナは片手で隠しつつ俄かに光る腕時計の文字盤を見やる。通達した時刻まで残り一分を切った。


「残り一分。合戦用意良いか。送れ」


《支援班、準備良し》

《二班、準備良し》


 合戦とは。何とも古風で大仰な言い回しか。二班班長(FTL)ニキータ・グロモフは口から漏れる失笑を禁じえなかった。が、気持ちは分からないでもなかった。戦闘を前に気分が高揚しての事だろう。よほど戦闘が好きと見える。戦争狂い(ウォー・マニアック)め、傭兵の中にはこういう手合いはそれなりの頻度で混じっている。せめて指揮だけはちゃんとしてくれよと、グロモフは視線を藪の向こうの一班へと向けた。


「よし、時間だ。襲撃各班前へ。横隊、戦闘歩速(コンバット・ペース)


《二班前へ、前へ。横隊だ》


 伏せていた襲撃班二つの傭兵達は号令と共に立ち上がり、身を屈めたまま歩き始める。銃口を前へ突き出し横一列、各人の左右間隔は凡そ3メートル。ヨハンナは静かに消音カービンの安全装置を下げ、銃口を村落へと指向する。


 午前四時十二分。狐に率いられた傭兵達が、国費で戦う術を叩き込まれた生粋の戦闘員達が、今まさにその牙を剥かんとしていた。




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