青作戦⑩
【1943年2月15日 第三帝国 ワルシャワ 陸軍総司令部】
赤軍大兵力のヴォロネジ集結は多くの波紋を呼んだ。
大攻勢の予兆なのか、それとも青作戦に対応した防勢なのかだれにもわからなかった。
攻勢にでるとして前回のように南西のハリコフを狙うのか、北東のモスクワを突くのかもはっきりしない。
西側の第二戦線形成を待ってから攻勢にでるのかもしれなかった。
なんにせよ、ヴォロネジに集結した赤軍兵力は無視するには余りに危険な数だった。
現時点で180個師団、戦車3300両、火砲2万門を確認している。
先に攻勢にでて叩き潰すのか、それとも予備兵力を配置して防衛線を強固にするのか。
連日、論争が続いている。
青作戦を決行するにせよ中止するにせよ、まずはヴォロネジの敵をどうにかしなければならない。
情勢としては史実におけるクルスクによく似ていた。
俺は毎度のごとくハルダ―参謀総長に呼びだされ意見を求められた。
「赤軍が攻勢に転じるつもりなら、先手をうつべきです。純粋な防御では敵が攻勢をとってきた時、防げるかどうかはなはだ疑問であります。全装甲兵力をもってヴォロネジの敵兵力を南北から撃滅すれば、敵作戦兵力の過半を粉砕でき、防衛線は大幅に安定するでしょう」
ハリコフやベロゴルドといったウクライナ東部地域はモスクワほど要塞化されていない。
ドネツ河の戦線も含めると南方軍集団の戦線の幅は600キロもあり、どうしても薄い配置にならざるをえないのだ。
南方軍集団の薄い戦線を突き破り、南からモスクワを覆すことは十分可能だろう。
また赤軍が大集結した以上、ドイツ軍側もヴォロネジ方面に多くの機動予備兵力を拘束される。
ウラルの西部戦線軍がモスクワを虎視眈々と伺う状況下で長期間装甲兵力を割かれるのは非常にまずい。
敵を撃滅さえすれば自由に使用可能な予備兵力を回復でき、同時にウクライナ方面の深刻な脅威を排除できる。
攻撃は最大の防御というわけだ。
「しかし、赤軍が我が軍の装甲兵力をおびき寄せ陣地帯で消耗させるつもりなら、攻勢は止めるべきです。敵の仕掛けた罠に自ら飛び込む事態になりかねません」
攻勢をちらつかせてドイツ軍の予備兵力を誘い出し、対戦車地帯で消耗させる。
史実のクルスクを考えれば十分あり得る可能性だった。
一方で罠だと見せかけることでドイツ軍から選択肢の幅を奪い、青作戦を中止に追い込むのが狙いかもしれない。いや、そもそも狙いは複数あるのかもしれない。
ドイツ軍をおびき寄せられたらよし。できなくてもドイツ軍の攻勢を中止においこめればよし。
こちらが守勢という選択肢を選んだ所で赤軍にデメリットはない。
西側連合国が第二戦線を形成し、ドイツ軍が二正面作戦を強いられるまでじっくり待てばいいだけなのだ。
厄介なことに主導権は赤軍側にある。
「攻勢を中止する場合、装甲兵力は予備兵力として温存。いくつかの装甲師団はドイツ本国に置き西側の第二戦線形成に備えなければなりません」
守勢が安全策とはいえないのも辛かった。こちらが守勢策をとれば赤軍は西側の第二戦線形成まで戦力をゆっくりと回復させることもできる。都合よく突っ込んできてくれるとは限らない。
当初の防衛戦略ではモスクワやドネツ盆地といった戦略上の要衝を明け渡し赤軍の攻撃を誘発した上で、機動防御で損害を与える気でいた。
しかし、軍内部もヒトラーも攻勢に傾いたこの状況下で機動防御の実施は不可能に近い。
「君はどちらだと思う?」
「直感ですが敵の罠だと思います。戦場を固定することで我が軍の強みである柔軟性を奪い取るつもりでしょう」
ハルダ―は渋い顔で返答する。
「私も同意見だ。だが、総統閣下は攻勢に乗り気だ。青作戦を継続せよともおっしゃられている。国防軍総司令部と陸軍総司令部も青作戦継続には慎重だが、ヴォロネジ攻勢には同調気味といえる。防御案はないと考えた方がよい。それを踏まえた上でなにか意見はあるか?」
「ならば持てる全てを投じなければなりません。カフカス侵攻案は中止してSS装甲軍団も攻撃に参加させましょう。予備兵力の指揮権も現地軍司令部に移し、投入可能な全装甲兵力を結集するのです」
戦果拡張用の予備兵力(第23装甲軍団、第3装甲軍団、第5SS装甲師団)にカフカス侵攻用のSS装甲軍団も一挙に投じる。
本来、予備兵力は陸軍総司令部の指揮下に置かれ、緊急時に備えるはずだった。予備兵力を全て投じてしまうと、負けた時のリカバリーは効かなくなる。
危険なギャンブルにハルダ―は否定的だ。
ただし、予備兵力を加えても戦力的に及ぶのかどうか。赤軍の縦深陣地群の深み厚みは底が知れない。
各偵察大隊と空軍が陣地の全貌を暴くべく全力を挙げているが、赤軍の情報統制の厳しさはザイドリッツ作戦時の比ではなく、火点の特定にすら難航している。
中途半端な兵力投入では全く勝ち目がない。
「腹をくくりましょう参謀総長」
ハルダ―は沈鬱な表情で頷いた。




