ディエップ強襲
【1942年6月15日 グレートブリテン連合王国 ロンドン 統合作戦本部】
1942年、連合王国は2つの大きな課題に直面していた。
一つ目の課題は大西洋の海上交通路の安全を確保すること。
連合国にとって最大の脅威はレーダー元帥が指揮するUボート艦隊だった。
フランス陥落後、大西洋への出撃拠点を獲得したUボート艦隊は大西洋航路を荒らし回り、連合国の輸送船団システムを事実上壊滅に追い込んだ。
1940年に390万トン、1941年には430万トンもの商船が沈み、連合王国の海上輸送能力は開戦前の30%にまで低下。
Uボートによる通商破壊戦は連合軍の世界戦略と連合王国の戦争経済を根底から脅かした。
大西洋航路は世界一重要な海洋航路である。アメリカや各植民地からブリテン島に送られる船団は大西洋航路を利用する。そして、ロシアへのレンドリースや連合王国中東軍への補給も一旦ブリテン島で積み上げし、喜望峰まわりで行われる。
大西洋のシーレーンを防衛しなければ、アメリカから送られてくる物資、兵員の供給が遮断され、ロシアや中東に補給物資を送ることもできなくなる。それどころか、商船用船舶の燃料にすら事欠くことになる。
これでは、欧州大反攻作戦など問題外であり、連合王国の戦争継続すら危うい。
二つ目の課題はロシア戦線における赤軍の窮地をいかに救うかだった。
連合軍の戦争戦略はソ連の地上戦力に全面的に依存している。英米にはヒトラーの精強無比な陸軍を叩き潰し、ドイツ本土を覆すだけの力はない。戦略爆撃で経済供給源を破壊し、欧州に上陸して戦力の一部を西に引き付けることはできても、ソ連の陸軍を欠いてはナチスにとどめをさせないのだ。
スターリンがモスクワ、ウクライナを失いウラルに後退した戦況は、英米にとってもまずい状況だ。
赤軍はモスクワへの夏季攻勢を計画しているが、英米の参謀本部による予測では失敗する可能性が高いとの結論がでている。
このまま赤軍が負け続ければスターリンはヒトラーとの単独講和に応じるかもしれない。そうなれば、英米はナチスに対する勝利をあきらめざるを得なくなる。
「うまくいくのかね」
「電撃的な強襲作戦です。長居はしません」
統合作戦本部司令官マウントバッテン中将の献策にチャーチルは懐疑的だった。
統合作戦本部は欧州奪還を見据え、水陸両用作戦を指揮するために設立された。
司令官マウントバッテン将軍の働きにより、陸海空三軍を統合した強襲上陸用の部隊が編成され、兵員揚陸艦、戦車揚陸艦、兵員輸送艦、揚陸指揮艦などの各種装備が整えられた。
統合作戦本部は自分達の強襲上陸作戦がドイツ軍に通じるかを試したがっている。実戦での試験データを欲しているのだろう。
「連邦の将兵は君たちのモルモットではない」
北フランスの港湾都市ディエップを強襲し、一時的に占領、ドイツ軍の反応を推し量り、データ収集後に撤退する。統合作戦本部の提出した「威嚇作戦」は英連邦参加国であるカナダ軍を主力としている。
作戦の成否次第では同盟国将兵を実験に利用したと騒がれかねない。
「ヒトラーの不安をあおり戦略予備を引き付けるのが狙いです。上手くいけば赤軍の夏季攻勢に対する大きな支援になるでしょう」
スターリンは単独講和をちらつかせ、恫喝をまじえながら英米に第二戦線の形成を迫ってきている。
なにかしらの行動が必要なのは間違いない。
ディエップ強襲に参加する兵力はカナダ軍2個歩兵旅団、カナダ軍1個機甲大隊に陸軍の特殊コマンドとアメリカ軍のレンジャー部隊を加えた6100名。護衛駆逐艦、掃海艇、兵員揚陸艦、支援砲撃艦などを含めた250隻の艦艇が動員され、250機のスピットファイアが上空を護衛する。
「わずか2個旅団相手にヒトラーが予備を割くとは思えん」
「ヒトラーは主力のほぼ全てを東部に張り付けています。彼が最も恐れているのは我々に手薄な背後を突かれることでしょう。その不安を煽ってやればいいのです。ディエップ強襲は大作戦に備えた威力偵察なのだと誤認させれば、数個師団は引き付けられるでしょう」
たしかに2個旅団の強襲上陸で、数個師団を拘引できるならばやってみる価値はある。情報機関を総動員して存在しない欧州反攻作戦を喧伝すれば、効果があるかもしれん。
スターリンを納得させる外交カードとしても使える。
「・・・想定消耗率、敵防衛兵力の装備と規模、ディエップ近郊にいる即応部隊の数。具体的な数字を提示した上で改めて作戦計画を提出したまえ。その上で再検討する」
「はっ!」
1941年12月に日本とアメリカが参戦し、太平洋に新たな戦線が開かれても連合国の戦争戦略は変わらなかった。まず全力を挙げてドイツを打倒する。主力となるのはロシア人で英米は支援に徹する。
1943年7月までにアメリカは1000万の将兵を欧州に送り、欧州大反攻作戦を開始する。
しかし、その戦略も精強無比なドイツ軍の働きで崩れつつある。Uボートの跳梁を押さえ大西洋の戦いを制さなければ、アメリカ軍はブリテン島へ移動できない。
そして、赤軍がモスクワを奪還できなければスターリンは単独講和に応じるかもしれない。大西洋の問題を英米が解決するまでの間、ソ連にはなんとしても戦争を継続してもらわなければならん。
例え2個旅団が全滅しても、連合の世界戦略を守れるのならば安いものだとチャーチルの冷徹な頭脳は告げていた。




