黒い国防軍
【1942年9月7日 スモレンスク郊外 中央軍集団戦闘指揮所】
スモレンスク郊外の中央軍集団指揮所には三人の男が集まっていた。
中央軍集団参謀長フォン・トレスコウ少将、中央軍集団司令部付騎兵連隊長フォン・ベーゼラ―ガ―中佐、アプヴェーア(情報部)第二課課長エルヴィン・ラホウゼン少将。
この会談自体、公には存在しないものになっているが、警備担当者のベーゼラ―ガ―中佐は隅から隅まで目を光らせている。どこにゲシュタポの犬が潜んでいるかわからないからだ。
国防軍に存在する反ヒトラー派将校にとっても、モスクワにおける勝利は喜ばしいものだった。
無論、彼らは帝国が今次大戦に勝利するなどという、幻想を夢見ているわけではない。
帝国の軍事的勝利が頂点に達した今でさえも、その考えは変わらなかった。
遅かれ早かれ、帝国がもたらした破壊と災厄は、倍になって帰ってくる。
反ヒトラー派の目標ははっきりしていた。
ヒトラー政権の排除、連合国との即時講和。そして、それは陸軍が戦闘力を維持し、取引材料として機能しているうちに行わなければならない。
ザイドリッツ作戦の成功は絶好の取引材料になる。
しかし、どの国を取引相手に選ぶかという点においては今だに一致をみない。
当初、主流だったのは反ヒトラー派の首魁であるベック元参謀総長とライプチヒ市長ゲルデラーを中心とする西方派(米英派)だった。
西方派はドイツの伝統的な支配層で構成された保守派グループであり、イデオロギー的には反共・反露で、ワイマール共和制よりもドイツ第二帝政に深い親近感を抱いていた。
ナチス政権打倒後の新政権は立憲君主制を予定し、中には帝政そのものを復活させようとする反動的な国粋主義者も含まれていた。
西方派は西部戦線の軍司令官の多くに支持され、すでに西方総軍総司令官ヴィッツベーレン元帥、ベルギー軍政府長官ファルケンハウゼン大将、フランス軍政府長官シュテルプナーゲル大将、ドイツ・アフリカ軍団司令官ロンメル元帥、アプヴェーア総長カナリス提督が協力を約束している。
西方派はクーデター計画への協力と、対ソ戦争の共闘を西側連合国にもちかけた。ゲルデラーの親友であるスウェーデンの大富豪ヴァレンベルク兄弟が仲介役となり、ストックホルムで秘密裏の会談が開かれた。
しかし、米英政府は西方派の申し出をことごとく黙殺した。
それどころか、1941年8月の大西洋憲章において米英の首脳たちはナチ専制とプロイセン軍人を結び付け、両者の打倒こそイデオロギー上の目標だと宣言してしまった。
西方派は交渉相手として認められず、ナチ専制を継続させるカムフラージュにすぎないと認識されたのだ。
米英のこうした態度は反ヒトラー派を大いに失望させた。
そして、西方派に代わって台頭したのが東方派(ソ連派)だった。
ソ連は米英とは対照的に、ナチスこそソ連人民の敵であり、ドイツ陸軍とドイツ人民に対してはなんの遺恨もないとモスクワ放送で繰り返し宣伝していた。
その上でヒトラー専制にドイツ人民が立ち上がるならば、ソビエト政府はドイツ人民の自由と言論を保障すると約束した。
スターリンの甘いささやきは多くのドイツ軍人の心をとらえ、反ヒトラー派を東に傾かせた。
東方派はフォン・シュタウフェンベルク中佐、フォン・トレスコウ少将ら青年将校グループで構成され、イデオロギー的にはリベラルに位置する人で占められている。
とくに名門伯爵家に生まれたシュタウフェンベルク中佐は持ち前のカリスマ性をいかして、反ヒトラー派を東方派の下に糾合。
西方派の一部メンバーも「ソ連単独講和の恐れを米英にひきおこせば、米英との対話も可能である」とするシュタウフェンベルク中佐の説得に応じ、東方優先の方針を渋々承諾した。
彼の強い働きかけにより、左派の社会民主党とキリスト教労働組合が積極的に引き立てられた。
帝政復活を主張する国粋派はグループ中枢から排除され、民族主義的主張の強いゲルデラーに代わって社会民主党のユリウス・レーバーが新政権の首相候補に選ばれた。
ただし、あらゆる権威主義的専制を憎んだシュタウフェンベルク中佐とその同志達はプロレタリア独裁には親近感を抱かなかった。彼らの目標はあくまで市民的自由と議会主義の復活にあった。
故にドイツ共産党が反ヒトラー派に合流することはなく、その点は西方派にも歓迎された。
一方で帝国の労働者層で隠然たる実力を持つ共産党を完全に無視することは出来ず、ドイツ人労働者の取り込みという点で両者は協力関係にある。
東方派の抱える最も大きな問題は東部戦線の軍事指導者達の説得に失敗したことだった。
北方軍集団司令官レープ元帥、中央軍集団司令官ボック元帥、南方軍集団ルントシュテット元帥はいずれも、反ヒトラー運動そのものへの参加を拒否。
軍司令官、軍団司令官クラスでも目ぼしい成果を上げられず、参加を表明したグデーリアン上級大将、マンシュタイン上級大将も、西方派を支持した。
しかも、グデーリアンは戦勝後に元帥号を授与された上、装甲兵総監に抜擢され中央に呼びだされてしまった。
組織を掌握したのは東方派だが、軍司令官の支持を得て実働兵力を掌握しているのは西方派だ。
西方派を納得させなければ具体的な行動には移れない。そして、西方派はスターリンを信用していない。
軍事計画においても両者の意見は一致せず、西方派はさらなる攻勢でソ連を追い詰め、より有利な条件をソ連から引き出すべきだと主張した。
一方の東方派はソ連との関係悪化を恐れ、従来の防衛戦略を堅持すべきと主張している。
東方派の代表であるトレスコウ少将と西方派の派遣した特使ラホウゼン少将による秘密会談の趣旨は、西方派と東方派の妥協点を見出すことだった。
「単刀直入に言おう。我々はスターリンを信用できない。ソ連から確実な講和条件をひきだすまで我々が西部軍を動かすことはない」
「それは困りますな。ソ連をこれ以上追い詰めれば、スターリンは米英に同調して無条件降伏を持ち出すやもしれません。唯一の交渉先を閉ざすような真似には賛同できかねます」
「我々とて貴官らの主張する東方優先を承諾したのだっ!貴官らにも妥協してもらわねば、同志を説得できない」
「ならばあなた方西方派の主張する攻勢計画とやらを見せてもらえませんか?結論はそれからだしましょう」
「・・・陸軍参謀本部にはまだ提出していない。だが、君たちが反対した所で無駄だ」
先月、参謀本部作戦部長に就任したホイジンガ―少将は西方派の同志だった。彼以外にも西方派は陸軍参謀本部に多くの同志を獲得している。
参謀本部に対する根回しでは西方派に部があるといっていい。
トレスコウ少将は憮然とした表情で、西方派の作戦計画書を受け取る。
計画書の表紙には『青作戦』と記されていた。




