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史上最強の4匹  作者: カイワレ大根
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58話 平穏に馴染む

「ウッ!ぷ!!かっっっ!あっ」


中に何かが入ってくる。それは私を押し出そうと、のけ者にしようと、追い出そうと、入念に攻めてくる。


「あっ!ん!うっ!ん!」


命の危機、いや、それ以上の事態となっているのに、体は快楽を覚え、私の抵抗の意思を無視していく。

魂が拒絶しているのに、肉体が歓迎している。

下手人の悪魔はこちらを滑稽な道化でも見るかのような眼差しで見る。

それが悔しくて、惨めで、情けなくて、恐ろしくて、、、


「あっ!」


心にひびが入る音を、悪魔は聞き逃さなかった。

私は追い出されて、否定されて、さりとて無に帰すこともできず、ただ漫然と、自我を宙に浮かせる事しか出来ない。感じられるのに、何もできない。

消えてしまいたい。


「世話の焼ける」


そんな私を、受け入れてくれる(ひと)がいた。

不器用で、全てを嫌っていた、けど、全てを羨ましがっていた。

尊大だった。けど、身の程を弁えていた。友によって、弁えさせてもらえた。

彼の中で抱かれていると、そんな心が流れてくる気がする。


「・・・」


彼は、これ以上なく清められた私を見つけ、赤子を救うように、優しく、丁寧に抱き上げ、そして―――






「・・・朝」


エリュシアは目を覚ました。

悪夢。そう、あれは悪夢だ。それの類に違いない。


「おはよう。エリュシアさん」

「・・・お早うございます」


ホストファミリーの温かなあいさつに対し、エリュシアは彼女らを一瞥し、覇気のない挨拶で返す。

それを見たホストファミリーの面々は安心した顔をした。


「体の方はもう大丈夫なの?」


ホストマザーが聞いてきた。

ホストファミリーはエリュシアが誘拐にあったことを知っていた。見た瞬間にわかった。魂の色も形も違う。


「はい。大丈夫です」


それ以上話す事は無いとばかりに、簡潔に答えて口を紡ぐエリュシア。

そしてそのまま、用意されている朝食にありつく。


「いただきます」

「野菜がいろいろ余っちゃっててね?簡単な料理でごめんなさいね」


朝食は銀米に貯水葉とトマム、ムーンレタスのサラダ。禺彊という空飛ぶクジラのステーキ、そして蓮豆腐と土筆モヤシの味噌汁。確かに煮る、焼く、炊くだけの簡単な工程だが、量が量、けして楽ではない。


「・・・」


エリュシアは何も答えないが、朝食に舌鼓を打つのに夢中だったからだ。こういう質素な味付け、素材の味が感じられるものこそ、エルフの好みであった。ちなみに魔人はこういった料理が苦手である。どれもこれも身体の魔力を滑らかにし、排出効率を高める。

積極的に魔力を循環させるエルフと違い、体内にためておく、あるいは魂に肉付けしておく魔人としては、たまに嗜む程度だ。


「ごちそうさま」


エリュシアは食器を下げ、登校の準備をする。


「行ってらっしゃい」

「・・・」


いつもであれば、傲岸不遜に、ホストファミリーを、召使を見るかのような目で見るが、今日、というか、帰ってきてからそんな気にはなれない。朝食を意識して食べたのは初めてだった。


「・・・」


教室の扉の前で足を止める。そんなことに意味は無いのに、なぜかそうしてしまう。

そんな自分に嫌気がさし、奥歯をかみしめながら扉を開ける。相変わらず、軽い扉だ。


「おはよう」

「おう!おはよう」

「おはよう。元気になって良かったね」


皆がエリュシアを歓迎している。他のエルフがああでは、むしろ私の様なエルフこそ、彼らの好みなのかもしれない。


「そんで、可愛かった?」

「ふつう」

「なんだよつまんないな~」


相変わらず男子共はくだらない話に花を咲かせている。


「へ~。これが新作の?」

「そうそう。たべる?」

「食べ!、、、っ、いや、ダイエット中だから、、、」


女子も女子で他愛ない話をしていた。

喧噪の中、エリュシアは無意識に一つの空席を目に収めながら自分の席で姿勢を正して座る。


「フェルナリエルさん」


そんなエリュシアに話しかけたのは、クラスメイトの女子、アシロである。以前真司に瞬間魔法陣展開の技術を教えていた彼女は、異世界から来た彼に教えを請われた際に快諾したことからも分かる通り、何かと面倒見がよく、他人を気遣っている。

まあ、別にこの国の人で”面倒だから”と問題に介入しないような人はほとんど見かけないのだが。


「なにか?」

「今度何人かで集まって読書会をするんだけど来ない?」


読書会とはそのまま、各々が好きな本を持ってきて一緒に読んだり、交換したり、本の内容について語り合ったりする会の事だ。

初期のころはスズキとカイワリが本について雑談をしているだけだったが、そこにアシロ、ソウハチ、ヤマメ、たまに宗司、と、一人、また一人と増えていき、いつの間にか会合擬きになっていた。勿論、読書会を見かけた人、気になった人が入るだけでなく、今回のように、読書会メンバーが、読書が好きそうな人や、面白そうな本を読んでいる人を誘うという行為によっても、拡大をしている。

以前からエリュシアが魔導書を熱心に読んでいたことは、クラス内では周知の事実であったため、今回アシロは誘ってみたのだ。だいぶここにも慣れたであろうと。


「・・・まあ、いいですけど」


逡巡の後、エリュシアは何とはなしに承諾する。本は嫌いではないし、あの誘拐事件以降、理由もなしに気分で断ることに罪悪感のようなものを懐いてしまったためだ。


「じゃ、放課後私の家に来て」


読書会で、図書館はあまり利用しない。話せないから。


「何か、SNSやってる?」

「・・・いいえ」


そもそもステータス画面という文化自体、エルフの国では採用されていない。もし遠くの人物と会話がしたければ、手紙か、若しくは遠話、通信系の魔術回路を使う。要するに、電話や手紙はあるが、メールの類は無いのだ。


「じゃあ、これ、おすすめだから」


そう言ってアシロは自身のステータス画面に映し出されて、一つのアイコンを指す。

それはこの国で最も愛用者が多いSNSであった。何がいいって、まず見やすく、操作も直感的なのがいい。色合いも目に優しく、シンプル。あと、これは結果論になってしまうが、利用者が多いため、とりあえずこれを入れておけばいいだろうという信頼性がある。


「ええ」

「・・・ちょっと待ってね」

「?」


アシロはそういうと、自分のステータス画面なちょこちょこと操作する。

そしてそれは、すぐに終わった。


「私からメール送ったんだけど、来た?」


ステータス画面に標準装備されているメール。これを見たとき、真司や正也は、『ステータス画面、とは』と呆然とした顔をしていたが、最早慣れたものだ。そして今回のメールは、そんな個人メールではなく、白波サイトの方だ。


「ええ」

「そのリンクから飛ぶと、二人にポイントが入るの。私そのポイント集めてて、だからお願いしてもいいかな?」

「・・・わかった」


そのままエリュシアはリンクに手を伸ばす。別に思念するだけでもリンクを踏めないことはない。魔力、体力、魂力は電力に変換、あるいは影響を与えることが出来、脳の電気パルスで簡単な無動作回路の発動は可能。まあ、コツがいるが。

ただ今のエリュシアは、なんとなく指を動かしたい気分だっただけだ。


「・・・」


それからは無言だった。アシロは自分のステータス画面を見ているし、エリュシアは、特に苦も無く手続きを進める。

ちなみに朝のホームルームでこんなことしてていいのかという疑問があると思うが、その点は心配ない。


「む、なかなかいい手を打つの」


先生は教卓で生徒と盤上競技に明け暮れていた。複数人で遊べ、戦略と運が絡み合う、何と重奥深いゲームだ。

本来、この日、この時間は読書時間といって、図書館に在る本の中から一つを抜き取り、静かに本を読む時間なのだが、オルカ先生の鶴の一声により取りやめ。外部に音が漏れないよう、イサザ含め、何人かの生徒が遮音回路を発動させ、教室内で遊んでいる。


「漫然と本を読んどるより結界や回路を使いながら他の事をする方が有意義じゃろ」


オルカ先生はそんなことを言って居たが、その真意は、退屈だから遊びたいのだろう。しかし別に先生は本が嫌いというわけではない。何ならたぶん誰よりも本を読んでいるのではないか。一度過去に読書会を先生に見つかったときがある。見つかったと言っても、やましい事は無いのだが。読書会メンバーがそのとき持っていた本から一人一人に的確に新たな本を薦められた時は皆驚いていた。


「これでいい?」


そうこうしているうちにエリュシアは導入と設定を終える。

アシロが彼女のステータス画面を見る許可を得ると、そこには確かに、望み通りの画面が映し出されていた。


「名前がこれね。そしたら、、、」


エリュシアはグループに招待された。


「じゃあ、またあとで」


そしてアシロは去っていく。

その直後、教室の扉が開いた。


「相変わらず、元気そうで何よりです」


入ってきたのはオグマ先生だ。車いすを少し浮かしながら、穏やかな声で話しかける。今日の一限は体力の授業だ


「お!もう授業か。光陰矢の如しじゃな」

「そんなかっこよく言わないでくださいよ」


苦笑しつつぼやくオグマ先生の横を、オルカ先生は通り抜け、教員室へと戻っていく。


「では、授業を始めます」


その授業は、相変わらず眠気を誘うような授業であった。しかししっかりと聞いていると順序だてて話されており、とても分かりやすい。理解がしやすいよう、抽象化や具体例も織り交ぜられている。が、とにかく声が眠い。真司は脳を魔力や体力で覆うが、それでも眠気は覚めないので、これはもうパブロフの犬的な何かだろう。


「こんな時の為に」


真司はひそかに回路を発動させた。眠気覚ましの術だ。すると驚くほど先ほどまで辛かった眠気が失せた。先生の言葉が、意味を持つ内容として脳の中に入っていく。


「よし!」


真司が回路の成功に喜ぶ一方、エリュシアはそんな術に頼らずとも授業を聴き続けられる。元々この時間は授業を聴くふりをしながら、魔術の勉強をしていた。魔法以外の力に、それほど価値を見いだせていなかったためだ。そもそも気品が高いエルフは、規則正しい生活が基本かつ、食にもこだわるので、授業中眠くなる、ということはほとんどない。


「・・・」


彼女は今、授業を聴き、メモすべきところをメモしている。魔力こそが最も優れた力であると信じていた少女は、誘拐事件を通じて、少なくとも、他の力やこの国の人たちの強さを知ることが出来た。プライドはあるが、それは下劣なものを己が内に取り込まないための盾。優れたもの、有用なものであれば、取り込むのは必然。


「はい。じゃあこれで授業を終わります。皆さんも魂力は大分使えるようになってきましたね」


そう言って、今日最後の授業を担当した精神力学、もとい魂力の授業の担任ケルナー先生は教室を去った。


「終わった~」

「帰ってクハチだ」

「あれ?今日委員会だっけ?」


皆、帰路につき、今後の予定を話し合い、騒然とした空気に包まれる。

そんな中、エリュシア宛に、メールが届く。アシロの家までの地図が添付されたメールが。


「了解」


エリュシアはそうつぶやいて、荷物をまとめて帰路についた。


「おかえりなさい」


扉を開けると、相変わらずホームマザーが温かく出迎えてくれる。


「・・・ただいま」


エリュシアはそのまま、自分の部屋に荷物を置きに行く。


「ああ、おやつがあるんだけど、食べる?」


部屋に戻るエリュシアを呼び止めて、おやつをエリュシアの前に差し出す。ドライフルーツだった。


「じゃあ、一つ」


ドライフルーツを一つ摘まみ、口の中へ放り込んでからエリュシアは自分の部屋へと戻っていった。

そしていくつかの本を鞄の中へ詰めて、再び玄関に訪れる。


「行ってらっしゃい」

「・・・行ってきます」


やはりこれらの挨拶は、いまさらやるのはむず痒い。どの面下げてという感じだ。だが、ホームステイ先の家族は、特にそのことについて何も言わない。有難い。


「いらっしゃい」


テレポートで地図に表示されたアシロの家に到着する。出迎えたのは当然アシロだ。


「上がって」


アシロに先導され、彼女の部屋に行くと、すでに何人か揃っていた。


「おす」

「ん」

「こ、こんにちは。はじめまして」

「・・・」


スズキとヒイラギ、他クラスのカスミ、そして宗司がいた。


「・・・こんにちは。それで、何をするの?」


一周部屋内を見回したエリュシアが、素朴な疑問をぶつける。

部屋の中は、小さな図書館と言っても差し支えない部屋になっていた。


「特には。好きな本読んで、雑談して、帰る。それだけ」

「・・・それだけ?」


キョトンとするエリュシアの横を通り抜けて、アシロは床に積まれていた本を一冊手に取る。


「只の溜まり場紹介みたいなものだから。いつでも着ていいよって」

「ニュアンスとしては、観光地紹介に近い」


アシロの言葉を、宗司が簡潔にまとめた。そして続ける。


「別に嫌なら、今すぐ帰っても構わない」

「えっ、俺、フェルなリオルの本、楽しみにしてたんだけど」


しかしスズキは、宗司の意見には反対なようだった。


「・・・少し休んでいくわ」


回路は超常の現象を起こさない。いや、正確に言えば、回路で起こせるものは、科学でも引き起こせる。貴重な資源と、途方もない時間と、莫大なエネルギーがあれば。回路は、それらを短縮する物だ。ただ、それでも起こす現象に見合ったエネルギーは消費する。

故に瞬間移動を使えば、その直線距離を移動した分のエネルギーを消費する。

まあ別に、今回エリュシアが「休む」と言ったのはただの建前なのだが。


「よし!これとかおすすめだよ。ヒロインが超ムカつくんだけど、最後ド派手に爆散するの!」

「容赦のないネタバレ」


スズキが意気揚々とエリュシアにお勧めしてきた本の結末を声を大にして口を滑らせ、その本の中盤を読んでいた宗司は遠い目をしながらツッコむ。別にネタバレを気にする性質ではないが、こういうのは様式美だ。


「・・・そう、じゃあ」


エリュシアは特に反応せず、勧められた本を手に取り一ページ目を開いた。


「あ、あの」


エリュシアが本編を読み始める直前、初対面のカスミが話しかける。


「ん?」

「もしよければ、フェルナリエルさんの、エルフの国の本を読んでもいいですか?」

「・・・わかった」


エリュシアは鞄の中から一冊の本を取り出す。


「その鞄、」

「陰魔法が付与されているな」


アシロがエリュシアの鞄を見て気づいたことを、宗司がいち早く言葉にする。


「おしゃれな鞄だよね。どこに売ってるの?フェルナリエルの地元?」

「・・・手作り」

「え、すごい」


スズキが鞄の出どころを探ったところ、エリュシアのお手製ということが分かり、余りの出来の良さに、カスミが思わず感嘆の声を上げる。そして、驚いたのは、カスミだけではない。


「流石はエルフだな」

「え?なんで?」


宗司のつぶやきに、スズキが純粋な疑問をぶつける。エルフであるという事と、エリュシアが手芸が得意なことが、彼らの中で結びついていない。


「エルフっていうのは、遺伝的に手先が器用なんだよ。長く魔法に対する理解を、森林の中でやってきたからっていうのが定説だけど。俺と戦った時も、精霊の召喚術や固有回路の使用時の滑らかさはヤバかったしな。あれは練習だけじゃなくて、優秀な指導と、天性の才能が必要だろう」

「へ~。そうなんだ」

「・・・異世界から来た魔法に触れて一年もたっていないガキの言葉なんて真に受けるな。話半分で聞いとけ」


宗司の述べた見解に、アシロが感心深く頷くと、宗司は顔をしかめ、目を逸らしながら最後の言葉を付け足した。


「あれ」


カスミがエリュシアをなんと気なしに見て、誰にも聞こえない声で感嘆のつぶやきを漏らす。

いつもは得意顔、若しくは、それが然も当然かのように不遜に振舞う彼女は、今はうつむきがちに、耳を赤くして、本に目を落としているのだった。

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