第三次ハリコフ会戦②
【1943年5月29日 ワルシャワ 陸軍総司令部】
「現在、我が軍は3つの戦区で赤軍の攻勢に直面しております。まずはモスクワ戦区。この方面の赤軍は西部戦線軍、カリ―ニン戦線軍、ヴォロネジ戦線軍右翼を展開。現在確認している兵力は31個狙撃師団、2個戦車軍団、1個機械化軍団、7個戦車旅団」
「二つ目はハリコフ戦区。ヴォロネジ戦線軍、ドン戦線軍を主体とする攻撃部隊がハリコフを抜けて、ドニエプルへ向かってきています。兵力は59個狙撃師団、3個戦車軍団、3個機械化軍団、11個戦車旅団」
「三つ目はミウス戦区。南西戦線軍に南部戦線軍を加えた兵力でロストフ回廊を経由してミウス河西岸への攻撃を繰り返しています。展開兵力は他の戦区に比べると少なく、21個狙撃師団、1個戦車軍団、8個戦車旅団です」
陸軍参謀総長ハルダ―大将はあくびを噛み殺しながら作戦主任参謀の情勢報告を聞いていた。
ヴォロネジから撤退して以来、怒涛のように始まった赤軍の連続攻勢に対応するため参謀本部は不眠不休で稼働している。
ここ数日の兵力転換でようやく情勢は落ち着きを取り戻した。
中央軍集団が守備するモスクワ戦区には第ニ装甲軍麾下の3個装甲軍団(第47、第46、第41)が戻ったことで戦局は好転しつつある。
さらに第四装甲軍から引き抜かれた3個装甲軍団(第3、第23、第57)が第三装甲軍司令部に移され、中央軍集団は大規模な反撃計画を立案中だ。
南方軍集団北翼のハリコフ戦区にはミウス戦区から転用された第四装甲軍麾下の3個装甲軍団(第48、第24、SS)が急行中。
第六軍のハリコフ放棄によって第四装甲軍転身に必要な時間的猶予を得られた。ドニエプルに西進中のヴォロネジ戦線軍を南からの一撃で包囲網に追い込み撃砕する予定だ。
南方軍集団南翼のミウス戦区は赤軍がロストフの狭隘地を通過してくる影響で、いまだ大きな攻撃は受けて受けていない。
3戦区の中で参謀本部が最も力をいれているのがハリコフ戦区だ。
参謀本部の目論見としては、赤軍をドニエプルに引き付けて出来る限りの数を包囲に捕えたい。
そのためにはミウスから北上する第四装甲軍の補給状況が肝になる。
「後方参謀。第四装甲軍への補給状況はどうなっている?」
「それが…想定通りとはいかないようでして…。最も充実している第24装甲軍団ですら補給率は78%。SS装甲軍団と第48装甲軍団の補給率は50%を切っています」
「なんだとっ?どういうことか説明したまえっ!」
本来なら今の時点で補給率は90%を超えているはずだった。第四装甲軍が間に合うという計算も、当然この想定に基図いている。
それが違うとなれば作戦は根本から覆る。
「ミウスからハリコフへと通じる鉄道の改軌作業が遅れておりまして、安定した兵站線を敷けません…。幹線道路は道幅が狭く多くの車輌が通行できない状況になっています。ですので…第四装甲軍全部隊が攻撃発起地点に到着するのにはあと13日はかかるかと…」
「なんとしてでも今日中に補給を完遂しろっ!さもなくば南方軍集団は全滅するぞっ!」
ドニエプルへ西進するソ連軍部隊を北上する第四装甲軍が突き破らなければ、南方軍集団は退路を断たれてしまう。
包囲は免れても大規模な撤退を余儀なくされるのは間違いない。
ヴォロネジ攻撃失敗に続いて、またもや敗北するのは非常に拙い。
OKH(陸軍総司令部)が独占してきた東部での軍事指揮権を総統とOKW(国防軍総司令部)に奪われる危険性がでてくる。
「いいか。戦車連隊だけでもかまわん。必ず補給を完了させて期日以内に攻撃発起地点につかせるのだ。我が国の命運がかかっているぞ」
伝統的なプロイセン軍人であるハルダ―にとって軍事素人の総統とその追従者でしかないOKWが軍事指揮権を握るなど悪夢でしかなかった。
【1943年6月02日 南方軍集団 第四装甲軍 第24装甲軍団】
最初に攻撃発起地点に着いた第24装甲軍団(第17、第23、第16擲弾兵)は後続の到着を待たずに独断で攻撃を開始した。
軍団長のヴァルター・ネーリング装甲兵大将はグデーリアンの下で鍛えられた実戦経験豊富な装甲兵将校であり、彼の眼から見ても前線は風雲急を告げていたのだ。
参謀本部の命令書では後続の装甲軍団から引き抜かれた戦車旅団、戦車連隊、独立重戦車大隊を指揮下に加えることになっていたが、それを待っている暇はなかった。
遅滞戦闘を繰り広げながら後退する第六軍はヴォロネジ戦線軍の執拗な追撃で身動きがとれなくなりつつあり、すでに遅滞用陣地の第二線まで抜かれていた。
ネーリングは麾下の第17装甲師団、第23装甲師団、第16装甲擲弾兵師団を一斉投入し、ヴォロネジ戦線軍南側面を守るドン戦線軍に襲いかかった。
対するドン戦線軍司令官ロコソフスキー大将は第24装甲軍団の進行方向に強力な対戦車複合陣地を敷いて待ち伏せていた。
100ミリ対戦車砲を始めとする強力な対戦車自走砲、牽引対戦車砲を擁する独立対戦車旅団を5個配置。
その後方には戦車旅団、対戦車連隊、自走砲大隊を隙間なく配置していき、入り込んだ敵を撃殺する巧妙な罠が仕掛けられていた。
この強力な複合陣地をネーリングは戦車と装甲擲弾兵の顕密な連携を肝とする装甲編合戦術で破ろうとした。
重装甲のパンター、ティーガーを先頭とする楔型の攻撃陣形で突撃を開始。
ありったけの火力で陣地群を叩き潰し、犠牲をものともせずに前進した。陣地もろとも玉砕するかのような勢いで、第24装甲軍団は強引に突破を遂行。
戦車トーチカも、対戦車砲陣地も、突破口を埋めに来た戦車旅団ももろとも挽き潰していき、その日のうちに第一線陣地を突破してしまった。
無論、その代償は大きくわずか数時間の戦闘で軍団の持つ戦車兵力は半減。
3人の大隊長と1人の連隊長が戦死している。
ネーリングは猛将の名に恥じぬ働きぶりで突破口をこじ開け、その衝撃は第六軍を強打中のヴォロネジ戦線軍にまで響いていた。




