矛と盾
ザイドリッツ作戦の戦勝は、思わぬ方向に作用した。
装甲軍の余りに鮮やかな勝利が、装甲科を復権させ、俺の考案した砲兵重視の守勢戦略を粉微塵に打ち砕いてしまったのだ。
今やグデーリアンとホトは救国の英雄だった。装甲科の発言力は圧倒的となり、陸軍だけでなく政府内でも攻勢を求める声が大きくなった。
グデーリアンは元帥号を授与された上、装甲兵総監に就任。
装甲兵総監は戦車・自走砲の開発から、装甲部隊の編成・教条・訓練を一手に担い、陸軍だけでなく空軍や武装SSを含めた全装甲兵力を管理下に置く。
陸軍参謀本部からも国内予備軍(全部隊の編成・訓練を担う教条部隊)からも独立したヒトラー直属の組織であり、他組織の干渉を一切受けない。
事実上、無限の裁量権を与えられたに等しかった。
グデーリアンは早速、攻勢用の新型装甲師団の編成に取り掛かった。
東部戦線における装甲師団の編成は1個戦車連隊、1個装甲擲弾兵連隊、1個装甲砲兵連隊を基幹とし、それに7個支援大隊(装甲偵察、通信、補給、対空砲、対戦車、工兵、医療)が加わる。
戦車の定数は2個大隊142両だ。
対ソ戦以前の装甲師団は1個戦車旅団(2個戦車連隊 284両)を基幹としていたが、装甲師団倍増計画により各師団の戦車は半減され、1個戦車連隊を基幹とする現在の編成がテンプレートとなった(第1~5装甲師団は例外的に旅団編成を維持している)。
このタイプの編成は機動力を重視したスマートな軽師団編成であり、対ソ戦序盤における機動戦でおおいに活躍した。
一方で赤軍が奇襲から立ち直り、機動を活かせる空間の余地が少なくなるにつれ、打撃力・火力の不足が問題視されるようになった。とくにモスクワ攻略戦で陣地突破戦を担った装甲師団の損害は大きく、各装甲軍司令部は火力を大幅に強化した重師団編成を参謀本部に求めた。
ザイドリッツ作戦の発動で重師団構想は一旦凍結され、軽師団編成が維持されたが、同作戦における装甲軍の活躍が重師団構想を再び浮上させた。
陸軍参謀本部にカフカスへの攻勢計画『青作戦』が提出されたこと、歩兵のカテゴリだった装甲擲弾兵や砲兵のカテゴリだった自走砲部隊が装甲兵総監部に移されたこと、自走砲や重戦車など新兵器の開発が進んでいたことなどが、追い風となり、新型編成計画は順調に進んだ。
アリスも新設された装甲兵総監部に配属され、グデーリアンの進める新型装甲師団の編成に携わっている。
新型装甲師団は装甲部隊だけであらゆる役割を担える、グデーリアンの思い描いた構想を色濃く反映していた。
なみの対戦車陣地なら一撃で粉砕できる破城槌のような火力。そして、あらゆる敵機甲部隊との戦闘にうち勝てる唯一無二の装甲兵力。
この二つのコンセプトを元に装甲兵総監部が作り上げた新型編成は、地上の鋼鉄艦隊というべき過剰なまでの戦力で固められていた。
【装甲師団】
・2個戦車連隊(パンター戦車141両、四号戦車141両)
・2個装甲擲弾兵連隊
・1個独立重戦車大隊(ティーガー戦車45両)
・1個対戦車砲大隊(三号突撃砲45両)
・1個装甲砲兵連隊(フンメル(自走砲)45両、ホルニッセ(自走砲)45両)
・6個支援大隊
【装甲擲弾兵師団】
・1個戦車連隊(パンター戦車71両、四号戦車70両)
・2個装甲擲弾兵連隊
・3個装甲砲兵連隊(フンメル135両、ホルニッセ135両)
・2個装甲ロケット砲連隊(ネーベルヴェルファー(多連装ロケット砲)196両)
・1個重駆逐戦車大隊(フェルディナント45両)
・6個支援大隊
装甲師団は従来の2倍の戦車と2倍の装甲擲弾兵、3倍の自走砲を擁し、独立重戦車大隊が加わる。
ソビエトの戦車軍団(T-34中戦車180両)は愚か、戦車軍(T-34中戦車360両、KV-1重戦車60両)すら、1個師団でなぎ倒せる。
支援役の装甲擲弾兵師団は従来の2倍の戦車、3倍の火砲(自走砲は6倍)を擁す。
ザイドリッツ作戦で編成された砲兵師団に匹敵する火力が機械化されており、高速高火力で前述の装甲師団を支援する。
この二つの師団で構成される装甲軍団は単独で戦略規模の敵戦線軍(方面軍)突破が可能になっている。
さらに1個装甲師団には専属の1個航空師団が支援につく。
運用面でも大幅なテコ入れがされ、対ソ戦以前に採用していた旅団編成を廃止。
代わりに3個戦闘団司令部が導入された。
戦闘団は固有の兵力を持たず、任務や作戦に応じて師団司令部が各戦闘団司令部に部隊を振り分ける。
役割を固定せず、状況に応じた部隊編成や兵力配置を可能にすることで、柔軟な諸兵科部隊運用を実現し、刻一刻と変化する戦況に迅速に対応できる。
新型装甲軍団は1943年に予定される『青作戦』までに3個編成される予定だという。
この絶大な戦力を攻勢派はカフカスの油田地帯確保にむけるらしい。
モスクワ工業地帯に続いて、バクー油田を奪いとれば、さすがのソ連もしなびて枯れるだろうというのが攻勢派の主張だ。
グデーリアンを筆頭とする装甲科の将校達、青作戦での主役となる南方軍集団司令官に内定しているボック元帥、陸軍参謀本部作戦部長のホイジンガ―少将、国防軍総司令部の高級将校達、そしてヒトラーが『青作戦』を支持している。
対する守勢派は中央軍集団参謀長トレスコウ少将、中央軍集団司令官に内定しているクルーゲ元帥、陸軍参謀総長ハルダ―上級大将、砲兵総監リンデマン大将、そして俺。
守勢派の戦略は現在の防衛ラインを維持しながら、東方防壁(ソ連占領地における縦深陣地群)と鉄道の複線化を完成させ、揺らぐことのない防衛ネットワークを築くことにある。
現在の所、補給と部隊移動の要である鉄道線の改軌作業は北、中央、南と全ての戦域で基本的に横一本しか完了しておらず、複線化が進んでいない。
北はケーニヒスベルク→リガ→タリン→レニングラード。
中央はワルシャワ→ブレスト→ミンスク→スモレンスク→モスクワ。
南はワルシャワ→ブレスト→キエフ→ハリコフ。
南北間の部隊移動がほとんど出来ないのが現状である。
史実のドイツ軍は攻勢にリソースを割いた結果、鉄道の複線化・要塞陣地群の建設に手をつけられず、赤軍の逆襲にまるで対応できなかった。
ただでさえ兵力が少ないのに、攻勢箇所に兵力を集中出来ないのでは話にならない。
結果としてドイツ軍は一か所に全力を投入した赤軍に対して三割程度の兵力でしか応戦できず、南→中央→北の順番で各個撃破されることになる。
そうした悲劇を避けるため、なるべく守勢に徹するべきだと俺は思う。
モスクワを保持できている間に、モスクワを放棄しても応戦できる万全の防衛体制をくみ上げて置きたいのだ。
せめてケーニヒスベルクからクルスクに向けた南北縦断鉄道ぐらいは作っておきたい。
カフカスへの攻勢を開始するとなると鉄道工兵は南部に集中する。そうなれば、複線化の余裕は当然なくなり、作戦が失敗すれば赤軍の逆襲に対応できなくなる。
一か八かの攻勢よりも安全策をとりたい。
ただ攻勢派からすれば守勢策はソ連に再起の時間を与える愚策でしかない。
モスクワを含めた工業地帯を失い、主力部隊を粉砕されたソ連はまさに手負いの熊だ。対する帝国は連戦連勝で士気も高く、強大な新戦力もそろいつつある。
攻勢派の主張にも一理はあった。
時間は平等だ。こちらが防衛態勢を強化した分、赤軍も強くなる。
国力差を考えれば長引けば長引くほどその差はひらく。そして、ぼやぼやしていると米英軍も欧州に参戦してくる。
一概に守勢策が安全と断言できないのが辛い所だ。
どちらにせよ、帝国は大きな分岐点をむかえていた。




