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第二次モスクワ会戦⑪

Tー34中戦車の密集群が、ドイツ軍戦車に真っ向から突っ込んでいく。

赤軍戦車兵は高速でドイツ軍の中央隊列に飛び込んだ。

T-34の76ミリ砲でパンターの重装甲を撃破するには、至近距離から射撃する必要があったのである。

思惑通り乱戦は赤軍の有利に働いた。この距離では重装甲の意味は失われ、砲身の長さもたいした要素ではなくなる。


ドイツ軍前衛のパンター戦車7両が瞬く間に撃破された。

第2親衛機械化騎兵軍団は3個戦車旅団で大ドイツ師団の鼻っ面を抑え、2個戦車旅団を側面に回りこんでいく。

大ドイツ師団は乱戦を避けるため、巧みな機動を繰り返したが、距離をとって陣容を整える場所も時間もなかった。

いたるところで乱戦が繰り返され、双方の戦車は零距離で撃ち合う。被弾した戦車は弾薬と燃料が大爆発し、車体から砲塔が吹き飛んでいく。同時に発砲し、相討ちになることも多々あった。


両軍の自動車化歩兵と砲兵も戦闘に加わりはじめた。

装甲擲弾兵は88ミリ砲をハリネズミのように並べ、目標見つけては吹きとばしていく。

パンクラチェンコ大将は機械化歩兵師団に軍団砲兵の援護をつけて、装甲擲弾兵を叩かせたが、どの攻撃も激しい砲火に打ち負かされ叩き潰された。


業を煮やしたパンクラチェンコは予備兵力である3個重戦車大隊の投入を決めた。

60両のKV-1重戦車はのっそりと前進し、機械化歩兵や砲兵を従えて、ドイツ軍戦車の側面を突いた。

T-34の相手に精一杯のドイツ軍に冷静かつ正確な射撃を加えていき、四号戦車の半分を撃破した。

KV-1の参戦は戦況を一気に赤軍側に傾かせた。


3時間に及ぶ戦闘の末、大ドイツ師団はとうとう突破を諦めて後退。第2親衛機械化騎兵軍団は激しく追撃し、逃げ遅れたハーフトラックや後方支援車両に壊滅的打撃を与えた。

5キロに広がる戦場に何百両もの車両が燃え盛り、あたりを赤々と照らした。両軍ともに全ての力を出し尽くし、消耗しきっていた。


大ドイツ師団はパンター戦車42両を含む100両の戦車、機甲兵力の三分の二にあたる数を失った。後方支援部隊も壊滅し、師団としての戦闘力は零に等しい状況だった。


第2機械化騎兵軍団の被害も甚大で、T-34戦車50両とKV-1重戦車24両を喪失している。

しかし、第2機械化騎兵軍団は大ドイツ師団の進撃を食い止めることに成功。第48装甲軍団の突進は勢いを削がれ、赤軍は数日の猶予を得ることができた。





どうにか第48装甲軍団の足を止めたコーネフは全部隊に総退却を命じた。

撤退路を確保した第5軍、最初の攻撃で壊滅し後方に下がっていた第21軍と第30軍はすんなり後退できた。

しかし、第三装甲軍の抑え役である第29軍と第3戦車軍が追撃を振り切るのは至難の技だった。第三装甲軍は第ニ装甲軍と違ってこれといった消耗もなく、その分敵に対する打撃力も大きかったのだ。

故に撤退といっても整然にとはいかなかった。

撤退路の幹線道路は赤軍の兵馬や車両、砲車で満ち溢れ、その混雑は名状しがたいものがあった。


第三装甲軍とその支援戦力はあらゆる攻撃手段(戦車、突撃砲、ロケット砲、急降下爆撃機、榴弾砲)でこれを叩いた。

もはや狙う必要もなく、撃てばなにかしらに命中するという有様だった。

無数の砲弾が車両を砕き、人馬を吹き飛ばし、動くものは全て攻撃された。このため、赤軍は総崩れに崩れ立ち、階級章を投げ捨て逃げる者、集団投降する者、戦車に追い付かれ集団ごと虐殺される者と阿鼻叫喚の地獄に陥り、軍隊秩序は完全に失われた。

屠殺された兵士や軍馬、車両の残骸は何キロにもわたって路上や平野に散乱し、生き残った者も傷つき倒れる者や精神が壊れて発狂する者であふれかえった。


コーネフの急速な撤退命令がこの惨状を招いた。しかし、悠長に撤退態勢を整えていては、北の第48装甲軍団が南下を再開してしまう。そうなれば、大ドイツ師団との戦闘で消耗した第2親衛機械化軍団では抑えきれず、全部隊が退路を断たれ、文字通り全滅してしまう。

もはや損害を減らす努力ではなく、永久損失を減らす努力に切り替えねばならなかった。

なりふりかまわず撤退すれば、莫大な犠牲がでるが、すくなくとも退路を断たれて全滅するという事態は免れる。

80万が戦死・捕虜となり10万人が戦傷するよりかは、40万人が戦死し100万人が戦傷した方がはるかにマシなのだ。戦傷者の大半は数か月もすれば前線に復帰できる。

泥濘期の秋と寒冷期の冬に大規模な軍事行動はおこせない。動きがあるとすれば来年の春だ。

傷をいやす時間は十分にある。


数日後、南下を再開した第48装甲軍団が東進してきた第三装甲軍と合流。西部戦線軍は退路が遮断される前に後退したが、混雑する道路で身動きがとれなくなる部隊が続出し、驚くほどの数が失われた。

追撃したドイツ軍は西部戦線軍の攻撃開始地点だったリュザンで動きを止め、全ての戦闘が終結した。




最高総司令部では『火星作戦』を立案・指揮したジューコフが、もはや避けようのない更迭を待っていた。

戦死・行方不明・捕虜60万8679人、戦傷者123万6511人という損失は、ジューコフの鉄の神経をもってしても、とても耐えられるものではなかった。

7月16日~8月31日の戦闘で作戦参加兵力の96%が失われたのだ。兵器の損失数は戦車2916両(損失率86%)、火砲1万9741門(損失率79%)、航空機2056機(損失率64%)に及ぶ。

23個戦車・機械化軍団のうち14個が全滅判定、残りの9個が75%~90%の損失を受けた。

14個軍中12個軍が書類上だけの存在となり、生き残った2個軍も戦力構成がズタズタになった。

160人いた師団長、軍団長のうち、100人が戦場から戻ってこなかった。



赤軍の戦略上の選択肢は完全に潰え去り、共産党指導部全体を呆然自失の状態に陥れた。

スターリンでさえ色を失った。同盟国の米英にも大きな衝撃を与え、ルーズベルト大統領はマーシャル参謀総長をクイビシェフに派遣。チャーチルは自ら訪ソした。



ここに至って初めて連合国首脳は勝利に確信が持てなくなった。

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