ヴォロネジ会戦③
「敵戦車400両以上の攻撃だと?」
「はい。第47装甲軍団がエレツに大挙して押し寄せてきたと」
エレツの第130狙撃師団司令部が発した救援要請は早くもヴォロネジ戦線軍司令部に届いていた。
状況をきいたヴァトゥーチンはドイツ軍の狙いを看破した。リぺツクへの攻撃は恐らく陽動。
ドイツ軍の本命はエレツだと。
すぐに予備兵力を再配置しなければならない。
しかし、砲兵力の再配置を待っていてはエレツは抜かれてしまう。
「第1戦車軍をエレツへ急行させる。機甲兵力で第47装甲軍団を抑え、その間に予備兵力を再配置するのだ。急げ!」
ヴァトゥーチンの対応は迅速だった。
第1戦車軍司令官カツコフ大将に命じて2個戦車軍団550両の戦車をエレツに急行させたのだ。
その間、第47装甲軍団は予備兵力の第7装甲師団を先頭にエレツ陣地帯に迫っていた。
襲来に備えていた第130狙撃師団の抵抗は激しく、強烈な砲火で先頭部隊のティーガーを叩き潰していく。
重対戦車砲の直接照準射撃に、さすがのティーガ―も次々と吹きとばされ、ものの数分で11両が炎に包まれた。
戦い慣れた第7装甲師団は一旦、必殺のキルゾーンから兵をひくと、作戦計画を練り直した。
赤軍砲兵の集中射撃を避けるため、編隊(30両)ごとに戦車を分散。装甲擲弾兵大隊と共に再突撃を開始した。
装甲擲弾兵大隊は迫撃砲、重迫撃砲、軽機関銃、軽歩兵砲、半装軌車搭載75ミリ砲など支援火器が非常に充実しており、この手の戦い方にむいている。
対する赤軍は砲兵を一か所に集めた集中砲撃は得意だが、きめ細やかな戦術支援は苦手であり、そのための機材も不足気味だった。
じわじわと浸透してくる第7機甲師団相手に第130狙撃師団は次第に追い込まれていき、やむをえず前方陣地を放棄。
市内の要塞地帯に後退した。
直掩の多連装ロケット砲師団による支援砲撃も分散した装甲師団相手にはあまり効果がなかった。
第7装甲師団はエレツ市内を包囲すると、単独での突入を避け、後続の到来を待った。
単独で突入した師団が高い代償を支払わせられることは1日目の戦闘で全ての師団長が学んでいたのだ。
後続の第18装甲師団が到着すると第7装甲師団は総攻撃を開始した。
第18装甲師団は7個砲兵大隊、2個多連装ロケット砲連隊、2個重迫撃砲大隊を擁す、強力な火力発揮部隊であり、あらん限りの砲弾を第130狙撃師団の頭上に叩き込んだ。
第130狙撃師団は強烈な打撃に打ちのめされ、負傷者も生存者もまとめて粉砕された。
のたうちまわる同師団を全滅の危機から救ったのはヴァトゥーチンが派遣した第1戦車軍の出現であった。
新たな脅威に対抗するため第47装甲軍団は迅速に配置を切り替えると猛然と反撃を開始。
エレツ近郊で両軍あわせて1000両以上の戦車・自走砲が取っ組み合う大戦車戦が始まった。
第47装甲軍団は光学装置の優秀さと装填の早さ、そして有効射程距離の長さをいかすため部隊を停止させた。有利な状態から一方的に叩こうとしたのだ。
第1戦車軍はこうした優位性を打ち消すため乱戦に持ち込もうとし、T-34の速力と数的優勢を活かして飽和攻撃を仕掛けた。
結果として赤軍はドイツ軍のキルゾーンに自ら飛び込むことになった。
ドイツ軍は装填の限界まで射ちまくり、T-34は砲塔ごと吹きとばされたり、装甲を撃ち抜かれたりと加速度的に破砕され、3時間ほどの戦闘で2個戦車軍団が編制表から消え去った。
この一戦は依然としてドイツ軍が機甲戦において無敵であることを示した。
しかし、戦略面で軍配が上がったのはヴァトゥーチンの方だった。
第1戦車軍が第47装甲軍団を抑えている隙に、2個狙撃師団、1個砲兵師団、8個対戦車連隊、3個戦車旅団が再配置され、エレツの赤軍は息を吹き返した。
戦車戦で消耗した第47装甲軍団にこの堅陣を抜く余力はなく、第二装甲軍はエレツの突破にも失敗。
2日目の戦闘は終結した。
【1943年5月16日 北部攻撃部隊 第二装甲軍司令部】
「死傷者はおよそ1万2000人。大破した装甲戦闘車両は77両。修理を必要としている車両は135両。また弾薬消費量が想定の3倍に達しています」
「・・・OKHに至急弾薬2万トンの発送を要請しろ」
この2日で第二装甲軍は一会戦分の弾薬を使いきった。
しかも、これだけの弾薬を消費したにも関わらず本突破には失敗している。
ヴォロネジ戦線軍の防衛線はエレツとリぺツクの一線で固定されてしまった。
敵の火力をねじ伏せるにはこちらも相応の火力を叩きこむしかない。
現在の弾薬備蓄では一週間ももたない。
「明日からはどうする参謀長?残った予備を全て使うか?」
シュミットに残された予備は2個装甲擲弾兵師団、3個突撃師団の合計5個師団。
攻撃衝力を維持するには予備を投入していくしかないが、シュミットは突破に対する確信を持てなかった。
敵の縦深陣地群は予想以上に重く分厚い。
「予備だけでは突破は困難かと思われます。側面援護兵力を中央に動かし、突破を継続していくしかありません」
予備の薄い第二装甲軍は当初から側面援護兵力を中央に割くことを想定していた。
右翼の第46装甲軍団と左翼の第41装甲軍団を中央に配置し、側面援護は第20軍団と第23軍団に委ねる。
その分側面の抑えは薄くなるので、シュミットにしてみれば、なるべく避けたい選択肢でもあった。
陰鬱な表情のシュミットを鼓舞するように参謀長は話を続ける。
「2日間の戦闘で相当数の敵作戦予備を撃破しました。前衛の第6親衛軍、第7親衛軍だけでなく戦略予備の第1戦車軍にも大きな打撃を与えています。未だ突破の可能性は十分にあるかと」
情報参謀の報告によるとヴォロネジ戦線軍の損失は5万8000余。
損失の大半は第6親衛軍、第7親衛軍、第1戦車軍と右半分に集中している。
このまま右を叩き続ければ赤軍の防御体系にも重大なほころびが生じるやもしれない。
失敗と成功のリスクを天秤にかけたシュミットは参謀長の意見を採用。
3日目の攻撃にさらなる戦力の投入を決めた。




