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第1話 ビハインド・エネミー・ライン

 果てしなく続く緑の大地を眼下に、アフリカの広大な空を一機のSu-24MR(フェンサーE)が悠々と飛ぶ。下は緑、上は青の果てしない世界には、境界線など存在しないかのように思えたが、目には見えぬ、地図に記された境界線は確かに存在している。


 かつてこのアフリカの世を支配していた帝国によって引かれた線は三度の『大戦』によって世界が一変しようとも健在で、それどころか現在にあっては為政者の領地を示す国境の他に、大地より遍く利を啜る企業の引いた金儲けの為の境界線までが加わっていた。


「セプター、こちらギュルザ。WP4を通過。これより作戦軌道へ推移する。司令部より作戦の変更は無いか」


《ギュルザ、こちらセプター。作戦に変更は無し、全て許可は下りている。グリーンライト、行ってこい》


「ギュルザ了解、作戦を開始する。………おい、聴いたか。ゴーサインだってよ」


「くそ、ツイてないな。俺達は貧乏くじだ」


 パイロットの声にコ・パイ(副操縦士)は深くため息をつき、タッチパネル式の多目的ディスプレイを叩いて表示を変更する。通常の哨戒偵察飛行ルートから外れ、飛行禁止エリアへの侵入コースを表示させた。


「協定違反だろ、よくもこんな作戦を承認したもんだ」


「俺どうなっても知らねえぞ、上の連中が決めた事だからな」


「それで割を食うのは俺らだろ。帰ったらお前の親父さんに文句の一つでも言ってくれ。将軍なんだろ」


「帰れたらな。こんな任務、昔は無人偵察機の仕事だったのによ」


 操縦桿(スティック)を倒し、機体を傾けて旋回しながら高度を下げる。緑のジャングルが視界の右側に壁のようにそそり立ち、ゆっくりと距離が迫る。


「大丈夫だ安心しろよ。ブリーフィングでも言ってただろ。地元の民兵としょっぱい現地傭兵の連中に撃ってくる気合はねえって。ワイルド・ウィーゼル連中よろしくSAM陣地に突っ込む訳でもねえんだ…」


 機体を水平に戻し、コ・パイが禁止区域の境界線を越える前に偵察機材の最終確認を行う。対地レーダー、電装系、赤外線映像装置、カメラ、全て問題なし。どれかに問題があればそれを理由に帰れたかもしれないのに。酸素マスクの奥で舌打ちを一つする。


 こんな任務──敵支配地域への強行偵察──などというリスキーな任務は一昔前であれば無人偵察機が主役であり、有人機で行う事など滅多になかったのだ。


 しかし戦時中、参戦各国がそろって互いの偵察衛星の撃墜に躍起になった結果、弾けた衛星の破片がデブリとなって飛び回り、無関係の通信衛星まで破壊してしまったのだ。


 その影響は大戦終結から約十余年が経過した現在でも解消せず、衛星通信網を介して操縦する無人偵察機の使用頻度は激減してしまったのである。一部の軍隊では運用されているらしいが、田舎の小規模軍や民間軍事企業では通信帯域の制限からまず見られなくなったのだ。


「偵察目標は何だったかな」


「あー、確か軍事境界線近くの訓練キャンプだったか。そんなもんパパラッチするのにリスク犯すの意味わからんよな」


「どーせ俺らは歯車よ、歯車。兵隊は黙って言うこと聞いて任務遂行してりゃいいってか」


「ギュルザよりセプター、境界線を越える。方位240、高度(エンジェル)3000で侵入する」


 スロットルを押し込み、機を加速させ不可視の境界線の向こう側へと侵入させる。風景は変わらず青い空と緑の大地、生命に満ち溢れた、無機質な鉄の鳥とは無縁の世界だ。しかし、その鉄の鳥を駆る彼らにとっては死が襲い来る世界であった。


 耳障りな警報音が鳴り響き、計器盤に警告ランプが点滅する。慣れた音ではあるが、好んで聴きたい物ではない。二人の背筋にジワリと汗がにじむ。


「そうら来たぞ、最初から捉えていたな」


「気にすんな、脅しだ脅し。目標まで一分ちょっと、ABでスッ飛んでパシャリでオサラバよ。行くぞ」


 高度3000ft、メートル換算で約1000メートル。低高度で侵入したフェンサーEは翼を後退させ、アフターバーナーを吹かして最大速度まで加速する。


 二人は言わなかったが嫌な予感に背筋をヒクつかせる。田舎のしょっぱい民兵だか傭兵だか、そう高を括っていたはずなのに、1000メートルの低高度で侵入する機体を捉えられるレーダー設備があるのか。これはひょっとすると、敵の防空体制は盤石なのではないか。


 後には引き返せない、既に一線を越えてしまった以上考えても仕方がない事ではあるが、想像しているよりはるかに厄介な仕事であったかもしれないと、二人の操縦士は気を引き締めなおした。


「嫌な予感がするぞ、一回の航過で決めろ」


「任せとけ、俺は天才カメラマンよ」


 音速を超えた機体の周囲にショックコーンが発生し、高速飛行に機体が軋む。眼下の木々が凄まじい速度ではるか後方へ流れていき、肉眼で追う事など出来ない。


 そして前方、ジャングルが切り取られたように茶色の地表が現れる。ぽっかりと開いたようなそれを、目標だと頭で認識するより早くコ・パイは偵察機材を作動させた。


「見えたぞ、ターゲットだ」


「ハイ、チーズ!」


 猛スピード、低高度でフェンサーEは訓練キャンプの直上を通過、一瞬の後、音速の轟音をキャンプ内に響かせる。撮影を終えた機体は旋回を開始、味方勢力圏内への退避軌道へと推移する。


「撮れたか」


「バッチリ、全部映ってるぜ。ハイ・スピード・カメラ様様だな。データをセプターに飛ばすぞ」


 瞬間、鳴り響いていた警告音が間隔の短い物へと変わる。けたたましく鳴り響くそれに、パイロットは口汚く罵って操縦桿を倒し機体を鋭く旋回させた。


照準(Radar)された(spike)!!」


回避する(Defending)!!」


 直後、機体を直進させていた未来位置に無数の光の線が撃ち上がる。敵対空砲(AAA)の射撃だ。警告音は敵の照準レーダーに捕捉されたことを意味し、すなわち即座に敵が撃ってくる事を示していたのだ。


「撃って来やがったぞ!」


「ブリーフィングと話し違うじゃねえか!」


 パイロットは視界の端に、緑の地表から撃ち上がる白煙を捉えた。肉体に染みついた本能、条件反射的に対抗手段(カウンター・メジャー)を作動させ、白煙の軌跡と自機の進路が直角になるよう機を旋回させる。


対空ミサイル(SAM)だ!」


「チャフ、フレア!」


 光の玉が次々に機体から撃ち出され、アフリカの広い空を彩る。白煙を目視してからわずか数秒、キャノピーの外を黒い何かが白煙を引きながら掠めていく。


「チクショー、今(That)はヤバ(was)かっ(close.)た」


「まだ来る、離脱方向忘れるなよ!」


 一面のジャングルでは目標物に乏しい。計器の示す方位以外では太陽の方向しか頼る事が出来ない。計器とHUDが示す方位角度を一瞥し、離脱方向へと機を向け早々に退散をしたい所であったが、それを許すまじと更にSAMが撃ち上がる。


「もう一発、いや二発!」


「上昇する!」


 操縦桿を引き、機首を上げて回避機動の余裕を確保する。低高度の水平方向のみの回避では対応に限界がある。とはいえ、上昇すればより多くの対空兵器に捕捉されるのも事実である。


 上昇に伴うGが肉体を潰す勢いでシートへと押し込み、頭部から血流が下方向へと追いやられ視界の端が黒く染まっていく。


 操縦桿を倒し、機体を逆さまに。即座に背面飛行の状態から地面へと「上昇」しながらフレアとチャフをばら撒く。白煙を曳くミサイルが掠め、標的をロストした飛翔体が明後日の方向へと飛び抜ける。


「ウウウッ!データは飛ばしたのか!」


「ダメだくそっ、高度が足りてないのか、接続できない!」


「もう一度上昇して高度を稼ぐ!」


 レーダー警報は鳴りやまない。数秒の後にすぐさまミサイル警報が鳴り響き、回避機動を行いつつさらに高度を上昇させる。対抗手段にも数の限りがある。このままいつまでも回避し続けることはできない。チャフとフレアを撃ち尽くせば、あとは命中、墜落の未来しか残っていない。


「どうだ!」


「ダメだ!このポンコツめ!何故繋がらない!」


「続けろ。上昇する…ウワッ!!」


 強烈な衝撃と振動が機を揺らし、機体を貫く貫徹音が響く。レーダー・ミサイル警報とは別の警告表示が点灯する。主警(Master)告灯(caution)に加え、エンジン火災警告灯が点灯、続いて作動油/滑油圧力警報灯までもが点灯する。至近距離で炸裂したミサイルがフェンサーEに破片の雨を浴びせたのだ。


「くそ、被弾した」


 自動消火装置が作動しエンジン火災は収まったが、油圧低下による機体操作の自由が利かなくなりつつあった。それだけでなく、フラップやエルロンが損傷したらしく、旋回に支障をきたしている。


「まだ飛べる。境界線へ向かう」


「8時方向、ミサイルだ!」


クソ(Merde)!」


 先程より強い衝撃がコクピットを襲い、激しい振動と共にキャノピーの外の景色が横へと流れる。直撃、それに伴い機体が破断し、機首だけが空中できりもみし始める。機外には爆炎と砕け散ったフェンサーの破片が散らばるのが見えた。


「メイデイ、メイデイ、メイデイ!被弾した、脱出する!」


 二人は凄まじい横Gに意識を奪われそうになりながらも股下のレバーを引き、射出座席を作動させる。キャノピーが跳ね飛び、座席が上方へと射出される。きりもみしながら落下するフェンサーの機首部分からパイロット二人は脱出した。


 パラシュートが開き、緩やかに緑の大地へと降下するパイロットは空中に浮かぶ爆発の黒煙と、そこから地面へと落ちる煙の筋、落着し燃え盛る機体の残骸とを目視した。


 ミサイルはどうやら機体後部に直撃したらしい。もし前方へずれていたならば、脱出など出来ぬままあの黒煙のように空中で四散していたかもしれない。


 が、安心などしてはいられない。眼下に広がる緑の大地はその平坦な表層とは裏腹に、血を覆う緑の天蓋のその下は、人の手の及んでいない剥き出しの自然で、おおよそ人間が何の手立てもなく生存自活する事は困難を極める緑の地獄であった。


 多少の糧食と装備こそあれど、こんな極端な環境は想定などされておらず、そこに自分達を追い立てる追跡者が自然の猛威の他に追加される。彼らにとっての本当の苦難はここから始まるのであった。



《セプターよりコマンド・ポストへ、ギュルザが墜落した。繰り返す、ギュルザが墜落した。パイロットは脱出、最終確認位置は───》




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