青作戦⑪
【1943年3月15日 ソビエト連邦 ヴォロネジ 赤軍最高総司令部】
「見事なものだな」
前線の視察に訪れた最高総司令官代理ワシレフスキー上級大将は最上級の讃辞を口にした。
スターリンの要求通りヴォロネジ一帯は世界最強の要塞地帯に変貌しつつある。
この工事には130万人の民間人、50万の兵士、350個中隊の工兵隊が投じられた。
対戦車陣地、障害物、有刺鉄線、機関銃陣地、コンクリート製トーチカ、地雷原を組み合わせた網目状の防御体系が日夜組み上げられていく。
オリョール方面の北部とハリコフ方面の南東部には、それぞれ6重の防御地帯が2~3層にわたって続く。
最初の2つの陣地は完全装備の精鋭師団群が固め、中間の2つには予備兵力が入る。
最後の2つは反撃用陣地として増援兵力を収容するため空にしてある。
最初の2つの陣地だけで350個の大隊陣地とそれを支援する掩蔽豪、塹壕、トーチカの網目状組織が設置され、ドイツ軍偵察大隊の威力偵察を完全にシャットアウトできる。
各防御陣地の中核である対戦車拠点は凄まじい密度で設置され、多くの支援部隊と連動が可能になっている。
対戦車拠点の中核は76ミリ速射砲であり、その周囲を47ミリ野砲、57ミリ対戦車砲、対戦車ライフルがびっしり固めている。
必要があれば陣地外にいる多連装ロケット砲部隊や重砲部隊の支援を要請することもできる。
また一部の重要地点には57ミリ対戦車砲やSU152、SU76といった強力な対戦車兵力が配置されている。
これらの固定的な防御システムは対戦車機動兵力や機甲兵力と綿密につながっている。
全ての歩兵部隊は専門の対戦車部隊や戦車部隊の直接的な支援を得ることができる。軍団は軍レベルの対戦車連隊に支援され、中隊は連隊レベルの対戦車小隊に支援される。
通信網もかつてない規模と精密さで展開され、どの区画でも複回線化が講じられた。
地上通信線は地下深くに埋め込まれ、補完手段として伝書鳩や伝令兵まで用意されている。
各無線は大隊司令部に至るまでNKVDが徹底的に監視し、通信の安全確保に全力が注がれている。
地雷原は1マイルに2300個の対戦車地雷と3700個の対人地雷が敷き詰められ、要塞地帯全体では126万個を数える。その多くが威力の低い木製の箱型地雷だが、地雷探知機に探知されないという大きなメリットを持っていた。
欺瞞も徹底され、偽砲撃陣地、偽通信センター、偽野戦レーダー、偽戦車、偽航空機が無数に設置されている。
部隊の夜間移動は禁止され、本物の陣地と後方支援部隊は隘路や窪地に巧みに隠された。
この強力な要塞地帯をヴォロネジ戦線軍とステップ戦線軍、そして急遽編成されたドン戦線軍が固める。
北半分の作戦地域はヴォロネジ戦線軍が配置につき、左から右に第38軍、第40軍、第69軍、第7親衛軍、第6親衛軍が展開。
中でも右半分を固める第6親衛軍と第7親衛軍は通常の狙撃軍に比べて師団数が多く、それぞれ13個師団を指揮下に置く(通常の狙撃軍は7~8個師団が基幹)。
その背後を1個戦車軍、2個戦車軍団と数えきれないほど多くの戦車旅団、対戦車連隊、砲兵連隊が固め、1万2000門の火砲と2800両の戦車・自走砲を支援戦力として提供する。
指揮を執るのは赤軍随一の知将として高名なニコライ・ヴァトゥーチン大将。
軍人として優秀なだけでなくスターリンや党指導部の信頼も厚い。
南半分の作戦地域は兵員85万人を数えるステップ戦線軍が配置につき、右から左に3個狙撃軍(第60軍、第1親衛軍、第5親衛軍)が展開。
ドイツ軍主力と対峙する第1親衛軍と第5親衛軍は2000門以上の火砲と豊富な機械化予備兵力を持ち、背後には強力な戦略予備軍が重点的に配置された。
第5戦車軍の2個戦車軍団、第70軍の7個狙撃師団、第13軍の5個狙撃師団、司令部予備の3個戦車軍団。
さらに反撃用戦力として第65軍の8個狙撃師団、第3親衛戦車軍の2個戦車軍団、1個機械化軍団、司令部予備の2個機械化軍団が後方陣地で待機する。
ステップ戦線軍司令官に抜擢されたのはイワン・コーネフ大将。
一時は火星作戦の責任を問われかけたがワシレフスキーに取り成され、今回雪辱の機会を与えられた。
そしてヴォロネジ東方を固め、2個戦線軍の安全を守るのが新編成のドン戦線軍である。
同軍は防衛線の最終的崩壊を防ぐ予備兵力であると同時に、反撃時の攻勢予備兵力でもあり、強力な機械化兵力を従えている。
5個狙撃軍、3個戦車・機械化軍団、1個戦車軍、1個航空軍で構成され、70万の兵員と1800両の戦車・自走砲を麾下に持つ。
司令官はコンスタンチン・ロコソフスキー大将。温和で知的な性格でありながらジューコフ以上の積極性を持ち、予備兵力の司令官として彼ほどふさわしい軍人はいなかった。
この3個戦線軍250万の大兵力をスターリンの代理人たるワシレフスキーが統括指揮する。
投入兵力と作戦規模は前年の火星作戦をはるかに凌ぎ、ソビエトが動員可能な全ての精鋭兵力が結集していた。
さらにレニングラード方面のレニングラード戦線軍、ヴォロホフ戦線軍、モスクワ方面の西部戦線軍、カリ―ニン戦線軍、ドネツ方面の南西戦線軍、南部戦線軍が同時並行で限定攻勢の準備を整えている。
これら諸戦線兵力はドイツ軍統帥部の処理能力を飽和させ、重要戦区への兵力移動を封じるとともに、ヴォロネジへ突進するドイツ軍兵力の鋭鋒が鈍った段階で直ちに攻勢を開始する予定だ。
こうして全戦線における連動攻勢が可能になったのは、裁量権の分散、野戦要塞部隊による攻勢兵力の抽出、欺瞞技術の向上が大きく影響している。
赤軍は火星作戦時にみられた数量に依存した粗雑で無神経で硬直した軍隊から脱却しつつあった。
いわばこの一戦はワシレフスキーとアントーノフが、そして全赤軍将兵が磨き上げてきた諸兵科連合戦闘がドイツ軍の最精鋭相手に通じるかを試すテストだった。
祖国ソビエトにとっても戦争での主導権を取り戻す最良の機会になるだろう。




