ヴォロネジ会戦⑩
【1943年5月23日 南部作戦集団 ステップ戦線軍司令部】
ワシレフスキーから緊急の招集を受け、ヴァトゥーチン大将はステップ戦線軍司令部を訪れた。
自身の司令部を離れることに彼は不満だったが、招集となれば無視するわけにはいかない。
司令部内での執務室にはコーネフとワシレフスキー、ロコソフスキーが厳しい表情で待っていた。
「最高総司令部より反撃命令が下った。我々は直ちに行動を開始しなければならない」
「『クトゥーゾフ』『ブルシ―ロフ』を前倒しで開始するということですか?」
ヴァトゥーチンは嫌な予感を隠しながら、つとめて穏やかな表情でワシレフスキーに質問をぶつけた。
「その通りだ。貴官は直ちに第二装甲軍への攻撃を開始せよ。同志コーネフと同志ロコソフスキーは『ブルシ―ロフ』の支援準備を進めるのだ」
ヴァトゥーチンは思わず黙り込む。コーネフとロコソフスキーの表情も困惑に満ちている。
三人とも最高総司令部の決定を1ミリたりとも理解出来なかった。
『クトゥーゾフ』はモスクワへの、『ブルシ―ロフ』はミウス河への攻勢作戦だが、二つともヴォロネジでドイツ軍が消耗し、予備兵力を出し尽くした段階で実施するはずだった。
今の時点で『クトゥーゾフ』、『ブルシ―ロフ』を開始すれば、ヴォロネジの赤軍は救われるかもしれないが、余力のあるドイツ軍は装甲師団を南北に動かし、強力な機動防御を繰り出せるだろう。
ドイツ軍に与えた損害はいまだ十分とはいえないのだ。
これでは、ここ数日の戦闘で膨大な犠牲に耐えてきた事が全て無駄になってしまう。
余りに中途半端な決定だ。
「・・・同志最高総司令官閣下はステップ戦線軍戦区の苦戦を憂慮なされている。直ちに攻勢を開始してドイツ軍をヴォロネジから引き剥がすのだ」
「しかし、それでは本末転倒ではありませんか。我々の役目は例え全滅してでも、ドイツ装甲師団群を消耗させ、『クトゥーゾフ』と『ブルシ―ロフ』を成功させることだったはずです」
「同志ロコソフスキー。我々軍人に求められるのは発想の柔軟性だ。『クトゥーゾフ』と『ブルシ―ロフ』で装甲師団群を南北に引き剥がし、ステップ・ヴォロネジ両戦線軍が弱体化した第二装甲軍、第四装甲軍を殲滅すると考えればよいのだ。役割が変化しただけで結果はかわらん」
ワシレフスキーの説明をきいても、三人の態度は明らかに不満そうだった。
ステップ戦線軍はすでに反撃に転じていて、中央に突出したSS装甲軍団を2個戦車軍で締め上げている。
ミウス河で『ブルシ―ロフ』を開始してしまえば、SS装甲軍団は突出部から退いてしまうだろう。
「ともかく、これは最高総司令部の決定だ。我々に拒否権はない。違うかね?」
三人は渋々といった表情で頷く。最高総司令官の意向には誰も逆らえない。
「では同志諸君。早速、準備を進めたまえ。各狙撃軍司令部、参謀部への説明は私がしておく」
1943年7月22日、赤軍はモスクワ正面において『クトゥーゾフ』を開始した。
前年の火星作戦同様にカリ―ニン戦線軍(第61、第3、第63)がカリーニンを、西部戦線軍(第11親衛、第10親衛)がトゥーラを攻撃したが、攻撃の激しさと作戦の緻密さにおいて火星作戦の比ではなかった。
赤軍は積み上げてきた戦訓から、あえて「縦深作戦」の概念を無視することにした。
「縦深作戦」では突破正面を広くとることを推奨している。
突破幅が狭いと両端に抵抗拠点を形成され、ここを基点に強力な反撃を食らう可能性が高い。
開けられた突破口が広いと、防御側の対処能力は飽和され組織的な反撃が出来なくなる。
しかし、火星作戦での失敗は従来の「縦深作戦」が現実に適合出来てないことを証明した。
突破幅が広ければ広いほど、攻撃側の火力は分散され、攻撃衝力は落ちる。
弾力のあるボールにハンマーを打ち込むようなもので、防衛線がたわみはするが、突き破れない。
そこで赤軍はあえて突破正面幅を狭くした。
徹底的に正面幅を狭くすることで、一点に戦力を集中し圧倒的な兵力優勢を実現した。
狭くすれば突破は容易になるが、その分敵の反撃も強く犠牲も大きい。
が、広範囲に戦力を振り分けて平押しすると、瞬間的な犠牲は少なくとも、総合的な犠牲は一点突破を上回ってしまう。
多くの犠牲と引き換えに得た教訓を赤軍は最大限に生かした。
西部戦線軍の先鋒第11親衛軍はわずか16キロを突破幅とし、この狭い範囲に1個突破砲兵軍団、2個多連装ロケット砲旅団、1個高射砲軍団、64個砲兵連隊を基幹とする8000門の火砲・ロケット砲が投じられた。
1個狙撃連隊に5個砲兵連隊が支援につき、1キロに400門もの火砲が並んだ。
2~3メートルに1門の密度である。
2時間30分にわたる準備砲撃は赤軍砲兵司令官ヴォロノフ元帥が直々に指導し、大戦以来最大密度の火力支援を展開した。
ヴォロノフ元帥は対砲兵戦に支援砲兵のほぼ全てを割り当て、観測所、火点、通信所、司令所を徹底的に破壊。
計算された砲撃によってドイツ第四軍の防御システムを麻痺状態に陥らせた。
準備砲撃が終わると、1マイルに1個狙撃師団の密度で配置された攻撃部隊が三重の梯団を形成し、潤沢なT-34の支援を得ながら、それぞれの突破区画に殺到した。
第11親衛軍は第四軍の守るトゥーラ要塞陣地をやすやすと突破、西部戦線軍は攻撃開始1日目で突破口確保に成功した。




