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第3話 ギア・アップ

 首都近郊の作戦基地──ヘリで2時間の移動の後、ヨハンナら面倒事解決係の傭兵御一行様は廃校の教室をそのまま再利用したブリーフィングルームに居た。窓ガラスがすっかり消えて無くなった窓枠には、ガラスの代わりに外界とを隔てるためのカーテンが打ち付けられ、外から吹き込む柔らかな風に微かに揺れていた。


 黒板には国境、軍事境界線付近の地図や航空偵察写真、参考程度ではあるが数十年前の衛星が生きていた時代に撮影された衛星写真が張り付けられている。


「あまり時間が無い。要点から言おう。君たちの任務は撃墜された偵察機のパイロット二名の捜索・救出だ」


 ほら来た、面倒なお仕事がやって来た。長距離偵察の方が幾分かマシ、いや遥かに良かった事だろう。何処の馬鹿がしくじったかは知らないが、この密林地帯の中を草の根かき分けて人探しとなれば一筋縄ではいかない。


 味方領域内で撃墜・脱出したとなればわざわざ戦闘要員を捜索に駆り出さなくてよいのだから、こうして説明がされるという事はつまり軍事境界線を越えての作戦である。まごうことなき非合法作戦、違法性たっぷりの任務であった。


 そもそもが軍事境界線を越えての偵察飛行をしているという時点でアウトなのだが、そこを更に撃墜されたパイロットを回収しに行くというのは、些か不自然であった。


 大抵こういう場合は撃墜された機体とパイロットについては知らぬ存ぜぬを通すもので、相手の庭先にもう一度足を踏み入れて家探しをしようなどと言うのは更なる勢力間でのトラブルを生みかねないのである。如何にプロが作戦を完璧に実行したとして、パイロット二人を回収して奇麗サッパリ雲隠れと言うのはそれ相応の作戦が実施されたという状況証拠を残すのだ。


 先生のお話を聞く生徒よろしく椅子に座った傭兵達は喉から出掛かった疑問をひとまず口中で留め、続く内容を聞こうと姿勢を正す。


「今から15時間前、軍事境界線()()での哨戒偵察飛行中だった我々の偵察機、Su-24MR『フェンサーE』が、レーダー照射の後ミサイル攻撃を受け撃墜された。パイロット二名は脱出、爆散した機体の殆どは軍事境界線のこちら側に落下したが、パイロットは向こう側へ降りてしまった。なぜ境界線の向こう側へ降下したかは不明だ」


 またぞろ嘘八百並べ立てて体裁を取り繕うという腹積もりだろうが、作戦に従事する当事者としてはそんな事どうでも良い話であり、作戦の成否、または作戦要員の安全を担保するためには包み隠さず本当の事を言ってもらいたいものだ。と、ヨハンナは足を組んで頬杖を突き、橙色の左目で説明を行う作戦担当官を睨め付けた。


「そして4時間前、我々の電子偵察機が無線通信を傍受した。内容は『パイロットを捕虜にした。移送指示を求む』とのことだ。作戦司令部は捕虜となったパイロットの救出任務を承認、我々に実行を命じたのだ」


「ナァナァナァ、一寸おかしか無いかい。奴さんの身柄が拘束されたってんなら事はスーツ着込んだ連中のお仕事になってんじゃないのか。なんで態々よそ様のおウチに上がり込んで血を流しに行くような真似をさせるんだ」


 ヨハンナの言葉に作戦担当官の男は眉を吊り上げる。内心、傭兵なぞ質問はせずに言われた事をやっておれば良いのだ。とでも思って居そうな表情であるが、見回せばその場の全員が説明を求める様な顔をしており、満足のいく説明が為されなければ全員が昼休みのチャイムが鳴った生徒よろしくこの部屋を後にするだろうと判断し、作戦担当官は深くため息を吐くと数枚の写真を黒板に追加した。


 白人と黒人、ロシア系とアフリカ人の二人の男。彼らが今回の救出対象であるのは説明されずとも理解はできた。顔を覚えておくのは大事で、救出対象の顔も知らぬでは当の本人たちを探しようもないのだ。


 作戦担当官は黒人、アフリカ人の方を叩いて示す。名をアジャニ・ジョトディアと言い、彼は傭兵ではなくこの国のれっきとした軍人で階級は大尉であった。フェンサーEに乗っていたのは機の運用訓練の一環であり、偵察飛行任務は訓練の成果を見る一種のテストであったのだという。


「この黒い方。最優先目標はこっちだ。彼はこの国の軍人で…軍高官、アマン・ジョトディア将軍の一人息子だ。息子が撃墜された報を聞いてからという物、彼は随分ご立腹でな。なんせフェンサーEを運用していたのは我々だからだ。我々に責任があるから、必ず連れ戻してこい。と」


 アマン・ジョトディア将軍はこの国でも指折りのタカ派であり、私兵部隊を侍らせる程度には実力と発言力を持つ人物で、ヨハンナら傭兵達の元受け会社「ロックホッパー・ミリタリー・サービス」に国軍の軍事教練その他の業務を依頼したのは彼だったのだ。


 依頼に当たって国費の他、彼のポケットマネーも随分とつぎ込まれているようで、実質的な雇い主と言って良い人物であった。そう、雇い主の言う事を無視する訳にはいかないのである。 


 加えて彼自身が軍事境界線の向こう側の勢力と外交筋を通して──勝手に──交渉を開始しているらしく、それも言い分も随分な物であり、「我が方の領域を飛行中の機を撃墜した」「破片の殆どが此方に落ちているのが証拠だ」「パイロットに何かあれば非常措置を取る」などと散々である。


「つまりアレだ、俺達は親バカのワガママ将軍サマの為に危険を冒すって訳だな」


「くだらねえ」


「あぁ、くだらねえ」


 傭兵たちは口々に悪態を漏らし、座っていた姿勢を崩し始め、中には煙草に火をつける者まで現れる。傭兵は金で動く。報酬さえ支払われれば何でもやる。しかし、あくまでそれはリスクとリワードとを天秤にかけて釣り合いが取れていればの話である。


 馬鹿馬鹿しい理由と、それに伴うハイリスクの仕事。普段の彼らならば決して受けない物であるが──


「だが、仕事だろ」


「………そうだな(Yep)


 ヨハンナの言葉に傭兵達は同意する。くだらない理由での任務やしょうもない内容の作戦をやらされるのは今に始まった事ではない。そんな事に一々目くじら立てていては仕事など回ってこなくなる。それにすでに自分達は雇われの身である。


 理由はどうあれ、小銭欲しさに望んで傭兵に身を窶した身である以上、雇い主の剣に銃に弾丸になるのが傭兵の役目である。文句言うのも手前の責任、気に入らねえからやりませんなど、それがまかり通るのは傭兵と言う身分にあっては世界広しと言えどほんの一握りである。


「続けても良いか?」


 どうぞ、と傭兵。誰一人として仕事を降りようとするそぶりは見せなかった。どんなくだらない仕事であっても、隠し事をされたまま仕事をするよりずっと良い。中身がはっきりすれば、降りる理由など無いのだ。



 驚いたことに、パイロットの位置は大まかに判明していた。息子を大事にするあまり、誘拐その他を心配してアジャニの身体には発信機が埋め込まれていたのである。親バカの父親、アマン将軍様様である。


 墜落後6時間程度は歩きの速度でジャングルをさまよっており、それ以降は眠っていたのか動きが止まる。その後走る速度での移動の後、車での移動速度に変わったのがおよそ4時間前。このタイミングで捕虜になったのであろう。


 現在のところ、アジャニの動きはある地点で停止しており、その地点は地図上の村落がある場所と一致している。無線の傍受内容から鑑みるに、捕虜はその村落に捕らわれた状態で移送を待っているのだろう。


 ヨハンナ達救出部隊の任務はただ一つ。撃墜されたパイロットの身柄を捜索し救出する事。救出に際して戦闘は想定されるものの、戦闘が目的ではなく、移動、脱出時には可能な限り戦闘を避けるのが望ましい。不用意な発砲は原則として禁止され、攻撃を受けた際、もしくは自身の発見が避けられない場合に限り先制しての射撃が許可される。


 この地域の敵情は無線傍受や度々越境しての潜伏斥候に出ている部隊からの情報を統合すると、作戦地域(AO)内に存在する部隊は判明しているだけで歩兵2個中隊とされ、定期的に巡回しているパトロールや確認されていないが存在が予測される部隊、今回の事案を受けて増派されているであろう戦力を合わせると、総計で3個中隊規模とみられていた。


 火器類は一般的なAKライフルや軽機関銃などとされ、重機関銃や対空砲、砲迫支援の有無は現状不明である。これらに加えて、2台のBTR装甲車が確認されており、これは作戦地域内にある道路を巡回しているとの情報が入っている。


 また、兵力の殆どは現地民兵とされているが、1個小隊およそ30名程度、民兵の訓練支援を行っていた傭兵の存在が確認されている。現地雇用の傭兵の他、外国からの傭兵の姿も確認されており、交戦の際には彼らに注意するよう通達がなされた。


 その外国の傭兵と言うのは、軍事境界線を跨いだ向こう側の勢力、JICA(独立行政法人国際協力機構)によって雇われた日本の民間の警備会社である、センチネル総合警備保障に雇われた傭兵である。彼らは日本の国防組織である自衛隊出身者を多く雇用しており、現地の兵力の中にも多数含まれているだろうと予想された。自衛隊は大戦において大陸、主に中国での戦いを経験しており、アフリカのジャングルのような場所での経験は乏しいと思われるが、油断は禁物である。


「民間人の存在は、接触した場合の対処は」


 作戦地域は幹線道路──と言えど未舗装の田舎道だが──こそあれど殆ど未開のジャングルであり、細々と生活している二十人未満の集落が点在している程度で、パイロットが捕虜となっている村が最大の居住地域で、それでも人口は百名程度。加えて現地民兵達によって民間人の殆どは他所へと移住させられており、現地に民間人はほぼ存在しないと言って良い。


 しかし、頑なに移住を拒む現地住民がジャングル内で生活していると潜伏斥候からの情報もあり、接触した場合は刺激せず、接触は避けて移動する事。周辺に通報するそぶりが見られた場合は、可能な限り武器を使用せず制圧するよう通達された。


 現地の地形は典型的な熱帯林で植生が濃く航空偵察は殆ど意味をなさず、雨季にはスコールが多発して地形が変化する為グラウンド・ナビゲーションも困難を極め、潜伏斥候が数週間前に寄こした地形情報のみが頼りであった。その偵察情報によれば比較的平滑な地形で、極端な起伏は存在しないとされている。とはいえ、先述の通り植生が濃く、太い木々も密集している為、視程は極端に短く20メートル先を見通す事も困難を極めると予測される。


 作戦地域への侵入は軍事境界線付近までヘリで移動、降下後に徒歩で境界線を越えての侵入とされた。時刻は午後八時、夜陰に紛れて侵入し、夜明けまでにパイロットの捕らわれている村落に到着する見通しであった。


「出発は3時間後だ、装備を受領し点検しろ。それと、誰が指揮を執るか決めておけよ。こっちからは人員を出せない、此処に居るお前ら全員で完結しているからな。出せるのは行きと帰りの足ぐらいだ」




 ヨハンナは格納庫内で装備と火器類の点検を行う仲間たちを見る。人数は十三名、基本的な分隊+三名と言った具合で些か縁起の悪い数だが班に分けるにはちょうどいい数字のため、捕虜の収容されている村落への突入に二個班、それの支援に一個班と言った具合で分け、分隊長率いる一班が五名、残り二つが四名ずつとした。


 支給された火器はAK-74とそのショートカービン型にPKM軽機関銃、SVD狙撃銃、対戦車火器はRPG-22が数本。かつて中央アフリカで活動していたロシアの民間軍事企業が撤収時に残置していった火器類をそのまま支給された。お古、おさがりの装備だが、保管状態は良かったらしく、点検を行う各人から問題なしと報告された。特に空挺軍出身のイネッサが問題なしと言ったのだから、一安心である。


 問題はチームの戦闘能力である。ここに来る前、ポーランドにおいて分隊全員が多少の訓練を受けて慣らしは済ませているものの、各々出身国も部隊も別々である。部隊行動での連携に一抹の不安があるが、それを解消するには今は時間が足りていない。分隊を統括する分隊長、各班の班長に頼るしかない。


 分隊長と言えば、ヨハンナは面倒な事になった、余計な事は言う物ではないと眉を寄せつつ顎を撫でる。分隊員たちは空挺軍、外人部(2e REP)隊、イギリス海兵隊などベテラン揃いで練度に不安こそ無く、頼りになる連中ではあるのだが、分隊長を決める際に誰も言い出さなかったが故、時間が無い事も相まって「自分がやる」などと口走ってしまい、それで決定してしまったのだ。


 聞けば現役時代の階級は軍曹だの曹長だの、果ては中尉までいる始末で、分隊長はおろか小隊指揮の経験者もいるのだから、彼等に任せればよかった話だが、責任を擦りつけたいのか何なのか知らぬがどうぞどうぞと指揮役職へとヨハンナが任ぜられてしまった。


「なぁ~、お前らベテランだろ。女に指揮されるのってこう、プライドとかってのがさァ」


「古いぞ、価値観をアップデートしろ。男女平等、女の参謀総長だっているんだ、分隊長ぐらいなんだ」


 ジェンダー論などカビの生えた論理だろうと諭されヨハンナは押し黙る。マッチョ共の癖にこういう時には利口になる。ヨハンナは忌々しそうに溜息をつき、自身の巨大な前面装甲を押し潰しながら防弾装具を着用する。


 ヨハンナもヨハンナでベテランではあるのだが、軍歴より傭兵をやっている期間の方が遥かに長く、軍に居た頃も分隊指揮経験が少しある程度、殆どの状況で壊滅しかけた部隊をあの手この手でまとめ上げて引っ張っていたような物であり、真っ当な指揮役職としての教育など受けていないに等しかった。


 が、この段で文句を言っても仕方がない。なるようになる。ヨハンナはいつも通り自分にそう言い聞かせながら、弾倉に9×39㎜のカートリッジを詰め続けた。ヨハンナは武器庫の隅から目敏く消音カービンを見つけていた。本来弾薬分配の関係上褒められたものではないが、こういった作戦では消音火器の存在は重要である。AKにもサプレッサーの支給はあったが数本程度で、消音性能もヨハンナの持つ銃の方が格段に上なのだ。


 やがて傾きかけた日が地平の彼方へと沈み、赤い空は濃紺へ、そして黒く変わっていき、基地の明かりが灯り始める。搭乗予定のヘリのAPUが作動し、エンジンに火が入ってローターの回転が始まる。現地時刻午後七時三十分、作戦が始まろうとしていた。


「ようし野郎ども、仕事の時間だ。搭乗!」


 顔にドーランを塗り、戦闘員の顔になった小銭稼ぎの傭兵どもは背嚢を担いでヘリコプターへと駆け出した。




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