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青作戦④

【1942年10月21日 ソビエト連邦 クイビシェフ 最高総司令部】


「攻勢目標はここです」


スターリンが指をさした地点はモスクワでもロストフでもなかった。ウラルからの兵力引き抜きもあっさり了承された。予想外の展開にワシレフスキーは虚を突かれた。


「ハリコフですか?」


「そうです。現時点で限定攻勢に最も適した地点はハリコフだと私は判断しました。すでにチモシェンコ元帥(南西戦線軍司令官)には伝達済みです」


参謀本部を無視した決定にワシレフスキーは思わず眉をひそめる。

一方で、スターリンの戦略眼には一定の合理性があった。

赤軍は北ドネツ河西岸に二つの橋頭保を確保しており、ちょうどハリコフ方面に突き出ている。

この突出部を使えば大戦力を投じずハリコフのドイツ軍を包囲可能だった。

そして、ハリコフはウクライナ東部を代表する工業都市であり、鉄道輸送の集積地でもある。

奪還目標としては申し分がない。


「増援はどの程度いただけますか?」


「チモシェンコ元帥には第6軍を送るつもりです。さらに機動戦力として第21戦車軍団、第23戦車軍団、第3親衛騎兵軍団を割きましょう」


ワシレフスキーは机に広げられた戦力配置図を見ながら素早く計算する。

現在の所、ハリコフ地区のドイツ軍は10個歩兵師団、1個装甲師団、1個装甲擲弾兵師団の合計12個師団。

対する味方は第21軍、第28軍、第38軍、第6軍、第9軍、第57軍の6個軍34個師団。そこに24個戦車旅団、34個砲兵連隊が加わる。

赤軍の師団は3単位制(8000人~10000人)なのでドイツ軍師団(1万8000人~2万人)の半分程度の戦力しかない。それでも、戦力は味方が優越している。

とくに機動戦力は8個戦車軍団分の戦車旅団がある。


「どうです。実施は可能ですか?」


「はっ。十分な準備期間をいただければ可能かと思われます」


スターリンは首を横にふりながら答える。


「来月にはやってもらいます」


「それは…。非常に困難だと言わざるを得ません」


補給線の確立、前進飛行場の建設、攻撃開始地点への部隊配置、全体計画の立案。

これらを1ヶ月でやれというのは無理難題というほかない。

ワシレフスキーが抗議の意思を込めて沈黙すると、スターリンは理由を語りはじめた。


「北アフリカの戦況は知ってますね元帥?」


「はい。マルタが陥落して劣勢だとか」


英連邦軍の航空拠点マルタが陥落して以降、独伊軍の補給は大幅に改善された。

攻勢に転じた独伊軍は英第8軍をエル・アラメインまで押し込みスエズの目前にまで迫っている。


「先日、チャーチル首相から応援要請がありました。西側に恩を売る絶好の機会です」


ヒトラーが思い切った戦力を北アフリカに送った場合、スエズが落ちる可能性は高い。

スエズが落ちれば英国の戦争継続能力は大きく削がれることになる。

そこで、赤軍が限定攻勢を行いヒトラーの注意を引き付け北アフリカ戦線への注力を妨害する。

スターリンは英国の苦境を利用して外交面でなにかしらの成果を引き出す気だろう。

その分、味方将兵は多くの血を流すことになるが。


「やっていただけませんか元帥?」


「・・・わかりました。最善を尽くしましょう」


軍事戦略上の理由ならいくらでも反対のしようがあった。

しかし、国家戦略上の決定となるとどうしようもない。

ワシレフスキーには専門分野以外の事で責任を負う能力はなかったし、そこをはき違えた人間がどうなるかもよく知っていた。


【1942年11月18日 第三帝国 ワルシャワ 陸軍総司令部】


モスクワの敗戦以来、沈黙を守っていた赤軍が急にざわつき始めた。

南方軍集団麾下部隊がハリコフ地区における赤軍の異常な動きを次々と察知している。

来年に青作戦を控える参謀本部にとっては早々に片づけたい問題だ。

ここで大きな被害がでれば青作戦に支障がでかねないとのことで、先のザイドリッツ作戦立案を評価された俺にお鉢がまわってきた。

ハルダ―参謀総長から直々に迎撃作戦の立案を任せられている。


戦力を確認してみた所、ハリコフ正面のドイツ軍戦力は第六軍の10個歩兵師団と2個装甲師団。

集結中の赤軍は少なくとも30個狙撃師団を確認しているので戦力比では明らかに劣勢だ。

ただ、幸いなことに新型編成の第48装甲軍団(グロスドイッチュラント装甲擲弾兵師団、第3装甲師団)が南ドネツ河にいる。

同軍団は全ての兵器を受領したわけではないが、現時点でも戦車482両を擁する強力な機甲部隊だ。


「ボック元帥(南方軍集団司令官)からは第48装甲軍団を南ドネツから引き抜き、第六軍と共同でハリコフ正面を守るべきだときているが」


「ハリコフは囮に使いましょう。赤軍を可能な限り西にひきつけ、その隙に第48装甲軍団が南から突出部を刈り取るのです」


ハルダ―は地図をのぞき込みながら俺の説明をきいていた。

赤軍のドネツ河西岸における二つの橋頭保はハリコフの北東部と南東部にある。ここから出撃し南北からハリコフを包囲するのが赤軍の狙いだろう。

逆に言えばこの二つの橋頭保さえ奪ってしまえば、容易に退路を断てるというわけだ。

逃げようにもドネツ河が障壁となる。

ハリコフは赤軍を橋頭保から引き離す囮になってもらう。


「第8航空軍団では南ドネツまではカバーできんな」


「敵航空隊を北へ引き剥がせれば十分です。第8航空軍団の全力は北東部の敵に投じてもらいます」


南方軍集団を支援する第四航空艦隊の主力はクリミア半島攻略に従事している。赤軍の攻勢を撃退するまでという約束で第8航空軍団をハリコフに引き抜いたが、同軍団だけで全地上部隊をカバーするのは不可能だ。南ドネツから北上する第48装甲軍団に航空支援はつけられない。代わりに敵航空隊を北に引き付ける。


ドネツ河という障壁を利用すれば敵攻勢部隊を全滅させることも難しくない。

できればこの好機を生かして守勢戦略の有効性をアピールしておきたかった。

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