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ザイドリッツ作戦③

【1942年6月14日 モスクワ 中央軍集団司令部】


中央軍集団司令官ボック元帥が無造作な口調で壁にはりめぐらされた地図を指さす。


「ロシア人は7月14日~16日の間に攻撃をかけてくる。コーネフの西部戦線軍が南方要塞地区の我が第九軍を攻撃するだろう。そして、北のカリ―ニン戦線軍が北方要塞地区を衝くはずだ。第四軍は敵の第一撃を受け止めねばならん」


第九軍司令官シュトラウス上級大将、第四軍司令官クルーゲ元帥、第二装甲軍司令官グデーリアン上級大将、第三装甲軍司令官ホト上級大将が同意するように頷く。

モスクワの戦闘指揮所には各将官、各参謀が集められザイドリッツ作戦の最終調整が行われている。


各軍は数か月前から赤軍の攻撃計画を予測し、防衛陣地を強化し、主戦線を有利な地形に移してきた。

モスクワ防衛線は三つの防衛地区に区分けされ、カリ―ニン一帯を北方要塞地区、モスクワ一帯を中央要塞地区、トゥーラ一帯を南方要塞地区としている。

第四軍が北方要塞地区を守備し、その背後を機動予備となる第二装甲軍が固めている。南方要塞地区は第九軍が固め、第三装甲軍が予備として後方に控えている。

中央要塞地区は西欧から送られてくる新規編成の第二軍が守る予定だ。



ザイドリッツ作戦の準備をする上で、俺が最初に手を付けたのは中央軍集団の情報収集能力を大幅に強化することだった。

陸軍総司令部の全面的な協力を得て、各軍司令部に地上偵察部隊、航空偵察部隊、無線傍受部隊、特殊諜報部隊を統括する情報部隊を設置。さらに上がってくる情報を精査し解析するための専門チームも創設された。このチームにはアプヴェーアや陸軍東方外国軍課の情報将校が多数参加、有望な情報収集を可能にする参謀組織が作り上げられた。


ここ数か月、各情報部隊は陸と空から赤軍の動向を徹底的に監視してきた。

航空偵察によって敵陣地の詳細を確認し、各監視哨が敵前線の動きを監視し、地上偵察部隊が威力偵察を行い、無線傍受部隊が敵無線を解読した。

とくに無線傍受部隊と地上偵察部隊は大きな成果を上げた。赤軍は平文のまま無線で命令を出す指揮官が少なくなく、これらの不用心な赤軍将校のおかげで攻撃開始日や部隊配置などの詳細な情報が手に入った。

地上偵察部隊は文字通り体をはって情報を集めてきた。彼らは十数門の牽引砲兵を引き連れて、赤軍の攻撃用陣地に砲弾を撃ち込み、素早く避難した。

すると、数分のうちに彼らが元いた場所に数百発の砲弾が降り注ぎ、音響観測部隊と閃光観測部隊が敵砲兵の正確な位置を特定した。

地上偵察部隊の危険を顧みない囮作戦は貴重な偵察情報をもたらしてくれた。


4月の時点で赤軍の機械化部隊や支援砲撃部隊がモスクワ正面に集結中であることを確認し、6月にはその動向をほぼ完璧に掴んだ。

攻撃の正確な陣容、攻撃開始日、部隊移動の正確なルート、重点形成地点、火点や出撃陣地の位置等。



「各軍の敵火点特定はどの程度進んでおる?」


ボック元帥の問いに俺は用意していた回答を口にする。


「第九軍は西部戦線軍前面で火点3708か所、砲兵陣地470か所、掩蔽豪673か所、重戦車掩蔽豪234か所、砲兵観測所476か所を特定し捕捉しました。第四軍はカリ―ニン戦線軍前面で火点1809か所、砲兵陣地289か所、掩蔽豪182か所、重戦車掩蔽豪71か所、砲兵観測所124か所の特定を完了させています」


「その調子で攻勢開始までに敵火点の位置を一つでも多く特定せよ。各拠点の中核は対戦車陣地と地雷原なのだ。敵機甲兵力を対戦車陣地で撃破するには、対戦車砲を狙ってくる敵砲兵を計画的に制圧せねばならん」


赤軍の縦深攻撃を食い止めるために最も重要になるのが地雷と砲兵だった。

地雷は安価で大量生産も容易であり、戦場への輸送も簡単で、効果的に配置できる。大規模な地雷原を敷設するだけで、高速装甲部隊は動きを縛られ、その速さを殺されてしまう。

中央軍集団はカリ―ニンからトゥーラにかけて伸びる縦断陣地に500万個の地雷を敷設。

1キロにつき対戦車地雷が2400個、対人地雷が2700個が敷設され、これらの縦深的な地雷原が10キロ~30キロ広がっている。


各地雷原は何千門もの対戦車砲火と組み合わされ、赤軍の進路上に対戦車強化火点が密集した形で配置された。

各陣地には中隊ごとに88ミリ高射砲を始めとする対戦車砲が7~10門、野砲が6門、1個戦車分隊(5~6両)が配置され、最小の戦闘単位で対戦車防御が可能になっている。


当然、赤軍は前進の障害となる地雷原と対戦車陣地を砲兵で狙ってくるだろう。

地雷原と対戦車砲による防御システムを守るには、正確な対砲兵射撃で赤軍砲兵を先に壊滅させなければならない。

そのためには、敵の砲兵陣地を特定するだけでなく、赤軍の偵察網から味方の砲兵陣地を秘匿しなければならない。


対砲兵用砲兵は掩蔽豪、移動式トーチカなどに隠された。

同時に徹底した欺瞞作業が実施され、主力砲兵部隊の位置を誤魔化すため、偽陣地や囮陣地が無数に作られた。

航空隊は24時間上空を監視し、赤軍の偵察機をよせつけなかった。



対砲兵射撃で赤軍の支援火力を潰し、地雷原と対戦車砲で止める。そして、消耗した赤軍機甲部隊を機動予備の装甲師団で叩きのめす。

これがザイドリッツ作戦の基本的な動きとなる。


「あとは手ぐすねひいて待つだけと言ったところですかな」


シュトラウス上級大将の言葉に参謀将校達が我が意を得たりとばかりに頷く。彼らの表情にはある種の余裕さえうかがえた。

赤軍がのこのこ攻撃を仕掛けてくるのが楽しみで仕方ない様子。


士気が高いのはいいことだ。しかし、若干赤軍を侮るような空気があるのも確かだ。

防衛戦の有効性は理解してもらえたが、赤軍に対する評価は相変わらず低い。

史実において赤軍が、連合軍が勝利したのは単純に物量で勝ったからではない。一つの会戦の結果が転換点になったわけでもない。

装備、戦術、指揮構造を組み立て、帝国の軍事機構を具体的に粉砕する手段を開発したから勝てたのだ。


ザイドリッツ作戦で勝利しても赤軍は弱るどころかますます強化されるだろう。失敗を糧に、より洗練された組織へと成長していくはずだ。

日々、改善されていく赤軍の軍事機構に、勝利が続き慢心している国防軍が上回れるかどうか。

唯一の懸念はそこだった。

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