第2話 ツーリスト
──アフリカ大陸中央部、某国
ロシア製の大型輸送機がその巨体を地面にどっしりと降ろし、機体後部のカーゴドアが大きく口を開ける。途中給油を挟んで片道12時間のフライトでくたくたの「積荷」達は、自分の荷物をどさどさと機外に放るや否やそそくさと駐機場脇の草原へと駆け出していく。迷彩柄やモスグリーンの被服に身を包んだ男共は横並びになり、溜まりに溜まったいばりを放出し、一様に安堵の表情を浮かべる。
「おい、司令部に報告だ。早くしろ」
たっぷりと髭を蓄えた男が駐機場脇の雑草に「水やり」をしている集団に声をかけ、一人、また一人とジッパーを上げながらいそいそと自分の荷物を担いで髭の男の後ろへと駆け出していく。
一行は白色のマイクロバスへと乗り込み、地元警察のバイクが先導で走り出す。簡素な飛行場だが平屋の発着ターミナルは存在する。が、そこでの到着手続きも無くあっさりと入国を果たした一団は、飛行機から束の間のバスの旅を楽しむことになる。
「知っちゃいたが、クソ暑いな」
「俺は3度目だが慣れねぇよ。アフガンのが乾燥してて幾分かマシだぜ」
「じゃあなんで来てんだ」
「こっちのがカネの払いが良いんだ」
未舗装の道を行くバスに揺られ車窓から眺める市内の様子は、ここ数十年どころか百年は変わっていないのではないかといった具合で、果物や肉の露店が並び、気温と環境から半日も経たぬうちに肉には蝿が集り始めていた。たしかに人々の服装は襤褸に近い民族衣装から先進国から流れてきたシャツへと変わり、駄獣は中古のピックアップやオートバイに変わったが、その点を除けば彼らは古代と何ら変わりのない生活を営んでいる事だろう。
「聞け、お前たちはこれから本部に向かい、司令部に報告と登録手続き後、すぐに前線基地へ移動だ……そこの若いの、女か、話は聞いとけよ」
これからの予定を説明しようとした髭の男の声に、開けた窓から流れ込む風にブロンドの髪を靡かせる女は頭頂の耳をピクリと動かし、窓を閉めて正面に向き直る。その瞳の奥には女という性別に見合わない戦闘経験者の鈍い眼光を輝かせていた。
「見ない顔だ、アフリカは初めてか? コールサインは」
「アフリカは北と南で仕事してた。コールサインは『ルナール』だ」
「なんだ、そのままの意味じゃないか」
ルナールとはフランス語で「狐」という意味であったが、髭の男とルナールの他に、座席に座っている者は数名を除きフランス語を理解しないので男の言葉の意味を理解できなかった。
やがてバスは市街中心部を抜け街の端に佇む旧市庁舎にたどり着く。現在そこは現地で活動している民間軍事企業の作戦本部として利用されており、敷地正門には土嚢や鉄板で補強された機銃座が設えられ、敷地内各所に軍用トラックや装甲車が停まり、弾薬類などの物資が集積されている。建屋にも要所要所に土嚢が積まれ、窓には飛散防止の補強が施され物々しい雰囲気を醸し出していた。
司令部に到着してからの手続きや報告など申告内容は何処へ行っても基本的にお決りの物で、名前、コールサイン、予防接種記録など、皆が慣れたように手早く済ませ、事務係も半ば確認しているのかしていないのか分からない具合に書類に判を押して次へ次へと手続きを進めていく。
しかし、やはり新顔にとってはおざなりとも言える事務仕事は不安に思えるものらしく、傭兵となって日が浅く経験が浅い者はその様子を怪訝そうに見つめ、自分の番になれば事務係に質問などをするも、さっさと次へ行けと追い払われてしまうのだった。
「いいか、お前達の仕事は現地軍の訓練だ。軍って言ってもまともに銃を扱えないか、今日まで運よく自分の銃で自分を撃たなかっただけの連中だ。猿よりちょっとマシなそいつらを、兵隊にしてやるのが仕事だ。いいな」
トラックの前に整列した一行に少佐の階級章を着けた男が檄を飛ばす。銃を扱い装甲車両を乗り回すが、いち民間企業であるため軍隊と同様の階級は存在しない。しかし軍で兵隊として訓練を受けてきた元兵士を起用する関係上、実戦部隊では軍隊同様に階級を使用した方が何かと都合が良いのである。
「お前らの仕事は戦闘じゃない。訓練だ。積極的な戦闘参加は無し、事が起こった際の発砲はあくまで自衛のみだ。わかったな」
あくまで自衛、とはよくある方便だ。民間企業として現地入りしている場合、いつ如何なる場合であっても基本的には自発的に「敵を殲滅しろ」「積極的に発砲しろ」などという命令が下る事は無い。要するに「自衛」の範囲をどこまで過大解釈するかにかかっているのである。
「ここは蒸し暑いし虫は多い、ハッキリ言って最低な場所だ」
少佐がそう語っている最中、彼の首筋や瞼に蝿が止まり、鬱陶しそうにそれを払いのける。
「だが、ここで結果を残せない奴は他に行っても何もできん。よく考えるんだな」
直立不動のまま、整列した傭兵たちは何も言わない。皆一様に無表情に近く、『ルナール』などは鼻に侵入しかけた蝿を鼻息で吹き飛ばし、最早聞き飽きたという風な表情にも見て取れた。
少佐自身も傭兵たちを送り出すのはこれが初めてではなく、事務係と同様、ありふれた日常業務の一つの如く慣れた物であった為に、皆の返答を待たずに様子をぐるりと見まわし号令を発した。
「文句が無ければ出発、トラックに乗れ。以上だ───いや待て」
少佐のズボンのポケットに差された携帯電話が鳴る。電話に出た少佐の表情が当初は忌々しそうだったものが驚きに変化し、そして面倒事を押し付けられたかのような、険しい物へと変化した。
電話を切り、ポケットへ押し込んで溜息を一つ。軍人の頃からの習慣らしい刈上げた頭をぼりぼりと掻き再び溜息をついた。
「済まんが訓練の仕事は一旦キャンセルだ。お前達には別の仕事が割り当てられた。3時間後に到着するヘリで移動になる。武器庫へ向かい、装備を整えて待機しろ」
「なんぞ、面倒事でも押し付けられるわけだな私たちは」
ルナールと呼ばれた女は積み上げられた背嚢を枕に煙草をぷかりと吹かしながら呟く。到着早々の仕事などは慣れっこであるが、ただの新兵教育から説明もなく仕事が変更されたとみるあたり、本来彼らの業務内容では想定されていない仕事が割り当てられたとみるのが妥当だろう。
銃火器類は移動先で用意されるため支給されなかったが、防弾装具に大きめの背嚢、数日分の食料と水に長距離通信用機材。これだけでただ事ではないと判断できる。大方、軍事境界線を越えての長距離偵察か何かだろうと当りを付けていたが、現地へ移動して任務説明を聞かない事には実際の事など分かりはしない。
「ルナールさん、こういった事は慣れているんですか」
隣で寝そべる新顔、ロシア系の女傭兵、イネッサ・スタロスチナが問いかける。待機する他の兵隊共をそわそわと見やる仕草から、まさしく新顔といった雰囲気を醸し出しており、不測の事態に慣れていない落ち着きの無さがそれを裏付けていた。
「あぁ、まぁね。長くやってるとこういうのは当たり前に感じるよ。むしろ、予定通りに仕事が進むと逆に心配になるくらい」
「本当ですか」
「そりゃ、まあ。そっちこそ、随分と落ち着きが無いがこういう事は初めてか。初実戦なんて言わんよな」
「前は空挺軍にいました。中東で少しばかり実戦に出ましたが、大抵予定通りに進んでいて、戦闘地域に入ってもSSOの後始末みたいなもので、戦闘らしい戦闘はしてませんでした」
イネッサの経歴は傭兵をやるには十分な物で、訓練もされているし、出身部隊は精鋭と言えるものではあったのだが、戦闘経験の少なさだけは気がかりであった。
「何で傭兵なんぞに。軍の飯がマズかったか? ええと…」
「イネッサです。イネッサ・スタロスチナ。飯がマズいのは仕方がないとして、今のロシアだと給料が」
金に困り食い詰めての傭兵稼業とは、別段珍しい物ではない。アフリカや中東など、軍隊で多少経験を積んだ後、その経歴や訓練経験を生かしてより高給の傭兵に転向する者は多い。その大半は一般的にイメージされるような、法外な報酬を稼いで富豪の仲間入りを果たし、豪遊する毎日を夢見る様なものなどでは決してなく、家族や親類を養うためという理由が大半であるのだ。
イネッサの祖国、ロシア連邦も大戦の影響で経済はガタガタ、軍の精鋭部隊と言えどその給金にしわ寄せが来ているらしく、こうして傭兵に身を窶す結果となったのであろう。事実、ここ十数年でロシア軍の、特に空挺や特殊部隊出身者の傭兵が増えてきており、その根底にあるのはこういった事情が絡んでの事であった。
「それにしても、私達なにやらされるんでしょうね。訓練って聞いてたんですけど、見るからに違う感じがするんですが」
「背嚢の中身からどうせ長偵かなんかだろうさ。軍事境界線を跨いで数日かけての楽しいジャングルクルーズってな」
「ええっ、それって契約違反に加えて協定違反じゃ」
「協定違反は上の考える事で私は知らんが、契約は違反しちゃいない。業務内容に『軍事教練、その他』って書いてあったろ。この仕事は『その他』の部分だろうよ」
信じられない、そんな事が、一杯食わされた。そんな顔をするイネッサをよそに、タバコの火をもみ消したルナールの耳がピクリと動いた。よく聞こえる狐の耳が、遠くから届くヘリの羽ばたきを聴知したのだ。
「ほれ、ヘリが来たぜ。仕事の時間だ」
「傭兵っていつもこういう役回りなんですか、ルナールさん」
「あぁそうだ。雑用、捨て駒上等上等ってな。それとな、そのルナールっての、契約の時に書類作った野郎が勝手につけやがったコールサインだ。だからそれはやめてくれ」
「では何と呼べば」
ヘリの接近音に気付いた他の傭兵達も身を起こし、背嚢を担いで列を形成し始める。ヘリポートの作業員たちが慌ただしく駆け、ヘリの着陸の準備を開始した。
ルナールも立ち上がり、荷物の詰まった背嚢を担ぎ上げるとイネッサの方を向いて彼女を見下ろし、左右で色の違う深緑と橙の瞳でイネッサを見据える。左の目元には眼孔を縦に切り裂いたような傷跡が二本走り、それがただの不覚傷なのか、歴戦の証なのかは伺い知る事は本人にしかできない。
「ヨハンナ、ヨハンナ・クリーブランドだ。肩の力抜いて気楽に行こうや、な?」
ルナール改めヨハンナら傭兵達が待機するヘリポートにロシア製の輸送ヘリが飛来し、強烈なダウンウォッシュがヨハンナのブロンドの髪を激しく靡かせた。




